第百九十三話 いい結果なのに微妙に納得できない事
神様に見せて貰った『予言書』と古文書に記された『三大禁忌』を照らし合わせて考えた時、俺は妙に思っていた事があった。
それは最初からかいを含めた揶揄としか思えない、召喚された勇者が『童貞勇者』と呼ばれていた事についてだ。
ガキの頃、神様がどこかで言っていたのだとは思うが、その言葉の意味を分からず、意味を知った時にはちょっと恥ずかしくなり……そして一人の女性の為に操を守った勇者の精神力にある意味尊敬の念を抱いて、時が経つにつれて段々と恐怖心が湧き上がって来たものだ。
勇者の召還について、各国の連中にも打算があったハズで、それこそ自分たちの国に勇者の存在を縛り付けたい者たちはあらゆる手段で勧誘を計ったハズだ。
それこそ地位や金銭は当然、ハニートラップなんて日常化していてもおかしくはないくらいに。
ここは世界を隔てた場所、遠方と呼ぶのもおかしいくらい本来なら混じり合う事の無い、悪い言い方をすれば絶対に本命にバレずに何でも出来るところだ。
しかし勇者は誰にも靡かなかった。
一夜限りでも良いという者でも、ハーレムを作っても良いと言う者でも、新たな力を与えるという者でも、抱いてくれなければ死ぬと脅す女性にさえ……。
最終的には召喚してしまった事に罪悪感を抱き、それでも純粋に勇者という一人の男を慕い、愛を囁いた王女メリアスにも、最後まで想いを秘め続け、死に際に元の世界へと返した最後の聖女イリスにも、愛を返す事は無かった。
実直、クソ真面目、冷徹……そんな風に評されようと、『予言書』で勇者はたった一人の女性にのみにしか恋愛感情を向ける事は無かったのだ。
思い返してみても、その勇者の様は徹底していた。
女性に手を出さなかったとか、その辺ではなく……勇者が“ちょっとでもクラッと来た”という揺れ動きすら無かった事がだ。
その事に気が付いた時、俺は心底ゾッとしたのだ。
仮に、勇者召喚の条件がソレだとするなら……世界を隔てようと絶対に別の女に体どころから精神すら揺れ動く事もない執着を持っている者が召喚の条件として組み込まれていたとするなら…………。
そんなヤツと愛し合える者から理不尽に男を奪ったとしたら……。
「では……この国に残る『勇者の剣』とは、一体なんだというのだ? 異界から現れた勇者にしか扱えないハズの、あの剣は……」
「……基本異界の勇者にしか扱えないのは正しい。しかしあの剣は『勇者が振るう剣』じゃない、『勇者を守る』ための最後の安全装置だ。邪神をこの世界に降臨させないための、最期の最後のな」
「そ……う、なの……か……」
消沈した顔でようやく絞り出せたのは、コイツが最後まで縋っていた現存する伝説の物証『勇者の剣』エレメンタル・ブレードの事。
勇者を戦わせるためでは無く、勇者を守るための剣……剣自体が教えてくれた通り、エレメンタルブレードの力は勇者の『元の世界に帰りたい』という強い望郷の念があってこそのもの。
つまりエレメンタル・ブレードを使いこなせるほどの強い勇者であればあるほど、望郷の念が強く、帰れなかった時のリスクは跳ね上がる。
結局この国、ブルーガ王国は『異界勇者』を呼び出し『最強の邪神』を作り出す為に建国期から利用されていたという事になる。
ザッカール王国と同じように、伝承を意のままに、都合よく改竄する事で。
俺の話が余りにショックだったのか、ウルガモスはその場に腰を抜かしてへたり込んだ。
……あっけない、俺の率直な感想はそれに尽きた。
「おいおいお~い、どうしたどうした国王様よう、こんなコソ泥の世迷い事程度で何をへたり込んでんだぁ? これからその王として相応しい英知を駆使して、この無礼者が口にした全ての妄言を論破してくれるんだろう?」
「……………………」
そう煽ってやっても、ヤツは力なく首を振るだけで何も反論しようとしなかった。
心情的には自分は正義の為にと信じて善意を押し殺し行っていた王国としての長年の取り組みが、全て自分たちの自己満足を餌に誘導された真逆の事だったという、考えた事も無かった情報に頭が追い付かないのだろうか?
