第百五十八話 大剣の達人と大剣の弟子

「オラオラオラ、何お見合いしてんだよ! ビビってんのかぁ!?」

「怖気付くなら最初からエントリーすんじゃねぇヘタレが!!」

「それでも冒険者のつもりか臆病者!!」


 コロシアムの観客席に入った俺たちがまず耳にしたのは歓声ではなかく罵声。

 剣を構えて舞台上で睨み合う二人、と言うよりは挑戦者であろうロングソードを構えた剣士に対するヤジの数々。

 舞台上に設置されたボードには『88』と書かれている事から、彼は88人目の挑戦者と言う事なのだろうが……どれほど罵倒されようとも彼の耳にそんな雑音は届いていなそうである。

 剣を構えて冷や汗を流しつつ見据える先に立つ人物だけに集中していて……。

 最強の剣士と名高いAクラス冒険者グランダル、初めてみたその姿は武骨の一言。

 黒に近い重そうなフルプレートで全身も顔も晒している場所は無く、更に正眼に構えているのは刃渡り2メートルは超える巨大な大剣。

 今までも大きな剣は見た事あったが、これほど巨大な剣は見た事が無い……と言うか、そもそも武器として扱える気がしない。


「さっきのDクラスのヤツの方がよっぽど攻めてただろうが! お前本当にBクラスなのか? その剣は飾りじゃねーだろうな!?」

「扱いも分からねえなら売り飛ばして酒でも奢れよヘタレ!!」


 そしてただ対峙する状況に面白くないのか、観客から更に口汚いヤジが飛んでくるが……よく見ると会場内でその戦いを黙って見ている連中もチラホラと。

 かくいう俺も、舞台上の睨み合いに……思わず息をのんでしまう。


「あれでヘタレとか……分からないのはある意味幸せだな」

「そうであるな……むしろ対峙出来ているあの者をこそ褒めるべきである」


 怖気付くなどとんでもない、彼は既に何千何百と攻撃を試みている。

 その悉くをあんなに鈍重そうで、一見全く動いていないようにに見えるグランダル相手に、全て出先で潰されていて……動かないではなく動けないでいるのだ。

 それは遠目で俯瞰から見ているからこそ分かる事であり、実際に対峙したらそれこそ攻めあぐねる事は間違いない。


「なんつー無駄の無さ……間合いに入れる気がしねぇ」

「全方位に目が付いていると言われても信じてしまいそうです。姿勢も一切崩れませんし」


 得物は微妙に違うが同じ剣士としてのカチーナさんも、それだけでグランダルを名乗るフルプレートの剣士の実力の片鱗を見たようだ。

 そして観客のヤジの中、永遠にも思える睨み合いは一瞬にして崩れる。

 次の瞬間には対峙していたハズの剣士が、グランダルの背後で倒れ伏していたのだから。


『!? 結界の消失確認! 勝者、剣士グランダル!!』

「ああ!? ふざけんな! たった一回の斬り合いで終わりとか、八百長じゃねぇのか!? アイツ何もしてねぇじゃねぇか!!」

「お遊戯会見に来てんじゃねぇんだよ! 斬り合え! 殺し合えバカヤロウ!!」


 そして遅れて勝利宣言するアナウンスに、観客たちから更に罵声が巻き起こる。

 基本コロシアムに来るような連中は血沸き肉躍るバトルを望んでいるものだから……分かりやすい見世物でなかったなら、不満は仕方がない。

 だけど正直……分かる側、見えた側としては鳥肌が立った。

 挑戦者の剣士は破れかぶれではなく、小細工は無意味である事を悟って、おそらく自身にとって最速最強の一撃を仕掛けたのだ。

 それはヤジの中にあったBクラスという事を偽りでないと証明するにはふさわしいほどのスピードで、何だったらカチーナさんのスピードにも匹敵するほどでもあった。

 だけど、そんな最速の斬撃に対してグランダルは剣を構えた姿勢はそのままに、摺り足で最短の動きで紙一重に斬撃を捌いたかと思うと、すれ違いざまにコメカミの辺りを柄で殴りつけたのだ。

