第百八十四話 鐘楼前での待ち合わせ
イリスside
「す、すごい……」
戦いの最中だというのに視界に入った二人の攻防に、私は思わず呟いていてしまう。
シエル先輩とハーフ・デッドのやり取りは現在の私にとって、まさに目標と言うべき技の応酬です。
リリー姉が教会から追放されて、異端審問のチームに代わりに編入された私ではありますが、未だにリリー姉と同様の役目を担えている自信はありません。
無論ロンメル師父とシエル先輩に日々鍛えていただいているのだから成長している自負はありますが、踏み込みのスピードは褒めて貰えてもパワーや経験で圧倒的先駆者である人たちには未だ届かない。
特にパワー重視のロンメル師父よりも技と体術で翻弄するシエル先輩は、まさに私にとって目下目指すべき目標だというのに…………あの怪盗ハーフ・デッドは私が及ばない先輩に対して、スピード、パワー共に身体強化した先輩より劣るというのに技という一点のみで対抗して見せているのだ。
予想外の体術、足運び、道具の仕様……己の間合いを熟知した相手の力を最小に留めて自分の力を最大に生かす。
あのシエル先輩を技術面で上回るなど、私にとって衝撃でしか無かった。
「……見入る気持ちは分からなくは無いが、よそ見していて良いのかな?」
「は!?」
ギャリイイイイ!!
慌てて鋼鉄製トンファーを構えた瞬間、重たい斬撃による金属音が響く。
く、未熟……敵に助言されてしまった!!
こっちの剣士、ハーフ・デッド曰くグール・デッドも先輩同様に現状では私の届いていない戦闘力を持った女性であるというのに……。
一撃当ててから離脱……と思えば今度は脚を止めての体術、かと思えば再び……という動きの繰り返しなのだが、厄介な事にそんな風に上下左右縦横無尽に動き回り切り込んでくるというのに、全てがまるで大地に立っているかのように重く腰の入った斬撃となるのだから厄介極まりない。
こっちは両手持ちのトンファーだというのに、さっきから片手受けができないのだ。
それに戦闘中に目まぐるしくショートソードを逆手と順手にチェンジする事で、スピード重視の戦いかと思えば、聖騎士の正道な剣技とも思える振り方に変化して……代わる代わる別人が襲い掛かってくる錯覚に陥る。
そして最も厄介なのは……。
「く!?」
「……やりますね。どうしても間合いの中に踏み込まれてしまう」
踏み込み、初速のみではあるが、この場において私が唯一一番であると自覚出来る事はその一点に限る。
昔から何故かそれだけは自信があったのだが、それだけにはグール・デッドも追いつけないようで、相手は武器の触れない内側……私が望む超接近へと肉薄する事は出来る。
だが、攻撃に転ずる瞬間にはしっかりと防御対策を取られてしまう。
今も何度目かのトンファーの一撃が首を避けただけで空を切ってしまった。
……上手い、それしか感想は無い。
そして悔しいが……決定的な事実がそれだけで分かってしまった。
今宵の勝負の中、一番弱いのが聖女見習いである私であるという事、勝っているのは瞬間的なスピードのみで技術面で言うとまだ及ばない。
そしてさっきのコンビネーションの最中、私をハーフ・デッドが狙った事を鑑みるに怪盗たちが最初に潰そうと考えているのが、最弱である私からと企んでいるという事だ。
弱いところから叩いて行くのは戦いのセオリーとも言える。
言えるが…………悔しくてたまらなくなる。
だが……今の力量ではそうであったとしても、最弱なら最弱なりのやり方……役目がある事も事実。
1対1で拮抗している向こうの勝負も2対1であれば勝負にならないだろう。
最初に私を倒そうと考えているのならば、私が倒されない限りは向こうも2対1に行こうできないのだから、私が最も目指すべきなのは。
「先輩が勝ち切るのを信じて、タイマンの邪魔をされないように倒されない事!」
私はそう割り切って、グール・デッドの斬撃を掻い潜ると同時に前へと踏み込み、そのまま背後へと回る。
その上でトンファーが空を切る事も織り込み済みで、攻撃後に生じる隙を生み出さないように速攻でさらに踏み込み、再び背後へと回る……その繰り返し。
「お!? と!? は!?」
「……………………」
息を止めて相手に張り付いて死角からの連続攻撃。
一見すれば決死の特攻のようでもあるが、その実は自らの唯一の長所を最大限に使った“逃げ”だ。
予想した通り、グール・デッドは私の踏み込みには対応できなくとも死角からの攻撃にはしっかりと対応してくる。
しかし、私が死角からの攻撃を繰り返している限り、攻撃へ転ずる機会が奪われて防戦一方になってしまう。
自分が倒されずにグール・デッドの行動を阻害するには最も最良な方法である……が。
当然ながら一番の欠点は……。
「大丈夫なのかなルーキー? そのような戦法は脚が止まった時に狙い打たれるぞ?」
「…………」
私の余裕の無さなど、それこそ受け続けているグール・デッドには丸わかりだろう。
極限の無酸素運動は急激に体力を消耗して、血を吐くような苦痛を伴う……何とか先輩の戦いを邪魔しないようにと考えても、そんなに長い時間を稼ぐ事は出来ないだろう。
まだ同じ土俵に立てない私が邪魔をしたくはない…………そんな自己満足の為に私はあと数秒で動けなくなるような踏み込みを繰り返す。
しかしそんな最中、見えたグール・デッドの視線に私は戸惑ってしまう。
それは何か心配する、同じ道を知っている先駆者が後輩を心配するような、それでいて“申し訳なさそうな”目をしているように見えて……。
「……この場に弱者などいない。他ならぬ己が己を侮る事なかれ」
「え…………!?」
その声が聞えたと思った次の瞬間、私が踏み込みグールデッドの死角に回り込んだ“つもり”だったその場所に彼女がいない!?
