第百六十二話 熱き漢たちの邂逅

「いやいや、やはり抜きんでたAクラスの実力と言うのは一味違う。あそこまであしらわれてしまっては己の未熟さは元より相手の力量の高さすら図る事ができません。基本が大事なのは頭では理解しているのですが、我流を謳いながらその実は突き詰めた基本的な動作……感嘆の一言です」

「俺は正直ビビり倒して開き直っただけだがな~誰かさんのせいで」


 ジト目でそういうとカチーナさんは笑いながら視線を逸らす。

 こっちを見なさい元王国軍隊長殿……。

 二人そろって爽快に負けてからしばらく後、特に負傷も後遺症も無いと早々にコロシアムから出た俺たちは、そのまま昼飯を取った大衆食堂『バッカス』に逆戻りして……夕食を兼ねた残念会を開いていた。


「あ~、はは……それはその……すみませんでした。ハッキリ言えば私の負け方は正面から技術面で圧倒されるだろうと想定できていたのです。でもギラル君なら同じ負けであっても私とは違った、なんなら万が一もあるかな~と」

「カチーナ……アンタ意外と悪女よね、青少年をその気にさせるとか」


 若干呆れたように呟くリリーさんに俺は激しく同意してしまう。

 本来現実主義で勝てない戦いは避ける主義の俺に負ける前提での戦いを挑ませるんだからな……。

 単純に『良いとこ見せたい!』という気持ちをくすぐられて……。


「あの結果を見れば一目瞭然だろうに。『魔蜘蛛のデーモンスパイダーの糸』での結界だって向こうが分かった上でかかってくれていただけだし、そこまでお膳立てされた上でたった2連撃で沈められたんだぞ? どう万が一に持ってくんだっての」


 ホント、完全に勝負にすらなってない。


 最後っ屁に『眠茸胞子スリーピングパウダー』入りの煙幕を自分諸共炸裂させたが、せいぜい嫌がらせにしかならなかった。

 あの状況じゃ実戦だったら間違いなく真っ二つだったろう。

 俺は敗北による悔しさとは違うような、微妙なイライラを感じつつ、切り分ける事もしないでステーキをフォークでぶっ刺して思いっきり食いちぎった。


「な~に謙遜する事は無かろう。そもそもギラル殿にとってあのコロシアムの舞台は本来の実力を発揮できないアウェイ。元より距離を取って間合いに入らず、平面でなく立体的に動き速度で相手を翻弄するのが本道の貴殿が、あの達人に自ら2度も攻撃させたのは快挙と言えるだろう?」


 そういうロンメルのオッサンはご機嫌に笑っている。

 さすがは脳筋代表、強者の登場に恐怖や委縮などは一切ないようだ。

 戦闘時に間合いに絶対入りたくないと思うのはこのオッサンも同じだけど……。


「ちなみにロンメルさんなら、あのグランダル相手にどう挑むッスか?」

「決まっておろう我に細かい技法は不要、真正面から力で挑むのみ。向こうが最短最小の動きをするというならば、我は最強最速の動きでぶつかるしかあるまい。あの大剣よりも我の踏み込みが僅かにでも遅れた瞬間に真っ二つになるであろうがな! カカカカ!!」


 笑ってやがる……対戦すれば命すら危ういと冷静に分析して尚……。

 これだから脳筋にしてバトルジャンキーは……そんな事を俺が思った時だった。


「ほう、それは面白い。俺とて剣一本で生きて来たつもりだからな、速度にも自信はある。そこに分かった上で正面から挑もうとか考えるか」

「ム?」

「……え?」


 そう言いつつジョッキ片手に俺たちのテーブルに近づいて来る老人が一人。

 白髪に白髭をたくわえた、年齢を重ねているのが分かる外見なのに、日に焼け無駄なく鍛え上げられた肉体は、格闘僧モンクのロンメル氏に勝るとも劣らない。

 そして……俺は今までこの人物が店内にいる事が分かっていたハズなのに、全く警戒していなかった。

 強者ではあるのに警戒をさせない……こんな隠形の仕方もあるのかと、感心すらしてしまう。

 その老戦士の顔に見覚えは無かったが、その声は聞き覚えがあった。

 具体的にはさっき、コロシアムの舞台上……フルプレートの仮面の向こう側から。


「お……おお!? では貴殿があの……」

「おっと、スマンが名前は勘弁してくれ。大舞台で顔を隠していた理由を察してもらえるとありがたい」

「む……なるほど、それはすまぬ」


 その一言で老戦士グランダルの言いたい事をくみ取ったロンメルは素直に謝罪した。

 確かに今のグランダルは舞台上とは違ってフルプレートに大剣などはどこにもない、簡素な服装で帯剣すらしていない。

 名が売れると同時に顔も売れると面倒事が増えるから、面倒事を嫌い関係者以外には顔を晒さない上級冒険者は多い。

 この爺さんもあまり顔を売りたいタイプではないという事なのだろう。

 と……そんな事を思っていると、グランダルは殺気だった目でロンメル氏を睨みつけていた。

 な、なんだ? まさかこの二人……ここで突然バトルを始めるとか!?


「しかし……ほお……俺の百人抜きを邪魔しやがった小僧に因縁付けようと思っていたが、中々の強者も伴っているのだな。貴殿……どうやら遣い手と見たが、どうか?」

「ぬぬ!? まさかご老体…………ならば挨拶せねばなるまい!」


 何かを通じ合ったように立ち上がり道着をはだけて上半身を晒すロンメル氏と、呼応するように上着を脱ぎ棄て上半身裸になるグランダル……。

 それはストリートで力比べを始める酔っぱらいの様相で……いきなりの展開に俺たちは慌てて止めに入る。


「お、おい!? 何する気だよこんな場所で!?」

「ちょ……師範!? 聖職者の私闘はご法度なのは分かって……」

「ぬおおおおおおおおお!!」

「むううううううううん!!」


 一触即発……そう思った俺達だったが、二人の筋肉ダルマはその場で何やらポーズを決めて、全身に力を込めた状態でニッカリと笑って見せた。

 ……………はい?



「むうう……なんと見事なダブルバイセップス・フロント。ナイスカットである!」

「ほう、惚れ惚れするようなサイドチェスト……まさに岩盤の如き!」


 ポージングで互いに何やら聞き馴染みのない事を称え合うと……何故かオッサン二人はそのままガシッと肩を組んで笑い始めた。


「フフフ……流石、達人の名を冠する御仁の筋肉……感服である!」

「ククク、何を言うかと思えば……その鍛え上げた上腕二頭筋、さては貴殿ザッカールにその人ありと言われた格闘僧ロンメルと見受けるが……違うか?」

「ほう! 貴殿のような筋肉のカリスマに知られているとは光栄極まるのである!」

「何を言うか! このような好敵手が現れるとは……俺もうかうかしてはおれん!!」


 上機嫌で互いを称え合う筋肉ダルマ二人の姿……。

 バトルかと思って止めに入ろうとした俺とリリーさんは、何というか一瞬にして脱力して席へと戻る。

 言える事と言えばただ一つ…………ただただ暑苦しい!!







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