第百七十二話 不本意なお仕事

 次期国王を争い勝手に殺し合った……『予言書』で女王メリアスがどうでも良い事のように吐き捨てていた言葉だが、奇しくもザッカールの現国王が9番目だったにもかかわらず王座に就いた理由と似たようなもので、俺も“王家何てそんなものか”くらいにか思っていなかった。

 ……別に王族で兄弟仲が良いからって悪いという事も無いし、各王子連中に派閥があったところで必ずしも対立しなくてはならないってワケでもない。

 ただ、俺は結果だけは知っているだけに……違和感が拭えん。

 今の会話から推測するに、あの兄二人と王女メリアスが仲が良い事は無いだろうが『予言書』での興味無さげな姿を思い返すと、対立するような交流も無かったのではないだろうか?

 だというのに、何故か王宮内部でも市井でも聞く限り誰もが次期国王の座で争っているのを当たり前のように認識している。

 王族間で足を引っ張り合っているからこそ王宮だというのに人の入れ替わりが激しく、王女メリアスに関して言えば幼い頃から身の危険を感じて自衛の為に自ら剣を振るえるまでになる始末だというのに。

 ……と、そこまで思い至ると、これまでは単純にお家騒動の余波的に考えていた事が、あまりにも露骨に過ぎる気がして来た。

 昨晩も王女の帰宅を追尾した時に妙に警備に穴がある気がしていたのだが、ハッキリ言えば今もそう……王族の居住区に足を踏み入れているというのに巡回している兵士に定期的な死角が生まれるのだ。

 王族何て国にとっては最重要な連中だろう。

 守る為には極力死角なんてない方が良いハズなのにも関わらず、『ワースト・デッド』なんぞと言う怪しい連中の予告状を出された後でさえも……だ。

 まるで誰の目にも、警備の近衛から侵入した他国の間諜にも『王家は兄弟で骨肉の争いをしている』と演出したいかのように……。

 俺もたまたま悪党の性癖なんぞ聞かなかったら違和感を持たなかったかもしれんが。

 そして当然要人の警護に穴がある理由なんてかぎられているワケであって……。


『『う、うわあああああああ!?』』

『ギチギチギチ…………』

「え? もうかよ!?」


 そこまで考えたところで唐突に聞こえて来たのはクズ王子二人の悲鳴と、何やら金属をすり合わせたような耳障りな音……これってどこかで聞いた事があるような?

 そうだ……確か森の中で遭遇した昆虫系の魔物の警戒音に似ているような……。

 こんな王宮の、しかも王族の住居である奥で魔物って……そして通りがかった時には歩哨の兵士もいなければ、給仕に立つ侍女的な人物がいる音すら聞こえて来なかった。

 つまり、現在この叫び声に気が付いている近衛兵は、偽物で潜入している俺しかいないって事になるワケで……。

 現場にいる人物になり切る潜入法の最大の欠点はこの場にいる事への違和感を極力削がなくてはならない。

 つまり最も護衛対象として最も近くにいる状態で何もしなければ、不審者が近くにいたと疑われてしまう。

 しかも運の悪いことに現在俺が化けた近衛兵の気配は大分遠くに行ってるし……。


「だあああああ、面倒くせえ!!」


 俺は甚だ不本意ではあるものの、クズ王子共が叫び散らかす部屋のドアを蹴破る勢いで開いた。


「どうなさいました王子……って、うお!?」


 そこは多分今現在部屋の両隅で体を縮こま世ているどちらかの王子の執務室かなんかだと思うのだが、部屋の中心には身の丈3メートルはある巨大な、鎌を両手に持った昆虫型の魔物が獲物に向かっている最中であった。


「何でこんな所に人食い蟷螂マーダー・マンティスが?」


 若干黒ずんだ緑色の攻撃性の高い昆虫……分かりやすく肉食で両手の鎌の攻撃力は高くレベルが低い冒険者が手足を持っていかれた、何て話はよく聞く程。

 だがコイツは縄張り意識が強い方で森から出る事は滅多にないし、それこそこんな王都に連れて来るなんて出来るものか?