 しかも相手が結界を失い、怪我せずに気絶するほどのギリギリの力加減で……。

 素人にはグランダルが全く動いていないように見えても仕方がない、実際にほとんど動いていないし、スピードが特別に早かったワケでもないからな。

 軌道も力も見切った上で最短距離のみを動く読みの鋭さ、達人のみが到達できる究極のカウンター、後の先を見せつけられたのだ。


「ギラル殿、『気配察知』で五感を研ぎ澄ます貴殿になら出来るか?」

「……出来るワケね~だろ。あんな重そうな鎧と剣付きでよ。逆にアンタなら何とかなるんじゃないの?」

「重量なら問題ないであろうが、やはり技術が追い付かん。むむむ……やはりエントリー出来ぬものか……もどかしい……」


 そして、その事を分かった上で尚も対戦を希望し歯噛みするロンメル氏……ある意味筋金入りでいっそ感心する。

 正直俺は今の光景で直接対峙するという発想は欠片も湧いてこない。

 仮に敵対するとしても支援職としては近接戦を任せて間合いの外からチクチクやって行くくらいしか思いつかないしな。

 似たような事を思ったのか、リリーさんは一筋の冷や汗を流して聞いて来た。


「ギラル、アンタならどう攻める? 逃亡は無しにして」

「……間合いに絶対入らない。ただグランダルの間合いがどの程度なのか判断は付かないけどね。少なくともタイマンは避けるな」

「同感……私も近距離を任せた上での超遠距離狙撃しか思いつかないよ。今のところカウンター狙いのみだけど、攻め手が苦手とも思えないから私なら少なくとも500は距離を取るかな?」


 狙撃主体とは言え脚力もあるリリーさんがそこまで断言するか……だとすると俺も近距離に詰められたらどうなるか分からん。

 ちょっとだけ100万に釣られそうにはなっていたもののエントリーはしないで良かった、やはりここは戦術的撤退……盗賊の出る幕ではない。


「今の一合のみで師匠の力をそこまで読み切るとは……そなた等も中々の遣い手と見えるのう」


 俺がそんな風に敵対するのは絶対にゴメンと固く個々の中で誓っていると、不意に隣から声をかけて来た者がいた。

 その人物は目深なフードで顔を隠しているが女性、それも結構まだ幼い……頃合いは十代前半と言えるくらいだろうか?

 顔は見えないけど銀色に輝く髪が見え隠れしているが……って言うか師匠?


「……生ける伝説の最高峰の我流剣士グランダルに弟子がいたとは聞いた事が無かったけど……お弟子さん?」

「……憧れて勝手に呼ばせてもらっているだけじゃ。何度頼み込んでも了承を貰えてはあらんがな」

「ありゃりゃ……」


 これも強者につきまとうお約束とも言えるか。

 強いという強烈なスキルは分かりやすく人を魅了して、何よりも若者であればあるほど憧れるのは定番の流れ。

 見てみると彼女も背中に体格に合わない巨大な剣を背負っていて……どう考えても体格に合ってないだろうに、憧れの人物に形から近付こうとしているのが伺える。

 以前の自分に合ってないロングソードを使っていた頃のカチーナさんと似たような武器選択ではあるが、彼女は望んでそういう武器を選んでるのだったら……そこに口を挟むのは野暮と言うものだろう。

 …………しかし規格外の大剣に銀髪? 彼女の容姿について何か引っかかるモノを感じたのだが…………はて?

 そんな事を考えている内に、いつの間にか始まっていた89人目の挑戦者がアッサリと場外に吹っ飛ばされるのを目の当たりにする。

 今のやり取りでもグランダル氏はほとんど動いていなかった。

 対戦者の突進力を利用して最小限の動きで受け流し、場外へと投げ飛ばしたのだ。

 今のですら自身の膂力はほとんど使っていないのが伺える……石ころを投げるくらいじゃ無かろうか?

