第百六十六話 お城探検、真っ黒探訪

 将来の事とは言え、少女たちの恋愛に茶々入れようってんだからな~。

 まあ『予言書』では召喚勇者はあらゆる女子たちから恋心を奪ってはいたものの、誰一人として振り向く事はしないから、その事について勝者はこの世界にはいないのだから……俺としては最早開き直るしかねぇけど。

 

 それはさておき……俺は専属侍女に雷を落される姫様という、一見平和な光景に不安を覚えた。

 当たり前だけどここは姫、王族の住まう場所の王城だ。

 その三階にある部屋に、姫様は何の障害も無く一人で戻ってこれたのだ。

 彼女が卓越した潜伏技術を持っているとかならまだ分かるが、残念だが今の彼女は自称グランダルの弟子と言うだけで戦闘技術がド素人なのは言うに及ばず、体だって碌に出来ていない。

 にも関わらずに彼女の外出と帰宅を察知したのは、心配して部屋で待っていた専属侍女のみ……彼女がいなければ姫の無断外出がバレる事も無かっただろう。

 何かヤな予感がして、俺は『気配察知』を限界まで展開……周囲3~4百メートルの警備体制を確認してみる。

 そうすると、何故か他はそれなりの人員が配備されているのに姫の部屋に至る道筋に不自然な穴がある事が感じ取れる。

 ……警戒する兵たちに不自然な様子はないのに、まるで意図的に“姫が夜遊びしやすいように”仕向けているんじゃね~か? と疑うくらいには。


「兵士たちの警備を決めるのは上、つまり上の何物かがいつでも王女を暗殺できる隙を作る協力をしている……か? やっぱどこもかしこもキナ臭えな~、王族様は」


『その件については先ほどお断り申し上げたハズですが?』


 と……俺がブルーガ王国の闇的な何かを垣間見そうになった時、『気配察知』の索敵範囲内で、どこかで聞いた事がある声が聞えて来た。

 声の聞こえてきた方向へと視線を投げると、そっちは王族の住居からは距離を置いたいいわゆる外宮……人の気配はそこそこだが、おそらくは王城への招待客が宿泊する為の施設なのだろう。

 俺は『ロケットフック』で声のした隣の建物の屋根へと上って確認すると……そこには予想した人物が笑顔を絶やさずヤンワリと……しかし全く目が笑っていないという状態で客室のドアがら顔を覗かせているのが見えた。

 エレメンタル教会の『光の聖女』にして脳筋聖女エリシエルと、その奥にはあからさまに不快感を隠そうともしていない聖女候補のイリスだった。

 そんな彼女たちにニヤニヤと、実に高慢で欲望に忠実な顔をした小太りな男が、取り巻きに2人ほどを引き連れて対峙していた。


「このような時間に、しかも先ぶれすら出されずに婦女子の部屋に押し掛けるなど、しかも既にお断り申し上げたと言うのに……」

「ハン! そなたは俺を誰だと思っておる。この国の第二王子にして次期国王であるニクロムである。聖女の力を賜ったとは言え貴様は所詮は孤児出身のいやしき身分の出、そのような者が大国ブルーガの次期国王の妾となり寵愛を受けるなど……これに勝る栄誉は無かろう」

「……いやしき身分ゆえに申しております。己が血族を崇高とするならば、私如き下位の者の血で穢すべきではございません」


 そういえば二人は本日『エレメンタルブレード』のお披露目会に招待されていて、ロンメル氏は暑苦しいと省かれていたのだったな。

 そしてここから見えるシエルさんの格好は白を基調にした、まさしく“聖女!”って感じで知らない人が見れば神々しいとか美しいとか思うかもしれないが……本来の彼女を知っている身から言わせると、正直に合ってない。

 動きづらそう……それだけで彼女の本質から外れて見えるのだから。

 そう考えるとノートルムの兄貴があつらえたドレスは見事に似合っていたな~。

 やっぱ純情聖騎士は見る目があるって事なのかね?

 しかし、分かっていない小太り男は分かりやすい欲情した、下卑た目をシエルさんに向けて馴れ馴れしく本当に分かりやすい、口説き文句としては最低な部類の事を口走りながら。


「だからこそ、俺が寛大にも拾ってやろうと言っておるのだ。な~に孤児出身から聖女に選ばれて、しかも高貴な王族に見初められたとなれば民衆は美談として捉えるであろう。いやしき身分で、これ程の幸運は無かろう。女の身分でこれ以上の栄誉が他にあろうはずがない!」


 ピシ…………

 あ……ヤバイ。

 カチーナさんみたいに殺気なんて読めないけど、今シエルさんの“ナニか”がキレたのは俺にも分かった。

 単純に高慢に接するだけなら良い、少なくともシエルさん個人が言われただけなら彼女も笑ったまま済ませていただろう。

 だけどあの第二王子とやらは“孤児”と“女性”である事を、同じ身分である可愛い後輩イリスの前で侮辱しやがったのだ。

 十中八九、あの小太り以下取り巻き二人はド素人だ。

 体格的にシエルさんを華奢で、いざとなったら3対2……しかも向こうは女性だから力で負ける事はあり得ないとか考えているのだろう。

 そして事後であっても王族の権力でもみ消すとか、多分今までも何度かそんな手法を取った事があるんじゃないか?


