第二百話 夕暮れ時の老夫婦《カップル》

 聖女様の輝くスマイルに不安しか感じないものの、今回やる事は怪盗としても聖女たちの依頼内容でも変わらない。

 要するに聖都の重要拠点である『オリジン大神殿』に潜入調査をする事だ。

 一先ずは本格的な調査を始めるのは明日からと言う事を決めて、夕食までの時間は自由行動にしようと言う流れになったのだった。

 俺はその機会にこの前のバトルで破損したり消耗した七つ道具の補充をする為に聖都の武器屋、道具屋へ赴く事にする。

 なにしろ『魔蜘蛛糸』が在庫切れを起こすのはいつもの事として、前回のバトルではスレイヤ師匠から受け継いだ『鎖鎌』を破壊されてしまったからな~。

 一応警戒して再び『変化のローブ』を羽織って老聖職者『ロン』へと化けた俺は、時間的にも店を閉める前にと急ぎ宿を出た。

 同じようにローブを羽織って『エルシ』の姿に化けたカチーナさんと共に……。


「私もご一緒して良いです? 聖都のお店にも興味ありますので」

「まあ構いませんが……」


 そう言ってニッコリと笑う見た目は優し気なお婆さん……だというのに、俺は妙な緊張感を感じてしまう。

 と言うのも、このシエルさんたちの化けた姿『ロン』と『エルシ』は老聖職者にして夫婦、『イース』はロンの妹という設定なんだとかで……つまりこの二人の組み合わせは。


「ロンおじいさ~ん。エルシお婆さんは足が悪い事になってますから、しっかりと手を繋いであげてくださいね~。優しく優しく……」

「う、うえ!?」


 そうすると宿の窓から見ていたシエルさんがニコニコと笑いながらそんな事を言ってきた。

 ちょっと待てや! 何か夫婦設定も今のも後付け臭さが漂ってきたんだが!?

 しかし……まあ仲の良い老夫婦という設定自体は悪くないのだ。

 聖騎士などの事で若干物騒な雰囲気があるものの、ここ『オリジン大神殿』は聖地であると共に有名な観光地でもある。

 敬虔な信者が来るのは当然として一般人でも参拝に現れるし、その中には当然新婚夫婦やら年老いても共に歩む老夫婦なども含まれる。

 自然……と言えば自然な行動なのだ。


「え……え~っと? 確かに姿に合わせれば健脚の方が目立ちますか……。カチ……いやエルシさん?」

「こら……今の私たちは仲の良い老夫婦なのだぞ? 他人行儀ではいけませんよ。ありがとうござます……アナタ?」


 …………う!?

 ニッコリと笑って差し出した俺の手を彼女が握った瞬間、俺の心臓が跳ね上がって息が止まった。

 お、お、落ち着け!? 何をドキドキしている自分!?

 今の彼女は老婆に化けているし声だって全然違う、演技だってのは分かっているだろ!?

 何を彼女にアナタとか言われた事実だけで強烈に意識してんだ!?

 しかし、握った手は彼女の剣士としての長年の努力が染み付いた、良く知るカチーナさんの手であり……その事に気が付くだけでもまた強烈に意識してしまい……。


「いいいいいいいい行きましょ……いや、行くぞ婆さん!」

「あ、ちょっと……ゆっくりお願いしますってば」


 自分で口にしても、恥ずかしさの方が先立ってどうしても早足になってしまう。

 そんな俺の体たらくを宿の二階からニヤニヤと笑う連中が見ているのが分かるのが腹立つ!


「お~お~、頑固ジジイが不器用にお婆ちゃんに優しくしようとする感じで……あれはあれで自然なのかな?」

「意識してやってはおらんだろう。まああの年で夫婦で仲睦まじい姿を他人に見られるのは気恥ずかしい爺さんは多いからのう」

「私は好きですよ? ああいう可愛いお爺ちゃんは。むしろあの二人の将来はあんな感じなのかもしれないですね」

「そうですかね? 先輩方なら出来上がったら鬱陶しいくらいにラブラブしそうにも思えますけど? それこそ老年を迎えても」

「「「それはそれでありえる……」」」


 やかましい! さらに意識させる勝手な想像をするんじゃない!!

 こういう時に盗賊として卓越した聴覚というのは厄介なものだ……。

 だけど、恥ずかしいとは思いつつも、一旦つないだ手を放そうとは思えないのもまた事実なのだ。


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                  ・

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 さて……聖都と銘打たれえるオリジンの街並みは、景観を維持する為なのか基本的に白い建物で統一されていて、日中は人でにぎわっていても何処か厳粛な雰囲気をみせていたのだが、夕刻になると全てがオレンジ色に染まって、また違った美しさを見せてくれる。

 ……イマイチ精霊神教に対して偏見を持ってしまい、色眼鏡で見てしまう傾向の俺ではあるけど、こういった景色を見ると悔しいけど信仰に傾倒する連中の気持ちが少し分かるような気がしてしまう。

 そして……そんな景色を一緒に歩いていると、最初はドキドキしながら手をつないでいたのに時間がたつにつれて二人して今の姿に気持ちが引っ張られたのか、何か本当に長年連れ添った老夫婦のような……良く言えば落ち着いた、悪く言えば老けこんだような気持になってくる。


「綺麗ですねぇ……」

「そうだねぇ……」


 ……俺達まだ十代だったよな?

