第百九十二話 残酷な酔い覚まし

 俺のその言葉に一瞬動揺したかに見えたウルガモスだが、しばらくするとまるで何も知らぬ愚者を見下すように鼻で笑った。


「ふん、何を言い出すかと思えば……これだから自身の目で見た事の無い事実を知らぬ愚か者は。さっき我が言った事が理解できなかったのか? 邪神はすでに膨大な邪気を復活の為に世界から集めて……」

「まあまあ……最初に言ったはずだぜ? これから俺がするのは荒唐無稽な例え話だって。一応最後まで聞いて、無知蒙昧な一般市民を偉大なる王族としての知見で論破して見せてくれよ」


 俺がそう言って煽るとウルガモスは予想通りに不満気に口を噤んだ。

 思った通り、こいつがもしもトロイメアの狂信者共のように、自分たちの行動が間違っていないとか信じている系のクズだったらこうは行かないだろうがな。

 別種類のクズには違いないけど……。


「ある所に一人の女子がいました。その女子は幼い日から仲良く過ごして来た愛しい男子がいました。二人は付かず離れず、ジレジレとした関係を続けていたが、やがて十代後半に差し掛かった辺りで男子側は一大決心をし告白……同じように思っていた女子と晴れて通じ合って二人は恋人関係になりました」

「……なんだ? 一体その話は」


 何を聞かされるのか露骨に警戒していたウルガモスは、突然始まった関係なさそうに聞こえる、どこにでもありそうな冒頭に困惑していた。

 ただ、この冒頭がこの話にとって、そして世界にとって最も重要な部分になるんだがな。


「しかし長年の想いを伝えあい、正に幸せの絶頂と言える二人にある日悲劇が起こります。愛しい愛しい幼馴染の男子が、ある日女子の目の前から突然消えてしまったのです。女子は何が起こったのか分からず、必死に、それこそ血眼になって彼の行方を捜しました。しかしどんな伝手を辿っても、どれほど聞き込み捜索しても彼の痕跡すら発見する事は出来ませんでした」


 俺は舞台俳優を気取るかのように地下施設をカツカツと音を立てて歩く。

 床にまだ黒く残った『召喚術』の魔法陣の上を踏みつけて……。

 変な話だけど盗賊を生業にする連中は日常から足音を消す癖が吹いているせいで、足音を出す事の方が意図的になってしまう。


「月日がたち、周囲の人々が徐々に彼の行方を知る事を、生存を諦めて行くのに対し、女子は決してあきらめる事無く毎日毎日探し続けました。そして事件から数年たったある日の事、彼は女子の前に突然姿を現したのです。瀕死の重症を負った状態で……」

「…………」

「女子にとっては焦がれた恋人との再会だったというのに、それはつかの間の事……訳も分からない状態だというのにその男子は女子の腕の中で息絶えるのでした……」


 そこまで俺が話すとウルガモスは嘲笑を浮かべた。

 さすがに今の話で俺が一体何を示唆しているのかが分からないって事は無いのだろう。

 何せ曲がりなりにも国王を名乗っているんだからな。


「ふん、貴様はそれが『異界の勇者』が辿る運命であるとでも言いたいのか? これだから矮小な愚物は世界を守るという崇高な目的に対する必要な犠牲という者を理解できないから始末が悪い。世界を邪神から救う為には勇者という存在は不可欠で……」

「話はまだ途中だぜ、オッサン。俺がお前なんぞに今更道徳心について語って聞かせるとでも思ってんか?」


 またしても自らの正義が正しいとか必要悪だとか高説垂れ流そうとするウルガモスに、いい加減実力行使で八倒ししたくなるが、グッと堪える。

 コイツへの断罪はその程度では生温いからな。


「失意と絶望のどん底に落ちた女子だったが、恋人の葬儀を終えて無為に過ごす日々の中、当然だが男子が何故死んだのかが疑問になっていた。死因となったのは正面から受けた刺し傷だったが、刃物ではあり得ないような何かに突き刺されたそれの凶器も特定されず女子は行き場の無い憎悪を滾らせ続ける事になりました」


 そしてここからは俺の創作、と言うか想像。

『古代亜人種』がしたためた古文書にあった破滅の三大禁忌『生贄の儀』『蟲毒の儀』『異界召喚の儀』を全て網羅した結果、ザッカールで溜め込み続ける邪気がどのように流用される予定なのかを考察した……本当の黒幕が企んでいるであろう『予言書』の後日談。


「ある日、憎悪に滾る女子の前に一人の人物が現れ恋人が何故亡くなったのか、どうして彼があの日忽然と消え失せたのかを語って聞かせました。彼は『勇者』として異界へと召喚されていた事、進行する邪神軍を前に勇猛果敢に戦っていた事、最後は世界を救う為に、そして自分の元に変える為に必死に戦い……相打ちになってしまった事を。彼の勇猛さ、そして命を賭して世界を救わんとした行動を異界の民は皆感謝している事も余す事なく」


