第百八十八話 弱者なら準備と予習は万全に
円筒状な地下施設の中央、魔法陣の中心で構えるグランダルに対して、俺たちはそれぞれ別々に壁に向かって跳躍して、そのまま“壁を”走り出した。
今更言うまでも無いが、この爺さんに対して俺たちの膂力も技術も真っ正面から対抗するのは不可能だ。
冒険者という兵士たちとは違う実戦に生きる連中には不似合いではあるものの、グランダルの戦法は基本は待ちのカウンター狙い。
鈍重だが重厚なフルプレートで些末な攻撃を全て受けて、卓越した大剣の一刀で敵を屠るのが常套手段。
その上で必要なら剣を手放すという冒険者的な柔軟さも持ち合わせているのが厄介だが。
トップスピードに乗った瞬間に壁を蹴って斬りかかったカチーナさんに対しても、本来なら受けるか避けるくらいしか反応できなくても不思議ではないのに、彼女のカトラスが届く前に巨大な剣を振り下ろしていた。
そのタイミングは完璧であり、当然リーチで負けるカトラスが届く事は無く……狙い打たれたカチーナさんは次の瞬間には切り裂かれるのみ……。
普通で考えれば、それこそ先日の闘技場であればそういう結果になるハズだった。
しかし…………
キン…………「ぬう!?」
「な……バ、バカな!?」
今の一合でカチーナさんは無傷であり、乾いた音共に真横に切り裂かれていたのはグランダルの鎧の胴の辺り。
闘技場も含めて初めてグランダルが一撃受けた事が信じられないのか、ミズホの悲鳴じみた声が聞こえるが知った事では無い。
更に斜め上から畳みかけるカチーナさんの斬撃をグランダルが、またも正面から“先に”構えるが、やはり今度もカウンターが決まる事は無く……鋼鉄製の兜が真っ二つになった。
現れた爺さんの額から一筋の血が流れ……驚愕する瞳が徐々に喜色に彩られて行く。
まるで自分が攻撃を受けているという非常事態を望んでいたかのように……。
逆に足を止めずに走り続けるカチーナさんの方が不満気であった。
「……浅かったか」
「鎧越しじゃこんなもんだろ、チクチク行くしかないだろうさ。分かりやすい鎧の急所をAクラスが狙わせてくれるとは思えんし、こんなのカチーナさんじゃ無きゃ任せられん」
「難しい要求を……斬鉄は高等技術なのですよ?」
「だから頼んでるんでしょうが、相棒!」
「…………まったく」
元々全力の一撃なら石材すら切断する技量を持つカチーナさんだが、それはあくまで全力で斬りかかる事が出来てこそのもの。
本来真正面から斬りかかっても技量でもリーチでも負けているグランダルに当たるはずも無いのだが、彼女はそんな事を分かった上で全力で斬鉄のみに集中している。
背後で彼女の体を魔蜘蛛糸でグランダルの剣閃から強引にズラす俺に、体どころか命すら預けて……。
幾らAクラスの達人であったとしても、一人で二人分の動きに反応出来なったのだ。
「全力の“直線的な奇襲”というワケか? ククク……貴様ら、イカれているのか? 背中を預けるどころでは無いぞ」
「この瞬間に笑えるアンタも相当なもんだろ。歳考えろやジジイ」
「年寄りもたまには冷や水を喰らいたいもんでなぁ!!」
そして今度は楽し気に突っ込んでくるグランダル。
大剣を一直線に振り下ろす動作は超重の武器とは思えぬ程の速度であるが、超重で巨大が故に攻撃動作は主に振り下ろしか横なぎの2種類になる。
このジジイの化け物な所は、その2種類の動きのみを特化させ必殺の一撃にまで昇華させ、単調では無い黄金パターンとした事だ。
本来なら読みやすく単調な一直線の動きなのに、その瞬間にも緩急やフェイントがかかって物凄く読みずらい。
この辺はついさっきのお相手である“見習い聖女”とは比べるまでも無い、キャリアの差と言うヤツだ。
だからこそ……あの娘に比べれば、十重二十重の仕込みが重要になるんだよな。
「むお!?」
俺に向かって一直線に振り下ろされるかに見えたグランダルの動きが、一瞬だけ空中で止まった。
俺が発動させた、たった一本の『
いつの間に!? そんな事を言いたげなグランダルに向かって、俺は数本の釘を晒された顔面に向かって投擲する。
