第百七十九話 お遊戯会を始めよう
「本日はお招きいただき、誠にありがとうございます。王に置かれましては……」
「うむ、大儀である……」
昼間のおためしは何時でもどうぞ~なフランクな雰囲気とは全く違い、今は厳粛な奮起で国王と王妃の玉座の前に鎮座する『伝説の剣』。
昼とは違って子供がいない事もあるだろうけど、そんな雰囲気の中気軽に剣を抜こうと挑戦する貴族はあまりいない。
大半が王への挨拶のみで壇上を降りて行く。
そして見ていれば王よりも隣の王妃に対してご機嫌伺いしている貴族が大半であった。
「我が侯爵家でも全力で剣を抜くに足る、そして王国に仕えるにふさわしい勇者を捜索中でございますれば、発見した際には必ずやお役に立てますよう……」
「ホホホ……良いでしょう。国王様、並びに次期国王へ揺るぎない忠誠を期待しておりますよ?」
高慢な物言いで王妃が誰を次期国王であると示唆しているのか悟れない者はこの場に招待されてはいない。
王妃はこの場に第二王子の母である側妃がいない事を良い事に、自身の子である第一王子ニクシムこそが次期国王であり、自分はその母であるという立場を盤石にする事に終始しているようだ。
親の心子知らず、とは言うがこの場合は“子の心親知らず”とでも言えば良いのか?
王妃が必死に次期国王の立場を第二王子に奪われないようにと貴族たちに対応している脇で、当人たち第一第二王子は、表情を変える事なく視線を合わせる事なく……バカ話をしていた。
「ふ~~~~む、ヒマであるな……大半の名家の挨拶は昼の部で終っておるからな」
「兄上よ、幾ら好みの年齢が夜の部にはおらんからと言って欠伸をかみ殺しているのはどうかと思うぞ? 一応次期国王という威厳は出しておかんと……」
「……そうは言うがな、お前のように着飾った女性を堪能できる思考をしていないのだから仕方があるまい。貴様とてコレが女性では無く暑苦しい軍の訓練の視察であったら興味も持てんだろうが」
「2~3分で眠くなるな。むむ!? アレはクーラウム伯爵家の未亡人……確か今年で50のハズだが……何と美しい。うお!? まさかあれはレヴェナント子爵家の箱入りと言われた三女か? ……俺の目は誤魔化せんぞ、あの野暮ったい眼鏡とドレスはフェイクだ。あれは……化ける、化けるぞ!!」
無表情で話している内容が完全に飲み屋の悪乗りしたクズ男である。
ロリショタの長男は成熟した女性に興味が持てないようだが、弟は非常に楽しそうで……そして聞いている限りストライクゾーンがメチャメチャ広いな。
俺には上品なオバ様って印象の夫人や、明らかにこういう場所に来るのを面倒といい加減な装いで現れた若干考え方の幼い引きこもりって女性にまで等しく性欲の目を向けているのだから…………ある意味で大物だ。
「楽しそうで良いな~、私の仕事は昼の部だけで良かったのでは…………むお!?」
「……どうした兄上?」
しかし気の抜けた返事しかしていなかったニクシムは、突然会場に信じられないモノを発見したとばかりにクワッと瞳を見開いた。
「ニ、ニクロムよ、夜の部は酒も出るし遅くもなるからお子様は参加不可になっておるはずだろう?」
「……そうだが?」
「では、何ゆえに会場にあのような可憐な少女が一人でいるのだ!? 親御が見当たらん……もしやはぐれたのでは!?」
色めき立ち上がろうとするニクシムの視線の先を辿ってみると……そこにいたのは俺も良く知る小柄な女性。
兄が誰の事を言っているのか分かったニクロムは納得顔になった。
「あ、ああ彼女か。兄上違う違う、彼女は招待客ではない、聖女様御一行が冒険者ギルドで雇った魔導師さ。アレでかなりの腕利きらしいぞ?」
「な!? 冒険者だと!? まさか冒険者ギルドではあのような年端の行かぬ可憐な少女ですら登録しているというのか!?」
