第百六十一話 下から『振り下ろす』ジジイ
俺特製の魔蜘蛛糸結界、本来は相手の動きを封じた上で一方的に攻撃するか、もしくは逃走する為に使う必殺技……と言えば字面はカッコいいけど今回に限っては目的が激しく消極的だった。
どうせだったらしっかりあの達人に攻撃させて、華々しく散ってやろうって……半分以上ヤケクソである。
が……だからと言って少しも積極的な気持ちが無かったとは言わない。
思春期男子にも意地があるってなもんでな。
グランダルのやっている事は酷く単純で、一切の無駄がない……ただそれだけの事。
俺は師匠の一人でもあるミリアさんが、似たように無駄のない体術を得意としているから想像しやすくはあったが、この剣士に関してはレベルが違う。
基本を忠実に長年の研鑚を経て磨き続けたであろうその動きは『気配察知』で五感を最大まで集中させても足裏が砂粒を踏む音どころか、空気が揺れる感覚すら伝わってこない。
流水の如き流れるような動き……あんな武骨な見た目のクセにやっている事は死ぬほど繊細な美技。
そんな無駄が一切ない動きのせいで、どう頑張っても予備動作を知る手段がない俺は苦肉の策として『
無駄な動きが一切なくても、物理的に触れているのなら動きは感知できる。
俺は鎖鎌を構えた手よりも、糸に乗っている足先の方へと全神経を集中させていた。
そして……そんな思惑をワザと罠にかかったグランダルが察していないはずもない。
「少しは意地を見せないと……カッコ付かないからな!」
そこまで分かった上で……俺は鎖鎌の分銅を糸の隙間から縫うように投げつける。
鎖鎌術『女郎蜘蛛』……動きが制限された中、糸の隙間から襲い掛かる鎖分銅を前に、グランダルは変わらずに大剣を前に構えたまま、つまり俺に背を向けたままで動かない。
背後からカーブを描いて側面へ…………まだ動かない。
地面に跳ね返り後方へ……まだ動かない。
そして当初の狙い通りに頭部の側面にぶち当たる…………そう一瞬でも思えた瞬間、俺は足先に伝わる僅かな振動を捕らえた。
……動いた!?
「え?」
俺は自分が感知した内容を理解するのが一瞬遅れた。
張りめぐらせた糸が伝える振動を感知する事で、俺は相手がどう動いているかを知る事が出来ると自負していたのだが……その動きの意味が分からず。
通常動きを制限された後に反撃に出るのなら、背後にいる俺に向かって振り向くか、もしくは剣を振り回すか……そんな行動に出ると思っていたのに、感知したグランダルの動きは“前”であり……誰もいない方向に剣を振り下ろそうとしている。
先にこの場に留めている『魔蜘蛛の糸』を処理しようとしているのか……などと呑気な予想が思い浮かんだ瞬間だった。
下から剣が“振り下ろされた”のは……。
「う、うわ!?」
その一太刀をかわす事が出来たのはほとんど偶然だった。
糸で感知した違和感の他に、瞬間的に感じる事の出来た僅かに空気が揺らぐ音……そしてその事を本能的に感じ取って反射的に避けてくれた直感。
すべてが合わさる偶然が無ければ間違いなく今ので終わっていた!
刹那の一瞬でグランダルが何をしたのか……自覚した瞬間に全身から汗がブワっと吹き出して来る。
この剣士がやった事は単純に一度剣を振り回したのみ。
ただその結果が常人では絶対にありえないモノで……正面に大剣を振り下ろし、地面をバターみたいに切り裂いて、自らが宙で前転する要領で背後の俺に下から剣を“振り下ろした”というのだから。
しかもついでに苦労して作った魔蜘蛛の結界を、今の一太刀のみで全て断ち切りやがったのだ。
一本でも人だろうが魔物だろうが、乗っても簡単に切れる事のない糸が幾重にも張りめぐらされていたというのに……。
頭おかしいんじゃねぇか!? このジジイ!!
しかし冷や汗が止まらない俺に対してグランダルの声は妙に弾んでいた。
「おおお!? やるじゃねぇか! 初太刀を外したのは何年ぶりだろうか!!」
「ふざけんな! 何だその発想は…………」
糸を切られて上空で崩れたバランスを何とか取り戻そうとする俺は……グランダルの声がしたと思ったところを見て、再度悪寒が走った。
そこにあったのは宙を舞う巨大な剣のみだったから……。
俺はもう……既に迫りくる拳へ視線を移すだけで精一杯だった。
「Aクラス最強剣士がそう来るか……」
「ワシもお前も目指すところに至る為なら何でもする冒険者だからな!」
断言できるが今回、俺は一欠片も油断していなかった。
その上で背後から奇襲をかけた俺に対して、グランダルは“正面から奇襲をかける”という何とも常識外れな方法からの、大剣を捨てての奇襲という……盗賊の俺にとっては何とも皮肉の利いた止めまで準備してやがった。
……クソ、せめて最後に。
「ゴガ!?」
迫りくる拳を視界の端に捉えたと思った瞬間、俺の記憶はそこで寸断されたのだった。
*
ボン!!
