閑話 予言書では恋敵な二人
『ブルーガ王国、王城にて『勇者の剣』がお披露目される最終日。
ブルーガ王国が抱き続ける『勇者の証』を頂きに参上いたします。
怪盗団 ワースト・デッド」
そんな怪文書が唐突に城に届けられた日、同様の怪文書はブルーガ王国の、主に民衆の耳にも届きやすい新聞屋などのあらゆる情報機関に届けられていた。
しかしブルーガ王国の王侯貴族の反応は非常に軽いものであり、『我が国の厳重な警備での盗人行為は不可能。それに『勇者の剣』を抜けるのは勇者のみ、盗賊如きが剣に認められるはずはない』と返答するのみであった。
それがブラフであり、実は更なる警備の増員をかけるとか、結界を張り巡らす為に国の魔導師を招集するとかあるなら良いのだが、国王は特に対応しようともせず、それどころか集まった自身の後継者候補、すなわち息子たちに『予告状の怪盗を始末した者を王太子として任命する』などと発言したものだから、その直後から各派閥での足の引っ張り合いが始まり、現在ブルーガの城は普段よりもギスギスとまとまりのない警備体制になってしまっている。
そんな城の中を、王家の人間としてはただ一人メリアス王女だけは苦々しい表情で廊下を早足で歩いていた。
「く……父上も兄上たちも認識が甘すぎるだけではない、情報を自分の信じたいようにしか見れず現実を直視出来ないとは。隣国ザッカールで彼の『ワースト・デッド』がどのように認識されておるのかを正しく知っておる者が一人としておらんとは……」
厳重警備が張り巡らされた王城から、よりにもよって最高権力者の一人である王妃を攫った輩に警戒するのではなく、むしろザッカール自体の脆弱さを罵るスタイルの身内に彼女は辟易していたのだった。
「それこそ身内で争っている場合では無いと言うに……」
「王子殿下も国王陛下も自身には関係のない事であるという思いがあるのでしょう。実際あの方々は実戦の矢面に立つ事は皆無ですから、他国はともかく自国の警備は万全であると、信頼なさっているのではないかと」
「リコリスよ、それは信頼とは言わぬ、盲信じゃ。エレメンタル教会最高の聖女を出し抜ける盗人が、同様の結界すら用意出来ぬこの城に侵入できないと楽観するとは……」
「心中お察し申し上げます……」
夜遊びには鬼の如く主を叱りつける専属侍女リコリスであるが、発言が漏れればもっと問題になりそうな親兄弟への批判について咎めるような事はなく、むしろ完全に同意していた。
ブルーガ王国は立地的に大陸の端、そしてオウン山脈による天然の鎖国状態になっているザッカールとの唯一の窓口として他国に比べて比較的裕福な経済を長年確立しており、隣接する国が無い事で長年戦争も起こらなかった。
しかし戦争が無く平和なのは国民にとって非常に良い事なのだが、ヒマになれば余計な事をするのが人間と言う生き物。
外敵の心配がないブルーガ王国は権力者による不正汚職が横行していて、残念な事にその汚職を黙認しているのが現国王という始末の悪いモノ。
メアリスは物心ついた頃から隙あらば暗殺を企む兄弟たち、ギズギスと悪口と嫌みの応酬で互いにマウントを取りたがる王妃や側妃たちの骨肉の争い、そして自身の家族が血で血を洗う争いを繰り広げるのを楽し気に見る実父たる国王の姿ばかり見て来たせいで、むしろ『家族に何も期待しない』事でまともになってしまったのだ。
そんな彼女が幼少期に真っ先に考えたのが自衛。
どこから命を狙われるかも分からない彼女は常に“守ってくれる存在”と“自分を鍛えてくれる存在”を求めて、当時諜報部でエース的な存在であったリコリスを専属侍女として召し上げた経緯があった。
要するに二人は主従であり、ある意味師弟の関係でもあるのだった。
「リコリスが私に毒物や護身術以外の戦闘を伝授してくれておれば、私自らが『ワースト・デッド』なる輩を成敗してくれるのに……」
