第百六十話 油断を誘えぬのならば……

 あの短時間で疲労困憊、汗でびっしょりなのにどこか晴れ晴れとした表情で戻って来たカチーナさんは舞台袖で待っている俺に向かって笑いかけて来た。


「いや~、さすが達人の実力はとんでもなかったですよ。完全に子供扱いされてしまいましたよ」

「あの化け物相手に短時間でも持っただけ、かなりのモンだと思うけどね……。自分が次じゃ無ければ拍手でコングラチュレーションって言ってやるとこだったけど」


 皮肉交じりのそんな事を言ってやるが、カチーナさんは悪びれた様子も見せずにニッと笑って見せた。


「一番身近な私の戦いを先に見たのだから、貴方はただで転ぶ男では無いハズです。勝利などと無茶を言う気は無いですが……何かは仕出かしてくれると信じておりますよ? 我らがリーダー?」

「……それも結構無茶振りだと思うけどね」

「がんばってください、ギラル君」


 俺を巻き込んでエントリーを先にしたのは“こういう意図”もあったという事か……。

 たまに思うが女性の声援と言うのは卑怯だよね……嫌でもやらなきゃ行けない気にさせられる。

 ましてそれが一番親しい、一番気になっている女性からだとすれば……。


「ま、ボチボチやってみますかね」


 俺はザックの上から触れて、今所持している道具を確認する。

 七つ道具、それは盗賊として自らに必要な物をコンパクトに所持している事の総称であって確実に七つと言う事でも無く、状況によって変える事もあるのだが……俺に限らず盗賊シーフが携帯している物で武器と呼べる物は結構少ない。

 そもそも冒険者としての盗賊の主な役目は索敵、探索、援護、そして逃亡であるからで、武器関係も意表を付いたり足止めして逃げる類が多いのだ。

 似たような動きをする暗殺者アサシンなどなら毒薬を使ったりで殺傷能力を上げるのもアリだけど、正直俺は援護の際に仲間に当たるかもしれない範囲でその手の方法は怖くて使う気にはならんのよな……。

 そんな感じで今俺が所持している、武器として扱える道具はいつもの『魔蜘蛛のデーモンスパイダーの糸』『鎖鎌』『鉄釘』、そしてスレイヤ師匠から受け継いだダガーくらいか……。

 自分の今の状況を確認しつつ舞台上に上がる俺だったが、上がった瞬間に『気配察知』を意識する間もなく、否応なく全身の神経が警戒してしまう。

 やべぇ……短刀術と剣術の違いとか関係なしに、どうあがいても絶対に勝ち目がない事が分かってしまう圧迫感。

 それは今完全に、目前の鈍重に見えるフルプレートの冒険者ただ一人の間合いに入ってしまったからだと感じた瞬間、盗賊の本能に従って一瞬体が逃亡にシフトしかけるのを慌てて自制する。

 同時に、分かっていた事だけど再確認出来てしまった。

 グランダルは動けないワケじゃなく“動いていない”だけである事を……。


「……弱者に対して余裕こいでるパターンなら付け入れる隙もありそうだけど、残念ながらそういう上から目線でもないんだよな」

「…………」


 神様に“獅子はウサギを狩るにも全力を尽くす”みたいな話を聞いた事があったけど、どうもそんな感じでもない。

 あえて言うなればカチーナさんが言っていた事がそのまま当てはまるような……。


『挑戦者ナンバー91番、Cクラス盗賊ギラル、前へ』


 そんな事を考えている内に司会に名前を呼ばれた俺は、意を決してグランダルへと真っ向から対峙する。

 ……ヤバイな、向かい合えばより一層分かるが、リリーさんと軽く議論した間合いに入らず援護と言う考え自体が既に間合いに中にいる事を考えると全く当てはまらない。

 向こうがその気になったら一発で終わりなのは、これまでの挑戦者含めて全員に言えるけど全く変わりが無い。

 さっきカチーナさんは礼節を持って開始前に礼をして、グランダルもそれに習って礼を返していたが……俺はコレから自分がやるであろう戦法を考えると、お行儀よく挨拶する気にはどうしてもなれない。

 ハッキリと小細工が通用しないからこそ、カチーナさんは自分の戦法も性格も含めて開示する意を込めて礼をした。

 だったら俺がするべきなのは……。

 そこまで考えて、俺は引けそうになる足を押しとどめ、引きつりそうな顔面に無理やり笑みを浮かべて……親指で自らの首を掻き切るという分かりやすい挑発をして見せる。

 当然だが見ていた観客たちからは怒号に近い罵声や怒声、そして僅かばかりのガラの悪い同調の声などが一気に爆発した。


「てめぇ!! Cクラス如きが舐めてんのかコラアアア!! 失礼すぎるぞ!!」

「ガキが粋がりやがって! ブチ殺せグランダル!!」

「うおお! 上等こきやがったあああ!! 殺っちまえ! もしくは殺られちまえ!!」

「ギャハハハ! いいぞいいぞ、これでアイツも瞬殺決定だ!!」


 いや同調もねぇ……グランダルのファンは元より面白みも無く勝ち続けるルーティンに飽きた連中であっても誰もが俺が敗北する事を前提で声を上げている。

 内容から今の俺と同じように挑発行為を粋がってやった挑戦者はいたようだが……。

 だが一応は試してみたものの、やはりと言うかグランダルに変化は見られず、怒りも動揺も誘う事は無かったようで、相も変わらずクソ重たい剣をフルプレートをを着たまま構えている。