いや違う!? いないのではなく超低空にしゃがみ込んで瞬間的に私の視界から消えただけだったのだが、そのせいで私はとんでもない失敗を犯していた。
「う、うわ!?」
「あえ!? せ、先輩!?」
全力で向こうの戦いを邪魔しないようにグール・デッドを私との戦いに張り付かせる目的で、無心で彼女の死角を取る事に集中していたと言うのに…………私が全力で踏み込んんだ先にいたのは、邪魔したくなかったシエル先輩!?
咄嗟にスピードを殺す事が出来ずに、私はそのまま激突してしまった!!
そして私は背筋が凍り付いた。
二手に分かれて各個撃破する方向にチェンジしたと思っていたのに、私は最初からグール・デッドに誘導されてしまっていた事にようやく気が付いて。
そして次の瞬間、超低空から切り上げたグール・デッドの剣が狙ったのは私では無く先輩の方!?
そんな咄嗟の強襲にも反応して錫杖で受け止めて見せた先輩は見事だったが、さっきとは逆で、この一瞬グールデッドの攻撃のせいで瞬間的にフリーになったハーフ・デッドが何もしないワケが無い……。
まさか…………まさか……まさか!?
「二人が最初から狙っていたのは先輩の方!?」
*
コチラの狙いに気が付いたイリスが驚愕するのが目に入る。
邪魔しないように足止めを……そんな事を考えていたのが丸わかりだな。
なにしろこの場において身体能力的に尤も劣るのは掛け値なしに俺であり、そのような考えを持った事は今まで何度もあったからよ~く知っている。
弱者の自分は強者の足を引っ張ってはいけない……と。
その気持ちは本当に良く分かる。
パワーは勿論の事、スピードを誇るはずの盗賊だからと言って実際のスピードで前線で戦う戦士たちに比べて早いのかと言えば、そうではない。
悪く言えば早く“見せかける”技能に特化して誤魔化す技能に長けているのが本質だ。
しかしガキの頃、最弱である自分を卑下する俺の頭を師匠に軽くはたかれ叩き込まれた盗賊の心得が今の自分を生かしている。
『最弱は最底辺では無い。仲間を生かし、仲間に生かしてもらう。視野を広く持ち、全体を把握しろ。姑息にずる賢く、どうせなら全てを利用し味方にしろ』
自分を卑下して先輩の為に足止めを買って出ようと必死になっていたイリスには悪いと思うが、今回だけはその覚悟を利用させてもらう。
……どうせ次があったら、絶対に使えない手だろうからな。
鐘楼の前での待ち合わせ。
予定通りにイリスを引き付けてくれたカチーナさんだったが、表情を見るに余裕ぶって見せ掛けてはいるものの、実際には相当焦っているのが分かる。
そりゃそうだ、今はまだ素直に死角に回ろうとする真っすぐな性格のせいか捌き切れていはいるものの、毎回必ず間合いに踏み込まれるのだから実際にやられる方としては緊張感が半端ではない。
しかしカチーナさんが間合いに踏み込まれてしまう程のスピード……本人に自覚があるのかは定かじゃ無いが『時間』に関する魔法の片鱗かもとは思うが、それほどのスピードだからこそ利用できる。
彼女の決死の踏み込みをシエルさんに誤爆させて隙を作る…………字面だけだと最低の一言しか浮かばんが、俺との勝負に集中していたシエルさんは“俺とカチーナさんの”攻撃には対応できていても、さすがに後輩の最速には対処しきれなかったようで激突の瞬間意識が一時的に完全に俺から逸れた。
更に割って入ったカチーナさんの左下からの斬り上げに対処した事で、離脱した俺がロケットフックで登った鐘楼の壁を蹴り急降下した事に反応が遅れる。
「まさか上!?」
しかしそれでも彼女は俺の急降下に対して反応出来てしまう。
それは俺のような『気配察知』の類とは違い、どちらかと言えばカチーナさんのような殺気を感じる技能のようなものかもしれない。
その瞬間、反応“出来てしまった”事で左下の防御が疎かになり、右上の対処も中途半端になってしまう。
その結果…………。
ドゴ……「グギ……!?」
急降下に加えてインパクトの瞬間に肘を膝でかち上げた俺のアッパー気味の拳と、カチーナさんの膝蹴りが右上、左下から同時に激突する。
さすがの光の聖女もこの挟撃に耐え切る事は出来なったようで、肋骨が折れた感触と共に苦悶の声を漏らしたシエルさんは脂汗を浮かべて膝をついた。
両サイドからの打撃による激痛だけではなく、内臓へのダメージは先に呼吸困難を引き起こして意識を失っても不思議ではないハズ。
しかし、にも拘らず……彼女はまだ意識を失う事なく、笑っていた。
「ク………………お見事…………です」
「せ、先輩!? 大丈夫ですか先輩!!」
そして俺たちに称賛の言葉をかけると、彼女は前のめりに倒れ伏し、俺たちはイリスが慌てて駆け寄る姿を確認すると、そのまま背を向けて走り出した。
さすがに今日のところはもう追ってはこないだろうと判断して。
「最後の瞬間まで武人の如き矜持、教会の広告塔としての聖女にしておくには勿体ないお方ですね」
「……個人的には次が無い事を祈るよ。今日の彼女たちは使命を背負ってない
ある意味でだからこそ強敵とも言えるんだけどね……。
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