第百九十四話 強敵《とも》の代弁者

『伝説の剣』の特別公開パーティー夜の部で、建国から誰一人抜く事が出来なかった剣を次代を担う第一王子と第二王子が引き抜いて怪盗から女性を救い出したというセンセーショナルな事件が起こって大騒ぎになってる時……王女メリアスは一人、訓練場で模擬剣を振っていた。

 一応昼の部に顔を出したから、と理由付けはしていたものの本音は興味が無かったという事に尽きた。

 本日『怪盗ワースト・デッド』が現れるという予告の日であるというのに、彼の盗賊が狙っているのが自分がこだわり続けた『伝説の剣』であると思われていたというのに……彼女は今、自分の剣を振るう事にしか興味が無かったのだ。

 一心不乱に剣を振り下ろし、気が付けばいつの間にか日が落ちていた事に気が付いて苦笑してしまう。


「アハ、そう言えば私は剣を手にしながら自身が剣を振るう事を意識しておらなんだ。誰かに……勇者に剣を振るわせる事ばかりに目が行っておった。それでは剣のみに生きて来た師匠のお眼鏡にかなうはずも無いではないか……」


 汗を拭い息を整え、自身の剣と心に向き合い……自身の未熟と迷いを自覚した今の彼女からは、出会った事も無いおとぎ話の勇者への幻想が薄れつつあった。


「へぇ……中々良い剣を振るうようになったじゃねぇか。一点集中し迷いなく全力で振り下ろし残心を忘れない。実に基本に忠実で綺麗な剣だ」

「……あ、師匠……グランダル師匠!」


 日が落ち月明かりに照らされる訓練場に大仰に腕組みして立っていたのは彼女が師匠と仰ぐAクラス冒険者グランダルその人である。

 その巨体は老人とは思えない程“いつも通り”頑健であり、どうあがいても太刀打ちできない凄みも変わらない。

 しかしメリアスのとっては彼がこの場に現れてくれた事の方が驚きであった。

 何せ彼女は何度も何度も、自分に稽古を付けて欲しいとこの場所に来てくれるよう彼に要請していたが、一度も答えては貰えなかったのだから。


「な、なぜここに貴方が……」

「あ~……なんつーか、俺は冒険者だ。依頼に関わらず自分の気の向くままに動き、好き勝手に剣を振るって戦い、その内どこかで野垂れ死ぬという生き様を最高と思っているバカ共の一人だ。だからまあ……そろそろこの国もお暇する頃かと思ってな」

