第百八十六話 弱者の心構え

「一体どういう事なのだ!? この剣を抜けるのは“剣の価値を知る者”であり、扱えるのは“異世界の勇者”のみであるのではないのか!? 貴様らは余を謀ったのか!?」


 ブルーガ王国の城の地下深くに存在する魔導研究施設は王族でも知る者は少なく、それこそ建国期から現在に至るまで『召喚』についての研究所として存在し、代々の国王のみが入室を許された私室の奥にある隠し扉の先、長い階段を下った先にあった。

 そんな場所で血相を変えた国王ウルガモスは『エレメンタル・ブレード』の柄を振り回して研究所の代表と思しきローブの女性に詰め寄っていた。

 彼女も彼女で、この場にそれを持って来た国王に驚愕している様子だった。


「……どういう事ですか? 何故異界召喚も成功していないのに、その剣が貴方の手に?」

「聞いているのはこちらだ! 復活間近の邪神を唯一倒せる存在、勇者をこの地に呼び寄せる為に我がブルーガが一体どれだけの代償を支払ったと思っておるか!? 何故よりにもよって、あの俗物に扱えたと言うのだ!?」

「王よ、もしかするとお二人は太古に召喚された『異界の勇者』の血や力を色濃く引き継いだ稀有な存在なのかもしれません。むしろ王族に勇者の才が現れたというなら都合が良いというモノでは?」

「そんな事はあるワケがない!!」


 俗物……それがニクシム、ニクロムという自分の血を分けた実子であるというのにこの言い草。

 比較的冷静な研究員とは違い、どうやら国王はトコトンあの二人を認めていないという事らしい。

 自分が認められている、とでも思っているかのように。


「あやつら如き私欲に塗れた俗物に邪神を倒す崇高な使命、神聖な勇者の偉業を行えるはずも無い! 生来より邪神打倒の為に正義の為に邁進し続けて来たこの我を差し置いて、勇者の剣があれらを選ぶなど……あってはならないのだ!!」


 その叫びは剣が抜けた息子たちを妬むのとは別に、何か必死に自分の事を肯定従っているような激しい焦りが見え隠れする。


「我は正義の為、邪神を倒す為に犠牲を厭わなかった。それこそ『異界召喚』だけが世界を救う唯一の手段であると知った日から。その礎として犠牲になった者たちだって、その為であるのなら、本望であろう! なのにあヤツ等は私欲の為に、あろう事か生贄として集めた者たちを悉く奪い去って行きおった……。何が子供は国の宝だ、何が女性は崇高な存在だ! 己の歪んだ性癖を満たしたいだけの分際で……」

「……確かに、ザッカールの人身売買も縮小され、自国で見繕おうにもあの二人による政策で我らの研究が予定より遥かに遅れているのは事実です。特に『穢れ無きの魂』を対価にした召喚術は予定の1割も成功例が無い」


 魔術でも呪術でも生贄に選ばれやすいのは年端の行かない子供や女性……あのショタロリと女好きの王子たちは、そんな趣味的性欲の為にこんなところまで影響を及ぼしているとは……。


「こうなれば……肉親の対価は数が限られるから先送りしておったが、アレ等を生贄に使うのも止む無しであるな」

「……さすがに勇者の片鱗を見せた者を簡単に消費するのはどうかと……」

「あのクズ共が勇者であるハズなどない! このブルーガ国王ウルガモスが断言してくれる!!」


 暗い笑みを浮かべるウルガモスを研究員は窘めるが、自身の正義というモノを盲信する国王は聞く耳を持っていないようだ。

 血走った目で研究員を睨みつけ、ウルガモスは怒鳴りつける。


「良いかミズホよ! 貴様ら“テンソ”と聖典が何を考えているかは知らんが、コレは決定事項である!! なに、少しくらい勇者の素養があるというなら奴らの命で『異界の勇者』の召還の成功率は上がるであろう。あのような愚物でも世界の為に使われるのであれば、過ぎたる栄誉というモノで……」

「お前のような真正のクズに比べりゃ、随分と優秀な息子たちだがな~。我欲の為に善政敷いて一線は超えない……実に可愛げがある」

「本当ですね。変人を自覚して人々に幸せを振りまき趣味に興じる……自分勝手な正義に酔いしれ悪を自覚せず不幸を撒き散らす、どこぞの暗君と比べるまでもない。つくづく虫唾が走る」

「……な!? 何者!?」


 何かもう聞いているだけで不快なウルガモスの正当化発言をぶった切り、俺たちが口を開くと、国王を始めとした他の研究員たちは動揺を見せるが、ただ一人ミズホと呼ばれた研究員だけは驚いた様子も無く、こちらに向き直った。


