第百八十一話 英雄誕生劇の裏方

 何やらクズ王子二名が突然呆けたように『伝説の剣』に向いたかと思うと、フラフラと近寄って行く。

 ……どうやらうまい事釣ってくれたみたいだな。

 周囲の兵士や貴族たちは皆、そんな王子たちに“一体何をするつもりなんだ!?”的な視線を向ける中、奴らは今まで一度も抜く事の出来なかった剣の柄を二人で握りしめる。

 こっちの計画通りに。

 そもそもこの国の連中の大半が勘違いしている事なのだが、伝説の剣『エレメンタル・ブレード』には意志があって、相応しくない者には決して抜けないって事ではない。

 正しくは“剣がその気にならなければ抜けない”が正解なのだ。

 それは似ているようで全く違う、平たく言えば真っ先に資格がありそうな異世界からの召喚者であっても、剣にその気が無ければ決して抜く事は出来ない。

 そして逆も然り……その気にさえなってくれれば、誰にだって抜く事は出来る。

 そう……まさに今、この瞬間のように。


「な、なに!?」

「あ、あれは!? 剣から光が!?」

「な、なんだと!? バカな! 異世界人ではない愚息共に勇者の剣を抜く事など出来るハズは!?」


 周囲のどよめきに交じり、最も驚愕し目の前の現象を信じられないと口にする国王をしり目に、『伝説の剣』の刀身に無数のヒビが走り出すと神々しい光が漏れ出してきて……そして“パキン”と渇いた音と共に刀身が砕け散った。

 それはまるで刀身こそがその剣の鞘であったかのように……引き抜かれた剣は王子たちの手に握られていた。

 光を刃とした眩い聖剣、『エレメンタル・ブレード』として。


「なんと……これが伝説の勇者の剣『エレメンタルブレード』だというのか!?」

「伝説では刀身が光るとなっていが、まさか“光が刀身になる”が正しかったというのか」


 説明乙。

 王子たちの言葉に、周囲の連中は“そうだったのか!”という驚きと、今まで誰も抜く事が出来なかった剣を王子たちが引き抜いた事への驚愕にざわめき始める。

 しかし王子たちは意に介することなく、未だにリリーさんを人質にしている俺達『ワーストデッド』に向けて手にした『エレメンタルブレード』を振りかぶる。

 そして次の瞬間、壇上から光の刃は数十メートルに伸びて、俺達に襲いかかった。

 当然人質ごと両断するコースで……。


「な!? まさか人質ごと俺たちまで!?」

「この光は悪のみを切り裂く正義の刃!」

「滅するは貴様らのみ! 喰らえ我らの栄光の為に!!」


“フオン”と独特な音を立て襲い来る光の刃に俺が慌てて見せると、王子二人はニヤリと笑った。

 どう見ても正義に燃える英雄では無く、この後に待っているであろう称賛と栄光を想像しての実に俗っぽい笑顔で。

 一瞬、カチーナさんがこのまま茶番を進める事を躊躇する顔になったが……光の刃が直撃する瞬間に俺たちはリリーさんを解放して跳躍した。

 二人とも黒装束の胸元に“真一文字”の切り込みを入れて…………。

 そして伸び切った光の刃が消失した事を確認してから、俺は胸元に仕込んだ血糊袋を潰す。無論カチーナさんも同様に“光の刃で俺達だけが斬られた”事に驚愕するように。


「バ、バカな!? その剣は本物だというのか!? く……王国の都合の良いプロパガンダの一環だと思っていたのに!?」

「まさか、本当に人質のみを切り裂く事なく私たちだけを斬るとは……。ここは一旦引きましょうハーフデッド!」

「……チッ、やむをえないか」


 悔し気にそう呟き、俺たちはそのまま間を置かずに窓から外へと踊り出て、更にロケットフックで隣接する建物の屋根へと跳躍した。

 その瞬間発生したのは衛兵たちの「追え!」の言葉をかき消さんばかりの圧倒的な歓声。

 今まで抜く事は誰にもできなかった『伝説の剣』を抜き、更にその力で悪漢を撃退したのが二人の王子となれば盛り上がらないワケが無い。


「うおおおおおおおお! 凄い! 我々は今奇跡を目撃したのだ!!」

「ニクシム王子万歳!! ニクロム王子万歳!!」

「何て事なの!? まさか王子様が勇者様!? 素敵!! また抱いてください!!」

「ニクシム王子殿下!! うちの娘は今年で5歳でございますぞ~~~!!」


 ……若干ヤバ目な、連中の趣向が一部暴露されるようなモノも混じっている気がするけど、その辺は知った事では無い。

 俺たちは屋根の裏側に回り込み、そこで待機していたドラスケにゴーサインを送る。

 そして無言でうなずいたドラスケは二つの黒い人型の布切れをはためかせて、一直線に飛び上がった。

 まるで二人の盗賊がそっちの方角に逃げて行ったように、屋根から屋根へと跳躍を繰り返しながら……。

 そしてそのまま音と気配を殺しつつ、ゆっくりと屋根から降り立った俺たちは……庭園の庭木の影にうつ伏せになり息を殺して潜伏すると、丁度ドラスケが飛び立った方向に向かって大量の駆け足と共に、地鳴りのような足音も聞こえて来た。

