第百六十九話 予告した日に来るとは言っていない

「仲良きことは美しきかな……とは言ったものの、厄介なのがお姫様のお友達になってやがるな~お姉ちゃん?」

「何だかんだ、人見知りな娘じゃないからねイリスは。同世代でしかも腕が立つとなれば会ったその日からズッ友って感じよ」

「それは羨ましい。私など真に心を開ける友人は数えるほどしかいないですのに」


 中庭に面した廊下で立ち話をする女性たちを、俺たちは隠れ潜んだ向かいの建物の屋根裏からヒッソリと見下ろしていた。


「俺の知る『予言書』じゃ、あの二人は恋敵、一人の男をライバル同士だったのに……分からんもんだ。ドロドロの愛憎劇じゃなく爽やかな友情を築くとはな」

「アタシは未だに信じられんけどね。あのイリスがねぇ……」

「見ている限りではメリアス王女も、あまりそのような恋愛に積極的になるタイプとは思えませんが……」

『分かっとらんな~女は恋をすると化けるものよ。強くもなり、そして弱くもなる』


 この中では一番の年長者、だと思われるドラスケがしたり顔でそんな事を言う。

 まあ確かに……あの二人は『預言書』で知った人物像からは相当かけ離れている。

 イリスは異界から勇者を召喚してしまった罪悪感でどこかオドオドと一歩引いてしまうタイプの女性で、メリアス王女は積極的に自分を女性として売り込もうとするほど『召喚勇者』にまとわりついていた。

 一見はしたない行為には見えたが、実状は彼女も異界召喚で無理やり勇者を召喚した事に罪悪感を抱き、可能な限りの褒章……いや報償を与えようとしていた。

 しかし金も地位も、そして自らの純潔ですら差し出そうとしても受け入れない勇者の誠実さにあてられて……不幸にも本当に惚れてしまうワケだが……。

 妙なモノだ……確実に同じ男に同じ理由で振られる事が確定している女子二人が今は仲良く談笑している姿を見る事になるとは。


「さて……何だかんだ言ったところで、都合悪くも俺たちにとっちゃ最悪な強敵がこの城にはいる事に変わりはない。脳筋聖女に脳筋聖女見習い、そしてこの流れで脳筋ハゲが合流しないワケもない。さて……どうする? 脳筋狙撃手スナイパーとしては」

「その流れで無理やりアタシをねじ込むなって。反論に困る」


 そう不満そうに溜息を吐くリリーさんは何時も通りの格好だが、俺は常勤の兵士、カチーナさんはメイドの姿に変装していた。

 むぅ……やはり彼女の眼鏡は攻撃力が高すぎるが……それはそれとして。

 予告状なんぞ出しておきながら、最終日と銘打っておいて実は既に潜入している俺達である。

 二番煎じと笑わば笑え……ハッキリ言うと俺たちには城に関する情報が足りないのだ。

 せめて建物の構造だけでも知っておかないと潜入にも逃走にも困るのだから、事前の情報収集は基本中の基本。

 って事を知識では分かっているのに、実際には行き当たりばったりな事が多いのが個人的にはジレンマ何だよな~。


「正直に言うと今回は『予言書』での知識も酷く情報が少ない。というか前回の魔導霊王の時も既に『予言書』とは違う流れになっていて、最早参考には出来ても当てにはならん」

「その辺は仕方が無いでしょ。アンタが言う恋敵が仲よくしているのもそうだけど、そもそもこの場に私が存在できている事が、もう違うでしょうから」


 何でもない事のように“予言書では既に死んでいた”と自分を表するリリーさんだが、まあその通り。

 それに『予言書』では既に故人であっただろうリリーさんが原因で、今は優し気に後輩が新たな友達と戯れるのを見つめている『光の聖女』は闇堕ちしているハズだったからな。

『予言書』のイリスが愛用していた銀の錫杖を未だにシエルさんが握っている現状こそ、最早流れが違う証明である。

 ……まあ、だからこそ困る事も出て来るワケで。


「俺が知るこの国の情報は精々『勇者召喚を国王の命令で行う』『次期国王候補は王女メリアスただ一人』『悪政を敷いた実の父を娘が打ち取る』くらいなもんで……メリアス王女以外に兄弟がいるなんぞ初耳だからな~」

「中々に、城内には不穏な空気が流れてますね。分かりやすくバラバラの派閥が存在し、互いが互いを謀殺、暗殺できる機会をうかがってます。そのせいで、入れ替え激しいのか見知らぬメイドが紛れているのに気が付く者が少なかったです」

