第百九十一話 受け継がれてきた自己陶酔《せいぎづら》

「ゴホ……召喚され好き勝手に戦いを楽しんだ俺には……過ぎた最後だな。戦いの中、終わる事が出来るのは……」


 ノロノロとした動きで仰向けになったグランダルは、そんな事を呟いていた。

 召喚されたのも現世に留められたのも召喚主たちの都合によるモノで、グランダル自身の咎とは俺には言い難いものだったが……。


「罠はりまくりで二対一での結果をそこまで言われるのも、なんだかな~」

「ハハハ、謙遜する事はないだろ。貴様らは二人合わせて初めて真価を発揮するタイプだった……強者との本気の戦いに不満などあるかよ。心残りがあるとすりゃ……」


 言葉を切って遠い目をするグランダルが何を憂いているのか、今更問うつもりも無い。

 これからの人生において自分と言う存在が害悪にならないようにと、召喚主にも秘密裏に俺に依頼するくらいだったのだから。


「……もっと単純な出会いだったら、可愛い弟子が出来たって言えたのにな」

「カカカ、どうかな? 達人とか言われても俺のやり口が癖が強すぎるのはお前らが一番わかってるだろ。どっちにしろあの嬢ちゃんには合わない剣だったろうぜ」

「教わるのは技術だけの話じゃね~だろジイさん。アンタはそれも気に入らなかったみたいだがな……猪突猛進、実直一直線なのはお前さんから盗み取った事じゃね?」

「ふん……言いやがるな」


 嬢ちゃん……この期に及んでも名前を呼ばない自分を師匠と慕う少女、王女メリアス。

『予言書』では自分以外の家族は悪政を敷く父以外全て失い、その流れで力の象徴たる『異界の勇者』に傾倒し恋慕した人物だったが、今現在の歴史では彼女に『異界の勇者』に執着させる理由も状況も存在しない。

 故に力の象徴、もしかしたら『伝説の剣』を引き抜けるかも知れないという憧れの存在を意図的に作り上げる……。

 そして憧れを残したままで『伝説の剣』に相応しいと自分が尊敬していた人物がいなくなる事で『異界の勇者』への意識付けをする。

『異界の勇者』という存在をこの世界に呼び込む召喚術の研究を引き継ぎ、なんだったら召喚された時には勇者の補佐、もしくはパートナーとして支えさせる為に……。

 自身の剣、強さをまだ幼い王女の純粋な憧れやコレから芽生えるであろう恋心に厭らしい策謀の一端として使われていた事が気に入らなかったのは言うまでもないだろう。

 俺だって想像するだけでも吐き気がする。

『予言書』で勇者を慕う王女が、知らずに外道の思惑通りに動かされていたなど……。


「ったく、何が『英霊召喚』だかよ。女の子一人に大人のエゴを押し付ける目的で呼び出されたこんなクズのどこが……英霊……だ」

「!? お、おいジイさん?」

「グランダル殿!? 体が……」


 そんな事を呟いていると、やがてグランダルの全身が白く変色して行き……そして指先から徐々に白い灰となって崩れていく。

 まるでそれは砂像が風で崩れて行くように……。


「英霊召喚を現世に留めて置いた受肉体が破壊されたから、魔力体の恩恵が無くなってあるべき姿に戻って行ってるのよ。元々の肉体は既に死亡しているから」

「……リリーさん?」


 いつの間にか地下施設まで来ていたリリーさんの言葉に、俺は驚くと同時に納得もした。

 生贄にされた肉体を維持していた魔力体とのリンクが肉体を破壊された事で切れ、アンデッドが魔力体を破壊された時のように肉体を維持できなくなったと……。

 そうしている間にもグランダルの体は崩れて行き……やがて変わる事の無かった笑い顔も闇の中へと散り消えていく。


「世話……かけたな…………若僧ども…………」


 そんな最後の言葉と共に、Aクラス冒険者グランダルの姿は消えて行き……一山の白い灰の中心に手の平に収まるくらいの緑色の宝玉が残されていた。

 リリーさんがそれを拾い上げてマジマジと見始めた。


「リリーさん……そいつは?」

「……魔力体を一時的に留める為の媒体だね。まあ留める為の肉体が無ければ、時機に消失ってか、向こうの世界に帰って行くだろうけど……」


 グランダルの魔力体……以前魔導霊王エルダーリッチが消滅した時は依り代を失った結果、その地に縛り付けられてしまったらしいが、このジイさんはまだ……。

 と、そこまで考えた辺りで静まり返っていた地下施設に絶叫が響き渡った。


「ば、バカな、そんなバカな!? 英霊グランダルが消滅した…………き、貴様ら! 自分たちが一体何をしたのか分かっておるのか!? お前らは世界を邪神から救う為の計画を邪魔したのだぞ!!」

「…………は?」


 突然そんな事を叫んだのは、いつの間にか目を覚ましたらしいブルーガ王国現国王ウルガモスだった。

 つまりこの召喚研究の首謀者であり、実の娘を自身の計画の為に利用しようとした張本人……そいつはまるで俺たちの方が悪人だと言わんばかりに睨みつけていた。


「大局を知らずに些事を気にする小物共には分かるまいがな! もうじきこの世界には強大で凶悪な邪神が復活する! 異界の勇者を召喚せねばこの世は終焉を迎えてしまうというのに……」

