第百七十七話 公開最終日、昼の部

 そんな感じで既に怪しい人物が暗躍する城内だが、『伝説の剣』の公開と称した昼の部のパーティーは非常に和やかであり、参加した貴族家の人々はまるでアトラクションの如く順番に剣を抜こうと試していて、そこには“何としても己が伝説の勇者に!!”などと言う殺伐とした雰囲気は無かった。


「ううう~~~~だめだぁ~~~」

「ハハハ残念だったな~。父さんもビクともしなかったぞ」

「いやいや、もしかすればこの剣は君の成長を待っているだけかもしれん。もっと強くなり本物の勇者に成長した君をな!」

「ほんとですか、おうじでんか!?」


 失敗して当然というか、むしろ剣自体が最初からそう言う見世物である可能性すら大人たちは考えていて、逆に“自分が勇者になるんだ!”と意気込む息子の勇姿を微笑ましく見ていて……それは実に平和な風景。

 中には抜けなかった事で悔しくて泣いてしまう子供のいたのだが、そんな子供に第一王子ニクシムは見事にフォローを入れて着々と子供たちの信頼を得ていた。

 そして子供に信頼を得る事は間接的に親の信頼も得る事に繋がる。

 本当は単なる“紳士的なロリショタ”というだけなのだが、ある意味で強かであるその姿勢はブルーガの貴族社会でも評価されていて、先見の明のある貴族は早い内からニクシムに忠誠を誓う者も多い。

 しかし知らなければ彼は優秀な人物なのだが、不幸な事に知ってしまったリリーとしては……そんな一見“子供好きの王子”にしか見えない状況も微笑ましくは見れない。

 時々自慢の狙撃杖で脳天をスナイプした方が良いのではないかという衝動に駆られる。

 彼女は現在エレメンタル教会の聖女の護衛という肩書で王宮のパーティーに入り込み、会場の外で周囲を“元同僚”と共に警戒していた。

 侵入者を知っている立場としては警戒しているフリでしか無いのだが……。


「ふ~む、彼がこの国の第一王子であるか。幼子の心に巧みに入り込み信頼を得る話術は見事である。我など対面したのみで泣かす事しか出来んと言うに」


 そして今現在もエレメンタル教会所属の聖職者であるにも関わらず、本日も会場入りは認めて貰えなかった筋肉ハゲ親父ロンメルは、遠目で王子のやり取りを感心したように見ていた。

 先日の“むさくるしいから”と聖女たちとの同伴を認められなかった事には不満を持っていた彼だったが、本日の不許可の理由“家族連れのお子様が怖がるから”という評価は甘んじて受け入れていたのだった。

 さすがの筋肉バカも子供に泣かれるのは心苦しいらしい。


「自分の親より遥かにデカい筋肉の化け物がいきなり現れたら恐怖しか無いでしょ。アタシでもビビるわ」

「同じビビるでもリリー殿では冷静にハチの巣にされるようにしか思えんがな。反射的にヘッドショットは勘弁なのである」

「失礼ね。一応最初に急所を外す淑女の嗜みは心得てますことよ?」

「フハハ! とんだ淑女であるな」


 どちらにせよ射撃する事は確定であるらしいが、そんな物騒な事を言われても豪快に笑う様は、職業戦士特有のざっくばらんさがあった。

 だがロンメルの視線の先にとあるドレスの少女が入ると、途端に気落ちした様子になってしまう。


「しかし、最早子供受けしないのは諦めたのであるが……王女殿下にまで避けられるのは予想外であったな。聞けばグランダル殿の弟子を名乗るくらいなのだから、筋肉に理解のある女子と思っておったが……」

「あっちの避ける理由は“そっち”じゃないから気にしたってしょうがないよ。それに関してはアタシも無関係じゃないし」


 会場内で主催者の一人として対応する王女メリアスと数日前に初顔合わせしたリリーとロンメルであったが、案の定リリーが先日グランダルに豪快に敗北した、目下一方的にライバル視している盗賊ギラルの仲間である事は知っていて……ついでに飲み屋ですっかり意気投合していたロンメルにも驚愕して、それ以来別に冷遇されるという事は無いのだが、露骨に避けられるようになってしまっていた。


「尊敬する師匠に先に認められた男がダチだと知って、複雑な気分何でしょ」

「むう……つまり広背筋と胸筋のバランスが取れず、過剰な負荷によりビルドアップを図るも失敗して超回復が間に合わない、と言う事であるか」

「…………突っ込まないからね」

「冷たいではないか、リリー殿」


 他者が聞けば、こんな場所で何ふざけた会話をしているのかと言われそうではあるものの、それでも『魔力感知』の遣い手のリリーと『気配察知』の遣い手でもあるロンメルの警戒態勢は万全であったりする。

