第百六十三話 ありがちで闇深い伝承の政治的利用

「ふう、久々に歯ごたえのある一時だった。まだまだ世界は広い」

「城に招かれなかったのも、このような筋肉の出会いを考えれば良かったのである」


 そしてしばらくの間互いの筋肉をひたすら褒め合うという、他人から見たらひたすら食欲の無くなる光景を繰り広げた筋肉バカは満足したのか服を着直してから再び席に着いた。

 ちゃっかりグランダルも一緒に。


「んで? 一体何の用っスか? 最後っ屁の嫌がらせに眠茸胞子をブンまいた事を根に持ってクレームでも入れに来たッスか?」


 絶対に違う事は分かり切った上で、俺は呆れを隠そうともしない口調で言う。

 案の定グランダルは豪快に笑って否定する。


「グハハハハ! そんなワケあるまい。アレが俺を倒すための一手だとするなら、睡眠中も反射できるよう修練を積んでいる俺には悪手だが、逃げの一手と想定するなら上策。パーティーでの戦闘を想定し仲間を逃がす為に盗賊が突手段としてはベストな選択だ」

「……そりゃどうも」


 冒険者にとって討伐と言うのは依頼でなければ必ず実行しなくてはならまい事では無い。

 あくまでも生還する事が第一であるから、最悪の最悪、鹵獲品を諦めてでも逃げなくてはならない状況などザラにある。

 さすが冒険者として最上位に君臨する達人はその辺の事を熟知している。

 しかし、それなら尚の事疑問に思ってしまう。


「なあ爺さん、アンタは何でコロシアムで100人抜きなんてやったんっスか? 顔を売りたくない上位冒険者のクセにワザワザ顔を隠してまで、100人どころか1000人だって余裕で平らげる事も出来るような達人が弱い者いじめが趣味って事もないでしょ。そうだったら前途ある若者相手に大人げないにも程があるし……」

「そうツンケンするな。事情があるのは察してくれているのだろう?」


 文句と言うよりも純粋な疑問……理由もなしにあんなイベントを起して目立ちたいタイプとも思えんしな。

 筋肉についての魅せたがり具合に関しては知った事じゃねーけど。

 そう率直に聞いてみると、グランダルは苦笑してみせた。


「少し長くなるがな……この国『ブルーガ』には伝説の勇者の聖剣『エレメンタルブレード』がある事は知っているだろう?」

「……お披露目会があるって事までは」

「おお、そこまでは知っているのか。では『エレメンタルブレード』がこの国ではどういう位置づけにあるのか……それも知っているか?」

「位置づけ?」


 意味深な事を言い始めるグランダルに戸惑い、思わずカチーナさんやリリーさん、ついでにロンメル氏にも目配せしてしまうが、みんな首を横に振るのみ。

 あの剣が伝承に伝わる選ばれた勇者しか扱えないって情報以外、俺は後に『異世界召喚』された勇者が扱う事が出来て、自分が殺されるってとこまでしか……。


「あの剣は今ブルーガの王城に台座付きでブッ刺さっておってな、真に選ばれた剣の遣い手がそれを引き抜く事が出来るという……まあ何ともありがちな伝承と共に保管されているのだ」

「お~~……そりゃまた、分かりやすい」


 伝説の剣って触れ込みでこれ程分かりやすい『設定』もない。

 引き抜けた者こそ選ばれた勇者ってか? 


「って事は爺さん、アンタはその剣を直接見た事はあるって事ッスか? もしくは引き抜くチャレンジをしてみたとか……」


 この手の伝承は分かりやすい上に色々と利用されやすい。

 阿漕な連中ならそれっぽい装飾をかました剣を抜けないように固定した挙句にお布施として高額のチャレンジ料金を巻き上げる輩もいるし、たまに個人でやってる連中だって存在する。


「いや、俺は試していない。というか試す為には王族の推薦が無くては普段は『エレメンタルブレード』に触れる事すら出来ないからな。だからこそ、今回はちと困った事になってなぁ~」

「王族の……推薦?」


 その言葉に俺だけじゃなくカチーナさんもリリーさんも露骨に顔面が引きつった。

 伝承に関するもので王族が関わる事態はマルス君の事件を筆頭にして碌な事が無い。

 オマケに『エレメンタルブレード』は王国にとってまさに力の象徴と言える物……都合の悪いヤツには渡したくない、喩えそれが本当に剣に相応しい人物であったとしても。


「聖剣『エレメンタルブレード』の存在はこの国にとって特別でな、あんまり大きな声では言えんけど現国王は何としても聖剣の力を扱える者を探し出して、王国最強の兵器として利用したいようなのさ。だからこそ、次期国王の条件として国王は王子たちに『エレメンタルブレード』を扱える勇者を探し出す事を宣言した」

