第百九十七話 旅は道連れ、道はつれぇ……
『オリジン大神殿』、それは『聖都オリジン』に存在する精霊神教会にとって総本山であり高位司祭たちにとっては目指すべき信仰の頂点。
ブルーガ王国から丁度北側に存在するその都市へは、洗礼を受ける事を目的にした精霊神教の信者たちが数多く通行する事で、山を迂回する形で北に延びる街道には信者や商人たちを目的にした町や村なども発展しており比較的賑っている“らしい”。
今回『オリジン大神殿』に向かうにあたって俺達『スティール・ワースト』も迂回ルートで森林に囲まれた山を避けて、賑っている町などに寄り道しつつ向かう“つもり”だった。
そう……そのつもりだったのだ。
何しろ俺とカチーナさんはブルーガ王国でノンストップで体を酷使した事で、少しハードな動きをするのは宜しくない状態だったから、軽めの運動からゆっくりと何時もの訓練に戻していくスロートレーニングをしながら向かうつもりだったのだ。
だが今回、俺たちと同行する事になったシエルさんたち異端審問官たちが俺たちがザッカールからブルーガに至る間、訓練を交えて森を走破した事を聞いていらぬやる気を燃やす事になったらしく……。
『3日で走破したのですか!? 我々は地上を走って5日は掛かりましたのに!』
『リリ姉も一緒に!? く……またもや差を付けられた!』
『むむむ……単調な日常を繰り返す事も時には筋肉の仇となる。これは是非とも我らに足りぬ筋肉負荷の方法を学ばせていただきたいものである!!』
結果……俺たちはブルーガに来た時同様、聖都に向かう最短距離に見せかけた直進方向……森と山を突っ切る最も頭の悪いハードコースを辿る羽目に陥っていた。
非常に残念な事に筋疲労を言い訳にしようにも、向こうには光属性最高の聖女様がいらっしゃいまして……こっちのダメージの全てをたちどころに回復してくれやがりまして……。
「グハハハハハ、コイツは爽快であるな! ギラル殿の猿の如きしなやかな動きで枝葉を避けて空中に通り道を瞬時に判断して飛び込む……なんと言ったか?」
「パルクールって言うらしいが……マジかよ師範、俺も師匠もこの動きを完成させるのは相当試行錯誤したってのに」
森の木々を走る俺の動きに感銘を受けたとか何とか言い始めたロンメルのオッサンは、あの巨体でもまるで重量など関係ないとでも言うかのようにしなやかに、俺と同じようなパルクールの動きで木々を渡り続けている。
元より格闘僧のロンメルがガタイだけでは無く柔軟性と
さすがに初見で俺に追いつける程では無いが、それでもスピードはかなりのモノで……さっきから巨体に追いかけられている感の恐怖が半端ないのだ。
「唯一の欠点は踏ん張れんから動きながら腰の入った拳を放つ事は今は叶わん事である。ギラル殿のように支援主体の武器使いではない我には、攻撃に移るには工夫がいるのである」
「……勘弁してくれ」
再び怪盗としてこのオッサンに追い駆けられる羽目にでもなったらと考えると、これ以上の強化は本気で勘弁して貰いたいが……今回に限ってはコイツ等は依頼人であるからして。
変な話だが、この森林一直線弾丸ツアーはペアでの追い駆けっこのようになっていた。
俺は言わずもがな筋肉ハゲ親父……今回美女が4人もいるというのに何という仕打ちであろうか。
リリーさんは親友であるシエルさんと、師匠である大聖女直伝の極限の体重移動による羽の如き動きと跳躍で森林をフワフワと進んでいる。
それは遠目で見れば、まるで妖精たちの戯れのようにも見えるのかもしれないが……跳躍する距離は軽く数十メートルはあり、更に着地する場所が小枝や葉の上と超人じみた技を披露していると知ればそんな微笑ましいモノにはどうやっても見えない。
「むむむ……腕を上げましたねリリー。以前は狙撃ポイント確保優先でスピードが落ちる事が多かったのに」
「人の事言える? アンタこそ跳躍の無駄が削ぎ落されて、いつでも攻撃に移れるように警戒しているのにスピードが落ちないじゃない」
「そりゃ~魔物だけじゃなく、いつ“弾丸”が向かって来るか分かりませんし?」
「ほう……言うじゃない?」
そんな事を言いつつジャコンと狙撃杖で狙いを付けるリリーさんと、待ってましたとばかりに銀の錫杖を構えるシエルさんは跳躍を繰り返しつつ互いに攻撃を開始……。
魔弾の連続発射音の直後、弾丸を弾くと同時に、接近したシエルさんの突きをフワリとかわしたリリーさんが至近距離で弾丸を発射……したのを軽く首を傾けてかわす。
無論互いにニヤリと笑うのも忘れずに……何とも漢らしい親友関係です事。
……んでもって『予言書』というあり得たかもしれない未来の事を知る俺としては、少々失礼であるのは分かっていても、やはり変な感じに見える光景があった。
それはまあ……当然最後の二人、『予言書』では完全に不倶戴天の敵同士だったカチーナさんとイリスの二人なのだが。
「蹴り脚が遅れている。人体が宙では落ちるのは自然の摂理だが、この動きを体得する為には“落ちる”事を容認してはならない。あくまで自身の蹴り脚で『下に向かって蹴り進む』事を意識するのだ!」
「はい! カチーナ先輩!!」
『スティール・ワースト』はスピード主体で構成されるが3人ともやり方が違う。
カチーナさんは何時どの態勢でも斬る態勢を崩さない、喩え壁だろうが天井だろうが足場にする稲妻の如き動きをする。
どうもカチーナさんのこの動きが見習い聖女イリスの性に合ったらしく……現在絶賛授業中といった様相になっていた。
元々王国軍の部隊長も務めていたカチーナさんにとって、尊敬の念を抱き師事する者を先輩と称するイリスの事を気に入らないワケはなく、現状手取り足取り指導している真っ最中なのだった。
まあ別に仲が良いのは良いんだけどね。
『死ぬが良い! 我らの神を理解できぬ愚物め!!』『お前だけは絶対に許さない! 鬼畜外道の卑怯者がああああ!!』
な~んてシーンを『予言書』で見てしまったこっちとしては何とも複雑な感じで……。
「常に次の足場を考えよ! 落下するほんの少しの瞬間、それこそが我らにとってのベストポジションであると知るのだ!!」
「ハイ! ありがとうございます!!」
う~~ん……何というか、罵声と血しぶきの対峙ではなく、むしろ百合の花すら見えそうな女子同士の爽やかな光景が今までのご褒美であると、解釈できない事もない。
無いのだが…………。
「ガハハハハ余所見はイカンぞギラル殿! どれ、我らも習って戦闘訓練も交えようか!?」
「やっぱペアがこのオッサンなのは納得いかん! どうせなら俺も可愛い女子と追いかけっこしたいぞチクショウ!!」
「ワハハハ諦めるのである! 貴殿はそういう星の下におると言う事であるからして……」
「やかましい! んなこた百も承知だクソッタレ!!」
通常迂回路を使ってであれば5日は掛かる聖都への旅路は、そんな感じの修行を交えた強行軍でほぼ半分の2日程度で走破する事になってしまったのだった。
それが……今後の展開に大きな意味を持つ事になるなど、気が付く事も無く。
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