第百七十話 潜入作戦『ポイズンデッド』
いかにも怪しい連中が城内にて悪だくみをしていた数時間後。
パーティー名『スティール・ワースト』の狙撃手にして怪盗団『ワーストデッド』が一人『ポイズンデッド』こと魔導師リリーは一人で城外を歩いていた。
ギラルとカチーナが共に騎士、メイドと城内の業務をこなす姿に化けていたのは城に侵入しての情報収集であるのだが、今回リリーにはリリーにしか出来ない役割があった。
その役割をこなす為にリリーは一人、ブルーガの城下町に存在する冒険者ギルドへと足を運んでいた。
「な~んで冒険者ギルドって、どこの場所にあっても似たような雰囲気なのかな?」
そしてブルーガの冒険者ギルドに踏み入ったリリーは、その瞬間に自分に集まった視線に思わずゲンナリとつぶやいてしまった。
武骨な特徴的な杖『狙撃杖』を担いだフード付きのマントを羽織る彼女は比較的小柄であるものの赤毛の美少女には違いない。
目にした瞬間ガラの悪い連中が下品な笑みを浮かべたのが、リリーには視線を向けなくても肌で感じられる。
ありていに言えば舐めてかかって絡もうとしているワケだが、そんな連中が絡もうとするのを止める連中がいるのもお約束であり、そういう連中はリリーの立ち振る舞いで只者ではない事を察する事の出来る実力者であるのだ。
『ふ~ん、昨日のコロシアムでも目につくのはいたけど…………!?』
ただ、それでも胡乱気に隙あらばちょっかい掛けてこようとする連中の視線が無くなる事は無くリリーは苛立ちを覚えていたのだが、そんな事を気に掛けている余裕もない程一瞬にして彼女の間合いに入り込む何かがいた。
「……く、アンタは!?」
「…………」
小柄な彼女よりも更に低い位置から素早く潜り込み、リリーの右腕に取り付こうとするソレは瞬時に腕をへし折ろうとするが、リリーは慌てる事無く取られた右腕が極められる前に空中へと身を投げ出し全身を捻って一回転、そしてそのままソレの背後に立った。
しかしリリーが次の行動を起こすよりも先に、まるで彼女がそこに降り立つのを予想していたかのような狙いすました棍による鋭い突きが襲いかかり……首を捻って突きをかわしたリリーが懐の短杖を突きつけた。
……久しぶりに見る元同僚にして親友の顔へと。
「衰えてませんね……リリー」
「シエル……そういう再会の挨拶が趣味だったっけ? おまけに錫杖はともかく相打ち狙いの膝は聖女としてはお行儀が宜しくないんじゃないの? シエル」
「イリスを見習って組み技を組み込んでみたのですが、技を外しかわす体術にかけてはリリーの方が上手ね」
「よく言うわ。あの娘は早さなら抜きんでても、まだまだ単調だから読みやすいのに先輩の方は技の入りで何度フェイントを重ねて来るのか……読み辛いったらないよ」
その一瞬の攻防は女性で小柄、自分よりも弱そうと思っていた連中にとっては衝撃的な達人の動きであり……短杖を突きつける
そして心底思った……“絡まなくて良かった”と。
そんな周囲の反応を気に留める事も無く、二人は戦闘態勢を解除すると何事も無かったように笑い合い再会を喜ぶ。
「……で? 久々の再会なのに今更元同僚を異端審問にでもかけに来た? 生憎だけど教義に反する事を言い始めると特定するのが難しいんだけど」
「詳細を言い始めれば私たちも一緒よ。特に後輩が最近は前任者のお姉ちゃんの穴を埋めようと頑張ってくれてますので、順調に出世コースから外れて……。まったく、戦闘の方法はかけ離れているというのにそう言うところばかり姉妹でソックリです」
「だ~れが誰に言ってんだか」
苦笑し合う光の聖女エリシエルと元魔導僧リリー、それにこの場にいない格闘僧ロンメルは細かい教義違反と言うなら“処断されない程度”のギリギリな事なら山のようにしていて、そのせいで異端審問官にして聖女であるのにエレメンタル教会の中では相当に腕が立つ一派なのに出世から縁遠い者たちだった。
逆に本当は教義違反をしているのに“しているように見せない連中”は簡単に出世街道に乗れてしまうという状況が横行していて……その辺の機微を“分かるつもりもない”シエルたちが危険な現場へと向けられるのは必然とも言えた。
そしてそんな連中を尊敬する『聖女見習い』のイリスもまた同類であるのだ。
「冗談はさておき……実は今日はリリーにお仕事の依頼をしようかと赴いたのです。冒険者パーティー『スティール・ワースト』所属の魔導師リリーに」
「依頼……? すでに教会を追放された私に救援を要請するっての?」
それから二人はギルドのロビーに開いていたテーブルへと腰掛けて話し始めた。
ちなみにさっきまで周囲にたむろっていたガラの悪い冒険者たちは二人がテーブルに落ち着こうとした時点で『さ、仕事仕事!』とワザとらしい言葉を残して去って行った。
遠巻きにされた二人が着席した場所は不自然な空間が出来上がっていて、最早完全に関わりたくない輩の立ち位置がギルド内で逆転してしまっている。