『ギラルが知る予言書では王女以外いなかったと言うなら……勇者召喚の儀までに王子は全て物理的にいなくなっておる、と言う事なのでは無いか?』


 ドラスケのまとめの言葉に、俺たちは揃って溜息を吐いた。

 ま……そういう事なんだろうと予想はしていたから意外な意見でも何でもないが。

『予言書』はあくまで進行する現状がメインであり、ブルーガの過去に関しての掘り下げは余り無かった。

 精々あらゆる手を尽くして探したけど見つからなかった『勇者の剣』を扱える人物を対邪神軍の切り札として用意する為に、異界召喚を行った……的な事しか。

 今回俺が予告状を出した事で、次期国王の座を巡ってのバトルが『勇者探し』から『怪盗の捕縛』に移行したみたいだが、水面下でのいがみ合いに変わりがあったワケじゃ無かろう。

 

「お家騒動ってか? 金とか権力とか関わると血を分けた兄弟ですら殺し合うってのに、逆に血のつながりも無い連中であっても本物以上の姉妹として繋がりを持てる……ままならんもんだよ」

「……ですね。私も家族とは絆を構築する事ができませんでしたが職を辞して尚、姉として慕う後輩がおられるのは羨ましいです」

「……揶揄わないでくれるかな?」


 珍しく俺たちにその手の褒め殺しをされてリリーさんは若干頬を赤くした。

 彼女だって唯一自分だけを“リリー姉”と慕ってくれる妹が楽し気に友達と笑っている事を喜んでいるのだ。

 仲間としては、是非とも今後も良い未来を歩んで欲しいモノである。


「……で? リーダー。勇者の剣を“ついでに”持って行くつもりなのは良いとして、今回のアンタの本命はどこにあるのかな?」

「……む?」


 と、ちょっとだけ普段の仕返しが出来たかな~と思った矢先、リリーさんが憮然とそんな事を言ってきた。

 う~む、やられっぱなしでは終わらせないという事か?

 俺が少々言葉に詰まると、今度はカチーナさんも同意とばかりに口をはさむ。


「そうですね。一番内外共に注目を受ける『勇者の剣』の公開期間中、しかも最終日にワザワザ予告状を充てるのは大衆に何らかの事実を広めたいから……君が『カルロス』を社会的に抹殺した時と同じやり口ですよね」


 ……どうやら仲間たちには俺が単純に勇者の剣を盗むだけとは、最初から思われてなかったらしい。

 以心伝心と言えば聞こえが良いけど、感情を表さず他者に悟られない事を身上とする盗賊としては些か複雑な想いが……。


「……どうして二人して剣が本命でないとお思いで?」

「これまでの君の行動を考えれば分かりますよ。『予言書』の改変に『勇者の剣』を盗み出すのが目的であれば、昨夜侵入した時点で終わらせているハズでしょう?」

「ぶっちゃけアンタ、効率重視だからね。その時盗まなかったって事は、盗む過程でいつもの珍騒動の演出が必要って事なんでしょ?」

「…………」


 珍騒動……まあ否定はせんけど、もうちょっと何かカッコイイ言い方は無いモノか?

 しかし何だか盗賊寄りに偏る事に嘆いていたのに、俺の思考パターンに同調し始めている辺り、やっぱりリリーさんもこっち側に来ちゃったって事なんだろうね。


「確かに、お察しの通り『勇者の剣』はついでだ。今回俺は出来る事なら『予言書』の未来に通ずる最大の元凶を盗み出せればと思ってる……今んとこアテがあるワケじゃねーけどさ」

「アテが無い? 何を盗めば良いのかが分からないという事ですか?」


 カチーナさんが眼鏡メイドと言う姿で小首を傾げる。

 ……ついこの前暴走しかけた記憶が蘇りかけるので、そういう不意打ちは止めて欲しいもんだが、俺はにやけそうになる顔を無理やり引き締めた。


「剣があろうとなかろうと、この国には『異界の勇者』の伝承があり、『異界召喚の儀』を行う魔術が存在しているのは確かだ。いつか何かのこじ付けで勇者を呼び出そうとするだろう事は『予言書』が証明してやがる」

「……ま~ね。話だけ聞いてれば、その内勇者探しの一環として『召喚の儀』をやらかしそうではあるし」


 そう同調するリリーさんには別の懸念もあるだろう。

『予言書』で勇者を召喚した人物に関してはハッキリとしているんもだからな……。

 仲間としては、仲間の妹が将来重荷を背負うのを見過ごすのは忍び無い事であるし……あの娘は俺にとっても後輩ではあるのだから。

 何を盗めば良いのかハッキリしない……でも目的だけはハッキリしていた。


「最後の聖女イリス、姫騎士メリアスの初恋を確実に潰す為に『異界召喚の儀』を行う要となるモノを盗み去るのが最大の目標だ」


 将来の初恋の相手と出会えなくするために、召喚の儀を行える事自体を不可能にしてしまう……今回の最終目標はそれに尽きる。

 本当に言葉だけ抜き取ると最低な目標だが、さて……俺は何度馬に蹴られて死ななくてはならないのだろうな?



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