第百六十五話 武器は武器であるという教え

いやいや……何とも食欲を無くす会食だったな」

「別に悪い事しているんじゃないけど、勘弁してほしいわね。あの暑苦しさは」

「そうですか? 私は特に気にならなかったですが……」


 微妙にゲンナリしながら大通りを歩く俺とリリーさんに比べて特に気にした様子もないカチーナさん。

 微妙に同類って辺りもあるのかもだが、どうやら元軍属だった事もあってか、ああいった力自慢、筋肉自慢の男共を見るのは日常だったポイのだ。

 その辺が抜けきってないからこそ、ふとした瞬間に男では俺の前だけで見せる隙があるという役得もあるけど……。


「せめて筋肉自慢も悪だくみも、飯の後にして欲しかったもんだ」

「まあ……ね」


 エレメンタルブレード、『予言書』では俺の事を殺す予定だった伝説の剣。

 いや存在する以上、未だにその可能性を秘めた……本音を言えばあまり近寄りたくない武器。

 あのマッチョジジイ、グランダルが唐突に持ち掛けて来たのは、そんな俺個人に曰くのあるお宝を盗み出せっていう依頼だったのだから、その後で楽しくお食事としゃれこめるほど図太くはない。

 ただ、俺の目的を考えると無関係でいられないのも事実で……。


「やるしかね~のかな~?」

「……さっきのグランダル氏の話ですか?」

「あの爺さんの依頼を受けるかどうかはさておいても……剣を置いてるって城に侵入する必要はあるだろうな」


 カチーナさんの質問に俺は決めかねている今後の事を口にすると、今度はリリーさんが疑問を呈して来た。


「アンタ……さっき剣が偽物だとか聞いても大して驚いてなかったよね? もしかして城に突き刺さってる剣は偽物だとか、『予言書』に記述があったの?」

「いや……俺はその剣が刀身は無い事を知っているだけ。伝説の『エレメンタルブレード』は特殊な魔力だかを光の刀身に変える魔導具であって、重要なのは刀身じゃなくて柄のほうなんだよ」

「「ええ!?」」


 今度は歩きながら二人そろって驚愕の声を上げる。

 まあ普通に伝承やらには『光る刀身』と言われていたから、相応しい者が手に取った時刀身部分が輝くと思われているからな……『光が刀身になる』と思ってなかったのだろう。

 それから『予言書』で召喚勇者がどのように剣を扱っていたのかを説明すると、二人は……特にカチーナさんは唸り出した。


「なるほど……では本体は柄の方であり、刀身はただの飾りと言う事に。と言う事は刀身を名剣に見立てているのは柄が、本体が何らかの作用で自身の見た目を変えていると」

「と言うよりも、見る者に幻術を掛けているって考えた方が良いでしょ? そうなると俄然グランダル氏が言ってた話に信憑性も出て来るね」

「普通で考えりゃ、自分に相応しい者が現れた時にだけ真の名剣としての輝きを取り戻す~とかの方が分かりやすいんだが……」


 コロシアムの自称弟子のマント少女の言葉じゃないけど、剣の方が爺さんを相応しいとして、爺さんにだけ真実を見せているのだろうか?

