閑話 計画的ではない間接的介入

「最終日に至るまでに剣に選ばれた者は現れず……か」

「……」


 公開最終日の昼の部が滞りなく終了し、参加した貴族家の誰もが『伝説の剣』を抜く者は現れなかった。

 そんな報告をまるで当たり前の事として聞き流す男がブルーガ王国の中でも最高位の者のみが鎮座する事の出来る、いわゆる玉座にいた。


「……未だに抜ければ勇者の威光を実家の物に出来ると考える者はいるのだな。勇者がこの世界のモノでは無いとあれ程伝承で伝えているというのに」

「ほとんどの貴族家はダメ元で、観光か娯楽目的のようなモノだったがな。これで血筋や家柄などは勇者の資格に関連はない事を周知できたのではないか?」


 玉座に座るに足る人物に、報告をする男の口調は特に敬意を払っている様子も無いと言うのに、その事を気にする者はこの部屋には誰もいない。

 しかしそれだけでも異質であるのに、更に異様なのは報告する男は真正面にいるハズなのに気配を感じず、見えているハズなのにそこにいるのかも分からないと錯覚するほど存在感が曖昧な事であった。


「まったく面倒な事だ。勇者や伝説を信じてはいないのに、威光だけは使いたがる連中を黙らすのは」

「……その辺に関してだけは貴方も同じだろう? 『伝説の剣』の唯一の存在になりたいという事に関してだけは」

「ふん、一緒にされたくは無いがな。奴らに世を統べようとする正義があるとは到底思えんからな」

『良く言う……やっている事はその者たちよりも遥かに外道であるというのに』


 存在感の希薄な男は、内心自身の行いこそ世界の正義であると豪語する男を蔑んでいた。

 ウルガモス・Gブルーガ17世……ブルーガ王国現国王にして世間的には“可もなく不可も無い保守的な国王”という印象でしかないのだが、その内情を知る者たちからすればブルーガ王国始まって以来の狂王と言っても過言では無い人物であった。

 その理由は、ウルガモスが歴代の王の誰よりも伝承が伝える勇者の正義を盲信し、『異界の勇者』という存在に傾倒していたからに他ならない。

 この世に揺るぎない正義を生み出す為に、異界から勇者と言う存在を呼び出す為にであれば、どんな事であっても許されるのだと……。 


「召喚魔法研究の進捗はどうなのだ? 今現在はこの世に現存する下位の魔物召喚か、もしくは亡霊の召還程度しか成功しておらんのではなかったか?」

「……亡霊では無く『英霊』だ」

「そんなモノはどちらでも良い! 召喚魔法の研究が進まなければ異界よりの召還の術など知りようもない。高位の精霊や魔神、もしくは悪魔でも良いが“この世ならざる者”を呼び込む事が出来なければ次の段階には進まん!! 召喚に必要だという生贄を一体幾つ消費したと思っている!?」


 太古より高位の存在を呼び出す為には生贄として生き物を犠牲にする方法が伝えられていて、特にウルガモスが言うような存在を呼び出すには大量の生贄が必要だと言われる。

 その度に人の命が無くなる事を何とも思わずに“消費”と断言する辺り、罪の意識など一かけらも無い事は伺えるが、男は冷めた様子で答える。


「貴方が言う消費とは全て罪人の魂だろ? 召喚の生贄に推奨されるのは『穢れ無き魂』であって、純真無垢な子供や純潔の生娘といった特別な命は含まれていない。その辺は全てそちら側の仕事で“こちら”は知るところでは無いが?」


 研究は請け負うが調達はそっちの仕事である。

 そう事実だけを淡々と述べると、ウルガモスは玉座の手すりを忌々し気に殴りつける。

『異界の勇者』の伝承が残るブルーガ王国では、建国期からずっと召喚魔法の研究は細々と続けられていたのだが、その研究は今まで進む事は無くいわば放置されて来た。

 理由は単純な事で、これまでの国王は常識的な人の心があったから故、大量の生贄を必要とする研究を極力禁じていたからだ。

 しかし今代国王には、そんな当たり前の人の心など皆無であり嬉々として研究を進めていたのだが、その研究はある日を境に失速する事になる。


「おのれ……数年前から突然ザッカール方面の人身売買組織が壊滅し、奴隷の質が落ちたからな。手に入るのは脛に傷もつ犯罪者ばかり……その頃から研究は滞り続けておる」

「残念だが相当数の生贄を使ったところで精霊どころか悪魔すら呼び出す事が出来てない。むしろ魔法陣に現れもせず魔法陣に飲み込まれ喰われた研究者もいる。貴方の御子息に特殊な趣味があると聞いた時は国内での調達を期待したものだが……」

「言うな! あの愚息どもは忌々しい。幼女趣味に女好きであるなら手あたり次第思う存分食い散らかせばよいモノを……全く逆の態勢を取りおって。お陰で日陰で消えても注視されなかった女子供すら日の下にさらすマネをするとは」


 国内で条件に見合う生贄、幼児や生娘を調達出来そうな機会を悉く潰しているのが当初は利用できそうと喜んでいた息子たちである事を皮肉交じりに男が言うと、ウルガモスは更に顔を怒りに歪める。


「研究が進んでいれば、己の血筋だからと出し惜しみせずに生贄として利用していたハズなのに、下手にあの年まで生きながらえた事で決定的に邪魔な存在と成り果てるとは」

「お陰でブルーガ王国としては幼児教育から孤児の問題、女性の就職や子育て問題、果ては社会進出まで……いやいや、ブルーガ王国としては大層立派なご子息だな」

「おのれぇ! 役立たず共がぁ!!」


 ガシャアアアア……

 とうとう激高して調度品に当たり始めるウルガモスを前に、男は今の事態がかれこれ5~6年前から始まった事に思い至り……言い知れぬ寒気を感じる。

 何十年と闇の中で生きて来た自負のある男にとって、その感覚は実に久方ぶりのものであり、同時に思い出すのはかつて師と呼んだ男の言葉。


『不思議でしょう? 戦力も経験も圧倒的に足りないハズ……単純な力量では私にも貴方にも足元にも及ばないと言うのに…………何故か彼を中心に世界が動く』


 調査の結果判明したのは、かの盗賊がザッカール国外に出るのは今回が初めての事であるのに、結果的に他国にも影響を及ぼしている。

 最早生贄として出し惜しみする暇もないと、今回『怪盗の予告状』に便乗して王子たちを始末しようとウルガモスが動いたが、既にその暗殺計画も失敗している。

 その事も含めて既に“またもや”自分すらも良いように動かされている恐怖を感じる。

 それはこの世の何物よりも陰で暗躍しているという自負のある自分達にとって、屈辱以外の何物でもない。


「こちらの思惑通りに動いてくれる可愛い我が子は、最早メリアスだけか。そっちの方は問題ないのか“ジルバ”よ」

「そちらは問題ない。未だに強者であれば『伝説の剣』を手にするべきと、自身が尊敬する師こそが相応しいと公言している。時期に勇者を呼び込む旗頭には相応しい振舞だろう」

「……大丈夫であろうな? 王族でも貴族でも、純粋に勇者を望む可愛げがあるのはメリアスのみ。時間をかけて用意した『英霊』とやらも……」

「問題はない。今のところは『聖典』が示す通りに事は運んでいる」


 いぶしかげに言うウルガモスの言葉に男……ジルバは思わず漏れそうになる溜息を飲み込んだ。

『ただ一点、不穏分子が接触した』という部下の報告を思い出して……。



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