薄々気が付いていたのに、見ないふりをしていたのだから尚更……。
そんなアッサリと意気消沈した態度を見せるウルガモスに……俺は正直、更にイラっとする。
多分、それは俺だけじゃなく、カチーナさんもリリーさんも同じ気分だろう。
なぜなら、こいつは『予言書』で悪人として登場した者の中でも、人物像が全く変わらない……勇者召喚の為に他人の命は勿論の事、自分の血族、妻子の命すら研究の為に犠牲にし、自分の娘を自分の意のままに勇者のホストとして宛がおうと考えていたクズだ。
それなのに、だというのに…………。
「ああああああ! イライラする!!」
「あ、コラ待ちなさい!」
もう俺は何もかも忘れてこのクソ親父の顔面を爽やかに蹴っ飛ばせればスッキリするだろうな~とか思っていたら、ほぼ無意識に自分の体が渾身の回し蹴りをヤツの顔面に叩きこもうとしていて……直撃する瞬間にカチーナさんが慌てて俺を背後から引っ張った。
……空ぶった蹴りのせいで俺はそのままクルクルと回り、何故か社交ダンスのキメのようにカチーナさんと組み合った姿勢でビシっと止まった。
ただし男女のパートが逆のポーズで。
「落ち着きなさい、気持ちは痛いほど分かるけど」
「だ~ってこのクソ親父は俺たちと違って“やる前に止めた”んじゃなく“やらかしているのに偶々助かって”やがんだぜ!? そんな恵まれた状況のクセしてアッサリと意気消沈しやがって……」
「たまたま……助かっている? 一体どういう……」
ショックな情報が多すぎて表情が無くなっていても、それでも自分が話題にされ、しかも自分にとって有益な情報には敏感になるのは国王としては相応しい素質なんだろうか?
こっちとしては益々苛立ちが募るだけだが……俺は舌打ちをして説明してやる。
正直気分的にはコイツに説明してやるのも面倒臭いが、コイツが如何に周りを見ないで迷惑を掛けようとしていたのかを自覚させるには必要な事と割り切って。
「……さっき言ったこれから起こりうる歴史を、俺はガキの頃にある人から教えて貰った。どこで、とか誰に、とか聞くんじゃねぇぞ。そんなもん俺にも良く分からねぇんだから」
神様との出会いだの何だの、その辺は端折って……俺は座り込んだウルガモスの傍らに落ちていた『勇者の剣』、見た目柄だけにしか見えない『エレメンタル・ブレード』を拾い上げた。
「その未来を知らない俺は、召喚された勇者にコイツで脳天から真っ二つにされて殺される予定だった。強姦働こうとして正義の勇者に成敗、なんて物凄く格好の悪い死に様で」
「……!?」
「ガキの頃の俺は心底思った……そんな最後は絶対に御免だと。どうせならそんな悪人の人生を送ることなく、その上で死にたくない……面白おかしく、勇者に殺されない人生を送りたいってな」
死に様……そう言って自分の脳天にトントンと指をあてると、ウルガモスは露骨に体をビクつかせる。
そう言えばこいつは罪を背負って死ぬという死に様にこだわっていたな。
その結果は家族のみならず世界にすら迷惑をかける、俺以上に格好の悪いものだったが。
「それから俺は自分が生き残るために奔走した。世界のためとかそんな事を語るつもりも無い……自分が無様な死に様さらさねぇ為だけに、予言書に関わるかもしれない元凶をしらみつぶしにする為に幾つもの盗賊団、人身売買組織、果ては悪徳貴族連中にもケンカを売るような事もしてな」
「まさか……数年前からザッカールからの人身売買の流れが止まり、望むような年若い子供や女性が実験体として手に入らなくなったのは!?」
「……全部が全部俺の仕業じゃねーさ、そこまでの影響力は俺には無いからな。精々そう言う事が出来る連中が頑張れるように仕向けたまでで……」