無論そんな事を当人たちが気にするはずも無くシエルが質問に答える。
「貴女も聞いたのではない? あの男がこの国に現れたという話を……」
「あの男……ああ、アレの事か」
神妙な顔で言う親友の姿にリリーは少々罪悪感を覚えつつ『とりあえずは予想通り』と内心ほくそ笑んでいた。
実は今日彼女が一人冒険者ギルドに赴いたのは依頼受注のためでは無く、まさに今の状況、絶賛お城に招待され中の聖女エリシエルに見つけられるためだったのだ。
昨晩彼女たちの仲間ロンメルとの再会をしているから、当然シエルにも情報が伝達されるのを予想し、怪盗の予告状が来ればシエルが協力を要請するという事まで予想しての行動だった。
「あの盗賊に対して現在の私たちでは遠距離が心もとないのです。このタイミングでリリーが入国していたのは本当にグッドタイミングでした」
「ま……アンタ等トリオはまるっきり近接特化型だからね。攻撃力に関しては私がいた時より高いだろうけど逃げに徹するあの野郎を追っかけるのは難しいかも……」
実際にはリリーがこの場にいるからこそ『ワースト・デッド』も現れたのだが、まさか親友がすでにそいつらの一味とは知らないシエルは不思議そうに辺りを見回す。
「そう言えば……今日は貴女一人なの? ギラルさんたちは?」
「あ~、アイツらは今別件で別行動してんのよ。そっちの依頼についてはロンメル師範は知ってるかもしれないけど、アタシは待機組でね」
「そうなんだ……残念、あの二人もいれば今度こそ! って思ってたけど」
まさかそいつらこそが犯人であり、しかもすでに城に潜入済みである事を知っているリリーは親友のそんな判定に微妙な気分になる。
今回リリーがシエルが戦力として会いに来る事を見越して待っていた理由は、城側の味方として潜入してそちら側からの情報を得る目的もあったが、最も問題なのは昨夜良からぬ依頼をして来たグランダルの話を真ん前で聞いていたロンメルの事だった。
一応雑談の域で、しかもその場で依頼を受けてもいないのだが、それでも『ワースト・デッド』と因縁があるハゲ親父にいらん詮索をされるワケにも行かない……って事で味方としてリリーが目に付く場所にいるという状況を作り出す必要があったのだ。
リリーとしては“じゃあ日を改めれば?”と思いもしたのだが、ギラルは何故かこのタイミングでの決行を重視した。
さすがにそろそろギラルの性格や行動パターンに慣れて来たリリーは、それ以上何も聞く事は無く、こうして自身に課せられた役割をこなしているのだった。
『ったく、こっち側に付くって事は
万が一、必要であれば本気の弾丸を当て無くてはいけないという役割が回ってこない事を密かに願いつつ、リリーは軽い口調で親友の依頼を了承する。
「ま……アタシはしばらく暇ではあるからさ。限定再結成なら無論お代は頂くけどね」
「リリーありがとう! お代は少し相談させて頂きたいのですが、宜しいでしょうか?」
「そこで急に他人行儀になるんじゃない……ったく、そう言うのは変わんないな。とは言えこっちも先立つモノは必要でしてね」
「他国に派遣しても良いくらいの聖女に回って来る給金が少ないのは知ってるでしょ?」
久しぶりに見た自分に頼み事をする時の申し訳なさそうな、捨てられた子犬を彷彿とさせる表情は……幼い日、孤児院で共に育った頃と変わることはなく、リリーはヤレヤレと溜息を吐いた。
「ま、その辺は要相談って事で。それで、私はどう立ち回れば良いの? 出回った予告状を直訳すれば『勇者の剣エレメンタル・ブレード』の盗難を防ぐ感じ?」
「う~~ん、どうでしょう?」
一応了承した的にリリーがそう言うと、シエルは真剣な表情になり……思案気に首を捻って見せた。
「これまでの怪盗の手口と言うかクセを見るに、単純に剣を狙っているような気もしないんですよね。勘と言えばそれまでですけど……」
「と言うと?」
「出回った予告状はあくまでも『勇者の証』と明記してありました。私の知る限りあの怪盗が出す予告状を単純に受け取ると、マズい方向に誘導される気がするんです。ほら、私たちが最初してやられた時、小さい魂と言われて真っ先に赤ん坊の誘拐と思考誘導されたように……」
「…………」
最初の事件で『小さい魂』と称したモノは赤ん坊では無く、矮小で小さい侯爵家当主の
『多分アイツにとっては心理誘導的な考えもあるんだろうけど、結構な確率で後から当人だけが分かるような謎かけがあるんだろうな。変な所でカッコつけようとするから……大丈夫だろうね? 今回……』
何やら自分自身で首を絞めてはいないか? とリリーはギラルの行く末が心配になる。
同時に、そんな
「シエルがこっちに堕ちて来なければ良いけどね」
「……何か言いました?」
「いや、何も……」
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