 まさに達人……現状で俺が逆立ちしても勝てないのは調査兵団のホロウと似たようなもんだけど、向こうは幽霊とか化け物の類の恐怖だけど、こっちは経験の深い先輩としての力量であり……恐怖もあるけど感嘆の方が先立つ。

 ……弟子志願の少女がいてもおかしくないくらいに。


「流石はグランダル師匠! やはり伝説のエレメンタルブレードの所有者として最もふさわしいのはあの方しかありえん! 貴殿もそうは思わんか!?」


 しかし尊敬する剣士の勇士に興奮した少女が口走った事に正直俺は眉を顰めてしまう。

 エレメンタルブレード……それは俺が『予言書』で殺される予定の武器の名前であり、俺にとって印象は最初からあまり良くは無い。

 しかしそれ以上に、伝説の剣が憧れの人物に相応しいと思いたいファン心理も分からなくも無いけど、俺は彼女の“相応しい”という捉え方が気になった。


「さあ……どうかな? グランダル氏のあの経験に基づいた達人の技を見る限り……伝説の剣とかを選ぶような気はしないけど」

「な!? 貴殿も師匠にエレメンタルブレードは相応しくないとういうのか!? 師匠ほどの剣豪は他を見渡してもこの国にも他国にもいない! 目端が利くと思えば、貴殿も所詮血筋などをあげつらって実力を顧みない連中と同じの……」

「アホか、そういうことじゃねぇ」


 俺が否定的な事を口にした瞬間に少女があからさまに興奮した口調になって詰め寄るが、俺は冷静に返した。


「伝承とかでよく“精霊に選ばれた”とか“剣に認められた”みたいな記述があるけどよ、選ばれた側にも選ぶ権利があるって言ってんだよ」

「…………それは……どういう事なのじゃ?」

「グランダル氏のあの戦い方は一朝一夕じゃねぇ、鎧も大剣も含めて自分の戦法として確立するまで相当な年月を重ねたもんだろう? あの実力を伝説程度が選べると思うなっていってんのさ。グランダル氏に伝説の剣とやらが選んで貰えるどうかってな」

「…………」


 そう言うと、フードの少女は戸惑ったように押し黙り……少し考えてから口を開いた。


「……相応しいかどうか、選ぶのは師匠であって私ではない……そう言われるのじゃな?」

「ま、見ての通り俺は盗賊なんでね。一個の武器にあんまり執着しないで使い捨てる事が多いから、武器はあくまで武器。結局は使い手の問題でしかないってのが信条だから剣士との認識は違うだろうけどよ」

「…………」

「まあその辺は同じ剣士としてカチーナさんの方がわかるんじゃね? 俺はあの達人とタイマン張るのは絶対ゴメンだけど、そういう機微はこれから対戦するカチーナさんの方が分かるだろうさ。剣と剣を交えて~とか言って……」


 武器に対する機微とか、一仕事の度に使い捨てる事が多い俺に同調は出来ないからな。

 そう思ってカチーナさんに話を流そうと企んで彼女の方を見てみると……すでに先ほどエントリーしているカチーナさんが隣りで青い顔になっていた。


「な……なんて流麗な……確か剣士グランダルは我流であったはず。にも拘らず正統派に勝るとも劣らない美技」

「おや? らしくないじゃんカチーナさん。今のを見る限り別に殺し合いじゃないし、自分で言っていたように御指南頂くくらいの気持ちで行ってくれば……」

「あ、いや……それはそうなのですけど……」


 俺は軽くそう言ってやるが……何故か彼女は更に顔を青くして、何だか申し訳なさそうな顔を見せる。

 ……なんでしょうか? その泳ぐ目は。

 ……なんでしょうか? この背筋を通り抜けていく嫌な予感は!?

 まるっきり他人事で観戦を決め込み仲間の応援に徹するつもりだった俺は、次の瞬間に彼女の申し訳なさそうな表情の理由を悟った。


『エントリーナンバー90番、Cクラスのカチーナ選手、並びに91番Cクラスのギラル選手、至急選手控室へお越しください。繰り返します…………』


 放送の無いように俺は能面の如く表情を無くして、ギギギと油の切れたオモチャの如くカチーナさんを見ると、彼女は悪戯がバレた子供のように舌を出した。


「カチーナさん…………?」

「い、いや~どうせだったら君の勇姿も見たいな~と思いまして…………」

「…………」


 何故か背後に『てへぺろ』という擬音が聞えた気がして腰が砕けそうになる……何してくれてんだよこの人は!!

 ノリだけであんな達人とタイマン張れとかどんな無茶振りだ!?

 だけど他のヤツならムカつきそうなのに……可愛いなチクショウ!!


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