 むしろその警戒態勢を理解出来たか、そうでないかによってバカ話をして突っ立っているこの二人を見る目が、個々の兵士たちによって違いが出る。

 有り体に言えばバカにして蔑む目で見るか、それとも油断ならないと警戒心を持つかの二つに一つ。

 残念な事に城内の警備体制は圧倒的に前者が多いようで、兵士たちの大半は邪魔な余所者を煙たがる視線を向けていた。

 そして、その事も分かった上で二人は城内の戦力を冷静に、冷淡に値踏みしていた。

 元々シエルを合わせて3人組で活動していただけあって、リリーもロンメルも戦力分析には長けている。

 だからこそ部外者である自分達の存在を疎ましく思うのは良し、警戒し敵意を向けて来るのであれば尚良し……そう考えていたのだが。


『……2対8と言ったところか? あやつが現れた時に動けそうなのは』

『ちょっと甘くない師範。アイツは平面だけじゃなく垂直にも自在に行くよ?』

『平面の逃げ場を潰せるならそれで良し。垂直の動きは我らの役目と割り切っての評価である。数人は付いて来れそうな猛者もおるようだしの』

『……なるほど』


 二人だけに聞こえる程度の小声で確認したのは、余り役には立ちそうにないというガッカリな判定だった。

 しかし裏を返すと、完全に向こう側の一味であるリリーにとっては朗報とも言えるが、当然こっち側であるロンメルにはガッカリな事実のハズなのに、当の本人はニヤリと笑った。


「つまり、本日ハーフデッドが現れたのなら地上を全て塞いで……勝負はヤツの得意な空中戦が主軸となろう。踏み込みの恩恵が得にくい舞台での戦い……腕が、筋肉がなるのう」

「自分の不利な状況で戦う事を想定して喜ばないでくんない? これだから脳筋は……」


 逆境を楽しむ……そんな元同僚の気質は嫌いではないのだが、そんな精神的な余裕具合、いつもと変わらない態度にリリーは一抹の不安を抱くのであった。


『……大丈夫かな? アイツら』


 そんな風にくだらない雑談を繰り広げているかに見えて、実は誰よりも警戒している強者二人を本日主催側ともいえる王女様が複雑そうな面持ちでチラチラと見ていた。

 今日の彼女はいつもの動きやすさ重視の格好では無く、一目で王族と分かるように煌びやかな水色のドレスを身にまとい、下手に扱えば下品にすら見えそうな豪華なネックレスやティアラも見事なほどに彼女を飾り立てていた。

 そんな彼女の後ろで侍女リコリスは満足げに控えており、誰がコーディネートを施したのかは一目瞭然であった。

 あえて不満を述べるのであればただ一つ……。


「主賓側の王女様がそんな顔をしているのは、どうかと思いますよ? 折角リコリスさんの渾身のコーディネートなのですから……」

「あ……イリス……と聖女殿」


 張り付いた微笑……王族の対応としてポーカーフェイスは推奨される事なのだが、元々天真爛漫で活発な王女メリアスの普段を知る者たちからすれば美しさは半減していると判断せざるを得ない。

 無論友人に気が付かれないワケも無く、今日はしっかりとシエルに合わせて聖女としての正装をするイリスが皮肉気に声を掛けた。


「そんなに嫌わないで上げてくださいよ。お姉ちゃん、意外と繊細な所がある……かもしれない可能性も……ない事も無い…………かもしれない?」

「イリス……無理があると思うなら最初から口にしない方が良いですよ? 教会からの破門など本当に繊細な聖職者であれば人生の終焉です。冒険者として逞しく生きて、しかも元同僚の依頼を笑って受ける豪胆さを鑑みても繊細は少々あり得ないです」

「先輩、一応一番の親友なのですから少しくらい頑張ってみましょうよ。もしかしたらリリー姉にもそんな意外な一面が隠されているかもしれないじゃないですか! 私ももう少し頑張って捻り出してみますから」

