第百七十三話 スカウトマンの目に留まる役者
さて……都合よくクズ王子兄弟は気絶してくれた事だし、コレからじっくりと現場検証をしようかと思った矢先、『気配察知』で強化した五感がこの部屋に向かって来る数人の足音を捉えた。
その中には俺がこの場に侵入する為に一時的に変装した衛兵の一人の気配もある。
「んにゃろう、必要な時にいねぇで来てほしくない時に!」
悪態吐いた所で状況が変わるわけでもなく、俺は慌てて部屋に一つだけある窓に取り付いて外に出てから極限まで気配を殺す。
指先とつま先のみで体を支える盗賊としての技術も駆使しているが、ここまですれば相当な手練れではない限り見つかる事はないハズ。
そう思い静かに窓を閉めた瞬間、大勢の衛兵共が扉をぶち破る勢いで雪崩れ込んで来た。
「何事ですか王子!?」
「うお! 何とこれは人食い蟷螂では!?」
「無事でありますかニクシム王子、ニクロム王子!?」
「う……う~~~ん……は!? お前たち」
そして窓の外から巨大な蟷螂の下敷きになった王子たちが慌てた近衛兵たちに引きずり出される様子が見える。
どうやら大したケガも無く、助け出された事で意識を取り戻したようだ。
「な、なんと……まさか人食い蟷螂は手練れの冒険者でも数人がかりで倒す魔物のハズ。その魔物がこのような……」
「まさかニクシム王子……貴方がこの魔物を!?」
……思わずずり落ちそうになってしまった。
コイツ等、どういう判断をすればそんな結論に行き付くというのか。
しかし問われた第一王子ニクシムの返答は、俺の予想を遥か斜め上へとぶっ飛んでいく。
「は……ははは、そ、その通りである! まったくこの程度の魔物を差し向けるとは、余も舐められたモノだ。わが剣の前には蟷螂など遊び相手にもならん! ウハハハハ!!」
「「「「「おおおおお! 流石です王子!!」」」」」
ズザザザザザ…………うおおおヤバイ! ロケットフックを!!
俺は慌ててロケットフックを壁面に射出、引っかける事で転落を防ぐことに成功した。
あ、あぶねぇあぶねぇ……マジでこいつの小悪党振りはある意味で定石を外さない。
迷いも無く人の手柄を自分のモノにしやがった!!
「我々も王子がそのような卓越した剣技をお持ちだとは思ってもみませんでした」
「なに、私も立場上実力を不用意に見せる事は出来ぬからなぁ。しかし仮にも弟の危機に黙ってみていられるほど非常にはなれんよ」
「な、なんと! 隠しておられた実力を弟君の為に……」
他人の功績を呼吸するかのように奪う手腕は、最早技術だな……。
その事を特に理由も無くアッサリ信じる奴らもどうかとは思うが、むしろこの場では疑わない事がコイツ等の仕事と言う事なんだろうか?
