第百五十七話 ロンメルの観光案内

 脳筋共にとっては重要なのかもしれんが、他人事で考えると正直ど~でもいい。

 ただまあ……知らん仲でもないハゲオヤジがガッカリしている様は何とも言えない気分になるし……率直に言って鬱陶しい。

 元気ハツラツでいられても、それはそれで鬱陶しいがな……。


「ま、まあまあ……化粧臭い白塗りババアどもの住処に行かなくても良くなったと考えればある意味運がよかったんじゃないっスか?」

「……む?」

「ほら、肉体的な負荷ストレスは筋肉の増強に不可欠かもしれんけど、精神的負荷は筋肉にとっても良くないんじゃないかな~って」

「むむ、確かに……精神的な事でやせ細り肉体を失う者は数多い。あのような化粧お化けと脂肪タンク共がひしめく場に赴くのは筋肉に宜しくないかもな」


 ……納得するんかい。

 本気で適当に口走っただけだというのに……そんな俺の慰め(?)にロンメル氏は深く頷いた。

 結局は全ては筋肉が中心の生き物なのだろうか? このハゲ親父は。

 それからは単なるお食事会、アレからもローストチキンの追加を頼むロンメルを横目に俺たちもランチを頂きつつ、互いの近況を報告し合う事になった。

 向こうの用事はさっき聞いた『伝説の剣の公開』に合わせての訪問であり、どうやら俺たちがザッカール南方で寄り道している間に先を越された形になったみたいだ。


「ファーゲンから三日で!? やるのう……我らは走破に5日かかったというのに」

「そこは俺たちの専売だから、負けてやるワケには行かないっスね。って言っても道順を進んで馬とか交通手段も使わないで五日も相当だけど……」

「足腰は全ての基本、それはどの職種でも変わる事はないという事である。我のような体躯では長距離に難があるのが欠点だがなぁ」


 現状の彼らで最もパワーがあって重たいのがロンメルなのは間違いない。

 だが馬力と突進力、短距離には絶大な力を発揮するその筋肉は長距離の移動には重りになるから、そういう場合は最も遅くなってしまう。

 別に急がなければ良いだけなのだが、些細なスピードでもロンメルには重要な案件なのだろうか?

 と、少し考えたのだが、静かに食事を続けるリリーさんは“いつもの事”とばかりに口をはさんだ。


「ギラル~、あんまりその手の話に乗っかんない方が良いよ。この人は自分の欠点も分かった上で長所を伸ばす事を選んだんだから。むしろ自分の選ばなかった鍛え方をする新たな好敵手が現れる事を虎視眈々狙っているだけだからね。自分よりも持久力とスピードのある、攻撃を延々とかわし続けるような戦い方をする盗賊とかさ~」

「……う!?」


 そんな事を言われて嫌な汗が吹き出し、再びオッサンに向き直ると、オッサンは実に好戦的な笑顔を浮かべやがる。


「何を世迷い事を。我はそんな持久力、スピードを備えた筋肉の盗賊だけではなく、その盗賊に全く遅れずに3日で走破を実現した優秀な剣士と魔導師にも注目しておるぞ! 後衛に隠れたままの軟弱な魔導師とは違う、狙撃手としてのお主にもな」

「おや……それは光栄です。ねぇリリーさん?」

「……藪蛇だったかしら?」


 にかこやか“望むところですよ?”と視線で答える同類な脳筋の方向性であるカチーナさんとは対照的に、リリーさんは心から面倒臭そうに溜息を吐いた。

 何となく、このまま行けば“ではコレから腹ごなしに組み手を……”などと誘われかねないような……。

 危機察知能力とまで語る気はないけど、俺はオッサンが次の言葉を発する前に提案する事にした。


「どれ、腹ごなしに是非とも……」

「そうだ! ロンメルさん、どうせだったらブルーガの有名どころを紹介してくんないかな? 長距離の運動後に筋肉の超回復を促す為には適切な休養を設ける必要があるからね。本日は筋肉の更なる飛躍を目指す為にもクールダウンさせないと……」


