第百九十九話 聖魔女の片鱗

 聖都オリジンはブルーガ王国に隣接する形で存在する、一見ブルーガ王国内の一都市に見えなくも無いが、面積は小さくとも一つの国のような扱いになっている。

 精霊神教の総本山という立ち位置で隣接するブルーガにとっても益はあるものの、当然他国から宗教組織の独占と叩かれる不利益もあり、明確にはせずにナアナアにされているのだ。

 とは言え扱いは他国と同様であり、当然入国には厳重な審査が行われ、それはザッカールでも屈指の聖女であるシエルさんであっても変わらない。

 身分証明を終えてから聖都オリジンへ入国を果すまでに結構な時間を取られ、彼女たちが本日の宿を決めるころにはすっかり日は傾いて夕方になっていたのだった。


「思ったよりも時間を食ってしまいました。聖騎士団の件も原因でしょうが、随分と聖都への入国者に対して警戒しておりましたね」

「ふむ……しかし入国には目を光らせておったのに、我らの宿に対してはおざなりであったな。もしかしたら大神殿の宿泊所でも勧められるかと思ておったが」

「それも聖騎士様たちの宿泊所として一杯なのでしょう? 同じ聖職者とは言え自主的に訪れた異端審問官に構っていられない……と言いますか、これ以上予算を出したくないのが本音か」


 シエルたちは聖都の中心から少し外れた小道にあるそこそこの宿『火精霊イフリートの食卓』にチェックイン後、一つの部屋に集合してそんな事を話していた。

 彼女たちの目から見ても、現状の大神殿の状況は妙としか言いようがないものだった。


「ノートルム殿の話からは邪神復活に警戒しての招集らしいが、どう考えてもそれ以外の何かを警戒しているようにしか思えん。だとすると大神殿の上層部は一体何を警戒しているのやら」

「……冒険者を中心に警戒して怪盗がここに入り込む事を警戒しているのではないのですか? ノートルム先輩の口振りではそのように思えましたが」

「それはその通りであろうが……問題はここに彼の怪盗が狙うような“何が”あるのだろうと思ってな。今更あの者が金目の物を素直に狙ってくれるとは到底思えん」


 イリスの感想にロンメルも頷いて同意するが、彼が気にしているのはもっと別の事だった。


「貴族やら王国やらの反応のように舐めてかかる事なく『伝説の剣』が抜かれてから数日で聖騎士を集めるほど警戒するなど……今までとは違って大神殿サイドが怪盗に何を狙われているのかを理解し、そして強烈に恐れているように見えてな」

「……それを考えると、ここは精霊神教の総本山。物理的な何かを明確に盗まれるよりも脅威かもしれませんね。私の知る限り怪盗が盗んだのは『侯爵家の魂』『王家の尊厳』『勇者の証』と全て形のない、宗教組織としては決して盗まれてはいけない類です」


 むむむ、と難しい顔で今後の俺達ワースト・デッドの動向を真剣に考察しようとする三人の聖職者たち。

 しかし誠に申し訳ないのだが、今回は完全に行き当たりばったり……一応『異界召喚』の原因になりそうなイリスの魔力の源『時間の精霊』の究明って目標はあるけど、明確な目標が俺たち自身全く分かっていないのが現状なのだが……。

 そうするとシエルさんが唐突に「あ!」と声を上げて“こっち”に視線を向けた。


「すみませんでした、いつまでも慣れない格好をさせてしまって……もうそのローブを脱いでも大丈夫ですよ?」


 聖女様から許可を頂けました……。

 俺達“3人”はようやく入国時からずっと頭からかぶり続けていた白茶けたローブを脱いで、大きく深呼吸をした。


「だ~~~~暑かった! ヤバいねこのローブ……背格好だけじゃなく声も年齢も偽る事が出来るとは……俺の変装技術を全部兼ねそろえてやがる」

「この姿に化けるのは久しぶりだけど、やっぱり完成度が違うのよね~コレ。ノートルムさんも門番たちも全く気が付かなかったし……まあ別人の身分証明をキッチリ持っているのがミソだからね」


 このローブは俺の七つ道具『変化の仮面』の別バージョンのような物。

『変化の仮面』と違ってこのローブを被ると誰が着ても同じ容姿に化ける事が出来るという魔道具なのだ。

 化けた姿は老齢の聖職者といった出で立ちになり、シエルさんたちはそれぞれ『エルシ』『イース』『ロン』という別名をこの姿では名乗って、異端審問官の仕事の際には度々立場を偽って目的地に訪れていたのだとか。

