第百六十七話 『予言書』で知っていた事、知らなかった事実

「扱える異能を持っていても『エレメンタルブレード』の強さを求める者は資格がね~てか? 呆れるほど傲慢で使えねぇ伝説の剣だなぁ……」

『一部否定、私の存在理由はあくまで勇者の武器である事。傲慢という人間の精神性に寄った理由では無く、単純な役割として他の者には使用できないようになっています』

「!?」


 その瞬間、誰もいないはずの大広間に俺の呟きに応えたものがいた。

 俺はその瞬間、迷わず騒がず大広間の中央……つまり台座に突き立った『勇者の剣』に視線を移す。

 いや、正確には剣の柄に向かって……だが。


「……いいのかい? 俺は召喚された勇者でも何でもない只の盗賊だぜ? 伝説の勇者の剣ともあろう者がそんな怪しい輩に声なんてかけてよ~」

『……問題ないと判定、私の力、名を利用しようと思考する者には私の真実を視認出来ないよう認識阻害をされています。更に貴方は突然の声に、この場に誰がいるかの警戒をする事なく、発生源を私と断定しました。現状で最も私と役割を近しくする存在として認定したしました』

「…………」


 俺はそんな『エレメンタルブレード』の答えに軽く舌打ちする。

 咄嗟の反応に、俺が『勇者の剣』に意志がある事を知っているという事を悟らせてしまったらしい。

 相手が動かないからと少々油断していたと言う事なのだろうか?

 こういうところが、まだまだ半人前であるって事なんだろうな……師匠に知られたら大目玉をくらいそうである。

 伝説の勇者の剣『エレメンタルブレード』は『予言書』の中である程度勇者と対話しているシーンがあった。

 まあ俺が知っているのは対話と言うよりは、武器のイロハも知らない召喚勇者に対する“説明書”って感じの淡々としたものだったが……。


「その言いようじゃ、お前さんは選ばれし勇者とのみ意思疎通するってんじゃなく、お前さん自身が話して大丈夫だと認定した輩なら誰とでも話せるって事かい?」

『肯定、私は召喚された異界の勇者、もしくは異界の勇者の利となる人物を選別し、情報を与える兵器。現在貴方は後者に該当するとこれまでの情報から判断しました』

「勇者の利となる…………そりゃ光栄って思うべきなのかね?」

『判定不能、貴方の心理状態は確認できません。ただ、貴方が私と同じ役割を担おうとする人間なのだとすると……非常に厄介事を押し付けられたと嘆く事案では無いかと考察します』

「…………」


 その口調は確かに淡々としていて人間味を感じないのだが、俺個人としては多少、内容に人間味と言うか、面倒臭そうな雰囲気を感じた。

 それは根拠のない直感でしかない、おまけにこの目の前にある剣は『予言書みらい』では俺の事を真っ二つにして殺すはずの、言うなれば俺にとって天敵中の天敵のはず。

 なのに……そんな剣から感じるのは、なんとも言えない同業感。


「まるで俺の事を同志か何かと思い込んでいるようにも聞こえるが? 勇者の利となる存在とか言うけど、生憎俺の目的は勇者ってのに味方しようとかそんなんじゃねーぞ」

『疑念……では貴方は何の目的でここに、勇者の剣である私の下に現れたのでしょうか?」

「俺個人にある事情があったから、としか言えないな。しいて言えば少しでもマシな死に方がしたいと思って足掻いている最中でな」


 俺は思い切って剣相手にカマかけ……いや“質問”をしてみる事にした。


「俺の目的は将来のお前さんの遣い手、『召喚勇者』をこの世界に呼び込む事を妨害する事。勇者の剣ってヤツの存在理由を盗む事さ」

『…………』


 それは間違いなく俺にとって命題と言える事なのだが、勇者の剣と言うまさに勇者に使われる事が最大の存在理由である剣に対して、こんな事を断言するのはある意味で存在理由を奪い取るという宣言。

