第百八十話 人ではない協力者《グル》

 さて、茶番である事は俺たち自身が一番わかっているが、この場において雇われ冒険者の立場でしかないリリーさんを拘束したところでメリットは余りない。

 精々この場にいる連中、特にロンメルのオッサンを一時的に止められれば良いくらいだ。

 事実、慌てて駆け付けようとしたロンメルや衛兵たちも一瞬躊躇いを見せるが、壇上の国王を始めとした王宮関係者に焦りの気配は見られず状況を淡々と確認している。

 冷静に、この場においての最善を見極めようとしているようだ。

 俺は視線を『伝説の剣』に向け、剣の宝玉が一瞬キラリと光ったのを確認してから更に舞台を盛り上げる為にセリフ回しを“打ち合わせ通り”にやろうとする。

 ……が、その時思ってもいなかったイレギュラーが起こった。


「きききき貴様ああああ!? 何という事を! 今すぐその少女を放すのだ!!」

「「「へ?」」」


 ココから束の間の膠着状態から“悪人から女性を救い出す”感を演出しようとした矢先に、壇上から悲鳴に近い叫び声を上げたのは第一王子ニクシムであった。

 お、おいおいおい……ちょっと予定よりも早いんだけど?

 しかし俺たちが予想外の反応に間抜けな声を漏らす間にも、ニクシムは壇上から怒りを隠そうともしない様子で声を張り上げる。


「怪盗団ワースト・デッドであったか!? か、彼女は王家にも貴族にも縁のない冒険者、何か要求の為に人質としないなら、まずは私が代わろうではないか! 私はこの国の第一王子……人質としては申し分ないぞ!」


 ざわり……瞬時に会場内を満たしたのは“なんて事を!”という驚愕と、そして同じくらいの尊敬の念。

 まるで国を担う者として民のためであるなら、いつでもその身を賭けても良いという覚悟と慈愛、そして己が命を顧みない漢らしさを見たとばかりに。

 そしてそんな兄に呼応するかの如く、並び立った弟ニクシムが彼の肩を掴んだ。


「待つのだ兄上! 貴方は次期国王と言う大事な御身。ここは貴方の予備である第二王子たる私こそが相応しいであろう!!」


 おお!! 今度は驚愕と感動の声が上がる。

 世間的には不仲を噂される王家の兄弟だが、この場において命を掛ける兄に成り代わろうとする弟という兄弟愛、そして同じように民の為に命を投げ打つ姿勢……それは俺たちの茶番とは違い、逆の意味で衝撃を与える。

 しかし……俺は知っている。

 この兄弟は同類であり、そして打算に塗れたクズ思考を持っている。

 この場にいるのが自分達だけであれば遠慮なく互いを差し出し合うだろうが……。


『ニクロム、邪魔立てするな! ここで私が人質を代わればリリー殿への好感度は間違いなく急上昇! 私の輝かしい未来の為にも!!』

『何を言うか! アンタ、さては奴らが基本的には殺傷を好まないって情報を知っているな!? それでもザッカールの王妃は身も心もクソ塗れになったらしいのに……』

『クソなど洗えば済む事! いや、むしろここで怪我の一つでも負う事になればアピールポイントではないか。お前こそこの場で漢ぶりを上げて令嬢たちの好感度を上げようという魂胆だな!?』

『当たり前だ! 向こうがモテイベント持って来てくれたんだぞ!? 兄上だけあやかろうなどズルいではないか!!』


 こういう時盗賊の卓越した聴覚というのは良いのか悪いのか……。

 まあ俺はこういう人に迷惑の掛からない我欲全開バカは嫌いじゃないけど……女性であり、特に現在においてはターゲットにもなっているリリーさんはドン引きのようだ。

 この人も遠目で見て口元で読み取る読唇術が使えるから、奴らが小声で話している内容も筒抜けだからな。


『ど~するリリーさん……何かメッチャアピールしようとしてるけど?』

『勘弁してよ……。な~んでアタシにアプローチするのはあんなのばっかりなのよ』


 この人も幼い顔立ちに体格って事で、今まで結構な率で特殊な連中に目を付けられる事はあったらしく、おまけにそういう連中にとって彼女の年相応ではないというのが付加価値に繋がるとか何とか……。

 早い話が合法ロ……。


『……ギラル? 今思った事を口に出したら……本気でぶち抜くからね?』

『ワタクシハ、ナニモカンガエテ、マセンデス……』


 状況だけなら刃を突きつけられている捕らわれの女性なんだから、こっちを圧倒する笑顔を見せないでください。

 ただまあ……アドリブとは言え状況的には特に問題は無い。

 俺は『伝説の剣』に向けて3回瞬きをして、壇上からこちらを睨みつける王子二人にニヤリと笑って見せる。


「ほほう、王子殿下が代わられると? コチラとしましては目的の達成がなされるのならあまり上質な虜は必要ないのですが……」

「目的だと!? そ、それは一体……」

「先日お手紙は出したはずですが……是非とも私に『勇者の証』というモノを持ってきていただきたいのですよ。貴方たちの手で……」

「な……なに!?」

「いや、しかしそれは……」


 この国の人間であれば『勇者の証』と聞いて真っ先に思いつく物はただ一つ。

 二人は揃って、丁度背後に突き立っている『伝説の剣』へと視線を向ける。

 しかしそれは出来ないという事を、王子である二人が試した事が無いハズも無い。

 そして未だに剣はそのまま突き立っている事からも、今まで誰も抜いた事が無い証明にもなる。

 しかし“この国の人間ではない”俺は“この国のそんな常識は知らない”という体を取れる。

 

