第百七十一話 同類は仲が悪いか、あるいは……

 屋根裏での怪しい会合の後、俺は適当に兵士の格好をして場内を巡回の体で歩いていた。

 その際には一応『変化の仮面』を使用して、本日勤務の兵士の顔になっている。

 カチーナさんが言った通りここの警備体制は不自然なほどにザルだが、それでも帯剣を許された王城勤務の兵士が見知らぬ誰かであるのは目立つだろう。

 化けた本人とは鉢合わせしないように、そして絶えず変装を変える事によって本日勤務の連中の中に溶け込む。

 印象としては“あれ? お前さっきあっちにいなかったっけ?”くらいの印象に留める潜入方法だ。

 今は城の外周に向かった中年の男の顔を借りて、俺は城内を歩き同僚に敬礼しつつ……本番に向けての『逃走経路』を確認している。

 そしてもう一つ、重要な案件は今回は何を盗むのが正解なのか、俺自身確信が持てずにいる事であり……盗むべき何かを見つけるという曖昧な目的があった。


『予言書』での勇者が召喚された未来では、この国の次期国王候補は最初から王女メリアスただ一人。

 次期国王候補であるはずの別の王子の存在など大して語られる事無く、せいぜい王女本人が『勝手に後継者争いを繰り広げて共倒れした』としか聞いていないのだ。

 それが今のところ王族内での死者はいない事で、王女メリアスは次期国王候補にも挙がっていない状態で王子たちは“我こそが次期国王だ”と名乗りを上げている。

 つまり『予言書』ではすでに終わったお家騒動はこれから起こるという事であり……奇しくも今回の『ワースト・デッド』の行動も関りを持つ事になったって事になる。

 

 まあその辺は追々考えるとして……最も気になるのは、なんで『勇者の剣』の所有者を異世界召喚まで使って求めたのか? って事だ。

 勇者の称号を国内の有力貴族辺りに持たせる事で他国に対して『うちは勇者を抱えている』と優位に立ちたいって考えは分からなくはないし、少なくともグランダルの爺さんもその辺を懸念して俺に盗みの依頼なんざしやがったからな。

 ただその辺の風潮を利用したいなら、王侯貴族連中にとって勇者が『平民』やら『異世界世界』からの部外者から現れるのは避けたい事に思える。

『予言書』では邪神軍の台頭で手段を選んでられず、『勇者召喚』を行った……ようにも言われていたが、王女メリアスは最後まで召喚の儀には否定的だったはずだし……。


「……その辺も含めて調査するしかねぇか。神様曰く“百聞は一見に如かず”ってな」


 俺はそう呟いて、今度はすれ違った近衛兵の姿に変化……そいつが別室に入ったのを見計ってから、そのまま王宮の更に内側へと歩を進める。

 おそらくここからがブルーガ王国の王族が生活する空間……ハッキリ言えばザッカールだとこの時点で魔力感知に引っかかりそうなもんだけど、問題なく侵入出来た事に『大丈夫かこの国?』と妙な心配をしてしまう。


「……おお兄上、どうなされた?」

「!?」


 そして王族の生活をサポートする侍女たちがすれ違いざまに頭を下げる度、俺は敬礼しつつゆっくりと歩いていると……不意に聞き覚えのある声が聞えて来た。

『気配察知』で聴力に集中した俺は歩みを止める事無く、その声が聞えて来た部屋の前を通り過ぎる。

 歩きながら指定された部屋の声を聞き取る……それも盗賊としては必須な技術の一つ。

 前回はどこぞのお嬢様のアレな手紙のせいで気が散ってしまったが、今回は失敗しないように……。


「どうなされた……ではない。まったく、お前は相変わらずであるな……昨晩聖女の部屋に押し掛けたと苦情が来たのだぞ!」

「何と……たかだか孤児出身の聖女ごときが王族に批判するなど、随分と立場をわきまえぬ無礼な女どもですねぇ」


 そのネチャッとした話し方は昨晩シエルさんの部屋に自分の妾になれと、なかなか低レベルな口説き文句を言っていた第二王子のモノで……確かニクロムとか言ったか?

 そしてそいつが兄上と言うのであれば、そいつこそが次期国王としては一位に上がる長兄の第一王子って事になるか?

 昨晩自分は次期国王などとのたまっていたニクロムと政敵とも言える第一王子が同じ部屋にいる……もしかして『予言書』の共倒れ的な事件がコレから繰り広げられるのか?

 俺はそんな事を考えて息をのむが……聞えて来る内容は意外なモノだった。


「いつも言っておるだろうが、手を出したければ外堀をしっかりと埋めてからだと! オマケにあの聖女は精霊神教の異端審問官でもあるのだぞ? 不用意に手を出してしっぺ返しがあるとは思わんのか……」

「そう言うが兄上よ、いつもはこれで上手く行くんだぜ? 次期国王って肩書は便利だからなぁ……それさえ言えば貴族だろうと平民だろうと聖職者であろうとな」

「あの手の特殊な輩に単純な権威は通用せん! 下手に手を出して国際問題になれば面倒だと言っておる」

「そう言うな兄上~。俺が使いたいのは肩書だけだから……本気で国王何てなりたかないのはよく知ってるだろ?」

「使うな、とは言っておらん。使うなら始末まで考えてからにせよと言っている。どうせお前にとって都合の良い女など他にゴロゴロいるのだろう?」


 ……なんだろうこの会話は?

 第二王子は口説き文句として使っただけで、次期国王には興味がない??

 今のところ王城内部、市井でも噂されているし、何だったら『予言書』でも語られているのは王族同士の骨肉の争いの図式なのに……何だこの会話の内容は。

 これではまるで……。


「分かってないな~兄上、こういうのは従順なばっかだと飽きちまう。お高く高貴な女であればあるほど、自分のモノに出来た時の快感があるんだぜ? 嫌がる女を無理やりってのもそれはそれでイイけどなぁ」

「ふむ……それについては異論は無いな。先日のお前からのプレゼントは中々に良い味であったからな……今も噛みつかれた肩が疼くでな。そう言えば貴様の目当ての聖女についていた見習いの少女も、中々良い目をしていたな」

「おいおい、人の事言えんのかよロリコンが。仕方がねぇなぁ~、上手い事行ったらそっちは兄上に回してやんよ。それこそ外堀に関してはお任せするがな」

「それならば仕方がない……」


 ……うわ~お、この場にリリーさんがいなくて良かったと心から思う。

 いたら既に、扉越しに第一と第二王子の額に風穴が開いていた事だろう。

 しかし俺は今の会話に更なる疑問が湧いた。

 会話内容の外道さ、鬼畜さは兎も角として第一王子が苦笑したような雰囲気は、まるで出来の悪い弟の頼みごとを聞いてやる兄貴の如く。

 しいて言えば山賊が子分と悪事について話している下品で外道な会話に似た……同類同士が仲良く会話しているようにしか聞こえなかった。

 無論演技、互いに味方を装うための会話と思えなくも無いが、妙な事だけど双方ともに悪事の内容と一緒に性癖まで共有しているというのが、その二人の関係性を物語っている気がする。

 オマケに今の話では、身の危険の可能性もあるのに第二王子は兄に女性を融通しているらしいし……。

 平たく言えばこの二人に関して骨肉の争いと言う図式が浮かんでこないのだ。


「くそ……更にややこしくなって来たか? まあ今の話がホントなら、どっちも死んだ方が良かったって感じだがな『予言書』の俺と同様に」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る