「…………付けられましたねウルガモス王。どうやら彼らの狙いは『勇者の剣』では無かったようですよ?」

「き、貴様!? 貴様らは……!?」

「最初から予告状に記したではありませんか、ブルーガ王国国王ウルガモスGブルーガ陛下。我らは今宵、『勇者の証』を頂きに参ると……」


 俺たちは堂々と奴らの正面へと降り立ち、芝居がかった仕草で恭しく礼をする。


「異界からの勇者召喚。この世界にとって最悪の恥である『異界召喚』そのものの根絶……私が信じる己の正義の為に……実行させていただきましょう!」

「は、恥!? 貴様、今、神聖なる勇者召喚を恥と抜かしたか!?」

「ええ恥です。お判りいただけないようなら、分かりやすく言い換えましょう」


 俺と言う侵入者、それもさっき逃亡したと思っていた怪盗の登場に腰を抜かしかけていた国王だったが、自分の信じる異界召喚を否定された事で憤慨したようだった。

 しかしそんな国王に俺は、心底情けないという感情を込めた視線で言ってやる。


「テメェのケツくらいテメェで拭えって言ってんだよ、ドクズ野郎があああああああ!!」


ボボボボボボ…………

 俺にとって最大の行動理念と共に投げつけた煙玉が炸裂し、辺り一面に白い煙が立ち込めて行く。

 地下施設としては中々の広さを誇る場所ではあるものの、やはり地下の通気性は余り良くは無く、白い煙に視界が遮られて何も見えなくなる。


「な……この煙……は……」


 そして徐々に言葉に力が無くなり、倒れ伏すウルガモス王に続き二人倒れる音が聞えた。

 この煙には眠り茸の胞子が混入しており、耐性の無い者が吸い込めばたちまち強制的に眠らされるのだ。

 俺達のようにマスクをしたりで対策を取るのも一つの対策ではあるのだが……白煙の中、視界ゼロの状況で警戒するカチーナさんの声が聞えた。


「……倒れた音は三つです」

「……だな」

「風よ……逆巻け……」


 倒れた音が三つ、地下施設に侵入した際に確認した人数は4人……。

 その現実を肯定するかのように、女性の声での魔法詠唱が聞えると局所的に巻き起こった竜巻が立ち込めた白煙を巻き上げて行く。

 そして現れたのは強制の眠りに落ちたウルガモス王と二人の研究員、そして何事も無かったようにこっちを向いたミズホと呼ばれた一人の女性。

 俺はその女性と目が合った瞬間、全身に鳥肌が立つのを感じた。

 整った顔立ちだが、どこか虚ろにコチラを観察するように自分を任務遂行の道具として割り切っているかのような雰囲気…………それは以前にも出会った事のある、出来れば二度と会いたくないヤツによく似ている。

 テンソの団長にしてホロウの直弟子、ジルバに……。


「どんな御用でしょうか? 怪盗ワースト・デッド……いえ、これまで悉く我ら『テンソ』の、聖典の計画を邪魔していた小賢しい盗賊……スティール・ワーストのギラルさん?」

「…………」


 チッ……バレてたか。

 さすがに元調査兵団に所属していた連中にいつまでも知られずにいると言うのは、虫が良すぎるとは思っていたが……。

 こうなると入国した時から泳がされていた……って事になるか?

 しかし俺がミズホの言葉にあまり驚いた様子を見せなかった事が面白くなかったのか、ミズホは鼻を鳴らしてみせた。


「ふ……あまり意外でもないようだな。己が脆弱さも含めて織り込み済みというワケですか? 強者に情報戦で上を行かれる事も含めて」

「世の中自分より上を見たらキリがねーもんでね。今更生き死にの掛からない敗北で一喜一憂出来るほど純情じゃないんでね」

「なるほど……それなりの修羅場は潜っている……か。ならば忠告通り、油断は禁物のようですね」


 ミズホはそう呟くと、そのまま両手を下に向けた。

 それだけで……地下施設の床全体が眩い光を放ちだし、特徴的な文字を刻みだす。


「!? こ、これはまさか……召喚魔法陣?」

「今更予想できない事態では無いでしょう? 我が悲願『異界召喚の儀』は未だ完成せず、それどころか過程として『悪魔召喚』も『魔人召喚』も研究は滞っていますが、罪人を贄に受肉させる秘術『英霊召喚』はすでに完成している事くらい……」


 そこまで言うとミズホは初めて嗤った……禍々しく、それこそミズホ自身が悪魔や魔人と言っても良いくらいの薄気味悪さで。


「さあ、我が契約の下僕、我が意に従いて現れ敵を切り裂け!! 大剣の英霊『グランダル』よ!!」

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