 俺は先制のつもりで捲し立てたのだが、言葉の中に聞きなれない言葉があったのかロンメルの顔がクエスチョンマークで固まった。


「超……回復? それはなんであるかギラル殿? 何やら我が筋肉が物凄く重要な情報であると沸き立っておるのだが……」

「いや、勘すら筋肉で完結しないで貰いたいんだが」


 超回復、それは筋肉に負荷をかけて一旦破壊して、再生する時に以前よりもつよく、太くなろうとする体のシステムであると、例によって神様に教えられた知識の一つ。

 ただやみくもに体を鍛えるのは宜しくなく、破壊した筋肉が再生しない内に負荷をかけ続けると逆にダウンしてしまうらしく、筋肉を成長させたければ適切な栄養補給と休息が必要不可欠なのだと……何故か自虐するかのような口調で話していたのが印象的だったが。

 その事を説明するとロンメルのオッサンは腕組みして唸った。


「むむむ……なるほどなるほど、破壊と再生であるか。まさか教義にも唱えられる世界の創造にも筋肉が通ずるとは」

「おっと……そう解釈するんかい」

「それに、我が今まで本能的に行ってきた鍛錬も、今の話が本当であるなら等しく意味があったという事……。我は筋肉が命ずるままに行動したにすぎんのだがな」


 そんな事を言って満足そうに頷くオッサンは、何というか自分の学説が正しかったと証明された事を喜ぶ学者か何かのようにも見える。

 というかこのオッサンは軽く口走っていたが、知識ではなく本能的に何となくでこの巨体を作り上げたというのだから、そっちの方が驚きだ。

 実際本日のオッサンが大量摂取しているのは脂身を少なくしたローストチキンが主であり、酒の類は一切ない。

 本気で筋肉と対話しているんじゃないだろうか? と戦慄すら覚えるな。


「しかしなるほどな、確かに今のギラル殿たちに必要なのは超回復の筋肉の休息……ここで組み手を挑むのは些か無粋である」


 どうやら筋肉を絡めた事情には寛容であるロンメル氏は鍛錬に関する事は諦めてくれたようで、しばし考えると何かを思いついたのかポンと手を叩いた。


「そうだ! 是非とも我も行っておきたいと思っていたブルーガ王国の名物があるでは無いか!!」


                  *


「……んで、ここってワケね」

「ほおおお……ここがかの有名な……」

「らしいっちゃ~らしいけど、一応は聖職者のアンタがこんな場所に来ても良いモノなんか? アンタ等見てると教義の基準がイマイチ分かんねーけど」


 三者三様の反応を見せる俺たちに、嬉々としてここまで案内したロンメル氏は腕組みしながらカラカラと笑った。

 ブルーガ王国最大の娯楽施設とも言われる巨大な建造物、今も中から大勢の歓声が聞えて来るコロシアムを前に。


「あくまでも私闘は禁じられとるから参加する事は出来んがのう。上層部の腹黒共の所業を考えれば観戦くらいは大目に見ても良かろうて」

「……好戦的な大聖女やら格闘僧を見ていると私闘すら禁じている気はしねーけど?」

「金が発生したり見世物にしたワケでも無く、勝敗を求めない戦いなら組手と言い張るのが我らの流儀であるから問題無いのだギラル殿! カカカカ!!」


 実に都合の良い解釈を口にしやがる脳筋ハゲ親父。

 まあ確かに、隠れて犯罪に身をやつし私腹を肥やしている連中に比べれば可愛いモノだろうけど……。

 

「ブルーガ王国のコロシアムは毎日何らかの試合が行われておってな。1対1の戦闘は勿論の事、集団での戦いも開催される事がある。基本試合中は己の耐久力に合わせた特殊結界がなされて、その結界が破られれば敗退となるシステムである。中には結界を使わない真剣勝負を許可する事もあるそうだがな」

