第百五十九話 やっぱギラルも男の子である

『では挑戦者ナンバー90番、カチーナ選手前へ!』


 司会者の掛け声の元、カチーさんは舞台に上がって行く。

 その様は凛としていて気負う様子もなく、出で立ちはスレイヤ師匠譲りの盗賊ルックなのに、まるで騎士の鎧をまとっていた頃を彷彿させる佇まい。

 ……仲間を勝手にエントリーしてしまうお茶目さは鳴りを潜めている。

 段々とこういう友達には遠慮しなくなって来た的な親しみやすさは悪くないけど、今日発揮せんでも……とは思いつつ俺は舞台袖から彼女を静かに見守る。

 対するグランダル氏もそんな雰囲気を感じ取ったのか、一度大剣を地面に置き……そして互いに対峙すると同時にどちらからともなく、礼をする。

 それは、いわゆる騎士同士が決闘をする時の所作であり、実戦を謳う冒険者の中にはその手の作法は不要と断じる者も多いのに、最上級のAクラス冒険者グランダルは何の気なしにその作法に則る。

 そんな荘厳なやり取りにさっきまで口汚いヤジを飛ばしてた連中も一瞬口を噤み、コロシアムに静寂が訪れた。

 その所作だけで分かる……やっぱり相当強い。

 やがて大剣を拾い直して構えるグランダルに対して、カチーナさんはミスリル製カトラスを抜き放ち逆手に構えると極力姿勢を低くする。

 それは彼女が初動で最も速く突撃する為の構え、元々が王国軍でロングソードを持っていた彼女は長い事グランダル氏と同様に正眼に構える事が多かったけど、冒険者として俺たちと行動するようになってからはスピード重視で“斬り抜ける”事に特化した動きでカトラスを逆手に構える事が多くなっている。

 百戦錬磨の剣士に対して、現在の自分の持てる最速の攻撃……か。


『始め!!』


 そして静まり返った会場の中、司会の声で戦いの火ぶたが切られると、その直後に金属のぶつかり合う音が聞えたのと同時に、カチーナさんはグランダルの背後に立っていた。

 前の試合ではこの時既に決着はついていて、同じような状況の対戦者は倒れ伏したが、カチーナさんは即座に翻り、再び構えを取った。

 額からすでに大量の汗を流しているという変化はあったものの……。


「…………上手い」

「お前もな、小娘」


 初めて聞いたグランダルの声は男性、しかも年嵩を重ねたモノに聞こえる。

 超重の剣と鎧を扱うような感じには思えず、そっちの方で驚いたのだが、観客たちはカチーナさんが一合のみで終わらなかった事に歓声が上がる。


「うおおおおお! やるじゃねぇか!! 今度こそ倒せええええ!!」

「その鎧野郎をちょっとでも動かせやあああああ!!」


 観客の声の内容で、グランダル氏はここまで碌に動く事無く対戦者を下していた事は明白だ。

 盛り上がりに欠けるからこそのヤジだったのは分かるがな。


「クラスの低い未熟者なら手数を増やして斬りかかって……頃合いを見ての一撃、高い者なら必殺の一撃を見切られて一撃だったからな。今日の百人抜きを始めてから本当の意味で一合目を切り抜けたのは初めての事だぞ。アンタの相棒は良い腕をしているようだな」


 そんな事を言いつつ、舞台袖で順番を待っている俺に声をかけて来たのは、88番で倒された剣士の男……確かヨハンとか言ったか?


「Cクラスって事だけど、腕の方はそれ以上だろ? まあ、あの達人にとっちゃ変わらんかもしれないがな」

「……って事はアンタにも見えたワケか、今の」


 壁に寄りかかる格好をしながら、ヨハンは神妙に頷いて見せた。


「初撃、斬り抜けようとした彼女に最小の動きでかわした後、柄尻を頭に叩き込もうとして、それを予期した彼女が首をひねって柄尻をいなし、横回転を加えて踵を当てようとした……のをグランダルが一歩引いてかわし、振り下ろされる剣よりも速く彼女が前に抜けて安全圏まで到達した……とこまではな」