流石の達人グランダルも初見の罠に対しては反応がいつもより遅れたようで、このままなら“かする”くらいにはなるかと期待しての投擲だったのだが……その思惑をよろしく思わなかった者が、咄嗟に体を割り込ませた。
「調子に乗るな三下! 世界の理も知らずに舞台を邪魔しようなど!!」
速い……それは投げられた釘が到達するよりも早くグランダルを守る為に、短剣を手にしたミズホだった。
その動き、速度は確実に俺やカチーナさんよりも勝っていて、技術に関しても一日の長は向こうである事は分かるほどだ。
まともに向かい合えば勝てる算段が無いのはグランダルと同じような物。
だからこそ、俺は彼女のそんな行動に……ほくそ笑む。
“かかった”っと…………。
「……え?」
それは投擲された釘を叩き落としたつもりだったミズホが思わず漏らした声。
速度もパワーも申し分なし、普通なら確実に叩き落せたはずの何て事の無い只の釘でしか無いはずなのに、その釘が突然軌道を変えて自身の右大腿に全て突き立っていた。
またしても突然現れた一本の『魔蜘蛛糸』に引っかかって、軌道を変えられた釘を予想する事が出来ずに。
釘が刺さった痛みよりも受けるハズはないと思っていた事からのショックが大きかったのか、ミズホの動きが一瞬止まる。
当然、そんな時を相棒が見逃すはずはない!
「……シッ!!」
「あ!? ガアアアアアア!?」
ミズホの懐にまで踏み込んだカチーナさんの膝蹴りが、そのまま釘を根本までめり込ませた。
鉄釘とは言え五寸釘、そんな物が根元まで突き立ったのだから激痛は元より最早しばらく右足は使用できなくなっただろう。
しかし畳みかけようとした瞬間、再びグランダルが俺たちの前に立ちはだかった。
チッ……、やはりそう簡単には行かないらしいな。
俺はカチーナに目配せをし、二人そろって再び連中から距離を取った。
「き、貴様らアアアアアアアアア!!」
そうすると突き立った釘を無理やり引き抜いたミズホが、さっきよりも遥かに憎悪の表情、射殺さんばかりの視線で睨みつけて来た。
どうやら実力では遥かに劣るはずの俺たちに重傷を負わされてご立腹のようだ。
「余計な手を出すな召喚主よ! あの男が貴様のような実力者を警戒していないとでも思っていたのか!?」
「…………え?」
「チッ……どうやら貴様、完全にハメられたな。貴様があの男、ギラルに悪感情を抱いている事も、ヤツの実力自体が貴様よりも劣ると見ている事も含めて……」
だが今は守るように立ちはだかるグランダルはと言うと……そんなミズホとは対照的に、面白くなさそうに言う。
「今、貴様がしてやられた糸も、さっき俺が阻まれた糸も、一体何時仕込まれたと思うのか? 闘技場で戦った際にはワザワザ糸を仕込む段階すら必要であったのに」
「…………え? なん……ですって?」
「ヤツらがこの地下研究施設に侵入したのは今宵が初の事では無い。とうの昔に入り込み、貴様や王が気が付かない内に既に至る所に蜘蛛糸を張り巡らせておる。貴様がこの場に俺を呼び出す事も含めて、ココを自分たちに最も都合の良い狩場にする為にな!」
「!?」
グランダルの指摘でようやくその事に思い至ったのか、ミズホは二の句が告げなくなっていた。
爺さんの推察はほぼ正解……状況からも最終的にはグランダルと戦う場面がある事は予想出来てしまったから、どう考えても狭くて前もって罠を張れる環境が必要だった。
そして調査の間、最も気配を断てる……と言うよりも生き物の気配すら持たないドラスケが、ミズホという“ジルバ”の配下を見付けた事も“前もって”知れた事は僥倖だった。
さすがにミズホに俺がやたらと嫌われていた事に関しては爺さんの深読みが過ぎるがな。
「……相手が強いの分かってて予習もしない馬鹿がいるもんかい。根本的に俺は臆病者なんだからな」
「臆病者と自称しながら、このグランダルに対抗しうる策略を編み出しやがるのだから……侮れんものよ」
「頼むからアンタは侮ってくれよ~爺さん」
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