「そ!? …………そう、か。そうだな、貴方は冒険者、元より権力に縛られる事を嫌う気質の方々。旅立つは冒険者の性と言うわけなのじゃな」


 グランダルのどこか申し訳なさそうな態度にメリアスは一抹の寂しさを覚えるが、だからと言ってここで引き留めてはいけない事も理解していた。

 昨日までの自分だったら間違いなく引き留める言葉を口にしていただろうと、自嘲気味に思いつつ。

 そしてメリアスは息を一つ吐き出し……師匠と慕う者に剣を構えた。


「では最後に、私に一手御指南……いえ、一戦交えていただけますか? 師匠……グランダル殿」


 迷うことなく、自分の理想を押し付けるワケでも無く、自身の想いをそのまま叩きつける。そんな真っすぐな剣を向ける一人の剣士に対して、グランダルは不敵に笑って見せた。

 実に剣士のうきんが好みそうな笑顔を……。


「良かろう嬢ちゃん……じゃねぇな、我が一番弟子、メリアス! お前さんからのその言葉を待っていたぞ!」

「……はい、お待たせしました! 全力で行かせていただきます!!」 


 次にいつ会えるのか、冒険者と言う刹那的な生業をする輩にもう一度会えるという確証はない。

 だからこそメリアスは今自身の持てる最高の、最速の力で師匠と慕う男に、初めて自身の名を呼んでくれた師匠に剣を振り下ろす。

 月光の下、たった一刀で決した試合の結果を知る者は当事者しか存在しない。

 詮索が無粋である事など、二人の会合を知る者たちには分かっていたから……。


               *


 別れを済ませたグランダルは訓練場から出ると、弟子が見ていない事を確信してから瞳を閉じ……次の瞬間に全身を光らせて、徐々に姿が変化していく。

 そして光が収まった時、そこに立っていたのはグランダルと同じように筋骨隆々ではあるが頭髪の無い一人の格闘僧。

 彼は複雑そうな表情で手に握った緑色の宝玉を眺めていた。


「面倒をおかけしましたねミスター。対価としてお望みのバトルにコレからお付き合いしても構いませんが?」

「ふん、見くびる出ない。こんな粗忽者な我でも聖職者の端くれである。師弟の別れを対価に欲望を満たすなぞ、無粋はできん」


 そう言うと格闘僧ロンメルは屋根の上の俺たちに鋭い眼光を向けて来た。

『魔力体』を顕現させる為には肉体が必要だが、可能にする条件は二つ。

 それは肉体が魂を宿さない空の状態、要するに魂だけが抜けた死体であるか、もしくは宿主が『魔力体』を任意に受け入れるほど同調できるか、らしい。

 リリーさんからこの条件を聞いて、丁度良い宿主候補がいると彼女にロンメルを指名された時には“無理じゃね?”とか思ったものだが、意外にもバトルジャンキーのハゲ親父はコチラの話を聞いてくれて……今に至っていた。

 ドラスケに誘導されて城外を走っていたハゲ親父が問答無用で殴りかかって来るとしか思ってなかったのは失礼だったな。


「彼の御仁の筋肉に哀愁を感じていたのはこういう事だったのだな。我もまだまだ未熟……一度筋肉を称え合った強敵ともの心を分かってやる事が出来なかった。これ程の覚悟と悲しみを筋肉に宿していたとは……」

「いや、初対面でそこまで分かり合う方がおかしいと思うが?」


 あのままで終わるのはどうしても心残りだろうとロンメルに宿主になって貰ったワケだが、妙な気分でもあった。

 今のところロンメルにとって俺たち『ワースト・デッド』は敵でしか無いはずなのに、こうして体を貸し出すみたいな事すら平気で受け入れる、後々しこりの残る事はしないだろうとみられている妙な信頼感すら持たれているというか……。

 この辺は聖女も見習いも同じような思考なんだろうけど、何とも言い難い。

 扱いやすいのか、そうでないのか……。 


「……脳筋の意志疎通に突っ込んでたらキリがないわよ、ハーフ・デッド」

「もうアイツらの扱いは元同僚プロの貴女に全面的にお任せしますよ」

「待って、それだけは勘弁して!」


 俺がサラッと言うと、割とマジな感じでリリーさんが掴みかかって来た。

 大変だったんですね、突っ込み役。

 そうこうしていると、下から見上げるロンメルさんは薄く光る緑の宝玉を掲げて声を上げた。


「ワースト・デッドよ、この宝玉は我が所持しておれば良いのか? 我は魔力をほとんど扱わんし、何より装飾を好まんのだが?」

「そうして下されば助かります。その『魔力体』は魔力よりも同調できる魂の宿主が所持している事が重要なのです。たまに『魔力体』が弟子との会合を希望する時にでも貸し与えていただければ……」

「……なるほど、心得た」


 ポイズンデッド《リリーさん》の説明にロンメルさんは慎重に頷き、宝玉を大事に懐へ納めた。

 そして今まで真剣な顔だった表情を一転させ、いつも通りの暑苦しい笑顔になると俺たちに向けて拳を突き出した。


「また相まみえようぞワースト・デッド! その時は連戦後の疲労状態でなく万全な体調である事を期待しておるぞ!! ワハハハハハ!!」


 そう言い残して馬鹿笑いを上げながら筋肉ハゲ親父こと格闘僧ロンメルはその巨体を翻して、のっしのっしと歩き去って行った。


「「だあああああああ…………」」


 そして“ありがたい事に”そのまま去ってくれたロンメルが見えなくなってから、俺とカチーナさんはその場にへたり込んでしまった。


「……あの親父が強者と戦いたい系の脳筋で助かったぜ。常在戦闘の殺し合いバカだったらと思うとゾッとする」

「さすがに今夜は限界です。ダブル聖女とAクラス剣士の連戦は体力も緊張感も消耗が激しいですよ」

「今日に限っちゃ私だけはあんまり動いてないから申し訳ないね」


 疲労困憊で寝っ転がった俺達をリリーさんは微妙な表情で見下ろしていた。

 まあ今回は適材適所ってのもあったから仕方がないと言えば仕方がないのだが、若干納得が行かないような……。

 しかしカチーナさんの指摘で俺は考えを180度改めた。


「……まあ、リリーさんは王子に見初められたという役割を担ったのですからイーブンでは無いですか?」

「……ああ、それを言えば確かに」

「ちょっと……それを含めるなら今回最大のリスクを背負ったのは私だけじゃないの?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る