 舞台を演じるかのように、ちょっと陶酔しているように身振りを付けて……これから起こるかもしれない英雄譚を称えるように俺は語ってやる。

 

「そして恋人の英雄譚、救世主としての偉大な振舞を最後まで聞いた女子は……ハッキリと言いました」


 元より戦士が敵を倒す事、そして戦いの中命を落とす事を誉と言ってはばからないのが軍属、ひいては王族の思想だからだろう……ウルガモスは若干“当然”と言った顔になる。

 多分その恋人は“誇りに思う”とか言うのだと妄想しているのだろうが……。

 俺はそんないきなり愛しい恋人を奪われた女子が口にて当然だろう言葉を、今度は全く芝居がからない感情を乗せない声色で言う。


「だから、どうした?」

「…………!?」


 自分が悪に落ちても世界の為に、とか言って陶酔していたコイツのとってそれは予想外な事、あり得ない事として考慮にすら値しなかったのだろう。

 だが、当事者にとっては至極当たり前な事だ。

 

「強敵が出現した、自分達には対処できない……だからどうした? 自分達で出来ないなら逃げれば良い、降伏すればいい、そうでなければ……死ねばいい。私からあの人を奪って良い理由になるとでも? ふざけているか? 私の男の命と引き換えにする世界など存在する価値などない。彼を奪っておいて、何をのうのうと生き続けているか? 他の世界に責任を押し付けて、私に彼の死体を寄越すような世界など、壊れればいい、消え去れば良い、死滅すればいい」

「な、何を……何を世迷い事を。勇者の偉業を称えない者が勇者の伴侶である資格は……」

「勝手に男を奪った世界に、こっちの主張を論ずる資格があるとでも? 奪われた側には恨む権利すら無いとでも言う気かね? 悪事の全てを自分が請け負うとかさっき宣っていた誰かさんが?」

「ぐ……!?」


 自分が人から恨まれる事をしている、その罰の全ては自分が請け負うとか何とか言っていたクセに、実際に人が誰かを恨む事を否定しにかかるのは笑止ってのはさすがに分かるようで、ウルガモスは口を噤んだ。


「そして……勇者の恋人は“何者か”の導きにより勇者が救った世界へと自らの意志で『召喚』……いや、『降臨』を果す。『異界召喚の儀』で自分の最も大切な者を奪った、異世界ゆえに愛着も親愛もないただの滅ぼすべき、憎しみしかない敵地に」

「!?」

「この世界を滅ぼすにふさわしい存在が『降臨』した時、その存在が神へと変じる為の準備は既に完了していた。千年も昔から『生贄の儀』により溜め込み続けた膨大な邪気を引き渡し、『蟲毒の儀』で邪気同士を掛け合わせ食い合わせ、より強大な邪気を生み出し、異形の軍団を作り出し……真の『邪神』とするために…………」


 俺が何を言いたいのか、今度こそ正確に伝わったようで……ウルガモスは大量の汗を噴き出させて顔を真っ青に変え、ガクガクと震えだしていた。


「……何を!? そ、そんな事……全て貴様の…………世迷い事…………いや、まて……邪神の為に邪気を溜め込んでいた?」

「千年前に精霊神の導きで邪神を封じた~って話は表向き、真実は亜人から精霊の地を侵略で奪い取り、膨大な邪気により立ち込め蝕まれた土地を浄化するために、一か所に邪気を集積する為の装置を『生贄の儀』で作り出したって……」

「あ……あの悍ましき光景は復活の兆候では無く、意図的に溜め込まれていた……と?」

「おお、さすがは国王様、その事に気が付いちゃったか~。それはザッカールでも国王にしか伝えられない秘事でなぁ、丁度お前さんが見聞きした邪神復活の話みたいな感じで」


 慣れ慣れしく肩を叩く俺を、まるで俺こそが邪神だとでも言いたげな戸惑いまくり、怯えまくったウルガモスが見上げていた。

 コイツ自身は使命感に酔っ払う事で必要悪として自分が振舞っていたようだが、本音で自信があったワケじゃないようだ。

 だとしても……ある意味被害者だった、などと言ってやる気はさらさらない。


「ああ、ゴメンゴメン最初に言った事、一つ訂正しなくちゃな。邪神はこれから生まれるって言ってたけど、正確では無いな」


 そんなヤツに俺は心からの笑顔を浮かべて言ってあげる。

 ヤツにとって絶対に認めたくはない、絶望の一言を……。


「邪神は、お前が作り出すんだよ。勇者召喚の全ての罪を、娘の、後世の為に引き受けるつもりのご立派な……こ・く・お・う・さ・ま?」




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