第百五十六話 ヤツらはまず筋肉を褒めるべし!
「おおお! リリー殿ではないか! 久しいであるな!! それにギラル殿とカチーナ殿も、息災で何よりである!!」
「「「…………」」」
「ここのローストチキンは最高であるぞ! むう、食す度に我が大胸筋が、僧帽筋が、上腕二頭筋が喜んでおる!! もっと大きく、もっと強くなれると!!」
門番のマッチョレディのお勧めに従い、大通りから少し入った場所にある食堂『バッカス』に訪れた俺たちだったが、入店と同時に予想していた暑苦しいオッサンの声が掛かった事に少々ゲンナリした。
丁度中央のテーブルをたった一人で座り、大量のローストチキンを喰らう筋肉ダルマのハゲオヤジ、聖職者の中でも己の肉体を武器にする道を選んだ
「むむむ!? それ程時が経っておらぬというのにリリー殿、お主鍛錬を怠っておらぬな。そなたの軽量を生かすため、大腿四頭筋と下腿三頭筋が無駄なく絞り込まれているのは明らか…………スバラシイ」
「……その辺にしといてくれない? この脳筋オヤジは……」
相も変わらず見た目だけで他人の体格を把握できる筋肉マエストロ振り。
そんな悪目立ちする風体のオッサンに親し気に声を掛けられただけで、周囲の店員や客たちが“あ~お知合いですか、そうですか……”という視線を寄越してから顔を逸らした。
居た堪れない……。
一瞬“人違いです”と言って回れ右したくなる。
せめて普通に再開を喜べんのだろうかこのオッサンは……。
リリーさんはため息交じりに頭を抱えるが、このままスルーするワケにも行かず……俺たちは日替わりランチを3人前注文して、ロンメルさんの席の近くに腰を下ろした。
「久しぶりっす……そっちも相変わらず見事な筋肉を維持しておいでで」
「ほう、分かるかねギラル殿。さすがは観察眼に優れた盗賊、我が肉体の不変さを見抜けるとは……侮れん!」
軽く冗談を交えたつもりだったのに、何やら感銘を受けたみたいな返事をされて……周りから“うわ、やっぱり同類?”みたいな視線が…………違うっつーの!!
「久しぶりは良いけど……こんな所で何でチキン食ってんのよロンメル師範。一応異端審問官の端くれでもアンタの担当はザッカール国内に限るでしょうに。お隣とは言え気軽に旅行ってワケでもないでしょ? 言えない事情なら聞く気はないけど」
「なに、別に極秘事項と言う事は無いから、心配するなリリー殿」
いい加減話が進まないと判断したのか、リリーさんが一応気を使った口をはさむ。
何となく予想はしていたけど、このオッサンと会話するにはある程度会話をぶった切る必要があるのだろうな……。
ロンメルもロンメルで、そんな扱いを気にした様子もなくリリーさん向き直った。
「無論の事、我らがこの地に訪れたのは教会の用事があっての事。近々ブルーガで伝説級の剣が公開される事になっておってな……国からの要請で我らが光の聖女殿を箔付の為に招待したのだよ」
「伝説級の……剣?」
「おうさ! ギラル殿も男子であれば聞いた事はあろう。世界の危機に異界より現れし勇者が振るう伝説の剣『エレメンタルブレード』の名は」
「!?」
その剣の名前を聞いた途端、俺の背中に冷たいモノが走った。
ブルーガ王国の伝承にある勇者が振るう、聖なる光を纏いし刀身で一度振るえば正しき存在は傷一つ負わず、悪しき存在は死した事すら分からず両断されるという伝説の剣。
そして、それは『予言書』において、モヒカンに堕ちた俺が真っ二つにされた時に童貞勇者が振るった剣の名前。
モヒカンに堕ちた『予言書』の所業なんぞ絶対にする気は無いけど、改めてその存在が知らされると……単純にビビる。
逆に伝説の剣と聞いて、剣士であるカチーナさんの方が興味を持ったようだった。
「エレメンタルブレード!? 実在する剣だったのですか……私はてっきり創作かと」
「カチーナ殿がそう思うのも無理はない。何せ名前だけ残ってはいるものの、実際に使用された記録と言うのは残っておらんらしい。我らがエレメンタル教会と同様、都合よい物語に名が流用されているようにしか思えんからなぁ」
「プロパガンダに創作は付き物でしょ? 教会が大々的に喧伝している歴史上最も偉大で清貧を貫いたって大僧正が、男女問わずに千人斬りを達成した絶倫だったのは上層部にゃ有名な話だしね」
何でもない事のように同じ組織を貶める発言をする現聖職者に元聖職者、しかもこいつ等は元は同じチームの異端審問官でもあったハズなのに。
「……良いのかよ、仮にも現職の異端審問官がそんな教会をなじる事を口にして。一応はアンタは裁く側だろうに」
「だから未だに現役の実働部隊から離れる事が無いのだよ。大聖女も言ってたのではないか? “現実が見えてなきゃ続けてられん”などと言う事をな」
「教会が教義を都合よく捻じ曲げているなんて、アンタには今更でしょ? 清貧唱えて食うモノも食わずに実働部隊で働ける体が作れるもんじゃないし」
そんな事を言いつつ、いつの間にか配膳されていた本日のお勧めメニューを食べ始めるリリーさん。
精霊神教の教義には酷く曖昧な表現も多く、悪事の隠蔽に利用される事は多いけど、中には清貧、菜食を唱える一派もある。
別にその考え方を否定するつもりも無いし、人それぞれと割り切ればいいのだが……そういう輩の中には“自分の考えが正しい”として他者にまで強要するのもいる。
更に人間にとって欲に繋がる事、“食欲”“性欲”“支配欲”等々……それらは全て悪であり、自制している自分たちは素晴らしいのだ~と唱えて置いて、実際には陰に隠れてヤル事やってたりするんだからな。
