第百八十二話 闇夜の舞踏会ならぬ……
油断したつもりは無かったのだが、そんな言い訳は通用しない。
スレイヤ師匠にでも知られた日には説教確実だなこりゃ……“つもりは無かったなど口にする時点で既に油断してたんよバカタレ!!”ってな感じで。
シエルさんに関しては感情的にリリーさんの親友枠、ぶっちゃけ意識下では仲間の範疇だったからってのも遠因だったと言えるけど。
見据えた聖女二人は隙の無い構えを取っているのは当然だが、一際目を引くのはその表情…………めっちゃ嬉しそうなのだ。
特にシエルさんの明らかにワクワクしてる感情が溢れる好戦的な笑顔が……やばい。
「うふふふ……これまで遭遇したのは2度ほどですが、どちらも直接対決は敵いませんでしたからね。今宵、主賓に剣を抜かせる以外の仕事が無いのであれば……時間はたっぷりありますよね? ……光の精霊レイ、我が周囲の闇夜を照らす光に全て幻惑を、
そして何やら精霊魔法を呟いたかと思うと、次の瞬間には以前の聖域結界などとは何か違う雰囲気の光が庭園一帯を包み込んでいく。
「……しまった、結界!?」
その手の結界であれば、それだけで捕らわれた事になる。
俺たちは“やられたか!?”と一瞬焦ったが、シエルさんはニッコリと凶悪な笑顔を崩す事なく言う。
「ご心配なく、コレは私を中心に私たちの姿が他者には見えなくなる結界……丁度この庭園一体をカバーするくらいの光属性の幻惑魔法、逃亡するなら範囲から出れば済む事。ですから、コレから派手な破壊行為でも起こさない限り、私たちの舞踏会を邪魔する無粋な方はいないという事になります」
「ロンメル師父に教わりました。彼の怪盗と全力で対峙したくば動きを封じるべきではない、楽しくなくなるぞ……てね」
そして悪い先輩に習って悪戯っぽい笑顔を浮かべるイリス……。
あ~~~~も~~~~これだから脳筋は……師が師なら弟子も、その後輩も。
「異端審問、並びに聖女様が犯罪者を取り逃がす可能性も含めて、直接対決を望みますか……随分と自分本位な行動ですね。聖職者が聞いて呆れる」
「残念な事に私は隣国エレメンタル教会の所属でこの国の民ではありません。ゆえに私たちのやり方を指摘できる人もこの場には存在しないのです。まあ何と言いますか」
ト……その瞬間聞えたのは軽く地面を蹴った音。
そして俺たちがノールックで立ち位置を入れ替えた瞬間、ガキリという鈍い音が二つ庭園に響いた。
踏み込んだシエルさんの錫杖を俺が鎖鎌で、イリスのトンファーをカチーナさんがショートソードで受け止めた金属音が。
「バレなきゃ良いのです。悪い事しているワケでは無いのですから」
「……開始の挨拶も無しとは、随分とお行儀の良い聖女様ですな」
「ええ、貴方なら受け止めて頂けると信じてましたから、怪盗ハーフデッド!!」
悪びれる様子もなく踏み込んだシエルさんの錫杖を振り下ろしを受けた瞬間、俺は力に逆らわず流しつつ分銅を横から~と考えていたのだが、彼女は力押で来る事をせずに距離を取った。
同様にイリスもカチーナさんから一定距離を取る…………こいつは……。
相手の出方を観察していると、トンとカチーナさんが俺と背中を合わせた感触がした。
