第百九十八話 再会の温度差

「ふう、やはり舗装された道と言うのは歩きやすく出来ておるなぁ。当たり前である事実なのに久しぶりに体感すると良く分かるのである」

「妙な言いよう……とは思いますが、同感ですね。リリ姉たちはいつもあんな特訓を日常的に行っていると考えると、あの強さにも納得が行きます」

「濃密な三日間でしたね。やはりいつもと違う人たちとの鍛錬は見えなかった部分が見える好機ですね。私も結局最後までリリーとの勝負は付きませんでしたし」


 そんな内容的には豪快な事しか語っていないのに、知らない人が見ればにこやかにゆっくりと道を歩んでいる3人の姿に荘厳で厳粛な雰囲気を感じてしまいそうになる。

 ザッカール王国の精霊神教エラメンタル教会では不良異端審問官と名高い連中は、そんな感じで“3人”は聖都オリジンに到着し、聖都の門の前に整列する特徴的な白銀の鎧を身に着けた集団と、身の丈は10mはある飛竜ワイバーンが続々と舞い降りて来る光景を目にしていた。


「飛竜がこんなに!? 何事なのですかこれは!?」」


 飛竜は国単位であっても飼育が難しく、一匹の飛竜を操縦できる者は『竜騎士』、精霊神教が抱える聖騎士の中でその技術を持つ者は『聖竜騎士』などと呼ばれ、特別な待遇を得られるほど、飛竜も操者も物凄く貴重な存在だ。

 そんな飛竜がゆうに100匹はいるのだから、さすがの脳筋聖職者たちもそんな異様な光景に引きつっていた。


「な……何ですかコレ? 精霊神教が幾らか飛竜を所持している事は知っていましたが、この数は一体?」

「本気で戦争でもしようと準備しているのでしょうか? 見てください、飛竜が乗せているのは各国の聖騎士達です。見た限りでも千はいますが、まだ続々と集まって来てますよ!?」


 元々シエルたちが今回オリジン大神殿を急遽目指した理由は、突然発令された精霊神教の総本山からの聖騎士に対する招集命令であったのが、それにしても秘蔵の飛竜を使ってまで聖騎士を集めるなど、シエルたちには異常としか思えない状況だった。

 そんな聖騎士の集団の中から一人の見知った顔の青年がこっちに近寄って来た。


「あ!? やはりシエル……聖女エリシエル! それにロンメル師父とイリスも。皆さんブルーガの式典に行っていたのでは?」

「え? あ、お久しぶりですノートルム隊長。まさかこのような異国で顔を合わせる事になるとは……」

「ブルーガでの式典が終わった矢先に大神殿から招集命令が発令されましたから、我々もその流れでここに来たに過ぎませんよ。少々急ぎ足でしたが」

「少々って、普通の行程でもブルーガからここまで一週間はかかる……身軽で健脚な者でも五日は掛かりそうなものなのに……さすがは大聖女の愛弟子」


 白銀のフルプレートをカチャカチャ鳴らしながら近付いてくるエレメンタル教会所属の聖騎士、5番隊隊長ノートルムはシエルの言葉に分かりやすいほど嬉しそうな笑顔を浮かべた。

 その反応は誰がどう見ても意中の女性との再会を喜ぶ男でしか無いのだが、当然ながら脳筋聖女シエルにその辺の機微が伝わる事は無く……いつも通りの反応であった。


「隊長殿、この状況を説明して貰えぬか? 招集命令は知っておるが幾ら何でも虎の子の飛竜を惜しみなく使って各国の聖騎士を集めようなどとは、さすがに行き過ぎではないか?」


 ロンメルの疑問にノートルムも困った様に頷いて見せる。


「その辺は私も同意なのですが、大神殿より聖騎士団へ直接要請が出されれば動くよりほかありません。無論聖騎士団は精霊神教の兵とは言え駐留する国から移動となれば相応の手続きが必要であるし、ここまで強硬で行うと後々問題もあるハズなのですが……」

「そこまでしてでも大神殿が兵力を必要としている……と?」

「真意は定かではありませんが……どうにもブルーガで抜かれたという『勇者の剣』の一件が原因であるのは確かですね」

「勇者の剣……エレメンタル・ブレードですか?」


 ノートルムの言葉でイリスは旅立ちの前に見送りに来てくれた友人、王女メリアスが腰に下げていた剣を思い出した。

 友人は『この剣を勇者に使わせない為に兄たちに協力していく』と語っていただけに、精霊神教がその友人を害意に晒す事にならないか不安を覚えたのだった。

 もしかしてメリアスを含むブルーガの王族を勇者認定して、良いように利用しようとか画策しているのかも……と。

 しかしノートルムはイリスの不安とは真逆の事を言いだした。


「聖騎士団には“異界の勇者では無い者が剣を抜いた。コレは邪神復活の兆しであるが剣を扱える勇者が存在しない由々しき事態である。不測の事態に備えて精霊神教の最重要拠点『オリジン大神殿』に兵力を集中しなくてはならない”とか通達があったのだよ。私としては剣が抜けたのなら、抜いた王子たちを勇者認定でもすれば教会としても益がありそうに思えるが」