 その美女二人は……その気になれば一瞬で3人の男の首をねじり折れるという達人である事も分からずに……。


「つまり王子殿は……いえブルーガ王国は国としてエレメンタル教会所属の聖女と言う存在を、ひいては精霊神教の信徒を否定なさると、身分いやしき女は認めないと“信徒は精霊神の前では常に平等である”という教義を否定なさると……そうおっしゃるワケですか」

「「「な!?」」」


 あ~~こりゃマズイ。

 シエルさんが錫杖を握り直して重心を若干前に……戦闘態勢に移行した。

 王族だからって好き勝手して来たバカには分からなかったかもしれんが、彼女は本来異端審問官……その権限は貴族や王族にだって通用してしまう。

 勿論本当に手を出す為には色々な手続きが必要になるけど、ハッキリ言って夜中に聖女を口説こうと押しかけていること自体が間違っている。

 だけど腐ってても非が向こうに合っても王族は王族……あのボンクラ3人を畳むのにシエルさんなら数秒もイランだろうが、伸してしまえば絶対に面倒事が起こるだろう。

 そう思った俺は瞬時に小石を手に取り、指弾を発射した。


「なんだと!? 俺はそんな事は言っておらん! いくら何でも邪推が……グム!?」

「「お、王子!?」」


 精霊神教の教義を持ち出されて慌てて取り繕おうとした王子だったが、急に悶絶し始めて倒れてしまった。

 咄嗟に取り巻きが助け起こそうとするものの、当の王子は“股間を押さえて”動けず……最早やる気になっていたシエルさんも呆気にとられていた。


「え? え? ど、どうなさったのですか? 突然……」

 

 驚くシエルさんに取り巻き二人は一瞬『お前がやったのか!?』的な視線を向けるが、さすがにドアの中と外で距離があった事から不可能である事を察して首を捻っていた。

 まあ……シエルさんだったらその距離を一瞬で潰すのも可能だけど。

 泡を吹いて悶絶する第二王子を取り巻き二人が担いで退散するのを確認してから、俺はその場を後にする。

『予言書』においては唯一の後継者はメリアス王女のみだったのに、あの小太り男ニクロムは自分の事を第二王子であると宣っていた事に……またもや嫌な予感を感じつつ。


 第二がいるって事は第一がいるって事だし、そもそも本来は何人の王族がいたのかもハッキリしない。

 今になった考えてみると『予言書』でのメリアスの情報は酷く片手落ち、悪政を敷く国王を打ち取った描写しか無かったからな……。

 グランダル爺さんが言っていた『勇者の剣』を後継者争いに利用しているというのが現実味を帯びて肌で感じてしまう。


                 ・ 

                 ・ 

                 ・


 俺はもうこの際確認はしておこうと思い立ち、勇者の剣『エレメンタルブレード』の安置されている大広間へとたどり着いていた。

 そこは思ったよりもガランとした空間で、さっきまでパーティーが行われていた祭りの後のような余韻はあるものの、片付けは終わっていて人っ子一人いない。

 そう、伝説の剣とか言っている割に警備の一人すらそこには存在しなかった。

 俺は最初その状況に罠を疑ったのだが、何度罠を探ってみても発見する事は出来ず、気配を探っても巡回の兵士がこっちを気にする素振りさえ感じられない。

 大広間中央に安置されている剣が誰にも抜けなかったという事が、かえって“どうせ誰にも抜けないなら”と油断を誘っているのだろうか?


「オイオイオイ……マジか」


 そして中央の台座に突き立った『エレメンタルブレード』に近寄った俺は……思わずつぶやいてしまった。

 万人が“素晴らしい名剣”“神々しい勇者の剣”と称するほどの、見立ての出来る実力者でも素晴らしいと称賛するという剣が…………俺の目には酷くボロボロの量産品にしか見えなかったのだ。

 グランダルの爺さん曰く鋳造の量産品との事だったが、俺の目には既に刃こぼれして要所要所にヒビすら入って見える不良品にしか見えない。

 ただ……これで確信が持てた。

 無論それが見えた俺やグランダルの爺さんが剣に選ばれた勇者って事じゃない。 

 その姿が見えるのは、この剣の強さにも纏わりつく伝説にも一切興味がない事……『エレメンタルブレード』そのものに何も興味を持っていない事が条件なのだ。


「扱える異能を持っていても『エレメンタルブレード』の強さを求める者は資格がね~てか? 呆れるほど傲慢で使えねぇ伝説の剣だなぁ……」




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