衛兵としての仕事よりも王子の腰巾着としては正しい心得なのかもしれんが、少しは色々と危険視して色々疑ってかかって欲しい気がする。
コレから盗みに入る予定の
魔法には詳しくないが、召喚系の魔法陣は仕込むのには相当面倒臭い複雑な図形を書き込む必要があるハズで、下準備には相当な手間がかかる。
パッと見で巨大蟷螂の現れた魔法陣は部屋のカーペットの上に焦げ跡を作り現れている事から、事前にカーペットの裏に魔法陣が仕込まれていて、頃合いを見計って何者かが発動したって事になると思うが……そうなると。
俺はそっと窓を小さく開けて、ざわつく近衛兵たちに紛れてその場で誰かが喋っている体で声を出す。
「しかし、このような魔法陣が持ち込まれるなど……このカーペットは何時からあったのでしょうか?」
「む? ……確かにソレは気になるな」
人が多ければ多いほど、自分ではない誰かがしゃべった事はそこまで気にされない。
狙い通りに王子も衛兵たちも“俺の声”警戒心を抱く事無く、寧ろ良いところに気が付いた誰かがいる、という反応を示した。
「侍女長はおるか!? この魔法陣が浮き出たカーペットは何時からこの部屋にあったのだ?」
「は! コレはおよそ2年前にザッカールより友好の証として贈られた物でございます。友好の証として王子の部屋に敷かれていたのですが……」
「ザッカール……あの田舎者の国か。これだから閉鎖された世間知らず共は……精霊の加護か何か知らんが、魔法に長けているだけで国政も読まずに父上の道楽に乗せられでもしたか?」
……なんだ? 出所を聞いた第一王子の反応が気になった。
状況的に単純に他国が侵略の為に暗殺を仕掛けたとか判断するかと思いきや、口から出たのは他国への非難と言うより自国の、肉親への嘲りの言葉。
「国政として考えるならあの国との取引は間違ってはおらんがな……国に伝わる勇者伝説に傾倒する老害の夢にあまり協力はして欲しく無いものだな。衛兵、一応ザッカールからの調度品の類は全て確認するのだ。これ以上余計なモノを呼び出されては敵わん」
「「は!!」」
「まったく……何ゆえに父上はあそこまで“勇者”に拘るのか。英雄に憧れる童子の世代ではあるまいに。召喚術なぞあくまでもこの世にいるモノを呼び寄せるだけの魔法に過ぎんというのに。おまけに呼び寄せられた者が勇者であろうとなかろうと、こちらの都合に従ってくれるかも分からん。またこのような魔物であれば……」
おっと……最後の方は再び小物っぽさが戻って来たが、第一王子ニクシムは単純なバカでもなさそうだ。
召喚術を使用する魔導師が、呼び出した魔物などを使役していると勘違いする連中もいるが、実はそうではない。
基本的には襲い来る魔物などにけしかけて喰いあいをさせるか、もしくは囮として使うのが通例であり、仮に呼び出した魔物が目的の魔物を倒したならば、二次被害を出さないために呼び出した魔物を自分で始末しなくてはならなかったりもする。
戦闘では有効な方法とは言え、呼び出して敵を倒して貰った上で、弱り切ったところを殺すのだから個人的には物凄く後味の悪い戦い方だとは思う。
まあ要するに、呼び出したモノが喩え人間であっても味方がどうかは分からない。
当たり前の事なのに、それが当たり前であると判断できているのは指示を出す上に立つ者として一番重要な素養だ。
「しかし王子殿下、この国の伝承を思えば『エレメンタルブレード』が存在しているだけに陛下が勇者を求める事も国力を高める事になりませんか?」
「そ、そうですよ。その為に召喚術の研究も重ねられているのですから」
「ふん……貴様らも伝承を寝物語に育った世代であるからな。勇者の存在を信じたい気持ちは理解するがな」
暗に不満を含ませる衛兵の態度はある意味不敬にもなりそうだが、王子は気にした様子も無く鼻で笑った。
「勇者の存在までは私も許容できるがな……貴様らはもう一つを信じられるのか? 『異界』の存在……我らとは異なる世界が存在するなどと言う世迷い事を……」
「そ……それは……分かりませんが……」
「まあそうだな、私にも分からん……というより仮に、もしも仮にそのような世界があるとして……だ。貴様らは認めるのか? 自分が抜けなかった剣を自分の世界ではない者が抜き放つという屈辱を……」
「「「…………」」」
まとめると……父親、つまり国王は伝承通り『異界の勇者』を求めていて、王子は逆にどっちでも良いっぽい?
断片的な情報ではあるものの、第一王子ニクシムの言葉は『異界の勇者』の存在を否定するものであり、『予言書』での勇者召喚を真っ向から否定するものだった。
異界の人間が自分達より勝るのは認めたくない……それは辿る道は違っていても目的だけは完全に俺と一致したもの。
『異界召喚』という概念自体を認めたくないという考えが見え隠れしていた。
俺は人知れずほくそ笑む。
今回盗むべきモノが何であるのか、おぼろげに掴めた気がして……。
「悪党でロリコン、臆病で自尊心高めのええかっこしい……か。使えそうな役者じゃね~か第一王子ニクシム」
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