「早くしていただけますか? こちらも暇ではないので、選ばれしものしか抜けないとかありがちな風聞はどうでも良いのですよ」


               *


 一人の冒険者に刃を突きつけた怪盗の言葉に含まれた“胡散臭い伝説を小馬鹿にした”雰囲気を感じ取った王子二人は……その瞬間同意しかけた事に慌てる。

 ここは王宮でのパーティー会場で王侯貴族、特に最も『伝説の剣』について信仰の厚い国王……自分たちの父が目の前にいるのだ。

 今ですら伝説をバカにしたような怪盗の発言に怒りの形相を浮かべているくらいなのだ。

 下手に“分かる分かる”などと同意した日には……大変な事になるのだから。


『お、おいどうするニクロム……。あの男の気持ちは分からんでは無いが、本当に残念な事に伝説はさておいても、抜けない事だけは真実なのだぞ!?』

『しかし兄上……この場でどうやっても抜けないと言ったところで奴は信じると思うか? 私だったら謀られえているとしか思わんぞ!?』

『そ、それはそうだが…………そうだ!』


 数分間のヒソヒソ話の後、再び怪盗に向き直った第一王子は、一応王子としての体裁を取り繕った威厳ある態度で口を開く。


「怪盗ハーフデッドとやら! 非常に残念ながらこの剣は私には抜く事が出来ん。何故ならこの剣は所有者を選ぶ。試しに今からこの場を明け渡すから自分で試してみるがいい」


 それはつまり最も簡単で単純な方法、本当に抜けないから自分でやってみて? である。

 しかしこの場においては最も確実な確認方法のハズ、と第一王子ニクシムは提案したのだが……怪盗は苦笑するのみだった。


「いやいや、そう言うのは良いです。私も勇者に憧れる世代は過ぎておりますゆえ、希望する結果さえ出てしまえばそれで良いのですよ」

「い、いや……だから我々では……」

「主催者たる王族の方々なら、剣に選んでもらえる方法もご存じなのでは?」


 何処までも『伝説の剣』の存在をバカにするような言葉に、第二王子ニクロムは言葉が通じない事に焦るが、ニクシムは言葉の意味する事を察していた。


『く……そうか! ヤツは剣そのものに興味は無いのだ。選ばれた者しか剣が抜けないという伝説、すなわち『勇者の証』を盗む事が本当の目的!?』

『どういう事だ兄上?』

『お前もヤツの情報を伝え聞いているなら、あの者が単純に財宝を狙う類では無く高位の立場の者のプライドのような物を逆なでして権威を失墜させているのは分かるだろう。此度の狙いは『異界勇者伝説』を伝えるブルーガの権威を失墜させる為に“誰でも剣が抜ける”という事にしてしまおうと考えているのだ』

『……は? いやしかし、実際に剣は抜けないワケだし……』

『あの者はどうやらそう考えておらん。『伝説の剣』を観光地の小銭稼ぎのお試しイベントのようなモノで、主催者の王族は、手入れする為に何らかの仕掛けをいじれば抜ける仕様であると思っておるのだろう』

『な……んだと?』


 このニクシムの洞察はズレてはいるモノの、実は完全な的外れと言う事も無い。

 ハーフデッド……ギラルの最終目的は、まさに異界勇者の伝説そのモノなのだから。

 だけどそんな目的など知らない王子二人は、現実問題抜く事は出来ない剣を前に悩み慌てていた。


『どどどどうすれば良いのだ!? このままではリリー殿にカッコイイところを見せられんではないか!?』

『そんな事を言っても人質交換に応じないんだからどうしようも無かろう? ……まあ私に関してはさっきの発言で数人の令嬢たちの目付きが変わったから目的は達したようなものだがな』

『な、なにい!? くそう……何故ハーフデッドは昼の部に現れなかったのだ!? そうしてくれれば今頃私はちびっ子たちのヒーローだったのに!! おのれ!? このような時にすら抜け無いのであれば何が伝説か! 長年場所を取るだけの遺物ではないか!?』



『…………言ってくれます。長い年月私を祭り上げる事で王政を執り行ってきた者たちの末裔の立場であるにも関わらず』



『『……………………え?』』


 その声は唐突に二人のクズ王子に脳裏に響いた。

 女性のようでもあるが酷く人間味の無い、棒読みな感じの声……。

 その声が聞えた気がする方向を恐る恐る振り返ってみると、そこにあるのはいつもと変わらない、子供の頃から見続けて、何度抜こうと必死になっても抜く事が出来ず……何時からか自分には関係のない代物と考えるようになった『伝説の剣』のみ。

 2人は一瞬気のせいかと思ったのだが、その考えを断ち切るように再び声は脳裏に響き渡る。


『……しかし心根がどうあれ、目の前の娘を救いたいという結果を考慮して、今回に限り力を貸しましょう。勇者の剣『エレメンタルブレード』として』

『『ええ!?』』

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