「……初撃を予期できたのは、先にアンタの試合を見ていたからだろうな」

「そいつは……光栄だね」


 そう言いつつヨハンは柄尻を喰らったこめかみの辺りを押さえて苦笑する。

 その様子に悔しさや気負いを感じる事はなく、ただ起こった現実を分析して血肉にしようとする、実に冒険者として相応しい姿勢を見せる。

 ……やっぱコイツは相当強いな。

 俺は直感的にBクラスの名乗りは伊達ではない事を悟った。


「相棒には悪いが、見た通りグランダルはほとんど動いてないのに対して彼女は全身使って動いた結果ようやくって感じだけど……消耗戦になったら勝負にならんだろ?」

「体力的には一日中走り回っても問題ない体力オバケなんだが……アレを見ている限り精神力の消耗が半端じゃなさそうだ」


 互いに必殺の攻撃の瞬間をやり取りする駆け引き……達人同士がそれを行うと完全に先読み合戦になるものだが……。


「さっきのアンタを教訓にして考えてから動くより、考える前に動く選択をしたらしいから……そっちの消耗はアンタよりゃマシかもしれんが」

「ははは、まあ終わってみれば考えるより動いていた方が良かったと思うけどな。下手な考え何とやらと言うかな」

「……アンタの現状を見れば笑うに笑えねぇよ」


 ヨハンは動かずに駆け引きをして、カチーナさんは動きながら駆け引きする事を選んだ。

 やってることは違うのに、実は似たような事をしていると言うのが何とも奇妙な感じだが、最後に選んだ初撃突進に全ての力を集約したらしきヨハンは、今右足を庇って壁に寄りかかっている。

 次の攻撃に支障が出る事すら分かった上で右足を犠牲にしたというのに、それでもあの達人には届かなかったという事なんだよな。

 自分より上のBクラスの剣士の渾身の一撃が……。


「あ~~~~マジでやりたくねぇ……」

「何だお前、自ら志願したんじゃねぇの? 賞金目的に」

「……今絶賛バトル中の人にお願いされて……渋々」

「アハハハ! そいつは頑張るしかないなぁ色男。女のワガママを聞くのは男の甲斐性ってか? イテテテテ……」


 俺が嫌そうな顔を隠す事なくそう言うと、ヨハンは腹を抱えて笑い出した。

 痛めた右足を庇いつつ……。


「シッ!」

「………………」


 俺がそんな無駄口を叩いている内に、壇上では再び両者がぶつかり合う攻防が始まった。

 一見すると斬りかかるカチーナさんに対して、待ちに徹するグランダルが受け流しているようなやりとりなのだが、何度となく繰り返していくうちにさっきまではヤジを飛ばしていた類のガラの悪い観客たちにもグランダルという達人の異様さが伝わり出す。

 2合3合と斬りかかるカチーナさんのスピードは言わずもがなだが、間髪入れずに切り返し、ほぼ180度後方に回っているというのに確実に“正面”で攻撃を受けれるということ自体が特殊なのだという事に……。

 そして当然のように回数を増すごとに駆け引きのレベルも高度になって行き……一瞬切り返す足が鈍ったかに見えた瞬間、わずかにグランダルが突き出した膝がカチーナさんの脇腹を掠めたのだった。


「グッ!?」


 そしてその一撃は直撃こそ免れたものの、カチーナさんの俊足を半減させるには十分だったようで……次の返しで彼女は斬りかかる事が出来ず、姿勢を低くしたまま止まってしまった。


「ハア……ハア……ぐく……」

「…………」


 さっきとは比べ物にならない程の汗を流して、こんな短時間では考えられない程に息を切らしてだ。

 それほどまでに今の攻防だけで体力と精神力を削られたのだ。

 フルプレートを纏った相手では鎧を上回る威力を叩きつけるか、そうでなければ鎧の継ぎ目や隙間を狙うしか無いのだが……当然後者に当たるカチーナさんは横や背後に回る事が出来なければ難しい。

 そして重量のある鎧の他、バカデカい剣を持ったまま正面を向いて構えを維持している事には……最早言葉も無い。

 ドレルのオッサンが言っていたが事だが『剣は振り下ろすよりも止める事の方が重要なのだ。どんな体勢であっても刃筋を立てて切り返せるのは至難の技、支える確かな手首を鍛えるには途方も無い年月がいる、未熟なヤツが同じ事をしようとすればたちまち手首がねじ折れる』と……。

 そんな芸当をあんなバカでかい大剣で可能にするとは……な。

 そして、そんな達人との差を、形は違えど同じ剣士であるカチーナさんが分からないハズもなく…………大きく息を吸い込んで息を整えた彼女はカトラスを鞘に納めて、静かに礼をした。


「フ~~、参りました」

「………………そうか、中々の俊足ではあるが、まだまだ素直過ぎるな。精進する事だ」

「御指南、ありがとうございます」


 カチーナさんがアッサリと敗北を認めた……その瞬間、何故か俺の心の奥底でチクリとした痛みがわずかに走った。

 ハッキリ言えば実力が及ばすに負ける事は分かり切っていたのに。

 コレは試合であり敗北が死につながる類では無い事は分かっているのに。

 カチーナさん自身が納得している事も分かるのにも関わらず……。


「…………何か……気に喰わない」


 不意に俺は、誰に聞かせるでもないのにそんな事を口走っていた。

 隣で聞いていたヨハンが苦笑を浮かべていた事にも気が付かずに……。


「ま……男の子はそうじゃなきゃな」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る