もしそうであるなら由々しき事態であると益々興奮する兄に対して、ニクロムは苦笑いで“衝撃的な事実”を口にした。
「兄上、兄上……心配はいらん。確か彼女は聖女の昔馴染みの親友で、確か年齢は同い年……18だったはずだ」
「じゅ!?」
弟の言葉に言葉を詰まらせたニクシムは更に二度見……我がパーティー内で人間にが限ると最年長になるけど若干幼い体格を残した狙撃専門の元魔導僧リリーさんの事を凝視し始める。
「あ……あのような……あのような可憐で美しい人が…………18歳………………。ニクロム、名は何と申すのか!? あの地上に舞い降りた奇跡たるご尊名は!?」
「ちょ……落ち着け兄上。聖女一行から申請があったが…………確かリリーだな。ファーストネームは無し、聖女エリシエル同様孤児院出身の平民だ」
弟にキッチリ『平民』と身分差を釘刺された第一王子ニクシムだったが、その忠告を彼は全く聞いていなかった。
「リリー……なんと……なんと名前まで可憐なのか…………」
「兄上? お~~~~い…………ダメだこりゃ」
うん、この時ばかりは俺も第二王子に同意……ダメだこりゃ。
完全に一撃で一目惚れをしたらしいニクシムが暑苦しい視線で見つめていると、リリーさんが遠目でも分かるほど身震いしてキョロキョロと辺りを見回し始める。
スゲェ……あの百戦錬磨で冗談抜きで生死を掛けた瞬間にも冷静に魔力弾を放つリリーさんを、殺気ではなく“キモさ”で怯えさせるとは……恐ろしい男だ。
しかし俺がヤツの隠された……いや隠れても無い妙な力に感心していると、和やかに進められるパーティー会場に慌てた様子のハゲオヤジ、格闘僧ロンメルがピチピチのタキシードでリリーさんに歩み寄ってきて、声を掛けると同時に“俺に”向かって指をさす。
!? 見つかったか!!
「第二王子の左だ! リリー殿!!」
「……!? 了解!!」
ドン!!
ほとんどノーモーションからの狙撃杖による一撃。
その轟音は会場に響き渡り、誰もが瞬間的に魔力を放ったリリーさんに注目する。
しかし杖を直接向けられたのは誰もが第二王子ニクロムの方かと思い、そして王子もそのように錯覚したのだろうが……誰かが悲鳴を上げるよりも、王子が非難するよりも先に、コメカミ一センチのところを弾丸が通過して行った俺は口を開く。
「ほほう……良くぞ気が付きましたね。さすがはエレメンタル教会屈指の格闘僧に魔導僧。折角手紙を出したのに誰も歓迎してくれないのかとガッカリしていた所でしたが……」
「……残念だが我が察知できたのはついさっきである。何も気配のない場所に僅かな空気の乱れ……貴様が予告した日にその僅かを気のせいにするワケにもイカンからな!」
「く……本当にいたよ。隠れているワケでもないのに王子の背後にいても全く認識出来てなかった」
「隠れるなど人聞きの悪い。私はしっかりと正面からお邪魔いたしましたよ?」
悔しがっていそうで、旧敵との再会を明らかに喜んでいるロンメルと発見できずに悔しがって“見せる”リリーさん……そして突然の魔力攻撃に腰を抜かしかける第二王子にニヤリと不敵な笑みを浮かべて見せて、俺はそのまま跳躍して、突然の事態に静まり返るパーティー会場を突き立った『伝説の剣』の柄尻に片足を乗せて降り立った。
「え……!? な!? き、貴様は……一体!? ま、まさか!?」
「つれないですね王子殿下。先日からお邪魔する旨お手紙したではありませんか……」
俺はキザったらしく、嫌味ったらしく、恭しく一礼してこの国では初めて“この姿”での自己紹介をする。
「我が名はハーフ・デッド、怪盗団『ワースト・デッド』が一人ハーフデッドです。今宵予告した通り『勇者の証』を頂きに参上しました!!」
その瞬間、弾かれたようにパーティー会場の時間が動き出し、阿鼻叫喚に包まれる。