「……え? そうなんですか??」

「ええ、大聖女ジャンダルムも首を傾げてましたね。『信仰の有無は兎も角金稼ぎには神がかっているアイツらが集金の機会を不意にする意味が分からん。しかも一番金を食う兵隊を集中させるとは……』と」


 敬虔な聖職者としてはそのような見解をすること自体が間違っているのだが、残念ながらノートルムは男爵家の生まれでも平民に近い田舎の出だし、大聖女を始めとした連中は孤児院の出……信仰心が無い事もないが、現実というモノをしっかり見据えている分、こういう意識にはシビアであった。

 妙なキナ臭さを感じ始めるシエルたちだったが、不意にノートルムが辺りをキョロキョロとし始めたのに気が付く。


「? どうなさいましたノートルム隊長」

「ああ言え……そう言えばシエル、ギラルたちは一緒じゃなかったのですか? 何でもブルーガでは王女の警護にリリー殿も共にしていたと聞いていたので、てっきり……」

「…………ギラルさんたちですか?」


 シエルは顔なじみにそう言われて、キョトンとした顔を浮かべて見せるが……何でもない事のように装って“予定通り”の言葉を口にした。


「ブルーガを出る時までは一緒でしたが、何でも前回の仕事のせいで体調が思わしくないとかで……ゆっくりと休憩と運動を繰り返しながら移動するとかで途中で分かれたのですよ。彼らもオリジン大神殿に向かうつもりだったようですが、名物料理を制覇するとか言ってましたね」

「名物料理……いいなぁ。確かブルーガからここまでって別名美食街道とも言われてるんんですよねぇ。こういう時は気ままな冒険者が羨ましい……」

「そこに関しては同意です。何も無いならそう言う旅も悪くないです」


 そういうシエルの言葉は無論ウソなのだが、本来はこの文言を作った盗賊が本当に実行しようとしてた旅程なだけに、そして噂の美食街道を堪能したかったというシエルの願望自体もウソではないから真実味があった。


「何かギラルさんたちにご用事でも?」

「ん? ああ、実は二つほどね。一つはギラルたちにと言うか数日前から大神殿に訪れる冒険者たち全員に言える事だけど、どうにも聖都に入る冒険者には制限が設けらているんです。名目はブルーガで起こった怪盗騒ぎの警戒とされているのですが……」

「う……なるほど……です」

「面倒になりそうだから、彼らがここに来る前だったらほとぼり冷めるまで来ない方が良いって教えようかとおもったけど…………どうかした?」

「あ、いえ……なんでも……」


 その情報で数日前に件の怪盗と個人的に直接対峙した挙句、敗北して取り逃がしてしまった二人……シエルとイリスは引きつった笑顔で視線を交わす。

 その件に関しては報告すらしていないので真相は闇の中、なのだが直接接触していた二人としては無関係とも言えず、些かきまりが悪かった。


「も、もう一つはどんな用件で?」


 何もかもを誤魔化す感じでイリスは強引に話を変える。

 余りにも露骨な態度にノートルムも訝し気な顔になるが、それ以上何かを追及する事も無く話を進める。


「もう一つは大聖女殿からの伝言です。この際シエルたちにお願いした方が伝わるかもしれませんね……一応聞いておいてもらえますか?」

「構いませんが……私たちが聞いても大丈夫なんです?」

「大丈夫だと思います。大聖女殿からも確実に秘匿せよとは言われてませんし、そもそも意味が分からないと全く理解できませんでしたから」


 そう前置くとノートルムは特にメモを読み上げるなどするでもなく、完全な口頭のみでギラル達への伝言を口にする。


「え~っと……“王様と姉は元気、司書は旅立ち、あたしゃお留守番”でしたか? 聞いている分には誰かの動向を知らせているようですけど」

「……どういう意味でしょう? 最後の言葉だけは完全に分かりますけど」


 途中は兎も角、最後だけは完全に大聖女本人の言葉……と言うより愚痴にも聞こえる。

 偉い立場の大聖女様はあまり遠出が出来ないから、元々シエルたち異端審問官のように遠方を移動できる連中を羨ましく思っている節があった。

 彼女が教会上層部と奮戦してくれているからこそ、シエルたちもある程度自由に動ける事は自覚があるだけに、その文章からにじみ出る本音が透けて見えてしまう。


「シエル先輩、これって大聖女ジャンダルム……拗ねてません? 自分だけがお留守番でつまらない~って」

「ふむ、確かにあのご老体の相手が出来そうな教会関係者は少ないからのう。シエル殿も我もいないとなれば、残された聖女たちや格闘僧たちにも被害が出そうな……」

「師父、それは甘いですよ。すでに管轄が別のハズの聖騎士団にも被害が出始めています。と言いますか、先日は私らの隊が相手をさせられましたよ……」


 遠い目をするノートルムにシエルは全力で頭を下げるしか無かった。


「すみません、うちの師匠が! 帰ったらよ~く言い聞かせますから!!」

「いや、その辺は程々にしておいてください。それと絶対に教会の敷地内でやらかしたりはしないでください……。エレメンタル教会が物理的に無くなるのは忍びないので」




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