第百八十三話 恐怖の笑う聖女

 多少距離を稼げたかと思えば、数十メートルも離れていない後方からすでに聖女二人が元気よく追いかけてきていた。

 一応イリスはしばらく動けなくなる程度のダメージは与えたと思っていたのだが、どうやらこの短時間で既に治療は済んでいるようだ。。

 当然か……『予言書みらい』では大勢の軍の回復を一手に引き受ける不死身の軍団を率いる『聖魔女』と呼ばれたかもしれない光の聖女がいるんだ。

 物の数秒で回復されるのは当然の事。


「こういう時回復役がいるってのは、本当に理不尽だよな~」

「愚痴らない愚痴らない。その代わり私たちも手段を択ばず色々やってるのですから」

「まあ、そうだけど……ね!!」


 言葉を切った瞬間、俺たちは示し合わせた通りに急反転。

 そんな突然の行動に一瞬面食らった聖女たちに向けて、俺は手持ちの煙玉を投げつけ炸裂させる。


 ボボボボボボボボ……

「「!?」」


 そして更に大量の釘を投げ付けた上で、俺たちは聖女たちに向かって斬りかかった。

 煙幕、投擲に加えての直接の斬撃……逃走していた二人の強襲。

 俺は煙幕の中、投擲された釘の対処におわれるシエルさんに肉薄……逆手に持ったダガーを振り抜き“斬り抜ける”。


ギャリイイイ!!


 しかし響いたのは苦悶の声では無く失敗を示す金属。

 立ち込める煙幕から抜けたところで、俺は城下町の鐘楼に向かってロケットフックを射出……その上で同じように煙幕を抜けたカチーナさんの手を取り鐘楼の上まで登り切る。

 その間に次いで煙幕を抜けて来た聖女たちは好戦的な笑みを浮かべたまま変わらぬ速度で追いかけて来る。

 俺は思わず舌打ちをしてしまう。


「チィ……強襲が全く通じなかった。空中、煙幕、投擲と姿勢崩しのオンパレードだってのに、全く体幹がブレなかったぜ」

「見習いさんも前情報より遥かにできる娘のようですね。あの瞬間で下がらずに前に出てきましたから」

「うおう……漢らしい」


 イリスは小柄を生かして超接近戦からのトンファーが戦法だから踏み込むのは当然かもしれないけど、投擲の後で斬りかかって来たカチーナさん相手に踏み込むとは……。


「ですが、やはりポイズンの言う通り……一時的な速度に対処できていないのか、まだ素直な娘のようです」

「神様曰く、猪突猛進ってか? 嫌いな気質じゃないけどね~」


 城内から出て城下町へと追いかけっこの舞台が移っても聖女たちの追い駆ける速度は衰える事は無く、しっかりと付いてきやがる。

 俺達ワースト・デッドの移動手段は三者三様……俺はパルクールを駆使した猫と猿の動き、カチーナさんは地面も壁も全て足場にして直線を繰り返す稲妻の動き、そしてリリーさんは全ての体重を無にしたように枝や葉っぱにですら乗るような羽の如き動きだ。

 そして今現在聖女二人が俺たちを追い駆ける動き、というか歩法はリリーさんに近いモノを感じる。

 思えば彼女たちの師に当たる人物『大聖女』がその動きのエキスパートでもあった。

 あの婆さんみたいに“避雷針に片足で乗って巨人の連撃を受け続ける”なんて超人的曲芸に比べれば宙で姿勢を崩さないくらいはワケ無い芸当なのだろうか?