多くの貴族たち、特に着飾った令嬢、婦人たちは悲鳴を上げながら出入口へと殺到し、逆に戦いの心得のある貴族たちは、慌てて集合し始める兵士たちと共に戦闘態勢へと移り俺の事を囲み始める。
ふ~む……こういうところで職務や主への忠誠心ってヤツが浮き彫りになるのは、どこの国でも変わらない。
そんな中でも最も突如現れた怪しげな男に対して怒りを露にするのは……今まですました顔で来賓の挨拶を受けていた国王ウルガモスだった。
「き、貴様!? 神聖なる『勇者の剣』を足蹴に……!! 何をしておる衛兵共! この不埒物を直ちに捕え処罰を与えるのだ!!」
「「「「「「は!!」」」」」」」
不審者の登場に青い顔で腰を抜かしている王妃を他所に、国王の対応は意外とまともで理にかなっている。
そして俺の侵入に今まで気か付かなかった衛兵たちも国王の命令に忠実に動き、『伝説の剣』に乗ったままの俺を10人ばかりで一気に囲み込むと、号令があるワケでもないのに一斉に槍が俺へと殺到する。
しかし当然ながらそのまま当たってやるワケには行かない。
そのまま跳躍し、今まで俺が立っていた場所に兵士たちの穂先が蓮華の華の如く噛み合い“ガキリ”と鳴るのを見届けてから……俺は壇上から降り立ち、そのままターゲットに向けてダガーを引き抜く。
ターゲットにされた“彼女”は慌てる事無く再び向かってきた俺に魔力弾を放つが、俺はその弾丸を“予定通り”首を傾げるのみでかわして、肉薄……そのまま振り下ろしたダガーを彼女は『狙撃杖』で咄嗟に受け止めた。
聖女の親友にして、我らがグルである“リリーさん”が苦悶の表情を作って見せ、俺も不敵な笑みを作って見せる。
「!? まずはアタシからか?」
「……まずは砲台から何とかしませんと、仕事になりませんでね」
「むう!? リリー殿、今助け…………」
そして最も近くにいたロンメルが咄嗟に助けに入ろうとするのだが、彼はそのまま動く事が出来なくなった。
リリーさんが只の遠距離攻撃のみの魔導士ではなく格闘すらこなす事を知っているからこそ、自分か駆け付ける数秒間を耐え切るのは可能だと踏んでいたハズだ。
そこに油断があったワケじゃない……ただ単純に彼は直接対峙したワケではない事で忘れていたのだろう。
『ワースト・デッド』と名乗る奇天烈な輩が一人では無かった事を。
侍女の姿で身を隠し、逃げ惑う貴族たちの群衆の中から現れたもう一人の黒装束の者が既にリリーの首元に刃を押し当てている現状を確認するまで……。
「お~っと、動かないで頂けるかな格闘僧ロンメル師範? 元同僚様の首が胴と泣き別れになるのは忍びないでしょう?」
ハーフデッドに比べて全身のプロポーションがハッキリ見え、女性である事はハッキリわかるが、それ以上にその人物がその気になれば本当に“そう”なってしまう事を理解したロンメルは歯噛みする。
「く……、アンタが『ワースト・デッド』を名乗る3人の1人……か?」
「我が名はグール・デッド。お見知りおき下さい、お嬢様?」
刃を突きつけられた修羅場でのにこやかな対応……それは事情を知らない者にとっては何とも常軌を逸した不気味な光景にも映る事だろう。
実際ロンメルを始めとしたパーティー会場の面々は皆、怒りや恐怖、戸惑いの表情を浮かべて……こちらを見ている。
…………この場に大聖女でもいた日には大爆笑だったろうな。
あ、イカン! キザな言葉を吐いたカチーナさんがちょっと赤くなってる!!
『我ながら自作自演が酷くて恥ずかしくなって来ましたよ。何がお見知りおきを~ですか』
『こういう時は正気になった方が負けだ。成り切れグール・デッド!』
『ちょ、ちょちょ! プルプルすんなカチーナ!? は、刃先が!? あぶ!?』
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