第百六十四話 俺を殺す予定だった剣の真実

 ある意味予想通りとも言えるグランダルの言葉に頭を抱えたくなった。

 要するにこの国の城に盗みに入るという犯罪行為のお誘いを、こんな場所であって間もない俺たちに堂々と開示するって……何を考えているのか。

 妙な事に、俺たちは城に忍び込むこと自体は初めてじゃないんだが、それはそれ……いくら何でも不法侵入が犯罪である事ぐらいの自覚はある。


「あんまりと言えばあんまりな発言ッスな爺さん。こんな所で堂々と犯罪のお誘いとか……んな事、他人でしかも他国の人間に不用意に漏らして、俺たちがそっちの方向に垂れ込むとは考えないんで?」


 こっちとしては当たり前な事を指摘したつもりだったが、グランダル……いやもう爺さんでいいか、爺さんは不敵に笑って見せた。


「ふ……これでも無駄に長く生きてなはいない、剣を交えればその者がどのような人物か見定める目は持ってるつもりだ。姑息で卑怯であると嘯きながら策略は全て舞台上でのみ、しかも技術を駆使して敗北を悟れば本気の一撃を仲間に見せようとする輩が、今の話を聞いて私利私欲で他の冒険者共の危機を見過ごすとは思わんさ。飯がマズくなる人種だろうからな……俺と同じで」

「……買いかぶりだ。若者に期待し過ぎだぜ爺さん」

「違ったら違ったで良いさ。俺が耄碌したってだけで、晴れて俺は反逆罪の御尋ね者になるってだけの話だからな」


 軽!? 自分の命を天秤に賭けても豪快に笑う爺さんに、思わず気が抜けてしまう。

 もうこの時点でこの爺さんに見極められていると考えると……何とも落ち着かない気分になる。

 ただまあ……無関係な冒険者たちが腐った貴族連中に利用された挙句に殺されるかも、なんぞと言う話を聞いてしまった後で、何もしないで美味しく飯が食えるタチだったら、俺たちは『ワースト・デッド』なんぞ名乗っていないワケで……。

 頭を掻きむしってから俺は爺さんを横目でにらみつけた。


「まあ……その“計画”に加担するかどうかは置いておいて、アンタは俺か、もしくはカチーナさん辺りが勇者にでも見えんのか? 肝心なところで“それ”は勇者しか抜けないってありがちな設定なんだろ?」

「おう、全く見えねぇな! むしろ勇者の活躍をサポートするか、もしくは脇から徹底的に邪魔するかって曲者ばかりにしか見えねぇ」


 そう太鼓判を押すかのような堂々たる否定の言葉にまたもや気が抜ける。

 そう、そもそも盗みに入るか否か以前に“持ってこれない”代物を盗む事は不可能だ。

 一度ファークス家で盗んだ体で『物隠しのケープ』で姿形を消したまま、実はその場から動かしてもいなかったトリックは浸かった事があるけど、今回の依頼には当てはめられないだろうし。

 

「だったら、アンタが目的の人材を集めたところで実行は不可能だろうがい。勇者しか抜けねぇのに、自分の目で見ても勇者には見えないってヤツを引き込んでどうしようってんだよ?」


 どうにもつかみどころがない……達人グランダルの印象はそれに尽きる。

 話した感触では基本ロンメルのオッサンと思考パターンは一緒だが、『予言書』の知識の中に、この爺さんは名前しか出てこなかったから余計に今後の展開が読めない。

 確かこの爺さんは召喚勇者が『エレメンタルブレード』を手にする以前に……。

 そこまで考えた辺りで爺さんは、今度はニッと不敵に笑って見せた。

 ……まあ、ハッピーなジジイである事は間違いないな。


「うむ、その辺は心配いらん。おそらく懸念すべきは台座自体に仕掛けられた結界と、聖剣の間自体に張り巡らされた罠の方だな。何せあそこに突き立っている剣は鋳物の量産品に違いないからな」

「「「…………え!?」」」


 爺さんの言葉に“俺を抜いた”3人の驚愕の声が重なる。


「何度か見た事があるが、飾り立てられているが、肝心の刀身は見る者が見れば分かる程に強度の足りない鋳造品なのは明白だ。おそらく俺やロンメル辺りが不用意に抜こうとすれば刀身の方がへし折れるのではないか?」

