閑話 知らないハズの知っている人

 光も何も見えない暗闇の中、ただ一本の道だけが目の前にある。

 両端に地面など無く踏み外したら最後、奈落の底へと落ちて行く事は明白だが幾ら目を凝らしても暗闇の底は見える事は無い。

 王女メリアスはそんな道をただ淡々と、恐怖心も無く自分が歩いている事に疑問すら抱いていないのが不思議でもあった。

 そして……自分の隣で一緒に歩いている、自分よりも5~6歳は年上の、親戚と言われれば信じてしまいそうなくらい親近感の湧いて来る女性がいる事にも何故か疑問を抱かなかった。

 その女性は王族で有ろう事は頭に戴く王冠を見れば明白だが、自分よりも遥かに威厳のある佇まいで『女王』と名乗られてもメリアスは疑わなっただろう。

 そんな女性は薄く、悲し気に笑ったかと思うと歩みを止めた。


「あの方はのう……私にとって罪の象徴であり、幼少からの憧れでもあり、そして生涯唯一の最愛の方であったのだ」

「……そうなの、ですか?」


 全く脈絡のない言葉であり、誰がとか何がとかもメリアスには分かるはずもないのに、何故かメリアスは口をはさむ事無く女性の言葉を自然に受け入れていた。

 自分は聞かなくてはいけないのだという、使命感にも似た想いで。

 同時に途方もない悲しみが胸を絞めつけて来る。

 その最愛の方と言うのが、自分にとって他人事ではない事を理解できてしまい……。


「分かっておるのだ。あの娘が何を想って、葛藤をして我らの罪を償おうとしたのか。私だけはあの娘の気持ちは手に取るように分かるのだ。同じ過ちを犯し、同じ男を心底愛してしまった愚か者同士なのだからなぁ」

「…………」

「どんなに焦がれても、愛を囁いても振り向いて貰えない男。そんな欠片も想いを返してくれなかった男から唯一手に出来た自分だけの宝を犠牲にしなくてはならなかった苦しみと、覚悟のほど……」


『あの娘』と言うのが誰かも分からないが、少なくともメリアスは女性が心から敬意を表している事は伝わって来る。


「貴女は……どうだったのだ?」

「ふふ……お主に対してだけは本音で語るべきじゃな。嫌だ……あの男から手に出来た唯一の宝を犠牲にするくらいなら、世界など無くなっても良い、それだけは譲りたくない……本音を語れば『あの娘』も間違いなくそうだったはずだろう」


 静かに、だが心からの本音を零す彼女は己を恥じるように表情を歪ませていた。

 しかしメリアスはそんな彼女を卑下する感情は浮かんでこない……全くもって“他人事”には思えなかったから。


「しかし、あの娘は選んだのだ。自分の絶対に失いたくなった宝、あの方との想い出の全てが無かった事になってしまうというのに選んだのだ。愛したあの男が自分を、この世界を知らずに幸せになれる世界を願ってな」

「…………」

「失恋仲間にここまで格好つけられて、私が駄々をこねるワケには行くまいよ。私だって分かってはおったのだ……このおもいではあってはならなかった事はのう」


 そう力なく笑う女性は大粒の涙を流しながら、やがて全身が輝き始めて徐々に無数の花びらになって暗闇に溶け消えていく。

 そんな状況を目の当たりにしているというのに、メリアスはただ見ていた。

 彼女も大粒の涙を、何故か分からず流しながら……。


「メリアス……手にしてはいけなかった宝を手にしておらん、まだ道を違えておらん過去の私よ……」

「…………」

「勇者は……呼び出す者ではない、作り出すものでもない……それは……」


                  *


『伝説の剣、エレメンタル・ブレード』の特別公開は約一週間に渡って行われ、途中トラブルもあったが、最終的には王族の二人が伝説の剣を引き抜き、パーティー会場に現れた怪盗から女性を救い出したという英雄譚も含めて、王国としては大成功を納めたと言っても過言では無かった。

 しかしその後、『伝説の剣』を引き合いに自らの王家を勇者として宣言でもするかとブルーガ国内のみならず各国も構えていたのだが、そのような動きを見せる事は無く、それどころか実際に剣を抜いた第一王子ニクシムと第二王子ニクロムが、大衆の前で『伝説の剣の柄』を見せて、自分達が使いこなせない事を大々的に示して見せたのだ。


「剣が力を貸してくれたのはあの一瞬のみ、打算を心に抱き使おうとしても剣が答えてくれる事は無いだろう」


 一度だけ光の刃を発現させたところを実際に目にしたのは会場にいた高位貴族のほんの一握りのみだったが、王子たちのこの宣言は今まで王国に伝わっていた『異界の勇者』という伝承をある意味で否定するモノでもあった。