「王国の……兵器だぁ? 世界の危機が訪れた時って触れ込みはどこ行ったよ」


 どこに行ってもどんな組織でも、伝承やらを自分たちに都合よく捻じ曲げて解釈するのは一緒と言う事か。

 何かそうやって考えると『予言書』で召喚された勇者の立ち位置や理由が微妙に変わってしまう気がしてくる。

 な~んか迫りくる邪神軍にやむを得ず召喚された~って感じだったのに。


「あまり公にはなってないが、今ブルーガ王国の王族共は後継者争いの為に血で血を洗う諍いを繰り返している。実際今年に入ってから2人の王族とそれに伴う関係者が数人事故や病気で姿を消している。そして、連中が用意して来た聖剣の候補たちも……」


 そして心底迷惑そうな顔でつぶやいたグランダルの顔には、自身も他人事ではないのがアリアリと浮かんでいる。


「候補……って事は王族の推薦を受け取るって事は」

「実は“運が良い事に”俺は平民出の冒険者って事で高貴な方々に卑しい者と煙たがられて推薦されるまではなってない。だが、ハッキリ言えば時間の問題とも思っている……最近では主だった爵位持ちの腕に覚えのある王国の騎士が軒並み死傷する事件が相次いでいてな……スケープゴートとして冒険者の剣士を使おうとする動きも出て来たのだ」

「「「「…………」」」」


 あからさまに冒険者を人と思っていない、まさに嫌な王侯貴族の典型的なやり口。

 当初は身分的に自分たちに都合が悪いから『伝説の勇者』の役を王国の貴族から出したかったのだろうが、いざ危険が迫ると思えば今度は冒険者を盾代わりに利用しようとか。

 そこまで聞けば、グランダルが何のためにコロシアムで弱い者いじめにもなりかねない100人抜きなんぞを繰り返していたのかも分かってくる。


「使い捨てるつもりの冒険者を暗殺騒ぎの矢面に立たせ、もし万が一にでも聖剣を抜く者が出たら自分たちが暗殺して聖剣を奪い、自分達に都合の良い奴を勇者として王国に報告する。しかしけた違いの実力があって始末が難しい達人グランダル以上の冒険者は今の『ブルーガ』には存在しない。同じ冒険者でもグランダルよりも劣る者を推薦するのは相応しくない……。アンタはそうやって少しでも後輩たちを守ろうとしていると……」

「「!?」」


 俺の推察にカチーナさんとリリーさんはギョッとするが、以外にもロンメル氏は不機嫌に唸るのみだった。

 詳細までは予想していなかったが、少なくとも理由もなしにグランダルが戦っているとは思っていなかったようだ。


「中々の洞察力……。そこまで殊勝な考えがあったワケでは無いが、俺を推薦したのが王族の中でもまだ正義の心を失っていない者で、そのお姫様が『グランダルの推薦を拒むのにグランダルより力量の劣る者を推挙するつもりか』と牽制してくれているから、辛うじて被害は抑えられているのだ…………時間の問題ではあるがな」

「むう、そのような事情が……通りで貴殿の筋肉からは哀愁を感じると思った」

「……オッサン、とりあえずしばらくは口を閉じててくれ。緊張感が続かん」


 ブルーガ王国の闇に戦慄してしまうより、ロンメル氏が察した理由に驚愕と脱力してしまう俺は取り合ず苦情を入れて置く。

 全てを筋肉で意思疎通するとか……脳筋ってそういう意味じゃねぇだろが。

 どうでもいい事に気を取られているとグランダルはジョッキを一気に煽った。 


「残念ながら既に冒険者界隈にも被害は出始めている。このままでは時機に被害は広がって行くだろう。だからこそ、俺はコロシアムで戦いながら王族共の目を牽制しつつ、協力を願える冒険者を選別していたのさ」


 選別……その言葉に嫌な予感を感じたのは俺だけじゃ無かったハズだ。

 俺たちはあからさまに嫌な顔になったというのに、このジジイは構わずに口を開く。


「伝説の勇者の聖剣『エレメンタルブレード』を城から盗み出してくれる協力者をな」



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