「鋳造品!? まさか伝説のエレメンタルブレードが……」


 その話で一番ショックを受けたのは、やっぱり剣士のカチーナさん。

 この人剣士とか元男装麗人だったとか抜きにして、伝承とかロマンスに憧れる節がちょっと見受けられるんだよな……。

 ヤな現実に直面しまくりの人生だった反動なのか。


「なんだぁ? それならワザワザ王国側は偽物ぶっ刺して伝説語っていると? それだと国王が剣使える勇者を探してこ~いってのがおかしくないか?」


 爺さんの話では王国側は兵器利用なのか、それともプロパガンダ目的なのか、とにかく剣を抜ける輩を継承権までかけて探させている。

 本当に刀身がそんなナマクラだったとしたら、それらの行動は全てチグハグになる。


「いや……そこが俺も疑問でな、刀身がそんなガラクタであると知るのは俺以外にいない。あんなに分かりやすいというのに刀剣の見立てが出来るはずの者たちも、挙句ワシを推挙しようとする姫ですら台座に刺さった剣を『見た事のないほどの名剣』と称えるんだな、これが」

「魅了……いや、何かの隠蔽の魔法……か?」

「たぶんな……俺だけにそう見えた理由は分からんが」


 誰もが伝説の剣、名剣だと称えるのに爺さんだけにはボロボロのガラクタに見えるって事は、真っ先に思いつくのはそれだ。

 隠ぺいの魔法は条件が色々とあるのだが、逆に言えば条件が揃えば見破る事が出来る。

 例えば宝の所有者以外にはそれがガラクタに見えるようになど……。

 そう考えると今回は逆の方向性な気がしてくるワケで。


「……むしろ、だったらそれを見破れたアンタは、やっぱり剣に相応しいって事じゃねぇの? 超Aクラス冒険者様よう」

「止めてくれ、ガラじゃねぇにも程があらぁな。勇者云々はともかくとして、あんな軽そうな武器は俺には相性悪すぎだぜぇ」

「……私はそのロングソードですら重さが枷になるからと、カトラスに持ち換えたのですけど」


 自分よりも上位の剣の達人の言葉に何となく旬とするカチーナさんだが、グランダルは何でもない事のように彼女に笑いかけた。


「な~に、人それぞれ合った武器があるのは当然。カチーナ……だったか? お前さんのスピードを生かすためのチョイスは間違ってねぇ。実際お前らがパーティーで向かってきていたら一たまりも無かっただろうしなぁ」

「その時は貴方も全力で動くのでしょう? あの巨大な鉄の塊で障害物すら空気の如く切り進んで」

「お前さんのリーダーが逃げに徹しない限りはな!」


 そんな事を言いつつ笑い合う姿は……何というか肉体労働者の振舞と言うか。

 色々とストレスを引きずらない竹を割ったような付き合いと思えば……まあ良いかと思ってしまう。

 ただまあ……『予言書』で、あの剣に真っ二つにされた俺には刀身が量産の鋳造品だと言われても特に驚きはなかった。

 勇者の剣として伝え聞く『エレメンタルブレード』は眩い光を刀身から放ち、正義の閃光の下、悪を切り裂くと言われている剣だが……『予言書』の勇者は剣を鞘に刺してはいない。

 いつでも使えるように、常に腕に仕込んでいたのだ。

 丁度俺が『ロケットフック』を仕込んでいるように、使用時に腕の振りだけで握れるような細工をした上で。

 つまりブルーガ王国が知っているのかは定かじゃ無いが、伝説の勇者の剣『エレメンタルブレード』の重要な部分は刀身じゃなく柄のみ……平たく言えば突き刺さった刀身は飾りと言ってもいいのだ。

 特殊な魔力を刀身に変える魔導具、それが『エレメンタルブレード』の正体なのだが。


「……そう考えると、ますます爺さんは選ばれたヤツって事にならね~か?」


 既に言いたい事は言ったとばかりにジョッキを傾け、再びロンメルのオッサンを交えて、今度はバトル談議に花を咲かせ始めたグランダルを見つつ……俺は呟いていた。

 仮にそうだとしたら……。


「う~~~~む、絵にならん」

「……思っても口に出すんじゃないの」


 思わず筋肉ジジイが勇者然として剣を掲げる姿を想像してゲンナリする俺に、似たようなウンザリした顔のリリーさんが突っ込んで来た。


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