戦場において互いが互いの背後を守る形ではあるが、相手が彼女であるとこんな場面でも少しドキドキしてしまうのは秘密である。
そして当然だが、咄嗟の内緒話にも適したポジションで……表情は確認できないけど非常に気持ちは分かりやすい声色で彼女は話しかけた。
『厄介ですね。力押で来るつもりは無い……と』
『元々二人とも筋肉ハゲとはスタイルが違いますからね。そして今日はトコトン『怪盗ワーストデッド』と戦うだけのつもりでいやがる……』
『ええ……とても忌々しく、厄介です』
俺は思わずため息を吐きかける。
忌々しい、厄介……そう言うのだったら、そんなに嬉しそうに言うんじゃない……と。
まあ結局のところ、この人も
『分かっているだろうが、俺はイリスと、貴女はシエルとバトるのはNGですぜ?』
『承知してます。下手に剣を交えれば間違いなく気が付かれますからね』
武闘家ってのは厄介なもんで、口は上手くなくても拳や剣で分かり合う事が出来るという特殊能力を持った変人が多い。
そしてどこから見てもそっち側であるシエルさんとカチーナさんは、以前散々手合わせしているし、俺は直接対戦は無いがイリスとは共闘した事があり、こっちも不安要素が強い。
だからこそ、さっきの初撃で対戦相手を確定する為にも無理やり俺がシエルさんを、カチーナさんがイリスを相手取る為に位置を入れ替えたのだ。
しかし俺の方はカチーナさんに比べて更なる問題もあった。
得物からバレる事態は避けたいから今回カチーナさんは何時ものカトラスをショートソードに代えて、俺もいつもとは違うダガーを装備している。
問題になるのは俺の『七つ道具』を使った戦法であり……以前『トロイメア』の坑道で共闘した時に怪盗に繋がる『ロケットフック』からリリーさんに正体がバレた事と同様に、今回は冒険者の盗賊ギラルのお家芸である『魔蜘蛛糸』を使った戦法はNGになる。
つまり相手の動きを止めたり制限したり罠にハメるいつものやり口は使えないって事で。
『これは先方のお望み通り、体術全振りの鬼ごっこしかなさそうです……グール・デッド』
『フフフ、了解ハーフ・デッド!』
*
エリシエルside
全てを通じ合った相棒同士のように、はたまた寄り添い合い、愛し合う恋太同士のように背中を合わせる二人の姿は……ちょっとえっちな感じで、思わず“まあ!”と口に出してしまいそうになります。
そんな私の邪な心とは裏腹に、ハーフデッドがおもむろに右手を天に向かって掲げたかと思うと、次の瞬間には“ボン”と音を立てて何かワイヤーの付いた物を射出しました。
ロケットフック……いうまでも無くそれは彼の怪盗が自在に高所へ移動するための常套手段!
そして見ている間に彼らは見事な跳躍と共に建物の見張り台にフックを引っかけて、あっという間に屋根の上へと昇ってしまった。
しっかりと手をつないでいるから、当然二人とも……。
そして同時に顔を隠していても二人の目はしっかりと見えました。
それはどことなく楽しそうな、非常に私の気持ちと同調するかのような……そうです、言葉にしなくとも分かります。
『追って来い!』であると!
「さあイリス! ダンスのお誘いを受けてしまったからにはお答えしないのは婦女子として失礼になります。舞台へ上がりましょう!
