第百七十六話 自覚ある悪と自覚なき正義

 ……それから数日後、調査は特に問題なく進める事が出来て『伝説の剣』の特別公開の最終日、ブルーガ王国のお偉方が集合するパーティーの日。

 それは怪しげな怪盗からの犯行予告当日である事で、さすがに普段警備体制の緩いブルーガの王宮も侵入者に対する警戒を強化していた。


「身分の確認はしっかりするように。本日は高位の貴族であっても厳重な身体検査が必要になるからな」

「隊長、高位の貴族様であると検査を拒否されるケースが発生しそうですが……」

「……その時は私を含めた隊長格が対応する。本日はこのように国王直々の命令書も配布されているからな。そこをすり抜けようとすらなら、喩え公爵様とて反逆罪を問われかねん。まあ、その辺を騒ぎ立てる分かっていない者は淘汰されるだろうがな」


 侵入者をシャットアウトする為に普段なら高位貴族にありそうな“この私を誰だと思っている?”みたいなやり取りすら例外として認めないって事らしい。

  誰に化けているか分からない、または誰が危害を加えようとするかも分からないなら誰であっても油断せず警戒する、その辺は正直警備としては当たり前に見えて、立派な事。

 ただ……ネズミが入り込んだ後に穴をふさいでも遅いんだけどな。


「……対応が遅いねぇ。予告状が出されてから軽く一週間はあったのに……警戒を始めたのは昨日からとか」

「予告状を出す程の目立ちたがりだから、当日に華々しく侵入をしてくるとでも思っているのでしょうか? 王宮を警備する者としては些かロマンチストが過ぎるかと」


 門番たちの働きを遠目で見つつ、本日は庭師に化けた俺は庭園の植木回りの雑草を引き抜き、今日まで変わらず侍女に化けているカチーナさんは洗濯物を干す為に籠を手に干場へと向かう最中だった。

 ……別に盗賊行為にやりがいを求めるつもりはないけど、さすがにここまで杜撰であると、こっちとしては何とも張り合いがない。

 どちらからともなく……溜息が漏れた。

 思えばザッカールでの王宮に侵入する時は全体に張り巡らされた結界がキモになっていて、逆に言えば結界があるからこそ警備体制が緩いという欠点があった。

 しかしブルーガの王宮はザッカールほど精霊魔法の遣い手が少ないせいか、そもそも結界が張られていない。

 日常からは元より、怪しい予告状など出されたからには、その日から警戒するに越した事は無かろうが……明らかにそういう認識が甘い。

 警備強化など予算が掛かる事は極力最小限に留めたいという認識かもしれんが。


「誰も彼もが血生臭い王宮から出たいからこそ、あえて入り込もうとする侵入者に鈍感なのでしょうか? それこそ一番に警戒するべき外敵でしょうに」

「一番近くにいる連中こそが一番信用できないからって、敵の敵は味方ってな事にはならんのだがなぁ……」


 ここ数日の調査で分かった事は色々だが、初日から評価が全く変わら無かったのは後宮の王妃やら側妃やらの仲の悪さというか骨肉の争いと言うか……。

 既に後宮を出て政務にも取り掛かっている第一、第二王子たちの母親、正妃と側妃の争いが酷いのは知っていたが、とにかく国王の子供を産んだ者は誰もが“自分の子こそが国王に相応しい”と言ってはばからず、マウントを取りたがる。

 まるでそうしないと自分の価値はなくなる、そうしないと自分は王宮の中で生きてはいけないと盲信しているかの如く……。


「神様曰く、井の中の蛙……いや、状況的には養豚場の張り合いと言うか……」

「ギラル君、そのセリフは血肉になって貰った豚さんの失礼ですよ」

「……そうっスな」


 窘めるカチーナさんも中々に辛辣ではあるがな……『予言書』を知っている俺はそんな連中は滑稽でもあり、そして哀れにも思える。

 そうまでしても、数年後には誰もが王宮どころかこの世でも生きていないのだから。

 そして調査の結果判明した事の中にあった最も滑稽な情報は……一番やり合っている第一王子と第二王子の母は、どちらもほとんど息子との交流を持っていない、それどころかその二人が意外と仲良しである事すら知らなかったのだ。

 黙っていれば次期国王確定の息子、そして補佐に回る気満々の息子の母同士がいがみ合う姿に……俺は豚がピエロに仮装する姿を思い浮かべたくらいだった。


「どっちもただの特殊性癖の持ち主でしかないというのに……」

「特殊性癖って、カチーナさん…………おっと?」


 噂をすれば何とやら……立ち話をする俺達から数メートル先に、来賓客である貴族へ気さくに声をかける第一王子ニクシム、そして第二王子ニクロムの姿が見えた。

 第一王子は貴族夫妻に挨拶すると、娘の幼女と視線を合わせるためにしっかりと姿勢を低くする気遣いを見せている。


「おうじたま、ほんじつはおまねき、ありがとうございましゅ」

「おおお! その年でちゃんとご挨拶できるとは偉いぞう。流石は名高いペンタトックス公爵家のご令嬢、教育が行き届いておるな!」

「恐れ入ります、殿下」


 笑顔の令嬢の頭を撫でる兄とは違い、第二王子ニクロムはと言うとパートナーを連れずに一人でいる赤いゴージャスなドレスをまとった令嬢に、軽薄そうな笑顔を浮かべて声をかけている。


