第百九十六話 一難去って……

 まあこれからどうなるかを考えていても仕方がない。

予言書みらい』へケンカを売ると決めた日から、自分がこの先どういう人生を歩むにしても、格好の悪い生き方にならなければそれで良いとしか言えんからな。

 せめて自分が納得の行く毎日を積み重ねる……一般人の雑魚盗賊が出来る事なんぞたかが知れているのは今更だ。

 そんな事を考えつつ、しばらくは柑橘類で潤してから俺はハチミツたっぷりのトーストとカチーナさんはクリームこってりのショートケーキを注文する。

 疲れた時は甘い物……普段ならしっかり食事をとってから~とか思うところだが、今日ばかりはその誘惑に抗う事は出来ない。

 時間を置かずに出て来たトーストに齧り付いた俺は、にじみ出る暴力的な甘さに感動を覚える。


「く~~、糖分が染み渡るぜ」

「ああ……舌だけじゃなく全身が震えるほどの美味。疲労の限界を迎えた今だからこその感覚ですね~。クセになりそうです」


 カチーナさんもケーキを頬張って恍惚の表情を浮かべる。

 輝く笑顔が何とも言えない可愛らしさと色気を誘い、一瞬目を奪われてしまう程に。


「さすがに今日ばかりは全面的に休日って事でOK? 回復前に無理に動いても体壊すからな」

「同感です。本日は宿を中心に愛刀カトラスの手入れでもしますよ」

「そういや、俺も道具の補充と、昨日ぶっ壊された鎖鎌の新調も……」


 言いながら思い出したが、俺の七つ道具も昨晩で相当消費していた。

 最早強敵と遭遇したら定番行事の如く使い切った『魔蜘蛛糸』もそうだが、今回は光の聖女にブチ切られた鎖鎌もあった。

 個人的な収支で言えば結構な赤字なんだよな~。

 

「……ったく、足止め程度にしかならんのは分かっていたけど、刺し傷は軽く治るわ鎖は引きちぎられるわ……あれで聖女とか………」

「あ、リリー今日はここだったのですね。 !? ギラルさんにカチーナさん! 今日はいらっしゃったのですね、お久しぶりです!」

「!?」


 そんな風に愚痴ろうとした矢先、俺は丁度赤字の原因となった聖女の元気一杯の声に思わずコケそうになってしまった。

 ぐ……イカンイカン、疲労で警戒心が薄れていたか?

 俺は何とか気持ちを落ち着けて、ゆっくりと振り返ると……そこには昨夜も見たけれど、この国では久しぶりの再会でなくてはおかしい2人の女性と、もう一人の筋骨隆々のハゲオヤジが3人がいた。

