第百六十八話 同志に告げる怪盗予告
異分子とは、何やら物騒と言うか不穏と言うか……あんまりいい響きの無い言葉であるが、だけど正面切って“俺は違う”とは言い難いというか。
この世界にとって、俺のやっている事は『予言書』という未来を勝手に変えようとする異物でしかないというのは……今更だしな。
『説明、私がこの世界に作られたのは、この地に人間が侵略した千年よりも遥か昔。この世界に生まれた知的生命体が文明を築いた時のどこかのタイミングで作成された兵器。自身の劣化を考慮すれば、おそらく2~3の文明の滅亡に遭遇している可能性が高いです。それは人間であり、亜人であり、どちらにも属さない生物であったかもしれません。それ以前の記録が残ってはいないので、滅びの時と同じくして私の記録は消失しているようで、確認は不可能です。先ほど貴方が言った通り、私が使用される時、世界が終わると予想して間違いないと予測されます』
「……だったらお前さんが勇者の剣だなんて伝承は何で生まれたんだ? それなら少なくとも千年は使われてないって事なんだろ?」
文明の滅亡とかスルーし難い不穏なワードはあるが、それは一応置いておき、俺はとりあえず最も気になった辺りを突っ込んだ。
千年もの間『勇者の剣』として活躍する機会が無かったとするなら、この剣がそもそも伝説の勇者の剣です~って伝承がある事自体おかしいだろう。
しかし剣は相変わらず淡々とした様子で答える。
『考察、それは私の真の役割を知る者が、知らない者たちに都合の良い伝承として利用できるよう創作したと思われます。おそらく建国当初は勇者の剣があるという触れ込みで、勇者誕生の地、などと言う演出をした結果、今日に至るまで一部の者には都合の良い勇者伝説が継承されたのでしょう』
「……本気で信じている連中が聞いたら泣くぞ、それ」
真っ先に浮かんでくるのは、さっき帰宅して今現在もお説教の最中であろうお姫様。
自国の勇者の剣を最も尊敬する師匠に使わせようという理想を持ったロマンチスト。
現実は自国が自作した創作の産物などと『勇者の
『ですが、その伝承のお陰でこの国は発展したのも事実です。反面、私という勇者を証明する存在が居残り続ける事で、異界より勇者を呼び寄せる『召喚の儀』を行う可能性も残り続けたのです。実際私の記録に残る千年間の間にも『召喚の儀』を行う兆しは何度かありました』
「……そりゃ千年もあれば、そんな酔狂な輩も出て来るわな」
『肯定、知的生命体は危機に瀕した時、他者へ危機を押し付けるという性質を持ちます。自力で解決する者たちもいますが、一人でもそのような性質を持つ者に実行する力がある場合、その行いを完全に制御するのは不可能です』
「う~む、人間として耳が痛い」
この『勇者の
英雄を、勇者を呼び出すとか美辞麗句を並べたてたところで、やっている事は世界の厄介事を人に押し付けているだけだからな。
自分が『予言書』の改変なんて荒唐無稽な事に手を出しているのだって、根幹にあるのはソレ……自分のケツを自分で拭かないのは恥であるって事に尽きる。
それが自分自身の罪であろうと、自分の世界の罪であろうと……だ。
『しかし千年の時の中、実行された『異世界召喚』はありませんでした。そういった者たちは何故か不慮の事故に巻き込まれたり、あるいは別件で不正が発覚し拘留されたりと、まるで世界に嫌悪されたかのように、悉くが自滅して行ったのです』
「自滅? 誰かが妨害を行ったとかそういう事じゃなく?」
『肯定……。千年の時の中、私個人も情報を集めましたが、その事象に個人の意思が介在した事はありませんでした。あくまでも偶発的に起こる召喚の儀に触れた者たちへの厄災を私は世界の異物を取り除く力……『
「んだよ、お前の創作だったのかよ、その名前」
『肯定』
俺はここまで真面目に話していたというのにズッコケそうになった。
な~んか所々でこの剣にも感情があるんじゃないかと疑いたくなるところもあるんだよな~。
『ですから、今回が本当に初めての事なのです。勇者召喚を真っ向から廃絶しようと考える現象が、意志を持った人の姿で現れた事が……』
「…………」
そう言われてしまうと何とも不思議な感じだ。
俺が今この場にいるのは、一重にガキの頃神様に出会えた事が原因だ。
だけど神様に出会ったあの日、俺の目の前に現れた『光の扉』は神様の意志で開けられたものかと言えば、今となっては疑問だ。
だってあの時、最初神様は盗み食いする俺を見て驚いていたからな……。
そうやって考えれば剣が言うような『異分子』ってのは、あの『光の扉』の方な気もするのだが。
…………と、そんな事を思い付きもしたのだが、俺はそれ以上考えるのを止めた。
どんな事実があっても俺がやる事は変わらんのだし、変えるつもりもない。
「難しい事はよくわからん。俺はただ、気に入らない『
『勇者が現れない事で訪れる厄災で害される誰かがいたとしても……ですか?』
「人にされて嫌な事は人にしてはいけない……ガキの時、俺はお袋にそう教えられたもんでね。世界平和であれ世界の滅亡であれ、
死の淵に瀕した者が、殺戮の恐怖に震える人が救世主を求めるのが悪いとは言わない。
だけど、だからって関係のない人にその不幸を押し付けるのが正しいとは思えない。
ガキの頃から一緒で、長年想い合っていて、もう少しで告白間近という男女の仲を物理的に引き裂き、世界を救えと押し付けるのが正しいか?
