閑話 自称弟子の屈辱《???side》

 師匠……私が勝手に彼の事をそう呼ぶようになったのは、初めて彼と出会った時、彼の剣技を目の当たりにした時の事。

 命が救われた事に対する感謝、更に強力な武力が現れた事に対する恐怖、それらの感情もあったのは間違いないが、それ以上に私を支配していたのは感動であった。

 剣技と言ってもそれは殺しの技術……そのはずなのに一呼吸で並み居る悪漢を一息で切り伏せてしまった彼の技は、まさに芸術だったのじゃ。

 伝説の剣『エレメンタルブレード』に相応しい人物はこの人に違いない。

 私がそう判断し、彼に師事するのは実に当たり前な……間違いない判断だと思っていた。

 しかし彼は私が師匠と呼ぶたびに、困ったような顔をしては『嬢ちゃんよう、ワシは自身を鍛える事にしか興味の無い愚か者でしかない。人を教え導く師なんぞと恥ずかしくて呼ばれる資格もありはしない。その称号は嬢ちゃんに相応しい師が現れるまでは取っておくことだ』と諭していた。


 ……そんな事はあり得ない。

『エレメンタルブレード』を手にするのに相応しい世界最高の剣士こそ、私が目指すべき目標なのじゃから。


 そう確信していたからこそ、私は師匠を“推薦”したのだが、師匠は更に困った顔になって当初は断っていたのじゃ

『ワシは伝説なんぞ性に合わなくてなぁ』と笑いながら……。

 だが余りに何度もしつこく私が説得する事で、彼はある条件を提示して来たのだった。

『じゃあワシが一日一回百人抜きを一週間、七日達成が出来た暁には嬢ちゃんの言う通りに“登城”しようじゃねぇか』……と。

 その条件にどんな意味があったのかは分からないし、興味がなかった。

 何しろ彼は最強の冒険者グランダル……仮に千人抜きであっても敗北はあり得ないと確信していたのじゃから。

 むしろ私は7日間も、彼の素晴らしき剣技を見る事が出来る事にテンションが上がっていた。

 一日は百人、七日で700人抜き、しかも何度でも再戦可能などと言う前代未聞、常人であればあり得ないような不利な状況だというのに、私は余裕で師匠が一週間を通過する姿しか想像できなかった。

 事実その様は最早作業のよう……蛮声を上げ高名な師匠を打ち取ろうとする連中は、ほとんどが何をされたのかも分からずに倒れ伏し、激しいバトルを期待していた観客たちは日を追う毎に同じような展開に飽きて、罵声を上げ……やがて観覧席には空席が目立つようになっていったのじゃ。

 しかし、闘技場としては困るかもしれないが、私個人はそんな些末な事は気にもならなかった。

 何故なら初日からずっと残っている、師匠がどういう勝ち方をしているのか分かっている連中だけが観客席に残っているから。

 それは上位の冒険者だったり、名のある傭兵団であったり、勤務をさぼってまで見学に来た王国軍の兵士であったり……プロであればあるほど師匠の技術の一端でも盗み取ろうとしているのか、真剣な眼差しを舞台上へ向ける。

 おそらく今の私には足元にも及ばないだろうそんなプロたちが、一心に畏怖の、そして尊敬の念でこの場にいる事に、自称弟子の私は勝手に誇らしくなっておった。

 最終日の終了間際、ある冒険者……盗賊シーフの一言を耳にするまでは。


「グランダル氏のあの戦い方は一朝一夕じゃねぇ、鎧も大剣も含めて自分の戦法として確立するまで相当な年月を重ねたもんだろう? あの実力を伝説程度が選べると思うなっていってんのさ。グランダル氏に伝説の剣とやらが選んで貰えるどうかってな」


 その言葉は私に激しい衝撃を受けた。

 私が知りうる、我が国で最も有名で伝承として残るエレメンタルブレードに相応しいのは師匠しかあり得ないと思っていたのに……。

 無意識に伝説を師匠よりも上に考えていた私は言われたのじゃ。

 伝説よりも師匠の腕を上に見ている言葉を。

 言葉や態度からもその盗賊は師匠の名を知ってはいても初顔合わせのようなのに、そんな男に一見だけで“師匠に対する尊敬の念”で上を行かれた事に激しい嫉妬心が湧き上がって来る。

 私の方が何十倍も何百倍も師匠の剣を目にして来たというのに……。

 しかし、そんな風に伝説などを考えず師匠の一日百人抜きを行うに至った事を考えると……自ずと違う事まで見えて来る。


「師匠は……講義をしながら、面接している?」



 それはこの会場に留まるプロの連中も含めて、これまで特定の弟子を取る事をしなかったグランダルと言う一流の剣士による指導と後継者探し?


