第百七十八話 問われるは結果のみ

 特別公開最終日夜の部、最終日に相応しくラストは立食パーティーとして最も盛大に行われる予定なっている。

 会場の設営には執事、侍女、料理人など専門分野の各々が忙しく働き、昼の部より遥かに豪華で煌びやかな会場が作り上げられていく。

 その様子は一種の芸術と言ってもイイかもしれない。

 元々俺も手先を使った物作りは嫌いじゃないから、こういった職人たちの仕事を眺め続けるのは時間潰しにはもってこいであった。

 ただ、そろそろ日が傾き始めて招待客が会場に入り始めた辺りで一人の侍女が作業の傍ら眼鏡をスッと上げて照明に照らされキラリと光ったのが見えた。

 それは素敵な侍女に化けたカチーナさんからの素敵な合図。

 ……どうやら役者のスタンバイは終わったようだ。


「さ~て……今回は色々な変装をしたもんだが、そろそろ一番得意な役作りと行きますか」


 俺は身を顰めている屋根の上で、最終的に化けていた庭師の衣装を“いつもの”黒尽くめへと着替える。

 明かりがあれば目立つ事請け合いな格好も日の光が弱まれば途端に景色に最も紛れる色になる。人の目とは不便であり、そして不思議なものだ。

 そんな些末な事を考え、建物の見張り台の陰に張り付き眼下に広がる王宮の庭園の先、門へと視線を移せば色々な意匠を施した華美な馬車が連なっていて、門番の兵士たちが対応に追われている姿が目に入る。


「お疲れさんだな。さすがに当日ともなれば入場者に警戒もするか。侵入者が数日前から滞在しているとなれば意味はないがな」

『唯一その危険を提唱したエレメンタル教会の使者は気を使って『光の結界』の使用を提言したらしいがの、教会に借りを作りたくない連中に突っぱねられたらしいのう』

「……だからいきなり声をかけるなよ、ビビるだろうが」

『ウソを付け、今回は着地すら音を立ておらん自信があったというに……接近だけで気が付いておっただろうが』

「正確には飛んでる時の風音だな。中身がないからお前の体を風が抜けるとすこ~しだけ音がするんだよ」

『む!? それは我自身気が付いておらんかったぞ……』


 侵入中に俺とこんな掛け合いを出来るのはただ一人、と言うか一匹。

 仲間内でも最も骨のある素敵な男は、そんなカタカタ言いそうな体だというのに音も無く上空を飛行して俺の足元にいた。

 最近コイツ、どうも俺に察知されずに驚かそうとする癖があるんだよな……今日みたいな仕事中は止めて欲しいところなんだが。

 少なからず音がするからこそ気が付けるけど、こいつが全く動かずにその場にいたなら、察知のしようがないくらいに気が付ける要素がない。

 その辺は魔力の概念を持たない『気配察知』だよりの限界でもあるがな……。


「で、何かあったのか? 潜入に専念していたお前がワザワザ来たって事は厄介事か?」


 王宮内部の情報収集を行う中でも、ドラスケには一番重要で危険である国王ウルガモスに付いて貰っていた。

 その中でもどれほど気分悪く危険な情報であっても直近の危険にかかわらないのであれば報告はパーティーの後と決めていたからだ。

 にもかかわらずコイツが来たという事は今回の仕事に関わると判断したという事。

 予想通りにドラスケは『その通りである』と頷いた。


『お主にとっては相当な厄介事である。公開昼の部終了後、国王と面会し情報交換をする輩がおってな。その者は先日ホロウ殿が取り逃がした元弟子の男であった』

「うげ!? まさかジルバか!?」


 無言で頷くドラスケに俺は頭を抱えたくなった。

 想像より遥かに面倒な事態、っていうか今回は撤収すら考えてもいいかもしれない。

 ハッキリ言って、俺が知る中ではサッカールの調査兵団団長のホロウと唯一対抗できていたのがジルバって元部下にして弟子であり、早い話が戦闘力で考えれば勝負にならん。

 今回の仕掛けは全て“一個人”に向けてのモノだから急遽現れた強敵に転用する事も出来ないし……。

 しかし計画の修正を考えるより前に、ドラスケは言った。


『今宵の計画に奴が介入する危険は無いから安心せよ。奴は昼間の内に既に国外へと出ておる。何でも上の方から指令があったとか……』

「上の方?」

『奴らは『聖典』と言っておったな。人物なのか組織なのか判断は付かなかったがの』

「聖典……」


 ザッカールで暗躍していたジルバの陰に何者かがいるのは想像していた事だが、初めて聞いた上の存在の名称が……俺には何とも不吉に感じる。

 だって『予言書』で“聖”の付く輩に碌なのがいないからな。


「……何にしてもアレがいないのは助かる。怪しげな予告状が届いた城から自分が引き上げても大丈夫だと判断された辺り、油断は出来なそうだが」

『であろうな。その場合は任せるに足る者が残っているからこそ、と言う事になる』


 ジルバの部下に当たるなら、当然隠密に長けた暗殺者寄りの戦力。

 今はその存在自体分からないが、こうしている間にも化かし合いは始まっているモノと考えた方が良さそうだ。

 油断はするモノじゃなくさせるモノ……侮るくらいなら自身の力量は下である目算をした方が対処できるハズだ。

 

『何にしてもこの国の王族は仲が悪いのう。実の息子であろうに、あそこまで卑下し罵倒するなど……聞いていて気分の良いモノではない』

「今んとこ俺には対比する王族ってのがザッカールしかねーから、仲のいい王族ってのがピンとこねぇけど?」

『……そう言えばそうであるな。むう……我も生前に家族仲が良好であった王族と言うのを見た覚えが……あるのだろうか? この国ほどあからさまでは無かったが……後継者争いなぞ日常であったし……』