違う世界に愛する男を奪われ殺された女が、その世界を憎悪するのは罪なのか?
この世界を救う為だったから仕方がなかったとでも、恥知らずにも言うつもりか?
そして……
「千年前からの恨み抱えて復讐したいなら、せめて
『…………、…………同意。おそらく私を制作した者も同じような感情を持っていたのでしょう。せめて召喚された者の身を守るために』
変な間があったけど今、コイツ笑ったのか?
そう思って剣をマジマジと見てみるが……当たり前だけど突き立った剣に変化は全くなく……俺の目に映るのは量産品っぽい鋳物の剣に不釣り合いに立派な柄。
なんだかな……元々の『予言書』で俺の事を真っ二つにするはずの剣なのに、不思議と気が合うというか、ある意味ドラスケと似たようなモノを感じるというか。
「ま……それはそれとして、だ。俺がこんな場所に侵入して来た理由は察して貰えてるのかな?」
『考察……貴方は王宮の関係者でも無ければこの国の住民でもない。許可なく王族の住まう城の内部に侵入を果した理由は窃盗。そしてこの場にいるのは『勇者の剣』である私を盗み出す、もしくは盗めるかの下見であると思われます』
「ふ、肯定って言えば良いかな? 正確にはあるマッチョジジイに唆されたから、自分の目には『勇者の剣』がどう映るのかを“ついでに”確認に来たってだけなんだが」
そこまで言うと、剣は思い出したとばかりにカタリと動いた。
『……理解、老剣士グランダルから情報を得たようですね。確かに彼の御仁も私の刀身がまがい物である事を看破しておりました』
「あのジジイ的には次期国王レースのダシに使われるのは面倒だから、お鉢がこっちに回って来る前にお前を盗んでほしいとか抜かしてたがよ」
『それは……陳謝。現状では私がこの場にある事で闘争の原因になっているのは理解しておりましたので、打開策になればとは思ってましたが』
つまり『勇者の
大体にして今自分達の都合の良い使い手を探そうとかって段階だけど、その内都合の良い使い手を別の世界から召喚しようって発想に移り変わらないとは限らない。
『現実、勇者の剣などと言われようとも私は自分で動く事は叶わないですので……結局は利害の一致する者を探し出し連れ出してもらうしか無いのです』
「急に普通の導具みたいな事言いやがって……どっちにしても俺は異世界の勇者じゃね~からお前は抜けないし、盗み出す事も無理なんじゃないの?」
俺が正直今まで忘れていた『勇者の剣』の設定を持ち出してみるが、何故か剣の柄は得意げに見える輝きを放った。
『問題無し、私の本体は柄のみ。刀身に構わず留め具を外せば良いだけの事』
「……そう言えばそうだったな」
『貴方であれば、今宵盗まれるのもやぶさかでは無いですが?』
伝説の勇者が台座から剣を抜く……その演出の為にここにある剣だけど、本体が柄だから馬鹿正直に抜く必要は無いのだ。
多分、柄だけを持って行こうとしても『勇者の剣』が認めていない者であれば出来ないような仕様にはなっているのだろうが、この言いようでは俺がやろうと思えばこの場で本当に盗み出す事も出来るんだろう。
ただ、
『異世界召喚』という禁忌を正当化するようなこの国の伝承をそのままに、象徴だけ無くなっても根本は変わらないのではないか?
「ん~、まあ今日は止めて置くわ。お前さんっていう目的を同じにする同志と会えただけでも収穫だし、今こっそりと盗んでも“俺達の”目的としては不足な気がするしな」
『疑問……ではどうするというのでしょうか?』
戸惑ったような質問を投げかける『勇者の剣』に俺は背を向けつつ言う。
この国に対する怪盗予告を……。
「
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