「貴女こそ妹を自称するなら分かるでしょう? あの娘にそんな乙女チックなハートがあるなど、希望は時に残酷な結果を……」

「プ……あの、二人とも。さすがにそれはリリー殿に対して失礼が過ぎるのでないか?」


 苦笑しつつそういうメリアスに、二人は揃って「「そうでもないですよ?」」と小首をかしげて見せて更に笑いを誘った。

 それが二人なりのメリアスに対する気遣いである事は明らかであった。

 というのも数日前の顔合わせの際、リリーが目下自分が勝手にライバル視するギラルの冒険者仲間だと知った時から、どうしても勝手に気まずくなってしまっていたのだ。

 別にリリー自身が何かをしたワケでもない、メリアス自身そんな事は分かってはいるものの、どうしても意識してしまう。

 しかもそんな人物は先日友人になったイリスは姉と慕い、聖女エリシエルにとっては無二の親友であるとなると、ますますどう接してよいのかもわからなくなっていたのだ。


「イリスよ。姉君の仲間の盗賊について……お主は何か知っておるのか? 聞いている限りでは知らぬ中では無さそうであるが……」

「あ~~、知っていると言いますか……一度共に戦った事もあります。昇級試験の際に教会から派遣されてですが、その時に元Aクラス冒険者『剛腕のミリア』に辛くも勝利しましたね」

「なぬ!? 隣国の冒険者でも屈指の実力者、女性でありながら巨漢の男よりも圧倒的な膂力を駆使し、拳のみであらゆる魔物を屠って来たAクラス冒険者の『剛腕のミリア』にイリスは勝利した事があるのか!!」


 しかし何とか気持ちの整理を付けようと質問したのだが、返って来た答えにメリアスは驚愕してしまう。

 Aクラスの女性、それは戦いを志すこの世の女性たちにとって目指すべき目標である憧れの存在。

 その中でも『剛腕のミリア』は素手で男性よりも強いという分かりやすい指標として、同じ女性であり力を欲するメリアスにとっても尊敬の対象であった。

 そんな人物が、ここ数日交流を持ち、何度か組手まで共にした友人イリスに敗北したなど聞いて冷静でいられるはずも無かった。

 メリアスはパーティー会場である事も一瞬忘れてイリスに掴みかかりガクガクし始めた。


「どどどどうやって!? イリスが決して弱者と思っているワケでは無いが、私に相手が出来る実力でAクラスを下せるモノなのか!? それともまさか、私との組手では手を抜いていたなどと言う事は……」

「ちょ、ま……おち、落ち着いてメリー!? 心配しなくても組手は全力だったから!!」

「しかし『剛腕のミリア』は女性冒険者にとって『疾風のスレイヤ』と並び立つ強者! その物言いでは私ですらそのような頂点に対して勝ち筋があるという事になるではないか!? さすがに信じられぬぞ!?」

「だだだだだから落ち着いて!? 説明する! するからあああああああ!!」


 メリアス王女の御乱心、と言うか周囲からは王女と隣国の聖女の、友人同士の御戯れ程度に見られていたようで特に問題視される事もなく遠巻きにされていた。

 むしろいつもパーティーでは張り付いた微笑しか浮かべない口数も少ない王女が、これ程勢いよく話す姿を珍しく思う者すらいたくらいであった。

 そしてしばらくして落ち着いたかに見えた王女だったが、その後のイリスの話に興奮が収まる事はなく、鼻息は更に荒くなっていた。


「では……本当にかの『剛腕』はゼロ距離で巨漢をふっ飛ばす程の一撃をくり出すのであるか!? 彼女の強さを喧伝する誇張とのたまう者もいたが……」

「本当です、と言いますか私は何度か実際に喰らいましたからね。芯を喰っていたら一撃で終わってましたよ」」

「お、おおお!!」


 憧れのAクラスの実力が本物であり、その人物と友人が渡り合った話に、メリアスにイリスを見る目は憧憬と尊敬が溢れているのがありありで……イリスとしては苦笑するしかなかった。


「断っておきますが、芯を喰らわずに済んだのは……そして『剛腕のミリア』に辛くも勝利出来たのは私の実力のみではなく、私の、いえパーティーの実力全てを使い切る者がその場にいたからですよ?」

「まさか……それって」


 友人が何を言いたいのか、この期に及んで察せない程メリアスも鈍感ではない。

 イリスはその察しを肯定するように一つ頷いて見せた。


「先ほどメリーが言った通りです。あの場に貴女がいたならば、あの人はどのような形であれ貴女の力を利用して勝ち筋を見出していたでしょうね。確立は相当に低い綱渡りにはなるでしょうが……冒険者ギラルとはそんな人物です」


 単純に師匠に認められた男が気に喰わない、そんな感情からの出会いだった盗賊であるのに、話を聞くにつれてその不思議な存在にメリアスは興味を持ち始めていた。

 特にギラルが件の『剛腕のミリア』と同じパーティー『酒盛り』に所属し彼女を母と慕い、そして『疾風のスレイヤ』の直弟子と知った時には「何とうらやましい! 私は師匠に弟子とすら見て貰えておらんのに!!」と絶叫した程であった。