 ……どうやら、正確に俺なりの挨拶を受け取った様子だ。

 すなわち“小物が策を講じて小細工するぞ”という、俺は絶対に真っ向からは行かなと言う宣言をだ。


『始め!!』


 そして司会が開始の合図をした瞬間、全身を特殊な結界が覆う。

 個人個人の耐久力を分析した上で、殺傷可能な攻撃を受けたと判断すると破壊されるという、まさに試合の為に開発されたような防護結界。

 この結界が使用される場合、破壊されてなお追加攻撃を加えるのは反則扱いになるのだが……今日に限っては俺が心配する事案では無い。

 俺は開始と同時に前に突っ込んだカチーナさんとは逆に後ろへと飛び『ザック』から取り出した釘を投擲、更にグランダルを中心に左回りに走り出した。


「…………」


 投擲した数本の釘に対して特に大きく動く事も無く、相変わらず剣を構えたまま、しかし走り回る俺に対しては確実に正面を向いて来る。

 あくまでもゆったりと、そして流れるような動きで。

 そんなグランダルに対して俺は2回3回と次々に走りながら投擲を繰り返して行くが……当然動かない男に走り回る俺が釘を投げ続けるような地味な戦いに観客が納得するはずも無く、開始からそれ程立ってないにも関わらず俺に向けた罵倒が更に大きくなる。


「ああ!? てめぇあんな上等こいておいて何だぁそのセコイ戦いは!?」

「ビビってんなら最初から出てくんじゃねぇ!! 斬られるのが嫌ならお家でママのおっぱいしゃぶってやがれ!!」


 バカを言ってくれる。

 ビビっているのは当たり前だが、近付こうと間合いを取ろうと舞台上では大して違いが無い事など分かんないだろうに。

 オマケに罵倒する観客とは違ってグランダルは相も変わらず油断してくれる様子は見えない。

 それはさっきから投擲している釘が一つも金属音を立てていない事で分かる。

 あの巨大なフルプレートを着ているクセに、一度も投擲した釘が当たっていないという事の証明であって……本当に無駄なく最小の動きで全てをかわしているから、まるで釘がグランダルを通り抜けたようにも錯覚してしまう。

 投擲の釘の威力などたかが知れている……あれ程分厚い鎧だったら、かわさずに弾き返してしまえば済むのに。


「そして投擲に構わず、一足飛びに切り込んで来れば一撃で終わるだろうに……な!」


 試しに連投、一投の陰に隠して投げる、跳弾を利用するなども試してはみるものの、相変わらずグランダルは目立った動きも無く……ただただこっちを正面から見据えていた。

 そして一時的に足を止めた俺に、グランダルは淡々とした口調で言った。


「……準備は終わったか? 小僧」

「………………」


 そう言われても……特に驚きも焦りも感じない。

 バレてないとは俺も最初から思ってなかったからな……。


「分かった上で、準備が整うのを待っているとか……さすがAクラスは余裕っスな。こっちとしては罠にハメてやった感が無くてガッカリっスけど?」


 しかし皮肉を込めてそう言ってやると、フルプレートで全く見えないけど、自嘲気味に苦笑したような表情が見えた気がした。


「気を悪くしたなら済まんがな、ワシも少々事情があるでな……。実力も見ない内から打倒すワケにもイカン」

「へえ……そうかい!!」


 倒せる前提……仮に勝つ見込みがない事は俺自身分かってはいるとしても、やっぱりそんな事を言われてイラっとしてしまう未熟な俺は、感情のままに“仕込んだ”糸を一気に引っ張った。

 その瞬間に舞台上に一本一本、釘の投擲と共に張り巡らせていた『魔蜘蛛の糸』が一気に現れて舞台上にグランダルを包囲する蜘蛛の巣が出来上がった。


「「「「「「うおおおおおおおお!!!」」」」」」


 途端に盛り上がる観客たちは現金なモノだ。

 分かりやすい派手な演出が起こればこんなもんなんだから……。

 盗賊にとってコロシアムなど平坦な場所で戦うのは完全に不利、近接戦の技術で日夜武器を振るっている連中の技量に敵うワケが無いからな。

 だから有利な上下の動きも交える事の出来る環境が必須になって来る。

 俺は早速グランダルの頭上に張った糸へ飛び乗って、グランダルの背後へと回った。

 そう背後に……この蜘蛛の巣はグランダルの細かい動きすら制限する効果もあり……これまでほとんど動かずに対処していた“いつでも正面を向く”という動きが出来なくなるのだ。

 ただ……それが出来なくなったという事だけで、有利になったワケでは無いのだが。

 背後に立てた……一見バトルでは有利に思える状況なのに、さっきよりも汗が噴き出して来る。

 頭よりも体が先に理解しているのだ。

 俺が檻に入れたのではない……俺が檻に足を踏み入れたのだという現実を。


「ほお……つまり“それ”を望むワケだな? 盗賊のギラルよ」

「さすがに応援されて、応えないワケにもイカンのでね……男としては」

「……よかろう“踏み込んで”やろうではないか」


 油断を誘えない格上相手に、手加減すらもはぎ取る暴挙……こんなもん実戦では絶対にやらねぇぞ。

 俺は刹那の瞬間に意識が飛ばされない事を願いつつ、ザックから『鎖鎌』を取り出した。




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