「ほ~~、その為になら……召喚の研究を進める為には無辜な民を生贄にしてもかまわないと? 自分の家族、子供たちすら犠牲にしてもかまわんと? 本人の覚悟も了承も無しに勇者への報償として娘を差し出しても許されるとでも?」

「く……貴様ら、さては多少は知っておるな? この国が異界から勇者を求め続けていた歴史を」


 怒りの炎を上げるウルガモスとは対照的に俺たちは冷めた瞳……国王としても親としても、そして人間としても軽蔑しつくした視線を向けていた。

 そんな視線に一瞬だけ怯んで見せたウルガモスに、俺は心底イラっとする。

 この反応……さてはこの野郎……。


「てめぇ……さては召喚研究が人道から外れる悪事だってわかった上でやってやがったな? 生贄からメリアス王女の情操教育も含めて」

「……誰かがやらねば、誰かが汚名を被る事が出来ねば……異界の勇者を召喚するなど不可能な事。悪名を受けるのはこの我一人で十分なのだ」


 それはまるで覚悟を決めた男のように、自身が全ての罪を引き受けるとでも謳うかのように……まるで自己犠牲を受け入れた聖人でも気取るかのよう。


「ブルーガ王国国王に任命された者にはこの世界の真実を見せられる。それは邪神が封印された地に集まる黒き禍々しき力の奔流……復活の為に世界中から黒き力『邪気』を飲み込み続ける彼の地を見せられた時から、我がなさねばならん事を悟ったのだ……」

「…………ん?」

「しかし……研究を進めようにも材料が足りず成果は上がらず、何も知らぬ愚息どもは己の欲望に任せて国内で生贄を手に入れる機会を悉く潰しおる。そればかりか異界の勇者に敬意も示さない……。ようやく、ようやく『勇者召喚』の後継に相応しいメリアスに光の部分を預ける算段が付いていたというのに!」

「…………」

「すべての事が終わった時、我が全ての罪を背負い娘に処断された時にこそ世界が救われる事になるハズであったと言うのに……」


 俺たちが黙って聞いているからと調子に乗って来たのか、どこまでも自分が正しいというか、もっと言えば世界の為に、娘の為に努力をしていたとでも言いたげだ。

 あくまでも正義の為に自分は悪役を担っていたと…………。

 なんとまあ、実に…………バカバカしい。

 

「大局を“見たつもり”で正義面、自分は世界の為に最後は娘に断罪されて罪の全てを引き受けるつもりだってか? いやいや、実に自分勝手で独りよがりな死に逃げだな、クソ親父。虫唾が走るとはこの事だ」

「な!?」

「ですね。あえて自分が悪を成していると酔っている辺りが実に、痛々しいです」

「なんだかね……開き直っている悪人の方がまだ幾らかマシってもんよ」


 邪神やら邪気やら、ウルガモスとしては理解されようとされまいと、自分しか知らない事を口にして相手がどう感じようとも自己陶酔できるつもりだったのかもしれない。

 こっちがそれ以上の情報に通じているとは微塵も思わずに……。


「な、なんだと貴様ら!? 世界の為に汚名を受ける覚悟も無い小物が……」

「その邪気が集まる場所、当ててやろうか? 隣国ザッカール王国の事だろ……」

「……!?」


 反応が気に入らなかったようで更に怒鳴ろうとしたウルガモスだったが、俺の指摘にあからさまに口を噤んだ。

 それだけでコイツが見た、いや“見せられた”モノが何なのか確信した。

『邪気』はアンデッドにしか視認できない代物だが、生きている者でも感知できる『死霊使い《ネクロマンサー》』は存在する。

 ブルーガ王国に『勇者伝説』を長年伝え、召喚魔法の研究を続けさせるために、任意の者に一時的に『邪気』を見せる方法があっても不思議ではない。


「正確に言えばザッカール王国の中心部、精霊神教エレメンタル教会の聖堂に鎮座する精霊神像……そこ目掛けて周囲の邪気は大量に吸収され続けている。カレコレ建国から千年間はず~っとな」


 サラリと正解を言い当てられたウルガモスは二の句が告げずに口をパクパクと動かす。

『なぜ』とか『どうして』とか言いたいのだろうけど声にならないようだ。

 俺たちがその事を知った上で、何故自分たちの邪魔をするのか理解できないって事なのだろうか?

 いや、違うのだろうな……こいつは今心底恐れている。

 自身が覚悟して犯した悪事の全てが、無意味であったと証明される事を。

 自分の正義が否定されるのではない、ひっくり返ってしまう事態を……。


「じゃあここから一つ、勝負をしようかブルーガ王国現国王ウルガモス。俺がコレから荒唐無稽な例え話をしてやるよ。自信を持ってこの話を全否定出来たらお前さんの勝ちって事で良いからよ」

「な、なんだと? それは一体……」

「な~に心配なさるな、俺たちにとっては救いの話……アンタにとってどうかは知らんがなぁ~」


 そう言ってニタリと笑ってやるとウルガモスは露骨に全身をビクつかせた。


「知ってっか? 邪神は封印されているワケじゃねぇ……コレから生まれるんっだぜ?」



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