ウルガモスはまるで俺の事を化け物か何かのように驚愕した目で見やがるが、生憎俺自身はそれほど大層な事はしていない。
実際に動いたのは国の組織である調査兵団、ホロウ団長率いるミミズクやら騎士団やらなのだからな。
「謙遜が過ぎますね、我らのリーダーは。その行動のお陰でどれほどの盗賊団並びに悪徳貴族がこの世から消え去った事か」
「おまけに極悪人予定だった女傑を仲間にするし、殺される予定だった美女を何となくで助けちゃうしね」
……何か背後で過剰な評価をする仲間たちの声がこそばゆいが、今は無視しておく。
「そんなこんなで国外から生贄を手に入れて、てめ~の下らねぇ実験が進むのは少々遅らす事が出来たワケだが……俺が干渉できたのはあくまで隣国の事だけ。自己陶酔の正義の悪役に酔ったクズの行いを無意識に止めてくれた連中がこの国にはいたんだよな。ブルーガ王国の民にとっても、そして甚だ遺憾だがてめぇの犯す予定だった犯罪を未然に防いで罪悪感を軽減してくれた優秀なヤツ等がな!」
「……あ」
そこまで言われてウルガモスは今度こそすべての感情が抜け落ちた表情になり、項垂れてしまう。
気が付いたからだ。
自分が出来損ないだの俗物だのと蔑み、最終的には生贄に仕様などとしていた血縁者。
その中でも特に蔑んでいたハズの連中によって、自分の、ひいては歴代ブルーガ王国の誤った正義の行いを無意識に止めて貰っていたという現実を。
「変態共に感謝しとけ、ダークヒーローさんよ。お触り禁止のロリショタと深追いしない女好き……、クソみてぇな正義振り回すどこぞの王よりよっぽど為政者に相応しいんじゃね~の? 何て言ったっけ……清濁併せ飲む、か?」
「それは……何か違うような?」
「でも間違っているとも言い難いような……」
最早立つ気力など一切失ったウルガモスが床を見たまま動かなくなったのを確認して、俺たちは踵を返した。
もうコイツには何もできないだろうし、何かしてやるつもりも無い。
自分が人生かけて挑んだ世界の為にと思って挑んだ悪役が、実はただの悪人の所業で、その悪事を自分が手に掛けるつもりだった息子たちに止めて貰っていた。
ヤツにとって最早アイデンティティ何て砂粒も残っていないだろう。
「もう良いのですか? 再び誰かが『異界召喚』の研究を再開する可能性も……」
「念のために後で焼却処分はするつもりだけど、大丈夫だと思うぜ? 召喚術はそれこそ素質ある魔導士にしか使えないって話だし、この状況でミズホが戻って来るってのも無いだろ? なあポイズン…………?」
一応魔導に関して確認しておこうと思ってリリーさん《ポイズン》に話しかけたのだが、彼女は手にした緑色に輝く宝玉を熱心に覗き込んでいた。
「それってジイさんの……」
「……そ、魔力体を封じ込めた結晶。やっぱり時間とともに魔力が減少してってる。無理やり召喚された経緯を考えれば、これで浄化されるとも言えるけど」
そう言うリリーさんの口調はそれだけでは納得が行かない、という気持ちがアリアリだ。
そして難しい顔で結晶を眺めていた彼女は意を決したように口を開く。
「ねぇ二人とも。コイツの処遇は私に一任して貰えないかな? このまま黙って消えるだけってのも寝覚めが悪いし……」
「? 別に俺は魔法なんざ専門外だから好きにして貰っても良いが……」
「私も同様ですが、しかし肉体が無ければその魔力体は消えるのみであると先ほど……」
他ならぬリリーさんがさっき言っていた言葉をカチーナさんが返すと、彼女は悪戯っぽい笑顔を浮かべた。
「ちょ~っとね。たまには私も聖職者したい気分なのさ」
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