 あの爺さんだったら、確かに剣を引っこ抜かずにへし折ったって良いし、何より重要なのは刀身じゃなくて柄の方なワケで。


「個人的には武器が使い手を選ぶ論は好きじゃね~んだけど……そうなると剣の方が爺さんに使って貰おうと幻術を解いたとかあるんだろうか? 本物かどうかは分からんがよ」

「そういやコロシアムでも似たような事言ってたねアンタ。あの自称グランダルの弟子に」


 リリーさんの言葉に、俺は何となくスレイヤ師匠から受け継いだダガーを手に取った。

 つい最近受け継いだばかりだけど、段々と手に馴染んで来た短剣は毎日手入れをかかさずに切れ味を維持していて刃こぼれも今日のところはない。

 でも、前の遣い手同様に俺もこのダガーを使って多くの魔物を、人を傷つけて来た事は事実……武器はあくまでも道具であって人ではない。

 今まで傷つけて来たのも、殺して来たのも武器じゃなくて自分自身なのだという事を忘れてはいけない。

 その事はスレイヤ師匠のみならず、『酒盛り』で俺の事を守り鍛えてくれた人たち全員に叩き込まれた精神。


「武器を手にするのも、殺しに使うのも、決断したのは自分自身。魅入られようとどうしようと、その責を武器の側に求めるのは間違いだ。その業を請け負う気が無いなら武器など持つべきじゃない」

「……ま、確かにそうね。選ばれようと何しようと……最初に手にするかどうかを決めるのは自分だからね」

「なるほど……つまり伝説の剣はグランダル氏には手にする気にならない、興味が持てない剣だった……そういうのですね」


 この三人の中では少々伝説とかに幻想を抱いているカチーナさんだけど、彼女も戦闘においてはシビアに自分自身を評価する。

 カチーナさんのカトラスも、リリーさんの狙撃杖も自分の戦術を分析し思考錯誤した結果行き付いた、自分自身が選び抜いたモノ。

 あの爺さんも自分自身の戦術と、自分で責を負う為の道具として、あんなクソ重たい大剣を使っているのだから、最初から伝説の剣に興味は……。


「あ……って事はもしかして『エレメンタルブレード』が偽物の量産品に見える条件って……………………」

「…………」

「…………」


 と、一瞬『エレメンタルブレード』の謎について閃きかけた俺だったが……大通りを抜けて小道へと入った辺りで言葉を切り、歩みの速度を全く変えずに小声で聞く。


「一応聞くけど……付けられているよな?」

「あ、やっぱり? さっきから魔力の反応が一つ付かず離れずであるな~って思ってたんだけど、私たちになのか微妙だったから」

「リリーさん、残念ですが追跡者は明らかな殺気を私たちに向けてます」

「……誰に?」

「そこまでは判別できませんが……」


 全員が振る向く事をせずに状況を確認する。

 リリーさんが『魔力感知』で分かっていたのと同様に、俺も『気配察知』で一人が付いてきている事は認識していたが、人の多い大通りではその人物が自分達を追っているかの確証を得る事は出来なかった。

 しかし小道に入ってまで追って来るのなら九分九厘追跡者だ。

 そして最後にカチーナさんが“殺気を向けている”と言い出したなら最早10分、百パーセントである。

 索敵能力の高い俺やリリーさんでも『いる』事が分かっても『殺る』つもりがあるのかまでは判別できない。

 この辺は武人特有の感覚なのか、カチーナさんには感じとる事が出来るようなので個人的には重宝するんだけど、本人は『精々数メートル、相手と対峙しなければ分からないから実用性はない』と謙遜しているのだが。

 いずれにしろ、今俺たちを追跡している者が俺たちに危害を加える気満々である事が確定している事が先に分かったというのが重要なのだ。


「ふ~~~~、撒くか」

「ですね」

「集合は……またここで良いか」


 それだけを決めて、俺達三人は瞬時に三方向へと割れた。

 カチーナさんは右、リリーさんは左、そして俺は上……建物の屋根へとロケットフックを飛ばして飛び上がる。


「!?」


 その瞬間、背後から俺たちの様子を伺っていた何者かが慌てた様子で駆け出したのが分かった。

 ……余り熟達してはいない足運びで、単純に慌てて追いかけだしたというのがアリアリ。

 俺たちが逃げの行動を取るという事は、既に追跡がバレているという証明なのに馬鹿正直に追いかける辺り……そこはかとなく世間知らずな感じ。

 興味本位に素人が何かしようとしてるという面倒臭さが脳裏を過ったが、更に面倒臭い事がたった今発覚した。

 慌てて追いかける駆け足は、完全に屋根の上を駆けだした俺に向かって音を立てていた。


「……チッ、お目当ては俺かよ!」



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