 3人とも至って元気そうに爽やかな笑顔で……にゃろう、こっちは全身筋肉痛でうごけやしねぇ~ってのに。


「お久しぶりですギラル先輩……って先輩方、随分とお疲れですね? 別行動の仕事はそんなにハードだったのですか?」

「ふ~む、確かにイカンな。ハードトレーニングが悪いとは言わんが、加減を考えねば筋肉の再生に影響するぞ。二人とも全身の筋肉が悲鳴を上げておる」

「あはは……何つーか特Aクラスのドラゴンやらゴッドオーガ辺りから命からがら逃げるみたいな場面が連続してね。何というか満身創痍」

「先輩が逃亡を選んで苦戦したのですか!? それは恐ろしい」


 普通に心配してくれるイリスと、相も変わらず筋肉中心の頭だが彼なりに心配しているようなロンメル氏に俺はぎこちなくそう言って誤魔化す。

 その特Aクラスの魔物がお前らだと言いたくなるのを押さえて……。

 それから自然と隣のテーブルに着いた3人は思い思いに食事……すでに昼を回っていたから昼食を注文して、自然と昨晩までの出来事を話し始めた。


「本当に残念でした。今回ギラル先輩がいてくれれば怪盗に良いようにあしらわれる事も無かったでしょうに」

「己の未熟を棚に上げて、とは思いますが……それは同感ですね。今回は力量よりも策略にやられた感じでしたから。ギラルさんの戦闘時の采配があれば……」


 その怪盗が目の前の人物である事を知らない二人はそんな評価をくれるが、こっちとしては何とも答え辛い見解であるな。

 そんな二人にリリーさんは憮然としてフォークをピコピコと動かす。


「力押で敵わなかったって事? いつかはそういう時が来るって前にも忠告したのに」

「迂闊でした。会場の警備は師父に任せて怪盗には3人で当たるべきであったと今更ながら思いますよ」


 シエルさんはサラッとそんな事を言うが、正直俺はその作戦を取られなくて良かったと心底ホッとする。

 確かにそっちの作戦を取られたら確実にアウトだったろうな……。

 潜伏の役割を担った手前、リリーさんも下手に手を抜くわけに行かず……結果あの二人の攻防に超遠距離攻撃が加わる最恐の布陣が完成していただろうからな。

 チラッとリリーさんを見るとチロリと舌を出して見せた。


「この際、我も待ち伏せに加わりたかったものだがな!」

「師父には無理だと言ったでしょう? そのご立派な肉体のせいで石像にしても悪目立ちする事間違いなしです。私のように『気配断ち』を習得するなら問題無いですけど」

「ガハハ! そいつは無理であるな。我のような力バカにあのような繊細な気の運用など出来ようもない。使える者たちは等しく尊敬に値するのである!!」


 石像にしても悪目立ち……まあ確かにな。

 このオッサンが石化しても異様な存在感を放ち続けるだろう事は予想がが出来る。

『気配断ち』に関しては修得する気も無いようだし、この辺はこのハゲ親父の性格のせいだから……正直怪盗こっちとしては助かるけど。


「んで? エレメンタルの不良異端審問官はブルーガでのお勤めはもう終わったんっスか? 確か『伝説の剣』のお披露目パーティーだったんじゃ?」


 そして俺は確認のつもりでそんな事を聞いてみた。

 ハッキリ言って城で何が起こったのかも知っている俺としては気軽に友達に予定を聞く、位の感覚で……。

 しかしシエルさんは思いのほか真剣な表情になる。


「ええ、一応のお披露目に立ち会うという教会の仕事は昨晩で最後でした。聖女として呼ばれた業務も終わり本日にでもエレメンタル教会へ帰還するつもりでしたが……、昨晩通信魔法で大聖女様に連絡を取ったところ……教会上層部の動きが妙であると報告を受けまして」


 そして彼女は声を潜めると、俺たちにしか聞こえない距離まで顔を近づけて来た。

 明らかに他に聞かれてはいけない情報を教えるように……。


「何かあった……って俺らが聞いても良い事なのか?」

「……むしろ大聖女様はギラルさんたちが近くにいるなら絶対に伝えるように、と念を押されていましたから」

「穏やかじゃねぇな……」


 あの大聖女バアさんが俺に名指しで情報を寄越すという事は、同類しにぞこないとして伝えるべき事に他ならんだろう。

『予言書』に関わりそうな、良からぬ何か……。


「昨晩から教会の上層部、いえ『精霊神教』の上層部の動きが妙であると。明らかに『伝説の剣』がブルーガの王子二人に抜かれたという辺りから、主に『教義順守派』が王国内から姿を消し始めていると……」

「それってシエルさんたちとは対立しているって言う?」

「はい、精霊神教が始まった千年前からの教えを順守する事こそ正義であり精霊神の教えであるとして……そのクセ自分たちの都合の良いように解釈を変えて来た人々です。まあ姿を消したとは言っても、行き先も判明しているようですが」


 基本的にはおっとりとしているシエルさんにしては珍しくトゲのある言葉だが、彼女の経歴を考えればその手の教会上層部に反感を抱いているのは当然の事。

『予言書』ではそのせいで親友を失い『聖魔女』になるまでに信仰を憎む原因にもなった連中だからな。


「行き先が判明しているなら問題ないんじゃね~の?」

「普通ならそうなのですが、どうやら事はザッカールのみでは無く各王国に広く通達されているようでして……『教義順守派』である上層部の聖職者たちがブルーガ王国から北の地に当たる『オリジン大神殿』へ集合するようにと指示があったとかで」

「…………」


 それは今回俺たちが目指している精霊神教の総本山。

 千年前の亜人種との戦争をひたすら美化し、人間の都合の良い物語に仕立て上げて『精霊の力』を自分たちの都合に合わせて運用しようと活動を続ける、いわばすべての元凶。

 そんな場所に、自分達を崇める派閥の連中を各国から集める……か。

 一体、今度は何をしようとしているのか?

 ジルバ率いる元テンソを裏で操る何者か……『聖典』を名乗るは。


「それに、基本的には『教義順守派』で構成されている聖騎士団も一部随伴の名目で集まっているようで……聖騎士というなの兵隊が神殿に集結するとも言えるワケでして」

「おいおい……それって」


 聖騎士と精霊神教の守護者と名乗っているが、要するに神殿を守るために武装した兵隊。

 それをザッカールだけじゃなく、各国へ総本山から招集をかけただと?

 王国の兵士であれば、それは一発で軍事行動と見なされても不思議では無いのにあくまでも大神殿への護衛とかの名目で押し通すつもりか?

 どう言い繕っても戦力を集める事になるのは変わらないのに。

 戦争でも始めるつもりじゃねーだろうな?

 話を聞いた俺たちは一様に同じ事を考えたが、その言葉を茶化して言う事も出来ない。


「ギラルさん、我々はこれから『オリジン大神殿』へ向かうつもりです。どうにも嫌な予感もありますが、詳細が分からないと動きようも無く、いらぬ軋轢が生まれかねません」

「然り……この国で『伝説の剣』が抜かれたタイミングと同時なのも気になるでな」


 シエルさんの言葉に、ロンメルさんも首から下げられた緑の宝玉を手に続いた。

 ……何やらこの筋肉ハゲ親父も強敵ともから託された志があるのだろう。

 らしくも無くシリアスな顔をしている。


「そこで相談……と言いますか依頼があるのですが」

「……あん?」

「冒険者パーティー『スティール・ワースト』の皆さんに、私たち異端審問官との同行を依頼したいのです。もちろん貴方の特技全般を駆使する事まで含めて」


 それは自身が身を置く精霊神教の総本山『オリジン大神殿』へ潜入捜査する事を、盗賊に依頼する事、すなわちバリバリに不法侵入、犯罪行為も含めての依頼って事になるのだが……生憎『光の聖女』が浮かべる表情には曇り一つない真剣な眼差ししか浮かんでいなかった。

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