「なるほど……『疾風のスレイヤ』の直弟子とは。あの卓越した身体能力とグランダル師匠の一撃を一度とは言えかわして見せた技術も納得ではあるな」

「個人の戦闘力においてはその通り、前線寄りの中間で正面には立たない戦闘が主です。しかし戦闘面において彼の真骨頂はそこではありません。Aクラスの達人と仲間を渡り合わせるほどの支援能力、そして全体を俯瞰で見る統率力ですね」


 そう言い切るイリスにメリアスは言い知れぬ武者震いを感じた。

 仮に、もし仮にギラルと共に挑んだとするなら……もしかしたら遥か高みにいるハズの、師匠と尊敬する人物に渡り合う事すらできるのではないか……と。

 戦いというモノに対しての違った柔軟な考え方の別のアプローチ、メリアスの中にあった固定概念が崩れそうになっていた。

 しかし同時にそんなに個人でなく全体で戦う事を主としているというギラルについて、別の疑問も浮かんでくる。


「で、では何ゆえにギラル殿はコロシアムの立ち合いになぞ参加したのだ? 聞いている限りでは策略も立てずに敵わぬ相手に一対一で対峙する御仁とは思えんのだが?」

「……そこは私も少し意外でした。ギラル先輩は基本的に現実主義だから、別に昇級試験でもない、勝たなければ賞金すら出ない、しかもあのような仕掛けも策略も張れない舞台上の戦闘など好まないと思っていたのに」

「やれやれ、二人とも難しく考えすぎ……」


 疑問に思った二人が難しい顔になると、それまで黙っていたシエルが苦笑しながら口をはさんで来た。


「あの人だって普通に男子ではあるのです。気になる女性に良いところを見せたい時だってあるでしょう?」

「……え?」

「あ……ああ、そういう事ですか。ギラル先輩ってば男の子ですね~」


 先輩の一言で予備知識があるイリスは瞬時に理解できたが、そうではないメリアスには何の事か分からない。

 シエルはそんな彼女にニッコリと笑いつつ、口元に指を立てて見せた。

 口にするのは野暮、そんな仕草でメリアスはあの日、ギラルが何の為に敗北必死なグランダルに挑んだのかを理解してしまう。


「ま、まさか……あのAクラスの化物で、負傷どころか命の危険すらあったかもしれない師匠にギラル殿が挑んだのは…………グランダルに勝利する為でも、ましてや認められるためでもなく、意中の女性を口説く為である……と?」

「そこまで露骨ではないでしょう。リリーが言うにはその方が勝手にエントリーした結果らしいですから、参加自体はギラルさんには不本意だったでしょうし」


 色々な情報が一気に入ってきて目が点になってしまうメリアス王女殿下。

 師匠の価値を自分よりも理解する男、一戦で師匠に認められた男……そんな嫉妬と羨望の入り混じったギラルの印象が、彼女の中でここ数分の間に目まぐるしく変化し、とうとう師匠に認められても当然の男ではないか……くらいまで格上げされていたというのに、グランダルと戦った理由を聞いて、そのすべてが霧散してしまった。


「プ……アハハハハ、バカバカしい、私はここ数日一体何を悩んでおったのか。ああ、いや思えば単純であるな、弟子入りを認めて貰っておらん私よりも先に弟子の地位をギラル殿に奪われるかも、とか考えておったのだろうな! 超Aクラスのグランダルを求愛の道具に利用するバカを捕まえて……アハハハハハハ!!」


 口に出してしまうとあれ程モヤモヤと正体も分からずにわだかまっていた答えが、霧が晴れるかのように消え去って行くのをメリアスは感じていた。


「そもそもあの先輩が大剣使いのパワー系に弟子入りするワケ無いでしょうに。ちょっと飛躍し過ぎの考え過ぎですよメリー」

「ハハハ、分かっておる、今となってはもう分かっておるよ。結局は私の愚かな嫉妬でしか無いのじゃ。元より師匠ですら眼中にない、どころか利用しようとする輩に嫉妬するのが間違いなのじゃ。どうせなら私もヤツを利用してやればよかったのじゃ」


 呆れるイリスに笑いながら若干物騒な事を言い始めるメリアス王女だったが、シエルは笑顔を崩すことなくその言葉を肯定する。


「良いと思います。あの方は悪事でない限り利用されても怒る方ではありませんから。ただいつの間にか利用されるというリスクも負う事になりますけど」 

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