閑話 神様、アイツの『声』を聞く

 何度も何度も推敲を重ね、書き直しを重ね……結局俺が関わったのはいわゆるキャラ設定。

 主人公であるギラルの人物像を確定させる一番最初の展開『日本でのニートとの邂逅』に絞られたものになった。

 それはある意味○○さんに最初に言われた通りで、何度も何度も書き直しを繰り返した結果であるのに、その結果について俺は納得していた。

 色々と経験し、そして何度も何度もやり直したからこそここまで仕上げる事が出来たという事が事実なのだから。

 物語を作り出すのは本当に難しい……正解のない世界であり、原作があるのなら尚更他人の思惑やスポンサー的な事まで絡んでくる。

 やればやるほど、自分がそのすべての矢面に立つのは無理だと思った。

 それが分かれば分かるほどに……2期の展開を○○さんから見せられた時、俺は震える声を隠せず思わず呟いた。


「マ、マジなんですか……この展開。前作ヒロインだったイリスの悲壮感が半端ないですが」

「そう言って貰えればインパクトとしては成功だな。前も言ったがこういう続編での前作キャラの扱いってのは難しいんだ。どんなキャラでもファンはいて、特に主要キャラの扱いに納得しない人たちが怒って炎上何てのは今更だろ?」

「う……え? でもそれなら冒頭でイリスがこんな目に遭っているのは良いんですか? 登場から既に悲惨な状態なのに」


 前作のエンディングで最後まで勇者に想いを返してもらえる事はなく、それでもせめて最期の瞬間だけは元の世界に帰還させようと無茶をした結果、二期冒頭のイリスは失明の上に利き腕を失っている。

 その上で彼女の役割は二期が始まる上で最も重要にして、ある意味最も報われないのだ。

 それこそ前作のファンだった人たちからは相当な批判が飛んでくるような……。

 俺がそんな事を想像して戦慄していると、○○さんはニヒルに笑って見せた。


「二期制作となればアンチと言われる人たちを絶対に出て来る。しかし、そこにばかり気を取られていたら良い作品など出来はしない。むしろ“批判してくれるだけこの作品を愛してくれているんだ”と言う事に目を向けるのが大事だ」

「う……」

「分かるかな? 作品を、キャラを愛してくれるなら俺なんか憎まれて良い。キャラに入れ込んで怒ったり悲しんだりして貰えるなら上等。半端な物を作って見て貰えなくなるのが制作者としては最も辛い結果なのさ」


 ゴクリ……そう言われると確かに分かる。

 前作ヒロインであるイリスがこの結果を迎える事で、前作からの悲痛な想いと決死の覚悟がストレートに伝わって来る。

 その為であるなら批判コメント、炎上上等……むしろ見てくれてありがとう、と言う事か。

 コレがプロの姿勢……やはり初っ端でビビっている俺とは全く違う、ハートが強い。


「それに批判を加味して考えても、このイリスの扱いは悲劇的だが二期の扱いとしては炎上しにくい方だと思うぞ? 何しろ前作から変わらずに勇者の幸せを願っての行動だからな」

「……と、言いますと?」

「前作のキャラの扱いで、一番批判があるのはどういう展開だと思うよ?」


 そう言って面白そうに笑う○○さん……明らかに戸惑っている俺の態度を面白がっているみたいだが、とりあえず考えてみる……う~む。


「え~っと……前作のメインキャラが何の脈絡も無く死んじゃうとか?」

「うん、それも結構荒れるな。ファンとしては今作でも活躍する事を期待するだろうからな」


 間違っていないけど正解でもない……そんな言葉に俺は再度考えてみる。


「…………前作ヒロインが、何の説明もなく違う相手とくっつく……とか?」

「おお、うん……そいつも中々きついな。特に『俺の嫁』認定している連中は主人公以外との恋愛感情を認めないから恐ろしいぞ~。俺も何度か殺害予告を貰ったし」


 こわ!? やっぱりそう言うのっているんだ。

 しかし当の本人は口では恐ろしいと言いつつも涼しい顔である。

 そしてどうやらこれも正解ではないようで……う~ん……。


「分からないか? さっきから結構いい線言ってたし、掠ってはいるんだけどな」

「……え?」

「自分で言ってただろ? 何の脈絡なく、何の説明もなくって……」

「……あ」

「殺される展開でも主要キャラを逃がすためとか、子供たちを救う為とかストーリーがあるなら納得は出来なくても理解するだろうし、他の誰かとくっつくってのも、それまでいつも一緒にいてくれたとか、急接近するイベントがあるならそう言う作品だと言える。まあそれでもアンチコメントは湧くがな……」


