第百八十五話 残念ながらメインはこれから……
イリスside
棍術と光属性魔法の達人である光の聖女エルシエルが一撃で沈んだ。
それは私の中でも一大事なのだが、最も最悪なのはその事態を引き起こしたのが自分の致命的なミスであるという事だった。
私は驚愕と途轍もない悔恨の念を無理やり押し込めて、慌てて前のめりに気を失ったシエル先輩に回復魔法を試みる。
何度も何度も先輩に教わっても、どれほど時間と魔力をかけても、初心者の回復魔法師ですら可能な回復すら出来ないつたない回復魔法……。
しかし今私にできるのはそれしか無いのだから弱音を吐いている暇は無い!
約数分……普通であればある程度の回復が見込めるはずでも、私の場合は何とか先輩が意識を回復するところまで持って行くのが精一杯であった。
目を覚ました先輩は“後は大丈夫”と私の魔法を手で制してから、自分自身に回復魔法を施すと激痛に歪んでいた表情がみるみると落ち着いて行く……。
「ふう……」
そして砕かれた脇腹やダメージが消失し一息つくと、シエル先輩は未だ民家の屋根にいるというのに、大の字でゴロリと横になってしまう。
余所行きの真面目な先輩とは打って変わった、親しい関係にしか見せない本来の笑顔で。
「アハハハハ……や~~負けちゃいましたね~。今回は完敗ですよ、完全に狙われちゃいましたよ」
その顔にあるのは敗北に対する悔しさと言うよりも、好敵手と全力で戦い切った晴れ晴れとした爽やかさ……。
そんな先輩の笑顔とは裏腹に、私は自分のせいで敗北してしまったという申し訳なさで一杯だった。
「シエル先輩……あの……」
「イリスさん…………謝罪はダメですよ?」
「う……うえ!?」
しかし謝罪の言葉を口にするより先に、シエル先輩は私の言葉を遮った。
寝ころんだまま。
「今回の彼らとの戦いに臨むにあたり、私は貴女の事を秘密兵器として投入したつもりでした。しかしどうやらその見積もりは甘かったようです。ど~も彼らは貴女という強敵が私たちのチームに加わった事を調査していたみたいですね」
「……え?」
「その上で、最速の聖女を自分たちの都合に合わせて利用しようと企んだというワケです。彼らに注目されていた事を誇るべきか苦々しく思うかは微妙なところですが……」
苦笑交じりに言う先輩が何を示唆しているのか見当も付かない。
ワースト・デッドが最初から私と言う存在を認識していた……その上で利用しようと企んでいたからどうだと……。
「分かりませんか? 今夜の戦いでイリス・クロノスという戦士を侮っていたのはただ一人、貴女自身だけです。私も彼らも最大限戦力として利用する気満々だったのですから」
「あ……」
その瞬間、グールデッドが呟いた一言が思い出される。
『……この場に弱者などいない。他ならぬ己が己を侮る事なかれ』
それは私が自分を最弱と定めてグール・デッドの足止めに専念していた時に言われた事。
「パワーや技術の不足は仕方なくても、貴女にはあのワースト・デッドの懐に飛び込めるだけのスピードがあります。それを踏まえて、貴女は私の為に、ではなく“私たちの勝利の為に”この私も利用するべきだった……と言う事ですよ」
「あ……う……」
「増長せずに謙虚に学ぼうとする姿勢は尊いものですが、己自身を正確に見極める事も大事な事です。私はリリーの代わりに貴女を選んだつもりはありませんよ?」
その言葉は優しくもあり、そしてとても厳しいもの。
リリ姉の代用では無く私自身が戦力として、独自の先輩とのコンビネーションを要求している……そういう事なのだ。
及ばない自分はせめて先輩が戦いに専念する為にと、自分を卑下してどこか傍観者な気持ちでいたのではないだろうか?
目の前で見事なコンビネーションで1+1を何倍にもしている参考があったのに、自分は出しゃばるべきではないと勝手に考えて……。
私の心の奥底に、再び悔恨の念が湧き上がる。
だが今度は自分の力の無さを嘆く悔恨ではない、純粋な敗北の悔しさを糧にした悔恨の念だ。
そうだ……後ろを向いている場合ではない。
自身が最底辺にいると考えるなら、登るだけだ。
先に頂きを目指す先駆者たちは、まだまだ大勢いるのだから……。
「先輩……明日から棍術をご指導頂けますか?」
「ふふ、良いですよ? 貴女もまだまだ発展途上なのですからあらゆる事を学び、悩み、試し、そして選び取るべきなのです。幸いにもあの方々であれば、また遊んでいただけそうですし?」
錫杖を手に立ち上がったシエル先輩はそんな事を言って、本当に見た目だけなら清楚な光の聖女に相応しい笑顔になる。
見る人が見れば、次の再戦に向けて燃えているという……実に逞しい笑顔で。
「どうせまた、彼らは“希少価値の無い何か”を盗もうと動くに決まってます。その時こそ、雪辱を晴らそうじゃないですか」
「……先輩はもう少し敗北を悔しがっても良いのではないですか? リリー姉も言ってました。“自分よりも強い者”との戦いには見境が無くなるって」
*
ブルーガ王国の国宝にして象徴とも言うべき勇者の剣『エレメンタル・ブレード』が次期国王候補である第一王子と第二王子が引き抜き、その上で怪盗に襲われかけた婦女子を助け出したという事件はセンセーショナルな出来事として、その場に居合わせた貴族たちは驚愕し、そして大いに二人の勇気ある行動を称えた。