光属性精霊魔法の身体強化。
大聖女の火属性とは違い己のエネルギーを糧にするワケではないが、魔力により一時的に身体能力を倍加させる魔法を自身とイリスに掛ける。
互いに身体向上の証の光を纏いつつ、イリスは苦笑して見せた。
「あのカップルに割り入るつもりですか? 随分と悪い女ですね~、お姉ちゃんに言いつけますよ?」
「アハハ! 私もちょっとは夜遊び覚えませんとね。でもお姉ちゃんには内緒にしてください!!」
そして私たちは同時に倍加した脚力を跳躍力にして、そのまま屋根へと上がった二人と同じ高さまで飛び上がった。
しかし当然ですがあの二人が黙って待っていてくれるはずもなく、だからと言って速攻で鬼ごっこを始めるほど芸がないという事もありません。
案の定、私たちが飛び上がった瞬間を狙い撃つべく鎖分銅が寸分たがわず、私の右頬を掠めて通り過ぎる。
チッと掠めた痛みを感じるよりも早く、私はそのまま錫杖を極限まで伸ばし捻じり込む。
「歓迎の挨拶どうもです! つまらないモノですが!!」
「うお!?」
カウンターでの突きのつもりでしたが、さすがに直線過ぎたのかハーフ・デッドにはアッサリとダッキングでかわされました。
しかしまだ終わりではありません、刺突の次は遠心力を使っての薙ぎ払い……と、このようなセオリー通りの攻撃は読まれて当然、それもアッサリかわされます。
ですが…………私が錫杖から手を放し、踏み込む事を選んだ瞬間、彼はあからさまに動揺の表情を浮かべた。
「……まずお一つ、どうぞ!!」
「なに!? グガ……!?」
そして腹に一撃を喰らった瞬間、彼の口から苦悶の声が漏れる。
棒術を主体にした私が突如徒手空拳で超接近戦に転じたのだから、対処が遅れ一撃を入れる事が出来た……と思いたかったのですが。
「今のタイミングは行けたと思ったのですが、浅かったようですね」
「ゲホ……謙遜しなくても……十分痛いがね。まさか寸勁の遣い手とは、恐れ入る」
以前より修練はしていたが、最近イリスが冒険者の昇格試験で体験した話を聞き、もしも再び彼に相まみえたならば修得しておくべきとロンメルさんに頼み込んで、直接体に叩き込んでもらうという無茶を繰り返した結果ようやく身に着けた技なのですが。
あのタイミングで直撃はしていない、インパクトの瞬間に腰の捻りだけで半分の威力は流されてしまった。
まるで彼自身も何度も喰らった事があるかのように……。
そしてこの方は半分の威力を貰ったとは言え、痛覚にかまけて攻撃の手を休めるほど大人しい質では断じてない!
ジャ!! 「!?」
案の定、さっきかわした鎖分銅が背後から襲いかかってきました!
しかし狙いは後頭部と慌ててかわそうとした瞬間、その判断が誤りである事を知る。
「!? 危ないイリス!!」
「……え? キャ!?」
帰って来た分銅の狙いは私では無く、もう一人の怪盗と切り結んでいたイリスの足。
鈍い音とともイリスの右足に激突した分銅の威力はそれなりにあるようで、瞬間的に機動力を奪うには十分。
ですが、攻撃の意図はそれだけではない。
本命はこの瞬間にフリーになった相棒に手伝わせる為!!
「シッ!!」
「く!? 早い!!」
予想道理にグールデッドはショートソードを上段に構え、跳躍に回転すら加えて斬りかかって来た。
ガキイイイイイイ…………
このタイミングでこの威力……“分かっていても”錫杖を使って両手で受けなければ受けきれなかった。
喩えこの瞬間、自分の胴がガラ空きになる事が分かっていたとしても……。
「グガ!?」
「……悪いですがタイマンと言った覚えはありませんよ?」
ハーフデッドの見かけの軽快さに反してしっかりと修練された膝蹴り……痛みよりも苦しさの方が先に訪れて息ができなくなり動きが止まる。
次の瞬間にドッと脂汗が噴き出したと思った時には、既に怪盗たちは城外へと向かって走り去るところ……。
そうです、彼らにとっての勝利は私たちとの対戦では無く逃げ切る事なのです。
罠も策略も二人がかりも、彼らにとっては常套手段……何も恥じる事ではありません。
回復魔法……が必要な負傷でもない、私はそう判断して肉体回復よりも呼吸を整える事を最優先に考える。
「……無論です、私もそのような事は望みません。最高の相手の最高の妙技……今宵はトコトンお付き合いしますよ!!」
再び体を動かせるようになった瞬間、夜空を跳躍する怪盗たちにそう宣言すると、彼らは確かに笑ったのが見えました。
『やってみろ』ですか…………上等です!!
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