 自分で言っていた言葉なのにようやく気が付いた。

 そうか……確かにそうだ。

 大抵の作品で次回作でコケるのは展開云々よりも、脈絡のない変更。

 キャラ変、オリジナル展開、声優の交代……視聴者にとってのイメージからのズレが最も批判される原因にもなる。

 実際俺も何度かそう思って見るのを止めた作品が何作あった事か……。

 そんな事を考えていると、○○さんは再びニヤリと不敵に笑って見せた。


「イリスに関しては、言ってしまえば1期全てを使って説明を終えた状態。そしてこの冒頭で2期主人公が現れる根拠もしっかり作ったつもりだ。あとは……コイツの出番となるワケだ」

「……はい」


 自然と冷や汗が流れ落ちるが……もうキョドってなどいられない。

 俺はテーブルに置かれた主人公の原案と立ち絵を前に気合を入れ直す。

 あの日、俺の心の奥底にまだ残っていた最後のプライドを思い出させてくれた『あの子』の為にも…………この主人公『ギラル』に更なる命を吹き込んで貰う為にも。

 そう、今日は二期の主人公であり俺自身が初めて作り上げた……いや作らせて貰ったキャラである『ギラル』の声優を決めるオーディションの日。

 無論俺に審査員の資格があるワケもないのだが、○○さんのご厚意でこの場に連れてきてもらう事が出来たのだった。

 バイト先の現場監督も、ここ最近は毎週様子を見に来てくれる兄貴にも色々と褒め称えられて『って事は有名声優にも会えるって事か?』みたいに言われて……ほんの少~しはミーハー気分もあったのだが……。

 いざ現場に来てしまうと……元来の蚤の心臓からか、会場に入ってもいないのに今から胃が痛くなって来た。

 う……高揚感で誤魔化していた緊張感が再び!?


「す、すみません○○さん……ちょっと、トイレに……」

「またか。今日は声優を選ぶための日なんだから、君が緊張する事も無いだろうに……気持ちは分からんでもないがな」

「……し、失礼します」


 俺たちがいたのは会場の簡易的な控室で、俺はさっきから何度もこの部屋とトイレを行き来している。

 本当に、声優業としてオーディションに来ている人たち、とりわけ新人であるならこんな風に緊張するのは当たり前なのかもしれないが、自分でも今何に緊張しているのか、気の持ちようをどこに持って行けば良いのか分からなくなってくる。


『貴方は……………神様……なんですか?』

「…………え!?」


 しかしその瞬間……俺の耳に確かに聞えた声があった。

 それは少年の声であり、そして確かに一度聞いた事のあるセリフであり……。

 俺は慌ててその声の発生源を探してみるが……トイレ前の廊下には誰一人姿は見えない。

 分かってはいるのだ、あのガキがこの場にいるワケでもなく、あのガキとの出会いを再現した如き第二期の冒頭シーンでそのセリフがあるのだから、控室か、それとも廊下の向こう側か、もしくはトイレの中かもしれないけど、誰かがセリフの練習をしたのだろう事は。

 でも……。


「今の声は……確かに、あのガキと同じ…………本気でこんな俺の事を神様とか素で言いやがった時の……」


 そこから俺はその声の発生源がどこ、または誰と探そうとは思わなかった。

 でも……今日これから自分が体験した、一ヶ月を共にしたアイツの声とこれからもう一度会えるのだと考えると、また違った感情が湧き上がってくる。

 喩え別人である事は分かり切っていたとしても……自分を、何もせずに腐っていたオッサンに最後のプライドを思い出させてくれたアイツに、もう一度会えるのかもしれない。


「今度は神様なんかじゃない……本当の名前で堂々と語りたいもんだ」


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