 国の都合で打算を含んで勇者を呼び出しても剣は答えてくれない……と。

 この発言に際して王国内で一番『異界の勇者』の伝承にこだわり続け、そして伝承に重きを置かずに息子たちを忌避していた現国王ウルガモスは一切の否定もする事がなかった。

 そしてあろう事か立太子すらまだ行われてもいないのに、それを素っ飛ばして第一王子ニクシムを次期国王と任命して、自身は退位する宣言までしたのだった。

 当然臣下たちも王族たちも突然の宣言に混乱をきたし、そして最も驚いたのは自分たちが嫌われており、唯一寵愛していた妹である王女メリアスに次期国王を譲るつもりだろうと予想していたニクシムとニクロムだったのは言うまでもない。

 しかしその事を問いただした二人の王子に対して、いつも尊大でありお世辞にも優秀とは言い難かったが溢れんばかりの自信と覇気に満ちていたハズのウルガモスは……そのすべての覇気を失った、どこも見ていない瞳で言った。


「己が欲望すら善政と成せる者こそ王に相応しい。己が欲望を正義と盲信し、悪政にも劣る外道など、王でも何でもない……ただの不用品である」


 そう言い残したウルガモスは国王のみが入る事を許されるという地下施設で、何か資料を燃やしてボヤ騒ぎを起こした後、人知れず王国から姿を消してしまったのだった。

 それは『伝説の剣』の騒動があってから数週での出来事であり、国政を投げ捨てて姿を消した現国王に批判が集まったが……後継としてニクシムを指名していた事で概ねの混乱はなく静まって行った。


 そして当然の事ながら残された子供たち、取り分け既にいくつかの国政に携わっていたニクシム、ニクロムと王女メリアスにそのしわ寄せが押し寄せてきて……忙しく過ごす日々の中、王女メリアスは次期国王ニクシムに呼び出されていた。

 謁見のまで仰々しく……などと言う事はなく、私室で書類の山に埋もれている二人の兄と、同じように書類と格闘している臣下たちの前でだったが。


「お久しぶりです次期国王閣下……」

「一応まだ即位もしておらんし、この状況で国王も何も無かろう。兄上で構わんメリアス」

「……では、そのように」


 今まであまり交流も無く、国王であり父でもあったウルガモスからは余り良い事は聞いていなかったメリアスは意外と気さくにそんな事を言われて少々戸惑い、そして実際の兄たちと顔を合わせる機会も少なかった事に思い至った。

 同時に色眼鏡を取っ払ってみれば父が言っていたような品性の無さ、出来の悪さなど感じる事も無く、国政に携わる二人の兄は至って優秀な統治者にしか見えなかった。

 そして臣下の評判も次期国王ニクシムは無類の子供好き、第二王子にして次期王弟となるニクロムは女性の味方であると好印象。

 専属侍女のリコリスに話を聞いてみれば『お二人は国内でも人気が高いです。身近で分かりやすいニクロム様は表面上女性にだらしなくセクハラを働いているようにも見えますが、実際は本当に嫌がり抵抗の出来ない侍女には決して手を出しませんし、何でしたら突っ込み待ちですね』と遠い目で評されていた。

 妙なもので、事件があった後で兄たちの印象がガラッと変わってしまいメリアスは二人にどう接して良いのか分からなくなっていたのだが、書類に埋もれていた二人の兄が立ち上がるとメリアスに歩み寄り、一本の剣を寄越した。

 その剣を目にして……メリアスは飛び上がりそうになる。


「あ!? 兄上方……こ、この、この剣は!?」

「この国の王族であり、毎日目にしていたお前に今更説明するまでもなかろう。刀身は新調しておるが、一度だけ光の刃を出現させた事から重要なのは柄の方だったのは明白」

「お前も誰かに宛がいたかったようだが、正真正銘我が国の国宝にして伝説『エレメンタル・ブレード』に間違いない」 

「そんな事は言われずとも分かるのじゃ! 問題は何ゆえに私にこの剣を渡す!? 引き抜いた兄上が持ち、それこそ次期国王としての箔にもすればよかろうに……」


 この国において重要な意味を持つ伝説の剣を、何でもない物のようにこんな場所でアッサリと手渡された事にメリアスはワケが分からなくなってしまう。

 思わず口にしてしまったが、どうせこの国の伝説の剣を抜けたのだから、何かに利用しようと考えてしまう辺り、やはりメリアスも根っこは王族なのだった。

 しかしニクシムはそんな妹の言葉に嘲笑を含めて首を振る。


「ここ数日、ニクロムたちと前国王の残した書類の整理に追われておったが、前国王……父上の使途不明金が数多く見つかり、それがほとんど『召喚術』の研究に費やされたものである事が判明した。それだけでは無く非合法な組織と結託し、禁止薬物のみならず人体実験の為に人身売買にも加担していた証拠まで挙がる始末で……」