「いやいや、さすがはニクロム殿下……その閃光の如き剣はまさに電光石火。我が家の息子も今夜の話を聞けばニクシム王子を尊敬のまなざしで見つめる事間違いなしですな!」
「困りましたぞ。ただでさえ娘は5歳だというのに“ニクシム様のお嫁さんになるの”と言って聞かないというのに、今夜の事件で益々激しくなりそうで……」
「そ……そうであるか? ううん、それは困ったなぁ~」
「王子殿下……素敵でした」
「あの…………この後もご一緒に……」
「ちょっと、抜け駆けは許されないですのよ!?」
「むははは! コレコレケンカはイカンよ? 心配せずとも誰一人寂しい想いをさせるつもりはないぞ~?」
まあ大多数が今後の自分たちの立場を考えての打算があるのは見え見えであったが、それでも元々チヤホヤされる事は嫌いじゃないバカ王子二人は、ニヤニヤ笑いでその状況を満喫していた。
ある意味俗っぽいが、物凄く分かりやすいドヤ顔具合……。
今日の茶番の中で自分たちの役割を、思惑通りにやってくれたのだからこのくらいの成功報酬は……別に良いとは思うがな。
しかし先ほどの騒動でのある意味ヒロイン役になっていたリリーさんが近付くと、二人の王子は一転、ドヤ顔を引っ込める。
そんな態度にリリーさんは少々意外そうな顔をしたものの、ニッコリと余所行きの笑顔を浮かべて頭を下げる。
「ニクシム第一王子殿下、ニクロム第二王子殿下……先ほどは危ないところを救って頂き、誠にありがとうございました」
「いや……礼を言われる程の事ではない。貴殿になら“分かっておる”のだろう?」
「我らが貴女を助けたのではない。剣が貴女を助けたのだからな」
それは聞きようによっては手柄を傘に着ない謙虚な言葉として周囲の貴族たちを感心させる発言だったが、その真意を知る者にとっては違う意味合いを持つ。
しかし、だからこそ……リリーさんにとって王子たちのそうした態度は好感が持てたようだ。
「それでも、ですよ。あの時平民で冒険者の私を助けようとして下さったその行為は本物の勇気と言えるでしょう? 今夜お二人は勇者となられたのですよ」
「「…………ありがとう」」
交じりっ気のない、裏表のない笑顔で彼女は二人の勇敢さを称え、二人の王子は照れくさそうに……それこそ影の善行がバレた少年みたいな苦笑を浮かべていた。
そんな、おおむねは上手く進んだ茶番劇がホッコリした終幕を迎えようとしているのを、俺とカチーナさんは“パーティー会場”で観察していた。
カチーナさんは再び侍女姿、俺は執事服を拝借して……。
「へえ、意外とリリーさんもこういうフォローはしてあげるんだな。好みじゃねぇ男にご褒美をあげるとは……」
「こっちは茶番と分かっていてのモノでも、向こうは本当に命をかける気概だったのですからね。そうまでしてくれた者に対して悪感情は抱けませんよ」
「……ちがいない」
聖女2人とのバトルと言う、ハッキリ言って想定外の事件を何とか切り抜けた俺たちは当初の予定通り逃亡したと見せかけて、実は元の場所へと戻ってきていた。
逃走した犯人が直後に戻る事は無いだろうという思い込みを付く、盗賊にとっては結構な常套手段であるが……今夜の場合は特に重要な事だった。
『伝説の剣』を王子二人に抜かせるイベントも勿論重要だが、何といっても今夜この場にシエルさんたち異端審問官たちがいる事が何よりもネックだったからな。
連中が加わった戦力に対抗できる自信なんて欠片もアリはしねぇ……。
「ようやくゲスト参加の脳筋聖職者共を城内から追い出せたからな。ったく、前哨戦の茶番劇のつもりでとんでもないメインイベントだったよ。お陰で鎖鎌はおじゃんだし、他の七つ道具もギリギリだ」
「とは言え、招待客であるシエルさんたちも時間が立てば戻ってきます。それまでにメインを終わらせないと、アンコールに再びゲストが登場しますよ?」
「本っ気でそれだけは勘弁だ」
コレから始める
何しろ、それほどまでに今回は綱渡りなのだから……。
するとこちらに視線を寄越したリリーさんが声を出さずに、小さく口だけを動かす。
読唇術で言葉を読み取れ、という意思らしい。
『オウ、ケンヲ、モチダシ』
確認した俺たちは頷き合って、自然な動きでバラバラにパーティー会場を後にする。
予想した通り、国王は息子たちが引き抜いた『伝説の剣』を何らかの理由を付けて会場から持ち出したようだ。
しかも周囲の反応を聞いていると、息子たちの偉業を称える事も無く、何やら慌てて「そんなバカな!?」などと口走りながら……。
普通の国王、いや欲深い権力者であればここぞとばかりに“さすが自分の息子!”などと称えて都合よく利用しようと企みそうなもんなのに。
「息子たちが勇者だと都合の悪い事でもあるのでしょうか? 私の実父は嫉妬からだったようですが……」
「どうかな? ま……少なくとも最終的には身内を生贄に使おうとか考えてたクズの考えなど、どうでも良いがなぁ」
俺たちは再び変装を解き、合流……ここ数日間ジックリと観察して来たブルーガ城の中でも国王ウルガモスが頻繁に出向いていた場所を目指して走り出した。
国王の自室から直通……螺旋階段を下りた先に存在していた、地下研究施設へと。
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