 腕を組み首を傾げるドラスケが何とも哀愁を誘う。

 元々は国に、王族に仕えた事もあるだろう竜騎士だったヤツだが、自分の上司に当たる連中を引き合いにして“こいつ等と違って家族関係良好な王族を知ってる”と言い切れない物悲しさと言うか……。


「別に無理に思い出さんでもいいぞ? 比較されても俺らに関係ある含蓄ある話にはなりそうもないし」

『ぐぬ……そう言われてしまうと尚更癪であるな。むしろあそこまで外道に落ちても娘を可愛がる言葉を口にするだけウルガモスの方がマシにも思えて来るしのう……』

「………………ん? 何だって?」


 俺の言葉にますます前の職場の良いところを捻り出そうと意地になり始めたドラスケだったが、それとは違う発言が俺は気になった。


「可愛がるだって? 現国王ウルガモスが王女メリアスを寵愛するような事を言ったってのか?」


 それは本当に毛先程の違和感なのかもしれないが、俺の知識『予言書』でのメリアスは実の父であるウルガモスを国賊として処刑している。

 つまり俺の中ではあの二人は確定された敵対勢力であると考えていたし、実際王女メリアスは現国王どころか自身の血縁である王族全般と不仲であり距離を取っている。

 寵愛どころか『予言書』での王位簒奪の流れは既に始まっているとすら考えていたというのに……。


『ああ、第一王子と第二王子が自分の思惑通りに動かんのを罵りつつ“こちらの思惑通りに動いてくれる可愛い我が子は、最早メリアスだけか”とな。思惑の内容は全く知れんかったがのう』

「思惑……通り?」


 その言葉がさらに引っかかる。

 現在の王女メリアスは師匠と慕うグランダルに対して『伝説の剣』に相応しいのは彼であると考えている、どちらかと言えば脳筋よりとも言える性格ではあったが……?

 ただそうなると、現状は俺が色々と小細工した結果もあるだろうが『予言書』とは違う流れになっていると思いきや、向こうの王女と同じ流れがある。

 それは王女が実父である国王を嫌い、そして勇者と言う存在を求めているという事。

 ……その事に気が付いた瞬間、俺は以前にも感じた事のある言いようのないムカつきを覚えた。


「まさか……そこまで含めての、計画だって言うのか?」

『どうした? 何やら最大の怨敵を発見した時のような、いつもの顔になっておるが』

「……なんだよそれ。俺ってそんなに分かりやすいのか?」


 感情抑制は盗賊に限らず戦場に身を置く者としては必須の心構え、特に表情に出さないのは重要だというのに、そう指摘されるのはちょっとショックだ。


『我がギラルのそんな顔を見たのは、初対面のあの村が初だったがのう。その都度どうしようもない外道ばかりがいたから気持ちは分かるがな』

「あの村……か。確かに今回の仕事は突き詰めればアレと似たような考え方から始まっているだろうな。他人にとっては経過なんぞどうでも良いがよ」


 チラリとパーティー会場に視線を投げると、そろそろ夜の部が始まろうとしていて、『伝説の剣』が突き立った壇上に数人の明らかに身分が高そうな連中が用意された椅子に腰かけてスタンバイし始めている。

 その中には国王ウルガモスの隣に今回は特に重要視していない王妃、そして第一第二王子も鎮座しているが、その中に王女メリアスの姿はない。

 その事にも意図があるのかは知らないし、知った事ではないが……。


「ドラスケよう。目的の為に手段を選ばず、己の命も厭わず悪名すら背負う覚悟って……どう思う?」

『元竜騎士であった我に、随分と意地の悪い質問をしてくれるのう。戦場では敗北こそが悪とされる、喩えどんな崇高な理想を掲げようと敗者には発言の機会すら与えられん。自らが敗者に、悪に堕ちる覚悟を持って事を成す者は一見英雄と見えなくもない』


 俺の質問の意図を察したのか、ドラスケは嫌そうに生前体験しただろう事を引き合いに歴戦の戦士ならではの見解を答えてくれる。

 それは否定も肯定も出来ないという曖昧な感じであり、一方的な正義も悪も無いという俺にとっては馴染みのない感覚。

 理由も無く恨みも無い相手を殺さざるを得なかった戦場を経験した者のみが知り得る、なんとも言い難い感情なのだろう。

 しかしそう前置きをして、ドラスケはハッキリと言った。


『だがギラルよ。こうしてアンデッドとなり、お主のような変わり者の冒険者などと関わるようになってからは気が変わった。ハッキリ言えば嫌いである……特に己の正義の為に己が命を掛ける、くらいならまだしも正義の為と犠牲を強いるような英雄モドキはのう』

「お!? 何だよ気が合うな、俺もだよ。正義によって自分の命も他人の命も粗末に扱うようなクズには相応の報いを受けて貰わにゃ~ならん」


 国王による長ったらしい挨拶が終わった辺りで、パーティー会場に揃った楽団が盛大に演奏を開始、特別公開パーティー夜の部が始まる。

 一見無害そうに玉座に収まる国王だが、今後どういう未来を作り出そうとしているのかを『予言書』で知ってしまった俺はソイツがいかに無益で碌でもないヤツであるのかも分かっている。


「自分の理想、正義と平和を残すつもりのクソガキがやらかした後に残るのは世界の破滅と娘の失恋だけってのを……存分に知っていただきましょう」


 会場内で護衛役を担っているリリーさんがフードを外し、侍女を務めていたカチーナさんが眼鏡を外す。

 そして二人の視線が一瞬だけこちらを向いて、確認を終えた。

 さあ……作戦開始だ!!

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