 俺がそんな事を考えている間にも人食い蟷螂は巨大な鎌をクズたちに向けたまま、その巨体をノッシノッシと距離を詰めて行き、両サイドからの悲鳴がますます大きくなる。


「ひいい!? わ、我は最近栄養が足りておらんから旨くないぞ!? 健康で脂の乗ったニクロムの方が絶対に旨いのだ!!」

「ななな何を言うか兄上! 俺なんぞ血統の低い側妃の出、正当な王家の血筋である兄上こそが最も高貴な王族の血筋だぞ!? 高級な味わいであるのは間違いない!」


 泣き叫びながら言葉の通じない魔物に対して自分が助かろうと兄弟を差し出し合う……ある意味小悪党として息の合った二人である。

 と、思わず笑ってしまいそうになるコントを繰り広げるクズ二人に人食い蟷螂が距離を詰めた事で、魔物の足元に何やら焦げ跡が見えた。


「こいつは……魔法陣か? しかも状況的に召喚系の」


 仕込まれた魔法陣を使って、外部から魔物を召喚する……確かにソレなら突然室内に現れた事も納得だ。

 しかし召喚魔法自体、魔法としてはかなり難しい部類になるハズ……むしろ暗殺に使いたいならこんな場所で実践するのもどうかと思う。

 こんな……外部班に見せかける為にワザワザ警備の穴を作るのだから、殺りたければそれこそ暗殺者でも雇えば一発だろうに。


「ななななな何をしておるのか衛兵!? 早くコイツを何とかするのだ!!」

「早く助けろ! できなきゃ貴様が餌になれ!! 王家の為に死ぬ、それだけがお前らの存在意義だろうが!!」


 泣き叫びながら俺の存在に気が付いた奴らは、なんとも威厳の無い命令を口走る。

 み……見捨ててぇ……。

 マジでこいつ等『予言書』では影も形も無かったから最初から思い入れも何も無かったけど、似たような境遇だったリリーさんと違って生かしておいても何の得も無いのではなかろうか?

 むしろ悪影響な気すらしてくる。

 しかし残念な事に魔物の方は優秀で、部屋に侵入して来た衛兵おれがこの部屋の中で最も危険である事を本能的に即座に判断したようで、体の向きを瞬時に入れ替えて様子見をせずに右手の鎌を勢いよく振り下ろして来た。


「ギ、ギギギギ……」

「チッ、やっぱ魔物の方が危機察知能力は高いか!」


 その勢いは凄まじく、年間で冒険者の死因として持ち上がるのも納得の攻撃。

 腰が抜けているのか未だに部屋の両隅から動かないやせ型の髭を生やした、いかにもな小悪党が第一王子で、昨夜も見た小太りが第二王子で間違いないだろうが……どっちもが方向性の違う運動不足であり、そう言った方向で比べるのは魔物に対して失礼だな。

 とは言え、どんなに早くともこちとら伊達に早さを売りに冒険者をしていない。

 ましてや常日頃からスピード特化の剣士と魔導士にもまれているのだからな。

 俺は袈裟上に高速で振り下ろされる右の鎌を巨大蟷螂の懐に潜り込んでかわすと、鎌は“ガキリ”と固い音を立て、そのまま勢いよく床に突き立った。


「ギギ!?」

「悪いがこの瞬間を見逃す程、俺のような非力には余裕は無いんでね!」


 瞬時に右腕が動かなくなり、懐に潜り込まれた事で慌てたような雰囲気を巨大蟷螂から感じるが、残念だがその予想は大当たりである。

 俺は懐に隠し持ったダガーを逆手に持って蟷螂の肩を切り離し、更にそのままの勢いで首元も切りつけた。


「ガ……ギギギ……!?」

「うお……まだ浅いか?」


 首は半分くらいは切り込みを入れたというのに、それでも巨大蟷螂は残った左の鎌をメチャクチャに振り回し始める。

 近衛兵としてはこの場合ロングソードなどがマストなのだろうが、生憎俺はそんなもんを愛用していないし、変装している現在はそんなかさばる物を持ち歩くワケも無い。

 そしてロングソードよりも短いダガーでは致命傷ではあっても蟷螂の頭部を切り離すまでは行かなかったらしく、そして昆虫型の魔物は痛覚を持たず生命力が高い。

 俺は左の鎌を警戒しつつ、鎌を失い死角となった右へと回り込み……今度はダガーでは無く体全体で縦回転でそのまま蟷螂の頭部を蹴り上げる。


「……とは言え、頭部を失ったら生命力もクソもないよな!!」

「ギ!?」


 そして直撃した瞬間、巨大蟷螂から“ボキッ”という枝の折れるような音が聞えると、頭部はそのままの勢いで吹っ飛び、壁に激突した。

 しかし頭部を失っても尚、しばらくの間は巨大蟷螂の左の鎌は振り回され続けていて……ようやく止まったと思った時、魔物の巨体は横倒しに倒れたのだった。


「「ぐぎゃ!?」」


 クズ王子二匹を巻き添えにして。

 コイツ等……どこまでも小悪党のお約束を踏襲するのやら……。


「……何か、むしろそういうプロなんじゃねーかと疑いたくなるな」




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