「あ!?」


 その考えに至った瞬間、私は青ざめた。

 何を自分は悠長にこんな場所で観客をしているのだ!?

 今の師匠はエレメンタルブレードを得る為の試練を受けているワケじゃない!

 自分では無いエレメンタルブレードに相応しい人物を見出す為に、己の本当の弟子を選別している最中なのじゃ。

 弟子を自称する私が何故参加していない!!

 その考えにようやく至り、慌ててエントリーを済ませようと立ち上がった時、私に最低の屈辱を与えた男の試合が始まった。

 彼の戦い方の立ち上がりは思いのほか静か……師匠から相当な間合いを取ったまま飛び道具を投げて走り続けるという、一見消極的なもの。

 当然そんな盛り上がりに欠ける戦いに、激しいバトルを期待する一般客からは罵声が飛んでくるが……不規則に投げる鉄釘の狙いは全て鎧の隙間や空気口などを狙った容赦のない投擲。

 しかもただ正確に投げるのではなく、同時に多量に投げたり、投擲の影に隠して投げたり、跳弾を利用して背後から狙ったりと……私なら絶対に対処できないような動き。

 だけど驚いたのはその後、そんなトリッキーな攻撃をモノともせずに全てかわした師匠だったけど、さっきから外していた鉄釘には『魔蜘蛛の糸』が仕込まれていて……いつの間にか師匠は蜘蛛糸に囲まれた挙句に背後を取られていた。

 バカな、師匠が背後を取られた!?

 だが師匠の敗北などあり得ないと思いながら、師匠の敗北という見たくない瞬間への恐怖に駆られる私とは裏腹に、盗賊の仲間たちからは諦めにも似た達観したような声が聞こえる。


「むう、どうやらギラル殿、腹をくくったようだのう」

「カチーナ……一体何を吹き込んだのかしら? 正直アイツらしくないやり口よね。負けるの分かってて渦中に踏み込むってのは」

「リリー殿ならどうか? あの状況でならどう動く?」

「さっき言ったのがそのまんまよ。間合いに入らない、至近距離で戦う仲間の援護がないタイマンなんてゴメン被る。カチーナが勝手に私もエントリーしてたら是が非でも棄権させてもらうよ」


 腹をくくった? 負ける前提で渦中に踏み込む?

 どういう事なのじゃ?


「あそこまで密着して『魔蜘蛛の糸』を張り巡らせたら微細な動きでグランダル氏がかわして加減する事も出来ない。どうしても大きく踏み込まないと防御も攻撃も出来ない……それを分かった上で仕掛けるなんて、本気でアイツらしくないメッセージよね。まあ死ぬ心配の無い状況だからかもしれないけど」

「加減はいらん……そこまで読んだ上であえて罠にかかったグランダル殿も漢よ。くぬう、こういう時に聖職者という身分は不便よのう……我もあの場に立ちたいものよ」

「…………」


 ゾッとする。

 息が止まる。

 師匠に対して、あえて手加減を拒否した……だと!?

 確かに特殊結界のお陰で最低限無事は保証されるかもしれんが、だからと言ってあくま致命を避ける処置、ダメージを全く喰らわないワケではないのに……何ゆえに!?

 その答えは舞台上から聞こえて来た。

 非常に残念な事に……更なる私にとって更なる嫉妬を掻き立てる内容と共に……。


「ほお……つまり“それ”を望むワケだな? 盗賊のギラルよ」

「さすがに応援されて、応えないワケにもイカンのでね……男としては」

「……よかろう“踏み込んで”やろうではないか」


 師匠が名前を呼んだ?

 私ですら嬢ちゃんのままなのに……。

 私よりも先に師匠が相手に足る人物であると、認めた?

 その瞬間私はいてもたってもいられずに、コロシアムの受付へと走り出していた。

 無論、師匠の100人抜きの最終日に自分も参加する為に……。



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