第百八十七話 盗賊の舞台
そしてミズホの口から発せられた名前は俺たちにとって聞き覚えのある人物のモノで……強烈な光と共に現れたのは、重厚なフルプレートを身に着け身の丈よりも大きい大剣を持った一人のAクラス冒険者の姿。
残念な事にそれは、数日前に俺もカチーナさんも闘技場で敗北し、その後夕食を共にした老戦士グランダルでしか無かった。
しかし反射的に思った俺の心情としては“まさか!?”や“どうして?”などと言うモノでは無かった。
「…………そういう事か」
思わずこぼれた本音……それが俺にとっての感想。
ハッキリ言えば王国の後継者争いと『異界勇者』の召還、そして最終的にメリアス王女を次期国王候補として残そうとする流れから、あの爺さんとのバトルは避けられないだろう事は予想していた。
だけど心情的にあの爺さんが、強敵を他世界の者に任せる所業に加担しているという状況だけは納得がいかなかった。
俺たちを圧倒する力を持ち、脳筋ハゲ《ロンメル》と筋肉で語り合う類の頭の悪い性格の持ち主にしてはどうしても“らしくない”としか思えなかったからだ。
だけど、あの爺さん自身が召喚された存在だったとするなら……。
「召喚された者は召喚した者と契約を結び現世に留まる。契約内容に反しない限り召喚者は術者に隷属し従わせる事が出来る……か?」
「ほお、知っていますか。盗賊のワリに魔導士の中でも特殊とされる召喚術の定義を知っているとは、中々勤勉な事で」
そう言ってニタリと肯定し笑うミズホの顔は、言葉とは裏腹にこちらを見下しているのは明らかでトコトン不快感を煽ってくれる。
俺が知っている理由は大した事じゃなく、『予言書』で召喚された勇者が一番初めに『邪神軍と戦う』という契約させらた事を知っているからだ。
「数年前、召喚に成功した英霊グランダル、元は数百年も昔に志半ばで死した剣士。そしてヤツの望みは『剣を極める事』……己を高める戦場を用意する限り私の命に従う、ただそれだけだ。我らの目的の為に利用される限り、奴の契約は違う事が無い……楽なモノです」
「……………………」
ミズホの言葉を否定する事も無く、フルプレートの冒険者グランダルは無言でこっちに剣を構える。
それは闘技場の時と変わらない、自ら積極的に動いて仕掛けようとするのではなく待ちに徹して相手の動きを見極め、カウンターを狙おうとする常勝の構え。
実際に俺たちは二人とも、その構えの前に手も足も出ずに敗北したワケだから厄介さは既に分かっている。
「個人的には二度と敵対したい相手じゃ無かったけどよ……」
「心情的にはそうですが、リベンジマッチと考えるなら悪くは無いのでは?」
そういうカチーナさんは既にカトラスを構えて突撃の構え……盗賊よりも先に走り出そうとしている彼女の精神力に、あれこれ考えるのもバカ臭くなって来た。
予想通りでも意外な事実があっても、今回の俺たちの仕事内容な変わらない。
『勇者の証』を盗む事と、もう一つの依頼……。
覚悟を決めてダガーを抜き構えると、ミズホの嘲笑は更に深くなっていく。
「あは! リベンジマッチ? 君たちは何を言っているのでしょう。二人ともグランダル相手に手も足も出ずに敗北した事をお忘れなのですか? ご自慢の剣技もスピードもトリックも、全て通用しなかったというのに」
「……なんだよアンタ、闘技場で見てたのか?」
「ええ、お得意の魔蜘蛛糸の戦法を正面から破られ、無様に城外まで吹っ飛ばされた惨めな姿をね。その程度の小物が中途半端な正義感で我らの崇高な計画に介入できると考えるとは愚かな……」
この時俺は妙な違和感を感じていた。
当初の雰囲気は調査兵団のホロウや『テンソ』のジルバに近しい物を感じていたのに、俺との会話を続けるうちに、徐々に感情の揺らぎを感じ始める。
それはいわゆる怒りと弱者を見下す快感と、不快感……ありていに言えば俺に対しての嫌悪感がにじみ出ているのだ。
つまりコイツ等は俺がやろうとしている事とは正反対の事を求めている。
つまり……その結果何が起こるのかを知っている? 知った上で邪魔をする俺の事が気に喰わない……と。
そして俺の行動理念が中途半端な正義感……ってか?
その瞬間に湧き上がりかけた、今ミズホが感じているだろうものと同種の感情……俺のやっている事を正義感からとか、知った様に言う誤った認識すら怒号と共に否定してやりたくなる圧倒的な不快感。
俺はその感情の全てを瞬時に心の奥底へと鎮める。
まともな実力だけなら自分よりも遥かに上の相手が僅かにでも隙を見せたのなら、コチラが同じ隙を見せる必要などない。
過程や経過などはどうでも良く結果が全て……。
油断はするモノでは無い、させるもの……。
戦況を俯瞰で観ろ、冷静に観察しろ、敵に激高して怒鳴りつけたいと考えても実行する必要などない…………なぜなら。
「貴様! 彼の長年に及ぶ人知れず続けて来た、称賛も求めず不幸に陥る人々を救ってきた善行を中途半端な正義感だと!? ふざけるな!!」
「ふ……この世の真実も知らない無知なる者が、我らの崇高なる目的を理解できるはずも無い。多少の犠牲を容認できない、大局を見る事の出来ない小物が……」
「小物……だと!?」
背中を預け合えるパーティーがいるなら、その役目は仲間が請け負ってくれるから……。
スレイヤ師匠の教えの通り、熱くなる仲間の代わりに冷静になれるなら、自分の代わりに仲間が熱くなってくれる。
自分の気持ちを代弁してくれる者がいるのなら……。
「ふ、その通りでは無いか。己の低い目線でしかモノを見れぬ矮小な小物には、この世界に本当に必要な………!?」
激高するカチーナさんを得意げに、煽るように語り出したミズホの言葉をぶった切る形で、俺は予備動作をほとんど使わない、手元だけの投擲手段『指弾』でヤツの目を狙った。
小物で自分より実力の劣る者は自身の会話を邪魔する事は無いとでも思っていたのか、その瞬間見せた表情は驚愕と怒り……力の劣る者に反抗されたガキ大将の如き傲慢さから来る油断の兆し。
「その瞬間を見逃してやるほど、小物に余裕はないんでね」
「……なに!?」
俺はミズホが冷静さを取り戻すよりも先に、ダガーを手に強襲を仕掛け、懐深くに踏み込んでダガーを逆手に切り上げた。
しかしさすがは『テンソ』の者と言うべきか、あのタイミングでもダガーは浅くローブを薙いだのみでかわされてしまった。
「く……グランダル!!」
「…………」
そしてミズホの命令で瞬時に俺とミズホの間にグランダルが割り込んで来た。
相変わらず闘技場の時と同じように、無駄な動きは一切ない、大剣を正眼に構えた姿勢のまま動いたのではと思える程の流麗な動きで。
割り込んだグランダルはそのまま俺に対して一直線に大剣を振り下ろしてきた。
闘技場の時でも一撃をかわすので精一杯だった、速く重く喰らったらどうしようもない事が本能的に理解できる凶悪な振り下ろし。
が、俺は前回よりもその攻撃を余裕をもって見る事が出来ていた。
なぜならば……今回はルールありの闘技場ではないのだから。
ギャリイイイイイイ!!
「むう!?」
「流石は達人グランダルの一刀……我ら二人がかりであっても受けきるのが精々ですね」
次いで割り込んで来たカチーナさんがカトラスで大剣を受け止め、絶対に受けきれない力に一切逆らわず体を宙に預けて、更に背後に回った俺がカチーナさんを体ごと回して剣の軌道上から強引に捌き、逃れて見せる。
その動きは一対一では不可能な、呼吸を合わせ互いが互いを一対の力として動く事が出来た時可能となるコンビネーション。
先日の闘技場では絶対に披露できなかった、俺たちにとっての真骨頂の戦闘手段。
グランダルの一刀を受けてもなお無傷で安全圏に降り立った俺たちを、ミズホは信じられないような顔を浮かべる。
「グランダルの剣を受けきっただと……このような小物共が!?」
「知らんのかい? 小物は小物なりに戦い方があるんだよ。高みから世界を見ているつもりで足元が疎かになってないか?」
「……ジルバの手の者にしては妙に感情的ですね。修行が足らないのではないですか?」
「…………!?」
俺たちの露骨な煽りに分かりやすい憎悪の表情を浮かべるミズホからは、当初感じていたジルバに似た無機質な感情からドンドンかけ離れて行っている。
何と言うか普段は冷静を装えるのに……そこまで『
しかし対照的にフルプレートで顔が見る事も出来ないはずのグランダルからは違う表情が見え隠れする。
自慢の一刀を受けきり流されたという、恥をかかされた、などと言う傲慢な者では無い……久方ぶりに“宝”を見付けた少年のような感情が。
「やりおるな若造共……いや、ギラルにカチーナだったな。俺の一撃で無傷な輩など、この世に再臨してから一度も無かった事だぞ」
「悪いが爺さん……今夜は俺たちの舞台だぜ。一対一の戦いは盗賊にとっては主戦場じゃないんでな」
「戦士にとって決闘は最も崇高な舞台でしょうが、残念な事に我らは『怪盗ワースト・デッド』……目的は戦いの勝利ではなくあくまで盗む事が本懐ですので……」
「そうか…………盗んでくれるのだな」
表情は見えないが聞き覚えのある爺さんの声に迷いのようなものは感じない。
召喚された英霊としてではなく、あくまで戦士として……Aクラスの剣士グランダルとして存分に剣を振るう覚悟だけが見て取れた。
「では……始めようではないか
「「怪盗ワースト・デッド、今宵『勇者の証』もらい受ける! 覚悟!!」」
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