 心の片隅でそんな事を思いつつ、老夫婦のノリを引きずったままゆっくりと目的地である道具屋を発見した時には、店員さんが既に店じまいを始めているところで若干慌ててしまう。

 

「あ~大丈夫ですよお爺さん。まだ閉店じゃありませんから」

「お~そうか? スマンのう……」


 見たところに二十代前半の女性はバンダナを巻いた、聖都にしては露出度が高めでも決して下品には見えない爽やかな色気を感じさせる。

 一瞬『孫がいたらこんな感じかのう……』みたいな事を考えてしまった。

 この人絶対実年齢は俺たちよりも上のハズなのに……。

 店内を見渡すと冒険者にとって定番のポーションや毒消しなどは元より、色とりどりの小物やアクセサリーが置かれていた。

 ……と言うかこれって全部。


「コイツは……猫やら鳥やら花やらと可愛らしいけど魔力付与がされた護符の類ではないのか? しっかり六大精霊を現すように赤青緑黄白黒と分けられて……」

「お? 分かりますか? 全部ちゃーんと神殿に加護を貰っている護符ですよ」


 精霊神教で護符として売り出されている物は大抵美しさや猛々しさを現した護符が多いのに、ここにある物は特に女の子が好みそうなファンシーな見た目の物が多い。

 コレはカチーナさんが好きそうだな~とか思えば、案の定彼女はニコニコとしながら赤い火の化身を表現した猫のアクセサリーを手に取っていた。


「お婆ちゃん、孫のお土産にどうです? うちの精霊の護符は美麗さよりも可愛らしさを重視してますから、小さい子には特にお勧めですよ?」

「それもありますけどねぇ……私も可愛い小物などが大好きなのですよ」

「アハ! それは嬉しい。ご年配の方だとこういう精霊様をデフォルメするのを好まない方もいますからね。せっかく作っても邪道言われてしまったり……」


 ご年配に好まれた事に喜ぶ彼女の様子に、商売と宗教上の価値観での苦労が垣間見える。


「言われてみると教会などでは火の精霊は筋骨隆々の男性の姿であるな。と言うか、この小物は全て君が作ったのかい? 器用なもんだのう」

「アハハどうも……。精霊は形なき存在、精霊神教でも寵愛を受ける聖女たちも決まった形があるのかも分からないと明言しているのに“この精霊はこうだ!”と決めつけたがる人は多いですからね。それが悪いとは言いませんが、全体的にとっつきにくくなるのもどうかと思いまして……」

「ならば自分で作ろうと……。良いでは無いですか、火が猛々しく激しいのも本質だが、優しく温かく照らしてくれる事も本質。一緒に温まってくれる火の精霊が猫の姿なのも悪くない」

「……そう言ってもらえるとありがたいです」


 そう言いつつ彼女は照れくさそうに笑った。

 しかしこういう小物とかに独自性を出す事を神殿側が許している事が、俺としては少々意外だった。

 むしろさっき言っていた精霊の形の決めつけなど、精霊神教が率先してやりそうな事にも思えるのに……。

 精霊神教の内部が『教義順守派』と『証明派』に分かれているのは知ってはいたが、こういった細かい解釈の違いもその影響なのだろうか?

 そんな事を考えつつ、俺は店の片隅に視線を投げたのだが……俺の視線はそこに無造作に木箱に入れられた金属製の物に留まった。

 それは金属製ではあるけど鉄製ではない、鉄よりも遥かに煌びやかな材質で作られた鎖の束であり……。


「こいつは……む!?」


 そして俺は何気なくそれを手に取ってみて……息をのんだ。

 それは見慣れた鉄製の鎖ではないが、俺が新調しようと思っていた武器である鎖鎌なのは間違いなかったのだが……必ずあるハズのモノが無い事に衝撃を受けた。


「あ~それは知り合いの武器屋から流れて来た代物なのですけどね? その人が手に入れた風属性のミスリルを趣味全開で玄人好みに仕上げた挙句……全く売れなかったらしいんですよ。風属性で第一に求められる切れ味の特化に属性を向けなかったのも大きいですが……」


 切れ味の特化……確かに魔力を付与した魔力武器は攻撃力の増加に重きを置くモノだ。

 しかし俺個人としては、そんな事は些細に感じてしまう特性がこの鎖鎌にはあった。


「金属音が……全くしない……」

「へ~真っ先にそれを看破するとは……おじいさん、もしかして若い頃は結構名の知れた冒険者だったりします?」

「……まあ、そこそこな」


 軽く俺は鎖分銅を投げてそのまま手の平で受け止めてみたが、やはり金属音が全くしない。

 盗賊にとって音を鳴らさないのは基本中の基本だが、道具の中でも鎖鎌は最もジャラジャラと煩くなりやすい武器の一つ。

 まあ鳴らさないように修練をすれば良い事ではあるけど、問題なのは武器として使用するときにはどうしても金属音が避けられないと言う事。

 聴覚に優れた敵であれば、それだけで見切られる事もある。

 しかし金属音が全くしないとなれば……。


「鎖鎌自体が余りメジャーな武器ではないのに玄人好みの仕様、何より聖都は聖職者関係が多いから刃物はご法度、需要が余り無くて……結果売れ残っているんですよ」

「…………」

「どうします? 正直在庫品ですので武器屋むこうにも材料費だけで構わないと言われてますからお安くしときますが?」





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