閑話 追跡される追跡者

 許せん……。

 コロシアムで師匠の連日は百人抜きの最終日、敗北しながらもその偉業を阻止した男に対する私の率直な感情はそれに尽きる。

 特に師匠の勝利にケチを付けたばかりか、私が師匠に相手をしていただく機会を奪われただけでは無く、私ですら呼んで頂いた事も無い名前で呼んでいただいたにもかかわらず、それがいかに光栄な事であるかも気が付いておらぬ無知蒙昧さ。

 あの勝負を見るに師匠より遥かに劣る力量しかないハズなのに、そのクセ師匠を敬う素振りも見せない不届きな盗賊の男。

 出会った時から印象は最悪であったのに、その後の出来事でヤツに対する私の印象は更に悪くなる。

 なんと大衆に顔を知られる事を殊の外嫌う師匠が、大衆食堂で夕食を取っていたあの男へと顔を晒して会いに出向いたのだ。

 師匠にバレないようにコッソリと後を付けていた私は……その光景に殺意すら芽生えていた。


『何故じゃ!? 何故師匠はあの者たちになど……あんなにも楽しそうに……』


 私と対峙する時の師匠は表情少なく、浮かべても苦笑程度なのに今は楽し気に大口を開けて笑っている。

 特にあの男の仲間のようである格闘僧の男とはすっかり意気投合したした様子で、肩を組んで談笑までする始末。

 私では入り込めない世界を外から見せられる感覚に……苛立ちと憎悪は募って行く。


 …………分かってはいるのだ。

 こんなのが一方的な嫉妬からの逆恨みである事など。

 あの男、盗賊のギラルに他意などない。

 タダの流れの冒険者がたまたま出会った腕の立つAクラスの達人と意気投合した……ただそれだけの事なのだろう。

 だけどあの男が出会ってからたった数分で認められたと言うのは、遥かに長い期間交流があったハズなのに名前すら呼んでもらっていない私には耐え難い屈辱だった。


 それから食堂を出たギラルは、己のパーティーと共に大通りを歩いて、おそらく本日の宿へと向かっているようだった。

 どうやら師匠と意気投合した格闘僧はパーティーではないようで……共に歩くのは女性二人。

 長い金の髪を靡かせ凛とした雰囲気の、どこか貴族を彷彿とさせる……そしてギラルの前に師匠と戦った女性と、赤毛のショートで武骨な形の魔杖を持つ小柄な女性。

 三人とも体格が大きいわけでは無く、今襲いかかれば私の力量であれば何とかなるのでは? とすら思えてしまう。

 反射的に追いかけてしまっていた私はそんな物騒な事を思ってしまい……ふと、追いかけてどうするというのか? という疑問が浮かぶ。

 今一瞬浮かんでしまった闇討ちなどは、さすがに卑怯過ぎる。

 それこそ師匠に認めてもらうどころか軽蔑されてしまう事だろう。

 だったら……そうだ、正々堂々挑めば良いのだ!

 あの男、ギラルに決闘を申し込み、正面から倒す事が出来れば師匠だって私の事を認めるハズではないか!?

 そう思い立った私は大通りから小道へと曲がった3人を慌てて追いかけて、決闘を申し込む為の口上、名乗りを上げようとする。

 しかし、そんな私の思惑とは裏腹に、追いかけていたハズの三人は突然に目の前から消え失せてしまった。


「……え!?」


 あまりに突然の出来事に、私は慌ててさっきまで連中のいた場所まで駆け寄る。

 今の今まで全く歩みに変化はなく、談笑している雰囲気しか無かったと言うのに?

 これだけ離れているのだから、追跡がバレているハズは無いのに!?