 お前を役立たずの無用の長物に貶めると言っているようなものだ。

 戦いにプライドを持つ者であればあるほど腹が立つだろうし、機械的に勇者の力としてのみ思考する存在であれば、俺に対して同調などしないはずだ。

 しかし……勇者の剣『エレメンタルブレードの』答えは、淡々と素っ気ないが……何故か少しだけ嬉しそうにも思えた。


『問題ありません、むしろ強固に推奨いたします。私と言う存在がこの世界に現れてから初めて、最も私の存在理由に合致する者が現れた事に……人間的精神状態で言えば“驚愕”と“歓喜”を表します』

「そ、そうか? それでいいのか勇者の剣なんて専用武器自体がよう」

『肯定……私は『勇者の剣』ではありますが、勇者を戦わせる為の兵器ではありません。勇者を死なせない為の最後の安全装置過ぎないのですから』


 勇者を死なせない為の最後の安全装置?

 剣が役割であると語った言葉に……俺は何故か言いようのない寒気を感じた。 

 勇者を戦わせる為じゃなく死なせない為、つまりは守る為に存在するというのなら……。


「安全装置って事は……つまり勇者の死がトリガーになるって考えて良いのかな?」

『肯定、私という武器を使用できるのは異界からの召喚者のみ。その力は魔力のみならず強烈な望郷の念が必須です。是が非でも元の世界に帰りたいと願う想いがそのままエレメンタルブレードの刃となるのです。つまり、私を扱う力が強ければ強いほど、強力な邪神を生み出すトリガーとなりうるのです』

「…………それが世界破滅の3つ目のトリガーだと?」

『…………肯定』


 冷や汗が噴き出して来る。

 正直予感はあったが、こうしてハッキリとした確証をまさかこんな場所で『予言書みらい』では俺の事を殺す剣に与えられるとは……な。

 リリーさんが古文書で解読した三大禁忌……『生贄の儀』はとうの昔、千年も前に実行されている。

『蟲毒の儀』は今まで定かじゃ無かったが、エルダーリッチとの戦いの時にカチーナさんが知った情報から邪人同士を食い合わせてより強力な邪気を生み出す方法だと『予言書』の四魔将が常人離れした力を持っていた事からも推測した。

 そして最後に……世界に溜まり、練り上げられたすべての邪気を、この世界を破壊するのに相応しい器を呼び込み受け渡し、最恐の邪神を生み出す。

『異界召喚の儀』で呼び出され、様々な名声も誘惑も物ともしない程強烈な望郷の念を抱き続ける、勇者の剣『エレメンタルブレード』を最も強力に使いこなせる程に元の世界に戻りたいと願う程……会いたい人が待っている。

 そんな勇者おとこを理不尽に自分から奪った世界を、最も憎悪する“この世界の邪神”として最もふさわしい存在を呼び込む為に……。


 最早断言できる……。

 神様に俺が見せて貰った『予言書』の未来のストーリーは……。


「だとするとヤベエぞ、勇者の剣よ。お前さんは最後の安全装置って言ってたがな……お前さんが剣として使われる事態に陥った時には、手遅れって事になるぞ」


『エレメンタルブレード』で勇者にアッサリと自分が両断される場面を回避したくて、散々『予言書』の改変をして来たが……俺がそうやって殺されるって事は既に勇者が召喚された後って事になるワケで。

 その時点で勇者は元の世界に、神様曰く『童貞勇者』の汚名と言うか称号を冠してまで再会を望んだお相手がいるってワケで……。


「この世界を破壊する邪神の正体が“世界平和の為に勝手に男を奪われた彼女”だとするなら……召喚された時点でアウトだろ?」

『非常に残念ながら確率は相当に高い事を肯定いたします』


 相も変わらず淡々と肯定しやがる『勇者の剣』に溜息が漏れた。

 ちょっとは否定して欲しい気もする……否定したからって何が変わるワケでもないけど。

 しかしそんな益体も無い事を考えていると、勇者の剣が再び話し出した。


『悠久の時の中初めて現れた、私と存在理由を共にする同志。質問宜しいですか?』

「……あんだよ?」

『貴方はこの世界の異分子イレギュラーであると認識して宜しいでしょうか?』

「……………………ハイ??」

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