基本的に直情的なロンメルのオッサンたちが呆れるのも無理はない。
「なら、エレメンタル~って同じ名前を冠しているのも何か由来があるのかね? ありがちな伝承で考えれば“エレメンタルブレードが突き立っていた場所に教会建てた”とか」
俺が当てずっぽうにそんな事を言うと、ハゲ親父はまたも豪快に笑いだした。
「ハハハハ! その通り、ザッカール王国の連中も教会もそんな感じにしたがっていて、向こうではそんな伝承を喧伝しようとしておるがの、ブルーガでは『過去現れた異界の勇者が異界から持ち込んだ聖なる剣』としておる」
「世間じゃあんまり気にされてないけど、ザッカールの教会が正式にエレメンタルを名乗り出したのがおよそ200年前で、ブルーガで召喚勇者の伝承が伝えられ出したのが建国の300年前だと考えると……教会が後付けだと思ってるよアタシは」
反対に淡々と冷静に言うリリーさん……達観しとるねぇ。
逆にちょっと盛り上がりかけていたカチーナさんが、ドンドンとガッカリした様子になって行く。
「普通にどんな形状とか、どんな逸話が~とか話になると思えば……そんな伝承ですらガチガチに政治がらみ、利権がらみでは無いですか……夢がありません」
「ま……現実はそんなもんだろ? カチーナさんやリリーさんが辿る人生の方がよっぽど現実感がないやな~」
「……何を他人事のように言っているのです。全ての元凶が」
「ご尤もで……」
俺はカチーナさんのジト目を甘んじて受け入れる。
『予言書』なんぞ曖昧な記憶から、最もフッワフワした人生を歩ませてしまっているのは他でもない、俺自身である。
パーティーの中で最も現実的でいなくてはならない盗賊の俺が、最も現実感の無い事をしている……妙な因果だ。
そして現実的な組織の方としては、同じ名前を冠した剣の公開に合わせてエレメンタル教会きっての『光の聖女』を同伴させる事で箔を付けさせたいと……どっち側に特があったのかは知りはしないが。
と……そこまで話が進んで、俺は肝心な事……と言うか人がいない事に今更ながら気になった。
「あ、あれ? だったら今回もロンメルさん単独じゃなくシエルさんも一緒だったんじゃね~の? 何処にも見当たらんが……」
「正確には我含めて三人だ、リリー殿の空いた穴は可愛い妹御が埋めてくれておるでな」
「そう……来てるのね、あの娘」
リリーさんの妹……そう聞いたリリーさん自身はちょっと嫌そうな、でも嬉しそうな……何とも複雑そうな表情を浮かべた。
今回の俺たちの目的の一つでもある聖女見習い、トンファー常備の動けるシスター『イリス・クロノス』。
超遠距離主体のリリーさんと違って、今までとは相当陣形を変えないといけないだろうな~とは思うが、このオッサンとシエルさんだからな……現在の陣形は超接近戦に偏っている事だろう。
まあそれは良いとして……。
「で、その二人はどこ行ったんスか? 見たところ食堂にはいないみたいだけど」
「実は一般公開はまだ先であるがな、貴族連中など上層の輩には先駆けてお披露目する事になっておってなぁ。あの二人はザッカールの使いとして城に招待されておるのよ」
「…………は? つーか、だったら何でアンタこんな所でチキン喰らって筋肉の増量に勤しんでんだよ。聖職者として招待なんだったらアンタも同様だろう? 幾らあの二人が化け物じみて強いと言っても、形だけでも護衛は必要だろうに」
何故か珍しく拗ねたようにいうハゲ親父の説明が、一瞬理解できなかった。
別に城に招待されるのは良いし『エレメンタルブレード』の添え物として彼女たちが招集されるのも分かる。
だけど同じように教会から派遣されたはずのオッサンが何ゆえに別行動?
「……もしかして、ま~た正装を持ってなかったからとか?」
「見くびるでない。前回と違って今回は急では無いからキッチリと着る事が出来るタキシードをあつらえておった。中々値は張ったがな」
「?? じゃあ何で……」
「……聖なるエレメンタルブレードのお披露目に、美しく清らかな相応しい女子が二人であるのに、暑苦しい巨体の男は相応しくないそうでな…………急遽代役を向こう側に用意されてなぁ……」
「「「…………」」」
本当に珍しく、あの豪快なロンメルさんが落ち込んだ様子を見せる。
しかし失礼な処置とは思いつつ、向こう側の意図も分からなくも無いのがなんとも……。
聖職者として公開に同伴された時、主役はあくまでも剣であり付き添いの者は添え物としてある程度控えめでいる必要があるからな。
このオッサンは良くも悪くもアクが強すぎるのだ。
色んな意味で主役を食ってしまいかねない程に……。
「今回タキシードを特注して見て初めて知ったが、正装は正装で良いのだ。あのピッタリした服装は我筋肉をより一層引き立ててくれる。違った筋肉を見せつける日を楽しみにしていたのだがなぁ……」
遠い目をして更にチキンに齧り付くオッサン……。
言っている事が添え物どころかガッツリ目立つ気、まるっきり的外れなのは気が付かない方が良いのだろうか?
「リリーさん? もしかしなくてもこのオッサン、結構見せたがり?」
「見たまんまよ。バトルジャンキーだけど筋肉を称えられる事が至上の喜びってヤツらしくてね。教会内にもこの手の一派は多いのよ……特に
「……これを“何とか派”に分類するのは何か違くね?」
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