 ハッキリ言って今までの戦いの中でも指折りに厄介な敵だ。

 それこそ数日前の“どこぞのジジイ”よりも遥かに……。


「……さ~てグールよ、どうやるべきかな?」

「愚問ね倒しやすい方から……に決まってますよ」


 目線だけで理解し合う。

 彼女たちに対してコチラが確実に勝っていると確証持てるのはコンビとの連携。

 イリス自身の実力は兎も角、シエルさんとの連携と言うにはさすがに親友のリリーさんに比べると穴がある。

 口にしなくてもターゲットが一致した事を確信し……俺たちはほくそ笑んだ。


「では後程、またここでお会いしましょう」

「遅れないように……お土産をよろしく!」


 ハイタッチ宜しく互いの掌を押し合う形で、俺たちは二手に分かれた。

 そして狙い通りに光の聖女が単独で俺の方へと向かって来る……。

 この一瞬で更に身体強化を掛けたのか、右足を踏み込んだ瞬間に信じられない速度で砲弾のように突っ込んできて。

 美しい笑顔を浮かべたまま突っ込んでくる光の聖女……多分これに恐怖しないのはどこぞの聖騎士団隊長くらいだろう。

 その上で単純に錫杖の刺突かと思いきや、シエルさんはそのままの勢いで先に錫杖を投げつけて来た。

 慌ててかわしたかと思いきや、俺はかわした錫杖が民家の屋根に突き立ったのを見てハッとする。

 光の聖女エリシエルの投擲はこれで終わりじゃない事を思い出して……。

 あの時は錫杖に集めた魔力を開放して小規模な結界を張っていたのだが、次の瞬間には錫杖を中心に周囲一体を照らす程の光の柱が立ち上った。


「のわああああああああ!?」


 思い出したのが一瞬でも遅ければ確実に飲み込まれたであろう光は炎とも違う、あえて言うなら太陽の光を束ねたような圧倒的な熱量……だというのに光が消えた時には民家の屋根には何も影響が残っていないのがまた恐ろしい。

 そして当然な事に錫杖を投げ付けた張本人がその次に襲いかかってこないはずも無く、俺が避ける事も想定内だったとばかりに聖女の踵が顔面にヒットした。


 ゴ……「グア!?」

「ようやく捕えました!!」


 マジか……咄嗟に全身を捻って直撃を避け威力を逃がしたつもりだったのに、一撃で“持って行かれそうに”なった!?

 そして更にシエルさんは着地すると同時に錫杖を回収して、豪快なアクロバットとは対照的な繊細な足さばきで、舞踊の如き紺術で追撃を開始する。

 流れるような動きで突き、払い、笑顔を絶やす事なく……。

 逆に体勢が整えられない俺は不格好に大げさな側転、バク転を含む動きで何とか追撃をかわすが幾度となく掠りヒヤヒヤする。

 にゃろう、攻撃に継ぎ目が全く無い!!

 向こうの間合いに入られたら勝ち目が無いのは重々承知だったが、ここまでとは……。


「手癖も足癖も悪すぎますね! 清楚で儚げと喧伝する教会は相当偽っていますな、光の聖女エリシエル殿!!」

「あら、そんなに褒められては照れてしまいます。貴方のような有名人にそこまで言って頂けるとは」


 照れたように笑いながら凶悪な突きを繰り出す聖女のどこにも儚げな要素は見当たらず、豪傑、豪快と師匠に勝るとも劣らない異名ばかりが相応しく思える。

 本来の『予言書みらい』では既に信仰に絶望して『聖魔女』の道を歩んでいた事を考えれば楽しそうで何より……と言いたいところだが。


ガキ!! 「む!?」


 俺は突きの一つを選んでかわすと同時に鎖鎌の鎌を錫杖の下から引っかけ、そのまま上空へ……上手くいけば錫杖を彼女から奪う算段で跳躍した。

 しかし、やはり単純な力比べで身体強化済みの光の聖女に敵わないようで、鎖が限界まで伸び切ったところで俺の体は上空にビシリと留まってしまう。

 …………だがまあ、それも予想の範疇である。

 力比べに負けた瞬間に俺は鎖から力を抜き緩め……そのままシエルさんの体に巻き付かせた。


「……あ!?」

「おみ足、失礼!!」


 そして瞬間的に動きを止めた彼女の足の甲を、俺は落下するままに踏みつけた。

 靴底に仕込んだ鎌と一緒に……。


「うぐ!?」


 ズグっとした感触で鎌が彼女の足を貫通、地面に縫い留めた事を確証した。

 しかし本来なら激痛のせいで一時的にも動きを止めても良いハズなのに、苦悶の表情は浮かべても攻撃の手を緩める事は無い。

 俺がそのまま鎖鎌から手を放し距離を取った瞬間、刃物の如き横なぎが今までいた場所に伸びて来て頬を掠めて行った。


「うわっち!?」


 手元だけで錫杖を限界まで伸ばす…………どんな握力してんのこの人!?

 そして再び背を向け走り出した俺の背後から聞えたのは、何やら鉄製の鎖が千切れたような音と同時にまたも追撃を開始する足音。

 うわ~い、鎖鎌もそれなりに金掛かるのに~~~~。


「光の精霊、我が身に癒しの光を……」


 オマケに痛みを解す様子も無く走りながら治療を施すという、見た目の神々しさとは裏腹に不死身のアンデッドでも相手取ったかのような厄介さ。

『予言書』では頑なに自身の治療を行う事は無かった『聖魔女』とは違って、現状『光の聖女』である彼女は遠慮なく自身にも治療を施す。

 そう考えると現状の彼女は力量の上では劣っていても、ある意味『聖魔女』よりも厄介さでは上なのかも……。

 やはり何時もの『魔蜘蛛糸』を制限されてのバトルは分が悪い。

 

「く!? 何とか待ち合わせまで持てば良いけど……」



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