「な、なんだと!?」
本日……いや、今回連日百人抜きを始めてからグランダルが初めて剣を振ったという事。
そして初めて宙を舞って追撃しようとしている姿に観客たちはどよめいていたのだが、遂に挑戦者に拳が当たったかと思った瞬間、挑戦者ギラルが爆発した事に更に驚愕する。
しかし急激に空中で起こった煙の中からふっ飛ばされた人物が場外に叩きつけられたのを確認した司会がハッとして言葉にする事で状況を理解する。
「特殊結界破壊確認、勝者グランダル!!」
「「「「「「オオオオオオオオオ!!」」」」」」
その瞬間、玄人好みの戦いを見ていた連中も、派手さの無い展開に飽きていた一般人たちもこぞって歓声を上げる。
何しろ地面を音も立てずに切り裂くなどと言う芸当を“叩き切る”事を身上とする大剣でやらかしたのだから、技術面でも派手さの上でも申し分なく、グランダルと言う人物がどれほど常識外れの強さを持っているのかを分かりやすく証明したのだから。
そんな強さを引き出させた本人はと言うと、駆け付けたカチーナによって既に撤収……まだ朦朧としているために医務室へと搬送されている最中であった。
「命の危険が無いとは言え、少々無茶し過ぎです。油断させるが信条の君が、油断しない相手に本気の一撃を望むなど……」
「…………焚きつけた人が言うかね」
そして撤収が済んだコロシアムの舞台上に立つのは一人の武骨な剣士。
煙が晴れたそこに立ち尽くす姿に動きはなく、誰もが次の試合への期待を否応なく持ってしまう。
二試合連続で見ごたえのある試合だっただけに盛り上がる観客を他所に、次の挑戦者である92番の槍を持った冒険者は今のグランダルの攻撃を見て……完全に腰が引けていた。
今までは向こうが極少の動きで繊細に交わしてカウンターを打ち込まれる風だったのに、実際に剣を振るわれたら“ああなる”という結果が、未だに舞台上に刻まれているのだから……。
特殊結界のお陰で致命傷は免れるとはいえ……彼の足がすくむのを臆病と断じる事も出来ない。
『では挑戦者番号92ば……は? え!? 中断……本日の百人抜きは終了!?』
しかし、自身の番号が呼ばれる事に恐怖する槍使いの男が呼ばれる事は無かった。
呼び出そうとする司会の男にグランダル自身が待ったをかけたのだ。
当然盛り上がりかけていた観客たちからは「ふざけるな!」「何でけがもしてねぇのに!?」など不満が膨れ上がるが……グランダルは視界に理由を告げると、さっさと舞台から降りて行ってしまう。
コロシアム全体が何が何だか分からない苛立ちに包まれる中、司会の説明が響き渡る。
『え~~、グランダル氏は先ほどの挑戦者91番のギラル氏の煙幕により『
達人になると寝込みですら反射的に攻撃してしまうらしいが、当然しっかり覚醒していない状況で加減など出来ず、ましてや魔物は止めを刺さないと体が動く限り襲い掛かって来るのだから……無意識にルールの枠を超えてしまう危険がある。
つまり挑戦者の為に自身の百人抜きを失敗という形にしたというのだ。
そのあまりに規格外な理由を説明されて罵声に包まれていたコロシアムが瞬時に静寂に包まれ……続いていたらヤバかった事を知った92番の男はその場でへたり込んだ。
「た……助かった……」
男の呟きはその後の99番までの番号を持つ挑戦者たちに共通した認識で……誰もが圧倒的な力の差を感じ、舞台上に上がらずに済んだ事にホッとしていた。
ただ一人……僅差で100番の挑戦者となっていたフードを被っていた女性を除いて。
彼女は『100』と書かれた簡素なエントリー用紙を思わず握りしめ……自分が思い立つのが遅すぎた事と、さっき盛大な敗北を期した一人の盗賊に、苦々しく歯ぎしりをするのであった。
「おのれ盗賊ギラルううううう!!」
完全なる逆恨み、それが自分でも分かっていても……彼女は医務室に消えて行った一人の盗賊に怨嗟の念を送るのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます