第百八十九話 エゴの継承

 あのジルバの部下であり『召喚術』研究の一因……本来の力量なら確実に格上の相手ではあるが、背後を取る事が出来たからには…………そう思って突き出したダガーは、残念な事にミズホには届かなかった。

 そう、ミズホには……だが。

 強引に割り込んでグランダルに殴り飛ばされたミズホは地面に倒れ伏し、そして俺のダガーはグランダルの右肩を深々と貫いていた。


「ぐぬう!?」

「うおっと!!」


 それでもなお追撃をしようと振るわれた拳をかわし、着地した俺を苦悶の表情を浮かべるグランダルだったが、突き立ったダガーを抜き捨てて……それでも尚笑って見せた。


「あの一瞬で咄嗟に『召喚主』を庇えるとはね。やはりAクラスの実力は伊達じゃないな」

「ふ、抜かしよる。俺が咄嗟に庇うしかない事まで予測していたからこそ、寸分たがわず鎧の隙間を滑り込ませおったクセに……」

「この状況自体は偶然だぜ? ここまで露骨に嫌われるのは初めての経験だしよ」


 一口に召喚と言われるモノでも現存する者を呼び出すのと、実体のない『英霊』や『悪魔』などを呼び出すのは種類が違う。

『古代亜人種』の古文書を解読するリリーさんと『予言書』の知識を合わせて判明した事だが、実体のない者は『召喚者』の魂に刻まれる契約で『生贄』を仮初の肉体にした『受肉体』に憑依させる事で現世に留めておける。

 つまり、『英霊』であるグランダルを手っ取り早く倒したければ、ミズホの息の根を止めれば事足りるのだ。

 だから……グランダルは『召喚主』を守るしかない……。

 意識を失っているミズホに目をやりつつ、俺は右腕から血を滴らせるグランダルに向き直る。

 実際グランダルが『召喚者』である事も『英霊召喚』での受肉体である事もさっき偶然知った事だし、実力者のミズホが上手い事グランダルの邪魔してくれれば良いな~くらいの立ち回りだったのだから……どちらかと言えば運が良かったに過ぎない。


「チッ……右腕が思うように動かんが、足手まといの『召喚主』もこの方が守りやすい。心置きなく剣を振るう事が出来るというモノよ」


 そう言いつつ、グランダルはしっかりと大剣を両手で構えた。

 鎧の隙間から血が滴っているというのに、本当に右腕に大怪我を負わせたのかこっちが不安になるような自然の動きで……。

 

「遠慮する事は無いぞギラル……いや、怪盗ワースト・デッド! 俺が求めるは最上の戦いによる高み。力のぶつかり合いも悪くはないが、策略により実力を上回る瞬間もまた戦いの真実。見事盗んで見せるがよい……この国に憑りつく『剣』の全てを!!」

「…………」


 そう吠えるグランダルはどこまでも楽しそうだ。

 今自分が死地にいるのが、剣を振るって戦っているのが、矜持にしているハズの自分のちからが失われるかもしれない今を、本当に望んでいたかのように……。

 脳筋共なら拳で語らうとか、剣で会話するとか言い出しそうなところだけど……ロンメルのオッサンに同調するのは癪だが、そんな姿の全てに哀愁が感じられた。


「なあ、ジイさん。どうせ次が互いに全身全霊を掛けた攻防になるのは分かってるだろ? だからよ……最期に聞いておいてもいいか?」

「……なんだ?」

「何故アンタは俺たちに剣を盗ませたかったんだ? 剣士であり英霊として蘇ってもなお戦場を望むようなアンタが、何故この国の戦いの象徴である剣を盗ませようと…………いや、剣を“捨てたがっている”んだ?」

「…………」

「ギラル君……それは……」


 俺の言葉を咄嗟に咎めようとするカチーナさんだったが、俺は彼女を手で制した。


「武人同士のやり取りで言葉は無粋ってのは分かってるが、生憎俺の目的は戦いじゃなく盗む事だからな……」


 武人が戦いの中最後の死に場所を求めている、グランダルの立場『英霊』である事を考慮すりゃ、そうとも考えられるし“それ”も間違ってはいないだろう。

 だけど、生憎『予言書さき』を知っている俺としては腑に落ちない所があった。

 それは言うまでも無くグランダルを師匠と慕う一人の王妃、メリアスの事。

 俺の知る『予言書』の彼女は勇者と言う存在に過剰なほどの憧れを抱き、そして恋慕していた。

 それが単純に『ブルーガ王国』に根付く勇者伝説からの延長だと言うなら気にする事は無かったのだが、『予言書』の彼女と現在の彼女では全く違う状況が生まれている。

 それは単純な事……今の彼女は身内を失っていない。

『予言書』の勇者に、圧倒的力に焦がれていた、たった一人の肉親を罪人として断罪するしか無かった女王メリアスとは違う。

 だからこそ……。


「自分のせいで持たなくても良かったハズの『ちから』に憑りつかれそうになっている王女様から、自分と言う剣を盗み出して欲しい…………本音はそこか?」

「ふ……なるほど。らしくも無くミズホがお前にキレた理由はソレか。実力云々では無く自分より年下の存在に上から見下ろされているかのような、見抜かれているかのような目」

「見抜く……とはちょっと違うな。俺はカンニングしているだけの下衆野郎なだけ」

「そうか……では、その下衆野郎はあの嬢ちゃんに押し付けられそうになっている役割をどう読み取った?」

「……異界勇者召喚の生贄、かな? もっとも呼ばれた側がその生贄を受け取るとは限んね~がな」


 俺がそう言うと、それまではただ楽しそうに笑っているだけだったグランダルの表情がわずかに歪んだ。

 まるで自分を嘲笑うかのように……苦し気に。


「……数年前に召喚主に『英霊』として召喚され、元は犯罪者だったこの体に受肉された俺だったが、正直また思う存分に戦える、剣が振るえるという事実の前には他の事はどうでも良かったのだ。現世に留まり、時に今宵のように召喚される事があっても、その考えに変わりなど無かった…………自分のそのような身勝手な振舞が、あの嬢ちゃんに憧れを植え付ける計略の一環だったと知るまではな」

「…………」

「知ってるかギラル……こんな戦いしか頭に無いような人の出来損ないに出会うまでは、あの嬢ちゃんはお人形遊びが好きな可愛らしい少女だったんだぜ?」

「若い女性の趣向なんざ数日あれば変わるもんだろ。ジイさん、ちょいと女の子に幻想持ちすぎてないかい?」

「ふはは、そうかもしれん。それが親のエゴの手伝いをさせられていると知らなければ、そう割り切れたのだかな」


 王女メリアスは『予言書』の中では勇者に恋心を抱いていたが、全体的に見れば勇者のサポート役として動いていた印象があった。

 ようするに彼女を自分の死後、勇者の補佐役として機能させるための心理操作をする一環として、『勇者』というモノに執着させようと、強さの象徴としてグランダルを近づけさせたワケだ。

 その辺に転がっている国王らしきヤツは……。


「それに納得が行かなくても、俺は所詮召喚された存在。召喚主の意向に背く行動は出来ん。こんな己の強さにしか興味を持たんクソジジイを、なんの裏表も無く慕ってくれる嬢ちゃんが薄汚い大人共に利用されそうになっているというのに、契約に縛られ自害すらする事が出来ん」

「だから……貴方は探していたのですか。闘技場で百人抜きなど嘯きつつ、自分自身の望みをかなえてくれる存在を。自分の存在を勇者の伝説ごと消し去ってくれそうな協力者を」


 痛ましそうに言うカチーナさんに、グランダルは再び笑ってみせた。


「結果は上々だったようだ。正直に言えばこの俺の存在を消してくれるだけでも良かったのに、貴様らはそれ以上の事を勝手に望んでくれている。それも……このような生き恥を晒す俺の全力を、全力で叩き潰してくれるというオマケまで付けてな」

「どうかな……全力で叩き潰せるかは分かんねーよ。最後の時を望んでいる割に手加減の出来ないタイプってのはどうにかならんもんか」

「すまんな、それが武人という頭のおかしい連中の性というモノ」

「はあ……仕方がねぇな」


 俺は溜息を吐きつつ、今回地下施設に事前に張り巡らせていた『魔蜘蛛糸』の仕掛けの全てを発動させた。

 それは床から、壁から一気に張りめぐらされてグランダルを中心にした包囲網を作り出した。


「む……こいつは」

「二番煎じ、何て言わんでくれよAクラス冒険者。後輩には後輩なりの、盗賊には盗賊なりの流儀ってもんがあるからな」


 それは先日の闘技場とほぼ同じ状況、微細な動きすら『魔蜘蛛糸』を通じて感知しつつ動きを封じる俺流蜘蛛糸結界。

 俺はたった一撃で全て切断された先日と同様、『魔蜘蛛糸』の上に乗り、グランダルの背後へと立った。


「やられっぱなしで終るのは……やはり性に合わんのさ。お付き合い願えますかね」

「ククク、そう来なくては。貴様も中々に負けず嫌いなようだな……お目当ての者に関する事柄に関しては」

「その辺は言わんでもいいでしょうが、先輩よ……」


 盗賊の流儀としては敗北は恥ではないが、個人的な理由として格好つけたい人がいるからリベンジはしておきたい。

 ……あまり付き合いが多かったワケでも無いのに、そんな事を見透かされたようで俺は軽く動揺を覚えた。




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