「これはこれはイメルダ殿、相変わらず全てを照らす太陽の如き美しさは変わらないな」

「あらニクロム殿下? 今宵は来賓の聖女様を共にする予定だったのでは?」

「残念だが振られてしまってね……誰か慰めてくれないものかと思案しているところだ」

「……それで間に合わせに私に? 殿下と言えどそれは不躾が過ぎませんか?」


 目的の女性に振られたから代わりに~などと言われてイメルダとか言う貴族令嬢は氷の如き瞳で睨みつけるが、ニクロムは気にした様子も無く微笑を浮かべた。


「なに、このような美女を放置して別の女性をエスコートする、どこぞの婚約者に比べれば些細であろう? ここは互いに利用し合おうではないか」

「はあ……意地悪な人ですね」


 苦笑しながらそんな事を言いつつ、イメルダはニクロムの手を取り歩き出す。

 そんな王子二人の動向を、俺たちは何とも言えない気分で見ていた。

 そう、嫌悪とかそう言うのじゃなく……本当に何とも言えない気分で……。

 一見子供に優しい温厚な兄と、誰かれ構わず声をかける女にだらしないタイプの弟という対極な二人だが、国政に関してはどちらも結構有能だったりする。

 調査の結果分った事なのだが、兄のニクシムは特に子供の育成関連に熱心であり、出産から児童の教育への手当だけに留まらず両親の死亡や虐待により孤児となった者たちの施設への援助などあらゆる児童育成に関わる事を行っている。

 休日は積極的に孤児院などに足を運んで子供たちと共に過ごしていて、実は王族の中で最も子供人気の高い人物だった。

 そして弟のニクロムは言動の軽薄さとは裏腹に、未だに男尊女卑が当たり前の国内の情勢の中、女性の社会進出を積極的に目指し、女性の就職斡旋や、果ては非常時に関わらず優秀であれば女性の当主を認める法案を上げるなど、ガワだけ聞けば物凄く有能で先進的な王族として評価されているのだ。

 そして陰ではあらゆる女性を囲っているのだが、その女性たちは大抵が何らかの事情を持ち庇護を目的に自ら匿われているパターンがほとんどだった。

 その為一部の女性には毛嫌いされても、こちらも国民の人気は決して低くはない。

 ……これで調査結果で兄はロリコンどころかショタコンの気もあり、弟は純粋に女にモテたいから、という本心を知らなければ単純に感心で来たのだがなぁ……。


「俺はもうどっちも犯罪行為に走ってないだけ、一般的な悪徳貴族連中よかマシなんだからホッといても害はねーだろと割り切ってるけどな」

「…………」


 ここ数日の調査の結果、俺の中であの二人は小悪党から微悪党にまで格下げに……いや、最早悪党の文字すらいらないとすら思えていた。

 何しろこの二人は自分たちの性癖を理解した上で、犯罪行為にならない線引きはしっかりしているのだ。

 ニクシムは確かにロリコンでショタコンであるが、自身が性的に接する事を良しとはしないらしく“穢れない天使たちに遊ばれたい”が信条で、弟ニクロムは手当たり次第に声をかけるけど深追いはしないタイプらしく……当日で口説きに失敗したシエルさんに粉をかける行為はあれ以来無かった。

 結果だけを見ると二人とも世間的に害のある人物ではない。

 ないのだけど…………。


「…………分かってはいますけど…………その……」

「まあ、キモイよな…………あの二人の共通点を知ると……」


 その調査の結果は王宮外で諜報に勤しんでいたリリーさんから齎されたのだが、彼女も中々げんなりした表情で教えてくれたのだ。

『今日ほど読唇術が使える事を不幸に思った事はない』と。

 どちらの王子も王宮から出る機会があり、超遠距離から視認が可能なリリーさんが追跡した結果判明した事だったのだが……。


「…………まさか二人とも、好みの相手に踏まれるのが趣味とはね」

「……口にしないで貰えます? 特に兄の方は無垢な子供と戯れて、馬になって踏まれたり悪者役で蹴られたりする事に喜んでいるとか…………さすがにないです」

「弟は自分を慕っている女に嫌々踏まれるのが至上とか……な」


 平たく言えば二人してドMってヤツらしく、その共通の趣向のせいなのかお陰なのか、本来王宮内でいがみ合う要素しか無かった二人の王子が交流を持つ切っ掛けになったとか。

 側近たちの会話からそんなどうでもいい情報を聞き出し、実に嫌な顔をして報告して来たリリーさんを思い出すと、苦笑しか浮かんでこない。

 だけどこの王宮において、下らない事とは言いつつも王族間で友好を持っているのは……実はこの二人のみなのだ。

 と言うよりも意図的に敵対するように仕向けられ情報を遮断されている、と言うのが正解なのだろう。

『予言書』においての最後の生き残り王女メリアスでさえも、肉親であるはずの王族たちの情報を碌に語らなかったのも単純に交流がなく知らなかったと見るべきか。


「肉親には隠しておきたかった性癖での絆ってのが何とも……」

「だから言わないで下さいって、気が抜けますから」

「だな……今は実害の無い微悪党よりも“実害のある大正義”の方こそ何とかしないと、養豚場のピエロに留まらず、もっと大量の血が流れる事になるからな。こうなったら精々本日の主役には踊って貰わんと」

「……ですね。ヤツにとっては悪役が出来なくなるのは不本意かもしれませんが」


 そう言い残してカチーナさんは背を向けて、俺は再び草むしりに戻った。

 結構は今夜、俺たちの本当のターゲットが姿を現した時に劇の幕が上がる。

 この国にとっての正義の象徴にケチをつける、俺にとっての最大の目的とも言える“勇者に穢れをもたらす”為の『茶番劇』が……。

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