 誰だとか確認するまでも無い大声を上げて……。


「ぬおおおおおお! 今夜は逃がさんぞハーフデッド!! 今宵こそパワー対スピードの決着を付けるのだ! ぬわははははははは!!」

「待たれよ客人!? ……何という脚力」

「貴様ら根性見せんか! ブルーガ王宮近衛兵の名が泣くぞ!!」

「無理です隊長! 何ですかあの猛牛のような僧侶は!!」


『……ロンメルのオッサンの察知能力は50メートル。マージン取って100メートルは置いてからドラスケに行ってもらったが……こっからは賭けだな』

『城外までは気が付かれないと良いですけど』


 俺も使い手だからこそ分かるが『気配察知』は感知したモノが生きているかそうでないか、などの判断が『魔力感知』に比べると確証の持てる能力ではない。

 細かい音や息遣い、それこそ話をしてくれれば相手が人間だと判別できるが、それを判断するのは圧倒的に経験がものを言う。

 あの筋肉バカ代表のロンメルが“筋肉の動く音”を感知できないとは思えんし、索敵範囲に入ればアレが囮である事など一瞬で見抜くだろうが……。


 潜伏開始から約20分……一応ドラスケに誘導された連中が戻って来る気配も無いと判断した俺たちはこそこそと植木から這い出して立ち上がった。

 未だにパーティー会場からは歓声が聞えて来るが、この庭園に人気は全くない。


「……一先ず筋肉ハゲの誘導には成功したか? ついでに優秀な衛兵諸君も釣られてくれたみたいだけど」

「そうですね……とりあえずこれでフェイズ1、現行王子たちの祭り上げは成功って事で良いでしょうか? 何気にさっきのニヤケ面思い出すとイラつきますけど」

「ま、そう言わんでよ。今頃キャーキャー言われてドヤ顔してるだろう奴らの面を想像すると……何か腹立つのは分かるがな」


 これで今夜を皮切りに第一王子ニクシムは今まで以上にロリっ子ショタっ子に大人気、第二王子ニクロムは今夜から令嬢から未亡人まで入れ食い状態でウハウハになる事だろう。

 その辺の副産物は知ったこっちゃねぇけど。


「あの二人だったら問題ないだろ? 勇者なんぞという肩書も俗っぽい我欲の為なら正しく利用できるだろうからな~」

「………………やはり今回も目的は別にあったようですね」

「「!?」」


 その瞬間突然庭園から聞こえた声に俺は背筋が凍り付いた。

 いなかったのだ……確かにさっき『気配察知』をした時には庭園に人の気配は一切ないと判断したはずだったのに。

 まるでずっとそこに佇んでいた事に俺が気が付かなかっただけのように……彼女は、光の精霊に愛された聖女は月光に照らされ笑っていた。


「バカな!? 全く気配など……音も呼吸も感知しなかったと言うのに」

「ふふふ、貴方にそう言ってもらえるとは修練した甲斐があるというモノです。予告状が届いてから今日まで、貴方が逃走時に潜伏するであろう場所を特定するのは一苦労でした」

「潜伏……パーティー会場にいないと思えば……」


 ……マジかよ、潜伏は元々盗賊や斥候が好む技法。

 本来前衛を担うような連中が使う事は無いのに、まさか対ハーフデッドように!?

 銀の錫杖を手に笑う『光の聖女』エリシエル……今の彼女からはしっかりと人の気配を感じる事ができるが、正直言って笑えない。

 何しろ彼女は俺が取るかもしれない逃走方法すら予測した上で、更に彼女と初対面した時、ファークス侯爵邸にて俺がやった方法をそのまま返して来た事になるのだ。

 そして更に面倒事は続く……。


「今回逃走の追跡をロンメルさんに全面的にお任せしまして“私たち”は待ち構える方向にしたのですよ。所謂2面作戦ですね」

「私……たち? うげ!?」


 不穏な言葉に戸惑う俺達に、コレ見ようがしに背後に隠していた石像を見た瞬間、俺はそれが何であるかを悟った。

 それはつい最近、冒険者の昇格試験で一緒に戦った少女にソックリな石像であり……シエルさんは自慢げに人差し指を石像へと向けて「解呪」と一言唱えた。


「さすがにこのような短期間でこの娘にも潜伏の習得をさせるのは無理がありますから。少々友人の盗賊さんが得意とする裏技を拝借させていただきました」

「う……」


 彼女の指に輝く指輪は、本人の任意が無くては発動不可能という欠点を抱えた石化アイテムである『石化の瞳』。

 使い勝手が悪いからとザッカールでは雑貨屋で二束三文で買える魔道具の一つだが、たまに野盗のアジトなどに潜入した時に、救出が難しい捕らわれの人を一時的に守るために俺が使う裏技の一つ。

 そして、確かに俺はこの裏技を一度話した事があった。

 特に何の気も無く、日常会話でさら~っと。

 一時的にでしか無いが呼吸もせず動く事も出来なくなる代わりに気配を感知する事も出来なくなる、ある意味で究極の潜伏手段。

 灰色一色だった少女の石像が、ジワジワと元の若々しい肌色へと戻って行き……そして全ての色合いが戻った時点で気が付いた彼女は、愛用のトンファーと手に構えを取った。


「シエル先輩、どうやら予想が当たったようですね! 以前盗賊の心得をギラル先輩に聞いていた甲斐がありましたね!」

「だから言ったでしょうイリス。盗賊の思考を知る為にはあの人の言葉を盗み、習うのが最も近道であると……」


 ふふん、と得意げに自らも構えを取る『光の聖女』と『聖女見習い』のイリスちゃん。

 対する俺はというと……何とも言えない視線になるカチーナさんの方を見れずにいた。

 潜伏のやり口、石化の瞳の裏技、そして逃走経路の予想……どれもが冒険者おもて怪盗うらも含めて俺が撒いた種ばかりなのだから……。

 

「…………君、油断はさせるのが信条では?」

「……なんかスミマセン」

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