「その辺は何度も申し上げましたでしょう? 私の技術はあくまでも諜報に特化した暗殺者に近い技術です。表に立つ王族たる王女には相応しいものでは無いのですから」
「むう…………かと言ってグランダル師匠もつれないからのう……」
「そもそも王女が戦闘技術を持つ事が相応しくないのですが?」
民衆の間ではそうでもないのだが、王侯貴族の間では未だに男尊女卑の思想が蔓延る、高貴な女性は男性に守られるべき者というブルーガ王国では、自ら強くなろうとする王女メリアスは異端あつかいをされている。
実際は守ってくれないからこその自衛だというのに、守らないクセに貶め嘲笑う事だけはするという、残念ながら王家ではよくある気質にメアリスは辟易し、そんな環境下であるからこそ、リコリスは主に自衛手段を必要とさせる現状こそどうにか出来ないかと考えていた。
忠実な専属侍女としては、最近主がAクラス最強の冒険者グランダルに弟子入りしたがっている事も不満なのだが……自分以外に信頼できる者がいない中で、戦う術を持たない事が正しいとも言い切れず、歯がゆい思いをしているのだった。
「リコリスもグランダル師匠も私を弟子とは認めてくれん。私など王女の肩書が無くなれば凡庸な小娘でしかないというに……」
「そもそも王女様が自国の崩壊を念頭に置いて将来設計しないで欲しいのですが。折角可愛らしい顔立ちなのですから大衆向けに可憐なお姫様を目指しても宜しいかと」
「……じゃから、私にその手の少女趣味を押し付けるでない。まったくお前は隙あらばねじ込もうとしよる」
「あら、そんなお姿も似合いそうですけど? 可憐なお姫様のメリアス様を私も拝見してみたいです」
そんな奇妙だが親しい掛け合いをする二人に声をかけたのは一人の少女。
白い聖女見習いの服ではあるが、動きやすさを重視した法衣と言うよりも道着に近い装いの彼女の登場に、メリアスは不満げな顔を浮かべた。
「公式の場でない限りは、私の事はメリーで良いと言うたではないか……イリス」
「そうおっしゃっていただけるのはありがたいですが、何処に人の目、耳があるか分からないですから」
そう気まずそうに笑うのはエレメンタル教会の見習い聖女、魔導師リリーの妹分でもあるイリスであった。
今回彼女は『勇者の剣』の公開に招待された聖職者として城に招かれていたのだが、同年代である事と、そしてほぼ同レベルの強さを有している二人は王女側の希望で一度模擬戦をしてからすっかり親友と化していた。
「今から一勝負せんか? メチャクチャつまらん謁見のせいで鬱憤が溜まりまくって」
「お、良いですね。早速鍛錬場に向かいましょうか!」
その様は確かに仲良しに違いないのだが、少女たちの戯れと言うよりは少年同士のケンカ仲間の様相であり……リコリスは深~い溜息を吐いていた。
「おいたわしい……イリス様も着飾れば絶対化けるのに。メリアス様とお揃いでキラキラフワフワな装いをすれば可憐な双子の妖精のようになるはずなのに……」
「まあ良いではないですかリコリス様。人には向き不向きがありますし、あの二人にとって向いていたのがそちらの気質であるなら強要しても身にはなりませんよ」
そんな彼女をイリスと共にいた『光の聖女』は見た目だけなら誰もがお淑やかな聖女として認めそうな柔らかな笑顔を浮かべて慰める。
しかしそんな『光の聖女』エリシエルにリコリスは更に沈んだジト目を向けた。
「……恵まれた素材を持つ者が興味を持てない環境下に置かれている事が問題なのですよ。大体そういう意味では貴女も逸材中の逸材、ぜひコーティネートさせていただきたいのですが?」
「あ、あはは……私もそう言うのはちょっと」
元諜報部のエースから『可愛い物を愛でたい』『メリアス王女可愛い』『可愛い王女を守らなければ!』という経緯で専属侍女のスカウトを受けたリコリスの矛先を向けられたシエルは珍しくタジタジになるが……その流れを変えてくれたのは彼女の主の方だった。
