閑話 目を曇らせる嫉妬の炎

 一体何が起こっているのか?

 首領であるジルバ様の忠言『ヤツはお前より実力が劣る事を瞬時に見抜く』というものに、私はヤツは対峙すれば確実に逃げに転じると考えていた。

 しかしヤツは逃げるどころか用意周到に準備をして、有利な環境を作り出し、その上で実力差を覆したのだ。

 ヤツの実力は分かっていたハズなのに、ヤツの実力は自分よりも劣るハズなのに……今現在自分の右足に走る激痛が全ての結果を物語る。

 完全に見誤っていた……自分の存在をギラルに知られているワケがなく、今回が初見であると思い込んでいた事で……。


 思えばあの男の事は最初から気に喰わなかった。


 突出した才能があるワケでもないクセに、ほそぼそこまごま世の理を正す為に活動する我らの計画をジワジワと蛆虫の如き鬱陶しさで邪魔をする。

 才無き者が才ある者の舞台を止めるのは愚の骨頂…………それはとうの昔に捨てた実家、魔導の名門として名をはせた貴族家において、属性不明として『魔力だけの愚物』と親兄弟、親戚に至るまで私をゴミ扱いしていた……当時十代前半だった私が少々練習をしただけの短刀術で、たった一晩で『魔力すらない愚物』に成り果てたような奴らの教えの中で唯一共感できるもの。

 強大な火属性魔法を誇り、誰よりも私の事を一族の恥と罵った父だったらしきモノも、水属性魔法で美貌を保っていると能書きをたれる母だったらしきモノも、魔法の練習と言っては私の事を的にしていた兄や妹も……静かに背後から短刀を引くだけでアッサリと、一晩でこの世から消え去った。 

 一晩で魔導の貴族家を皆殺しにした私の事を処刑から拾い上げ、その上で更なる暗殺の術と不明だった魔力属性の使い道『召喚術』を示して下さったのが現上司のジルバ様。

 私の人生において初めて居場所と目的を与えてくださった方なのだ。

 私の才は全てあの方の舞台の為に存在するのだ……だというのに、あの盗賊は!?


『召喚術』に適性のあった私に組織から下された命令は伝承の『異界召喚の再現』。

 同じ世界のいずこからか自我の低い魔物を呼び寄せる『魔獣召喚』などに比べて、理の違う世界からの召還を可能にするには『召喚術』とは違うプラスアルファが必要な事までは判明していたが……数年前に『英霊の受肉』を成功させて以来、研究は遅々として進んでいない。

 それもこれも……独りよがりな正義心で上質な生贄を手に入り辛く、研究を滞らせてきた……蛆虫がいたから!!


「何故私よりも過酷な境遇であった貴様が……私のような闇に堕ちずに同じ舞台に立とうとする!!」


 感情を殺さなくてはいけない『テンソ』の構成員としては相応しくないのは分かっているというのに、思わず口にしてしまったそれが、私にとっての本音だった。

 調べれば調べるほどに、ヤツの経歴は最悪だった。

 普通に生きていれば辺鄙な村の農民だったはずなのに、一晩で全てを失ったヤツには力も無ければ魔力もない……私以上に他者を殺めなくては生きていけない状況だったはずなのだ。

 なのに、だというのに……奴は他者を殺める事なく、闇に堕ちる事もなく、光の下を歩んでいる。

 私が選ばなかった道を歩んでいるクセに、私が歩まざるを得なかった道を知らないクセに……そんな半端で未熟な雑魚が、私たちの計画に、私の居場所に亀裂を生じさせている。

 何も知らないクセに!

 何も分かってないクセに!!

 私が歩めなかった道を歩いているクセに!!!

 右足の激痛は無視して、私は湧き上がる激情のままにギラルへと、気に入らない男に不満をぶつける為に斬りかかる。


「待て! 不用意に踏み込むなど……」


 背後からグランダルの声が聞えて来るが知った事では無い!

 この男は、この男だけは私が屠らねば気が済まない!!

 最早この場がヤツの術中なのは承知、だがこれまでの事を考えれば罠の発動は自動では無く手動……ヤツの一挙手一投足を見逃さずいれば予測する事は容易い!

 足を負傷したとて、まだ私の方が実力は上……その証拠に襲いかかる私の攻撃にヤツは反応は出来てもあくまで攻撃に対処しようとする構えのみ。

 この瞬間に罠の発動はあり得ないハズだ!

 今度こそあの忌々しい盗賊に確実な最期を……………………と思ったのだが。


ピシリ「!?」


 あと一歩でヤツに刃が届くと思った矢先、何の前触れも無く腕にまとわりついた糸に私は動きを止められてしまった!

 どういう事だ!? ヤツは今、確かに罠の発動などの予備動作などは見せていなかった、それがどれほど微細な動きだったとしても私が見逃すワケは………………あ。

 確かに盗賊のギラルに罠発動の動作は無かったが、まとわりついた糸の先でもう一人の敵である剣士カチーナが、してやったりと一本の魔蜘蛛糸を引いていた。


「……しまった!?」


 その瞬間、私は怒りで熱くなっていた頭が一瞬で冷やされたかのような悪寒を覚える。

 至極当たり前な事なのに、冷静な判断を忘れて油断ならない敵が目の前の盗賊だけだと思い込んでいたのが完全なる見落とし……罠を張るのが盗賊でなくてはいけないという理屈など何処にもないというのに、罠に関してギラルさえ注目すれば問題ないなどと何故決めつけていたのか!?

 今の戦いは2対2、それぞれが一対一で対峙しているワケでは無いというのに……。

 油断、慢心、そして嫉妬からの憎悪……すべての自分の失策にようやく思い至った時、その声は背後から聞こえた。

 さっきまで目の前にいたハズなのに……。


「二人組でも1+1を実現するのは難しいんだぜ? テンソのミズホさん?」

「ひ!?」


 マズイマズイマズイ! このままでは殺られる!!

 勝手に感情的になり自分が殺されるだけでなく『召喚術』を扱う者として、調査兵団『テンソ』として任務を全うする事も無く終わってしまう!!

 召喚主である私がやられてしまったら、かりそめの肉体で現世に留まるグランダルの召喚術も…………。


「だから手を出すなと言ったのだ。この戯けが……」

「ぐ!?」


 この上なく呆れたような『召喚者』グランダルの声を最後に、私の意識は途切れた。

 突然起こった頭部への衝撃によって……。


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