「じ……人体実験? 父上が?」

「ありていに言えば生贄にしようとしていたらしいな。最終的に『異界の勇者』を呼び出す為の過程で『悪魔召喚』『魔獣召喚』の材料にする為にな」


 あまり接点が多かったワケでもなく、印象が良かったワケでも無かったが、それでも父として国王としての敬意は持っていたウルガモスについての裏の顔を始めて聞くメリアスはショックを隠せなかった。

 しかしメリアスは同時に、思い返しても父が自分と会話する時には妙なくらいに『勇者』と言う存在を崇めるように持ち上げていたように思えた。

 まるで自分がウルガモスの意志を継ぐために誘導されていたかのように……。

 まるで自分が『異界の勇者』に対するホストとして用意されていたかのように……。

 そんな考えに至り、彼女は背筋を寒くしていた。

 師匠のグランダル、冒険者『スティール・ワースト』の面々、そして何よりも聖女見習いにして親友となったイリスたちと交流した今、以前よりも自身が『異界の勇者』に執着を感じなくなったからこその感覚だが。


「あの時、剣を二人で引き抜いた時……俺たちは剣の声を聞いた。『今日だけは力を貸してやろう」ってな。あの瞬間、咄嗟に女性を助けないとって思った一瞬だけの話でよ……その後その剣を何度使おうとしても声も聞こえなきゃ光の刃も出る事は無かった」

「勇者の剣は打算に塗れた考えを持つ王族には、気まぐれにしか力を貸してはくれんらしいな。同じように勇者を都合よく政治に利用する為に『召喚術』を研究していた歴代の王族連中も同様だった事だろう」

「何を!? それであるなら自分に都合よく勇者と言う存在を作り上げようと考えていた私が最もこの剣を持つには相応しくないではないですか!?」


 メリアスは自分たちを露骨に卑下する兄たちに、自分の方がふさわしくないと訴えるが、二人は揃って首を横に振る。


「ハッキリ言うとな、我らはあまり勇者を好かん。強大な敵に立ち向かう子供たちのヒーロー、手を振るだけでキャーキャー言って貰えるような存在なぞ現れて貰っても困る」

「その通りだな。俺も強くて優しくてカッコイイ輩が現れて、軒並み女子のハートを奪っていくような天然ジゴロが来られても迷惑でしかないからな」

「……は?」

「分からんか? 王族にとって勇者なぞ必要ない……いや、必要としてはイカンのだ。国が乱れたからと別に助けを求めるのは我らが考えて良い事では無い。現存する戦力、財力、あらゆる面を考慮して国の為に尽力するのが役割なのだ」

「勇者の剣も、異界の勇者も……頼らない事にこそ意味があるのだ。歴代の国王は……親父はその辺を分かってなかった。いや曲解させられていたのかもな」


 ふざけたように自身の欲望に忠実かのようにニカッと笑って見せ、兄たちは言った。

 平和な国を作る為にはあくまでも自分たちの力と行動で…………自身の欲望と国政を見事に両立させて幾つもの政策を行っている兄たちの言葉には説得力があった。


「勇者など呼ぶ者ではない、作る者でもない……成ろうとした者が成る者と言う事だ。だからこそその剣はメリアス、お前が持っていてくれ。勇者の剣を勇者の力として、国を、世界を救う手段としない為にな」


 その言葉はメリアスが昨夜見た夢の中で、女王のような女性が……もしかしたら自分と関係があったかもしれない人が言い残した言葉と同じモノであった。

 そういう兄たちの目にあるのは王族としての威厳に満ちているが自身の言葉に酔っている様子もない。

 目の当たりにしたメリアスは『伝説の剣』と呼ばれていた物を掲げて、表情を引き締めると宣言する。


「御意、次期国王陛下、並びに王弟閣下……ブルーガ王国王族長女メリアス、この剣が勇者に振るわれる事が無きよう、尽力させていただきます」


                ・

                ・

                ・


『ロリショタ、女好きがブラフなら格好も付くが……締まらん事だ』


 あまり交流を持てず、良い感情も無かったハズの兄たちに初めて尊敬の念を抱いたメリアスが剣を掲げる中……その剣自体は何とも場違いな事を考えていた。

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