「のう、聖女殿。『ワースト・デッド』からの予告状の話は聞き及んだであろうか?」
「……ええ、つい先ほど。今朝方お城だけでは無くブルーガの各所にも知らされたとか」
メリアスの言葉にシエルの顔が瞬時に引き締まり、緊張感を帯びる。
それだけで、シエルが『ワースト・デッド』の登場に危機感を抱いている事がメリアスには伺えた。
「自国の恥を晒すようだが、国王も兄たちも『ワースト・デッド』の予告状に対して緊張するどころか、盗人を成敗した者は次期国王のレースに一歩リードできるなどと嘯いておってな……平たく言えば舐めておる」
「…………」
「もう一度訪ねるが、かの盗賊は本当に『光の聖女』である貴女が張り巡らせた結界をも潜り抜け、出し抜いたと言うのか? 手合わせでは私が足元にも及ばなかった杖術と光属性魔法を行使する貴女を?」
元より脳筋聖女であるシエルである……無論イリスとの模擬戦を経て更なる強者と戦いたがるメリアスを邪険にするワケも無く、一度手合わせを行い……軽く捻られていた。
その強さを肌で感じたからこそ、メリアスは情報で『ワースト・デッド』に『光の聖女』が遅れを取ったというのが信じられず以前にも同じ質問をしたのだが……溜息を一つ吐いてシエルが言った言葉は前と変わらなかった。
「事実です、私は一度あの怪盗に敗れております」
「!? そ、そうか……」
自分では遠く及ばない相手が敗北をきした者……そう聞くだけでメリアスは落胆を禁じえなかった。
『Aクラス冒険者グランダル、光の聖女エリシエル、それに及ばずともグランダルに認められた隣国の盗賊……その上謎の怪盗団。私が力及ばない者が世の中にはなんと多い事か』
「しかし戦闘において後れを取ったという事ではありません。ここで間違ってはいけない事は、その者の目的がどこにあるのか非常に見えにくい事にあります。そして盗人にとっての勝利は目的のモノを盗み、逃げ切る事に尽きます」
「……? それはどういう??」
「具体的に彼の盗賊団の首領『ハーフ・デッド』が私の結界をすり抜けた方法をお教えしましょう」
しかし諦めと絶望に落ちかけたメリアスに、シエルは苦笑交じりに当時の状況、まだ一介の盗賊がグループ名『ワースト・デッド』ではない個人名『ハーフ・デッド』を名乗っていた最初の仕事の顛末を話す。
そして最後まで聞いたメリアスは、なんとも複雑な思いでどんな顔をすれば良いのか分からなくなった。
「む、むむむ? 赤子を光の結界に向けて放り投げる……卑劣な手段であるのに実は赤子は偽物で、本物は現場から動いておらず?? コチラの善意を利用したと言えばそうかもしれんが、悪人と断じるかと言えば……むむぅ~~~??」
「そして直後に私が結界を解除に至った理由をワザワザ高らかに発言してたのです。あの場でそんな事を盗人がやるメリットなど無いでしょうに」
犯罪者にとってのメリットなどない、強いて言えばそのまま聖女に否がある事になったら気分が悪いという……実に悪人らしくない発想でしかやらない行動だろう。
「いや、しかしその怪盗の首魁『ハーフ・デッド』はザッカールの王国騎士団であったカルロス・ファークスを死に至らしめたと聞いておる。それにザッカールの王子の死亡にも関与していたとか……」
何とか自身の考えに折り合いを付けようと、彼女自身が調べてた公式の情報を思い出しシエルへと問いただすメリアス。
公式情報では『ハーフ・デッド』がザッカール王国で現れたのは2度。
その二つの事件でファークス侯爵家長男カルロス・ファークスと、現国王の実子であるヴァリス王子が、彼の盗賊に殺されている事になっている。