 そう考えて辺りを見回して……私は更に驚愕する。

 剣士の女性は右の道、魔導師の女性は左の道、そして主目的であるギラルは屋根の上……月明かりに照らされる夜空に既に小さく見えるほど、遠くを走っていた。


「う、嘘じゃろ!? 逃がすか!!」


 慌てて私も走り出すが、障害物など存在しないかのように屋根から屋根を飛び回り、まるで建造物をすり抜けるかのように走るギラルに対して、当たり前のように道を走り建物に行く手を阻まれる私が追い付けるハズも無い。

 同じように屋根に上ればと思い立って、近くの樹木を伝ってようやっと屋根の上にまで上がってみたものの……その時に見えるのは月明かりに照らされるブルーガの街並みのみ。

 その時点で決闘を申し込もうとしていた意気込みは皆無となり……私は力なく膝をつくしか無かった。

 悔しいとかいう想いが無いワケでもないけど、その時胸を支配したのは圧倒的な無力感と虚無感。

 相手にしてもらえなかったという、師匠…………いや、グランダル殿と同じような感情。


「あの人が認めた男が……弱者であるはずも無い……か」


 同じ舞台にすら立てていない。

 そんな者が、更に高みにいる人物グランダルに認められるワケなど無い。

 本当は……本当は分かっていた事なのに…………。

 悔しさなのか、それとも悲しいのか自分でも理解できない涙が頬を伝った。


                ・

                ・

                ・


 結局私は今夜ギラルに決闘を申し込む事を諦めるしか無かった。

 いや……そもそも追跡すらできなかった私に、決闘を申し込むような資格があるのだろうか?

 あの人に憧れて、身の丈に合わない剣を振ってはいるものの……まともに振る事すら出来ていないというのに。

 嫉妬心も憎悪も、根拠のない自信すら抜け落ちた私は“この国で最も高い建造物”の3階の一室へと窓から侵入する。

 しかし、秘密の縄梯子を使ってようやく帰宅を果した私だったが……部屋の中に恐ろしいオーガが待っていた事に凍り付く。


「お帰りなさいませ……随分とお早い御帰りでございますね、メリアス王女殿下。このような時間まで、そのような格好で……一体どちらまでおいでだったのでしょうか?」

「……あ」


 第一王女メリアス・G・ブルーガの専属侍女……すなわち私専属の侍女は笑顔を絶やすことなく……しかし全く目が笑っていないという恐ろしく、絶対に見たくない顔で立っていた。

 さっきまでとは全く違う、凍り付くような汗が全身から噴き出して来る!


「や……いや待つのじゃリコリス。これには深い事情があってな……」

「ほほう……この期に及んで言い訳でございますか? 王女殿下」


 あ……マズった。

 ただでさえ怒り心頭なリコリスに反射的に…………。

 今まで微笑程度に抑えていた口元が、オーガ、いやドラゴンと見間違うほど恐ろし気に吊り上がって、本気で炎を吐き出すような怒号に魂が悲鳴を上げる。


「国で最も高い身分の王族である貴女が! 本日は公務があったはずの貴女が! 無断でいなくなった事でどれだけ心配したとお思いですか!! そこになおりなさい!!」

「ピイ!!」


 昔から家族の愛など知らなかった私にとって唯一の家族であり、母であり姉であるリコリスのは未だに頭が上がらん……。

 これは……一晩説教コース確定なのじゃ……。

 今晩はこれ以上の絶望は勘弁して欲しいというのに。


「聞いていらっしゃいますかメリアス様!?」

「ひい!? 無論聞いておるのじゃあ!!」


                *


 公務すっぽかし、門限破りで専属侍女にしこたま怒られるというブルーガ王国の第一王女の姿を彼女が侵入した“窓の外”から確認した俺は……一人溜息を吐いた。

 忘れていたワケでは無いのだが、この国にも召喚勇者に関係する者がいないワケが無い事を失念していたようだ。

 

「……つまり、あの自称グランダルの弟子は、『予言書』の簒奪の女王、姫騎士メリアスって事になるのか」


 お家騒動の末、殺し合いを演じるブルーガ王家の中で唯一生き残ってしまい、最終的には悪政を敷く父、国王に対して反乱を起こす女傑。

 そして……イリスよりも遥かに積極的に、そして過激に召喚勇者に対してアプローチをしていた、神様曰くフラレヒロインの一人。


「また俺は馬に蹴られなきゃならんのかね?」




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