 理由は単純、異端審問官としての自分たちが来たとなれば不正の証拠を隠そうとするなど当たり前に起こる事。

 それをさせない為にこのように身分や名前を偽る別人の姿と証明を所持していたらしく、今回はそれを俺たちが利用した形になったのだ。

 まあ冒険者を絶賛警戒中、というか明らかに“怪盗おれたち”を警戒している聖都に侵入する為には都合が良かったのは事実なのだが、どう考えてもコレは……。


「…………初めてですよ私。不法入国してしまったのは」

「「「「「………………」」」」」


 誰もが分かっていて口にしなかった事実……最後にローブを脱いで何時もの姿に戻ったカチーナさんの憮然とした言葉に、さすがに何とも言えない空気が漂う。

 まあ何を理由にしたところで、犯罪行為には違いないのだから。

 俺たちは『ワースト・デッド』などと言う高額の賞金が掛けられるほどの指名手配犯ではあるものの、一応は一般的なルールには則った行動を心掛ける程度には小市民だからな。

 元々は王国軍で、俺たちの中で最も真面目ちゃんではあるカチーナさんとしては、どうにも複雑な気分なのだろう。

 しかしそんな彼女の肩を、この中でも世間的には最も高貴で清純で尊い存在と称されている聖職者にして光の聖女エリシエルはポンと叩いてイイ笑顔で言った。


「大丈夫ですってカチーナさん! 最早やってしまった事は変わりませんし、匿った時点で我々異端審問官も共犯ですし、一蓮托生です!」

「さよう、ルールに則るだけではルールを都合よく利用する不埒物に後れを取るというもの。な~に我らとてこの手で何度そのような不心得者をあぶり出して来た事か」

「そ~ですよカチーナ先輩! ようするに、バレなければ良いのです」

「貴女たち……自分らの職種的に、もう少し自重した方が良いと思うのですが? そう感じる私の方がおかしいのでしょうか?」


 自分よりもよっぽど悪事慣れしていそうなシエルさんたちの発言にカチーナさんは頭を抱えてしまった。

 大丈夫です……貴女の感覚の方が普通でまともなハズなのは事実。

 コイツ等が不良異端審問官と言われて、エレメンタル教会から爪弾きにされ続けていた理由はこういうところにもあったというだけなのだから。


「まあカチーナさんの罪悪感は必要悪という事で納得して貰いましょう。こうでもしなければ俺たちは聖都に入る事すらできなかったからな」

「分かってますよ……その辺は」


 飲み込みずらい感情を何とか飲み込もうと複雑な顔になるカチーナさんだが、今回ばかりは納得してもらうしかないだろう。

 シエルさんたちは、いつもの上層部の不正を暴く方向での延長ではあるが、俺たちにとって今回は『ワースト・デッド』にとっても『スティール・ワースト』にとっても聖都はアウェイの色が濃厚なのだから。

 ノートルムさんが俺たちに気を使って伝えてくれるつもりだった伝言と、実際の聖都の対応を見ている限り、怪盗と冒険者に対して警戒しているのは間違いない。

 それは紛れも無く俺達を限定した警戒の仕方であり、その流れで予想されるのは……。


「……大神殿の行動や聖騎士たちへの要請などをみれば、テンソを含む連中が精霊神教の上層部と繋がりがあるのは明らかですからね」

「だな……」


 カチーナさんの俺にだけ聞えるくらいの呟きに、俺は頷く。

 ミズホやブルーガ前国王の言っていた『聖典』という存在が名の通り精霊神教のどこか、もしかしたら『オリジン大神殿』のどこかに存在している可能性がある。

『予言書』では一度も影も形も現さなかった、破滅の未来を齎す元凶にして真の黒幕……。

 そこに近付く為に精霊神教でも問題児とされているとは言え、聖女エリシエルさんたち聖職者の協力が必要なのは何とも皮肉な……。


「さあさあ皆さん! これより異端審問官の中でも不良と称され、ロンメル師父に至ってはこの年でも地方の現場に追いやられてしまう程上層部にとって厄介者認定される私たちのお仕事を本格的に手伝って頂きますよ~」


 そんな俺たちの想いとは裏腹に、シエルさんは何時にも増して妙にテンション高めである。

 一応今のところやっている事は不法入国という犯罪を犯しての、精霊神教の内部としては背信行為と取られかねない問題行動のオンパレードなのに。


「あの娘が脳筋気質なのは今更だろうけど、どっちかと言えばこういう悪事を暴く正義の味方っぽい事にテンション上げちゃうタイプでもあるのよ。言っておくけど以前私がいた時、そういうやらかしが一番だったのがシエルだからね~」

「……マジか? ロンメル師父よりも?」

「ワハハ! 言いたい事はわかるがな、我はガタイも性格も潜入には向いておらんでな。最後の正面から成敗の段階にならんと役には立てん」

「あ~~なるほど……」


 シエルさんのテンションを不思議に思っていると、リリーさんが苦笑しながら教えてくれる。 

 今更『光の聖女エリシエル』が清純清楚、清廉潔白だなんて思ってもいないけど……脳筋ハゲが含まれる以前の仲間内でもトップ問題児が彼女とは。


「今回はスピード特化の『スティール・ワースト』が協力者というだけでは無く、潜入捜査では誰よりも優れた盗賊のギラルさんがいるのです! しかも精霊神教の総本山なのですから、どれほどの悪事が隠蔽されているのか…………ウフフフ燃えてきましたよ~!」


 何だろう……テンション高めの彼女を見ていると『予言書』で『聖魔女』として恐れられた女傑の片鱗が見え隠れしているような……一抹の不安が脳裏を過った。


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