厳密には王子の死亡は城に侵入したゴブリンに食い殺された事になっているのだが、そもそも事件の真相は“王族が主導で魔物を城内に引き入れた”ワケで、内外どちらにも知られたくない王家は都合よく登場した怪盗に、その辺の罪も擦り付けて発表していたのだった。
ただ、当然実際に相まみえ人物像を知る聖女エリシエルがそんな情報を鵜呑みにするはずも無く……王女の質問に困った表情を浮かべた。
「その二人の死亡についてですが……共通しているのが誰一人として遺体を確認していないという事です。どちらも結果のみで、墓所はあれど中身は無いのですよ。特に公爵家長男の方なのですが、翌日に邸に現れ生前に本人から頼まれたようにライシネル大河に遺体を流したと報告に来た自称副隊長により死亡報告がされてますが……後日の調査ではそのような報告を行った副隊長は存在しませんでした」
「そ……それって?」
「侯爵家長男カルロスは優秀であっても前妻との子供であったからか扱いは悪く、後妻との間に男子が生まれれば跡継ぎを追われる予定だったそうです。王子の方は一応実子と認められてはいても実質王子とは認められず、そのような中途半端な立場で幼い日から後宮で冷遇されていたとか……」
そんなシエルからの話を聞くたびに、メリアスの顔が徐々に嫌悪や戸惑いから違う感情を称えたモノへと変化していく。
それはまるでヒロイックサーガをワクワクしながら聞き入る少年のような……。
「まさか……まさか彼の盗賊が盗み去ったモノと言うのは!?」
「……どうでしょうか? 彼自身が自称していた通り決して善人では無いと思いますけど。お聞きではありませんか? 『ワースト・デッド』の蛮行のお陰でザッカール王国の王族に塗りたくられる羽目になった未来永劫落ちる事のない泥の事も」
「ブフ!? い、いかん聖女殿、その話は…………」
「ちょ!? 先輩……ダメじゃないですか、メリーは高貴なお方なのですよ? 不浄物でお化粧された王妃様のお話など」
「ブハ……アハハハハ! こ、これイリス! 言うでないと言うに……空飛ぶ王妃が……くくくく……ああ、イカン……」
一応の緘口令は敷かれていても、一度大衆に漏れ出た情報が無くなる事はない。
『ワースト・デッド』がザッカールで王侯貴族からは極悪人として指名手配されながら、大衆からはまるでヒーローのように思われ伝播した“化粧お化けが溶けて更なる化け物になった上で犬の糞を……”という情報は、面白おかしく王女の耳にも届いていたのだ。
その事を思い出した王女は実に王族らしくない年相応な娘の如く大口を開けて笑ってしまう。
「……メリアス様、はしたないですよ? 淑女がそのように大声で。それに同じ王族が酷い目に遭ったというなら、今回は貴女も他人事では無いのでは?」
「くくく……まあ、そうかもしれんが……」
そんな主の様をリコリスが窘めるが中々笑いが収まる事はない。
「私個人としては強者の出現は大歓迎である。それに彼の盗賊が“勇者にしか抜けない”という剣をどう盗むつもりなのか、興味津々じゃ。ついでにいけ好かない親父共が恥をかくというのは王家としては問題だが…………ククク」
『ワースト・デッド』の詳細を聞いた王女が俄然興味を示すのを、リコリスは溜息を吐いて……シエルにジト目を向けた。
「余計な興味を持たせないでいただきたいのですが、聖女様。そのような人物像に影響されやすいお年頃なのですよ、ウチの主様は」
「あはは……申し訳ありません。実際ザッカールでも民衆で怪盗のゴッコ遊びが流行り出してはいるのですよ」
そう釈明にもならない事を口にしつつ……聖女エリシエルは自分にとって『宿敵』とも『同志』とも言い難い、彼の盗賊の予告状を思い出して首を傾げていた。
「な~んか、今回も素直に盗品を示していない気がするんですけどね。『勇者の証』と明記しておいて『勇者の剣』とは断定しない辺り……」
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