「真剣……か」


 安全面を考慮した結界を排する……聞けばやはりやり合う理由は怨恨が絡む事が多く、そっちの方が観客の動員も多いようなのだ。

 あ~んまり俺は見たくね~な~と俺は思ってしまう。

 恨み募る人間同士の殺し合いなど、下手に他人が見るもんじゃないと思うがね……。


「はあ~、ちなみに今日は何をやってるのかな?」

「本日は…………賞金は安いけど一般参加OKのタイマンであるな。武器は何でも良いらしいが…………ほほう、トーナメントではなく一人の剣士への挑戦が主らしいな。どんなやり方でも良いから、その剣士を倒す事が出来れば賞金が100万……か」

「「100万!?」」


 その賞金額に俺とリリーさんの声が被ってしまった。

 前回のアクロウの事件からこっち、金欠状態にあえぐ俺たちにとってはその金額は正に喉から手が出るような大金であった。


「一般参加OKで何でもありの賞金100万って……一体その剣士って何者なんだよ」

「何でも本人の鍛錬も兼ねて腕利きとの百人組み手を実施中だとか…………むお!?」


 大金をかけて鍛錬の為に百人組み手……一体どんな酔狂な金持ちが企画したのかと思っていると、説明文を読んでいたロンメルが驚きの声を上げた。


「流浪の剣豪グランダルだと!? まさか本日は彼の達人が主催であるというのか!」

「はあ!? マジでか!!」

「剣豪グランダルですって!?」

「……誰?」


 オッサンの言葉に俺もカチーナさんも驚愕の声を上げるが、リリーさんは知らなかったようで一人ポカンとしている。

 まあ彼女は魔導僧だったし、冒険者になったのもつい最近……その手の情報に疎くても仕方が無いのかもしれないが……。


「剣豪グランダル。定住地を決めずに流浪の旅を繰り返し、己の腕試しの為に凶悪な魔物を大剣一つで討伐するAクラス冒険者の中でも最強と謳われる人物です。剣を納める者ならば何時か御指南頂きたいと願う方ですよ!?」

「うは~……ドレルのオッサンが聞いたら泣いて悔しがるぜ。あのオッサンはグランダルの大ファンだしよ~。賞金100万ってのも納得だわな」


 冒険者のクラスもA以降は適当で、後は名前がどれだけ知られているかどうかになって来る。

 グランダルの逸話は最早現代の伝説みたいに言われ、やれ上空の飛竜を一振りで両断しただの、千を超えるオーガの大群をたった一人で殲滅しただの眉唾に思えるものまで様々。


「ふ~ん……凄い人なんだ」


 しかし説明したところでリリーさんは特に興味は無さそうで……クールな反応である。


「あんまり興味無さそうだねリリーさん」

「他人の強さってのが重要なのは敵になるか味方になるか、その時に限るからね。それ以外の力は情報としての興味しか持てないのよね」

「まあ……な」


 彼女の薄い反応に、僅かに盛り上がりかけていた俺もテンションが下がり始める。

 直接剣を、もしくは拳を交えるタイプの二人に比べれば、普段の戦闘のあり方は前衛の補助役の俺とリリーさんの方が近い。

 いわゆる俯瞰で冷静に観察するクセが身についているから、強い人が見れるとか会えるとかよりも接触を避ける、もしくは逃げる方を重要視してしまう。

 対して分かりやすい脳筋属性の二人はと言うと……。


「どどどどどうしましょう!? 一般参加のエントリーは間に合うのでしょうか? 剣士としてはぜひ一手御指南頂きたいのですが!?」

「ぬぬぬう~~~何故コロシアムであるのだ!? 賞金さえ無ければ、観客さえおらねば我にも挑戦する口実が出来たというのに……口惜しい、口惜しいぞおおおお!!」


 早速エントリーしようと窓口に走るカチーナさんは、ほとんど憧れの勇者にサインをもらいに行く子供の如く、そしてオッサンはひたすら悔し気に吠える……。


「そうだ! ギラル殿、この場限りで我がギラルであると名乗れば冒険者としてエントリーも可能ではないか!?」

「出来るか! そんな筋骨隆々な巨体で盗賊名乗れるワケねーだろがい!! 堂々と不正の抜け道画策すんじゃねぇ聖職者!!」


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