第百五十五話 ヤツが、来る!!
ザッカール王国の南方に広がる大森林を抜けて西に移動……口にすると簡単だけどきちんとした舗装された道があるワケでもない森はかなりの距離があり、俺たちは最初から時間がかかる事を想定しながら移動する事を決めていた。
野宿含めて2~3日の移動だったが、それでも森を抜けて一気に景色が開けた瞬間には感動を覚えた。
比較的高台から見下ろす形で広がった街並み……いや国はザッカールの王都に比べれば少々小さく見えるが、それは決して国自体が小規模と言う事じゃない。
実際こんな遠距離だというのに眼下からは様々な喧騒や生活音、匂いが風に乗ってここまで伝わって来る。
そして同時に、俺はこの景色を始めてみたはずなのに一度見た事がある事も思い出す。
数年後に勇者が召喚される、『予言書』の始まりを告げる国である事を。
「よ~やく着いたなブルーガ王国。もうしばらくは森を見たくね~よ……さすがに飽きた」
「言っとくけど、普通だったら一週間は掛けて移動する距離だからね。こんなに早く到着するだなんて、自分でも新記録よ」
妙なもので、俺たちの中で明確にザッカール国外に出た事のあるのは元聖職者にして元異端審問官のリリーさんのみ、生前のドラスケがどうだったかは知りようも無いけど、少なくとも移動距離について知っているのも彼女だけだからな。
呆れたように言ってるけど、自分だってその移動を可能にした本人だという事を忘れてはいないだろうか?
同じような事を思ったのかカチーナさんがクスリと笑った。
「そんな事を言っても、しっかりと付いてきているでは無いですか。その最短時間を可能にしたのは単純に私たちの脚力と持久力の賜物ですよ?」
「そうそう、なんの工夫も無い、単純な事実。自分だけ脳筋共の別枠に逃げようとしても無駄な事だぜ?」
「何だろう……分かっているのに納得できないこの気分は」
ここ最近集中的な鍛錬も出来ていなかったから、この機会に移動距離を走破しようと思い立ち、最低限の水と食料を伴い無理のないスピードで移動する事にしたのだが……ファーゲンの町からここまで、全く息切れすることなく走破出来てしまった事にリリーさんは複雑な思いを抱いているらしい。
「私も元々魔力運用に難があったから色んな戦い方を試行錯誤したタチだけどさ……あくまでも魔導師のつもりなのよね。いや……狙撃者は動き回るから脚力が必要なのは理解しているけど、本職でも一週間の距離をここまで短縮できてしまった事実を思うと……うう~ん」
鍛錬の続きのつもりで、俺たちの移動ルートは王都にいた時と同じく建物も高さも気にしない全くの直線。
妙なもんだけど道を関係なく木々を渡り障害物を避けながら進むやり方は三者三様で、俺はパルクールを駆使した体術で、カチーナさんは縦横無尽に全てを足場にして蹴り続ける稲妻の如き蛇行、そしてリリーさんは己の小柄さと軽さを生かして小枝であっても確実に踏み続ける蝶のような軽業だった。
正直言えば軽業を生業にする盗賊としては嫉妬するほどの見事な体術だったのだが……。
「あのシエルさんの親友してた人にしてはらしくないね。脚力はどんな肉体行動においても基本中の基本。単純に強くなったと思ってれば良いんじゃないの?」
「いや……なんて~の? コレがただ道を走破しただけならそんなに気にしなかったけどさ……アタシ等ほとんど直線でここまで来たじゃん? 木も山も川も関係なしにさ」
「? それが何か……」
「何か段々聖職者や冒険者とかより、怪盗としての技術が上がってるな~って」
「…………」
あ~、そっちね。
確かに単純に強くなるというよりも、この移動方法の一番の利点は侵入と逃亡だ。
本来聖職者が身に着けるべき技術では無いのはその通り、だけど自らが強くなっている事もまた事実……否定も出来ないからリリーさんは思い悩んでいるようだった。
そんな彼女の肩をカチーナさんはとてもいい笑顔でポンと叩いた。
「まあまあ、所詮私たちは死に損なった運命共同体。なるようにしかなりませんって」
「……何かアンタ、吹っ切れたね」
開き直った、とも言えるんだろうか?
『予言書』の可能性が完全に消滅してから、カチーナさんは前と少し印象が変わっていた。
元々彼女も戦闘方法を創意工夫で乗り切って来たタチだったから、この手の体術に偏見も何も無かったけど、何というか……心身ともに“こっち側にきてしまった”とでも言うべきか?
反対に複雑な表情のリリーさんの肩にドラスケが舞い降りた。
コイツだけは完全に上空を飛んでいるだけだから、苦労も何も無かっただろう……微妙に腹が立つ。
『気にしても仕方があるまいて。この男といる以上、盗みは働かなくともその機会は何度でもあるだろうからな。技術を身に着けるのは無駄では無かろう』
「……分かっちゃいるけどね~。慣れてもいけないとは思うワケよ」
普段の様子からノリで生きているようでもあるのに、やはりこの人も聖職者……根っこは真面目なんだろう。
考えてみれば周囲にいたのは性格は真っすぐでも
「なんか今日は考え込んでるね元聖職者? ここ最近は突っ込み役に回ってなかったから余計な事を考え込むんじゃないの?」
「あ~~~~そうかも。そう言われれば私って異端審問官の時は完全にそんなポジションだったものね」
リリーさんの戦闘技術は元々親友のシエルさんをサポートする為に身に着けたモノ。
王都を離れてからしばらく、今まであの人の傍を離れる事が無かった彼女にとっては色々と思うところがあるのかもな。
……その反動でカチーナさんを使って俺をいじるのは勘弁してほしいが。
・
・
・
そんな風に雑談をしつつ、今度はしっかりと道を歩いて……俺たちは目的のブルーガ王国に到着した。
城門には入国待ちの連中が列をなしていて、俺たちが並んだ後にも続々と入国希望の連中が続いて行く。
そして、そんなに待つ事も無く門の直前まで至ると、門番の一人が声を掛けて来た。
その門番は一瞬男性とも思える程筋骨隆々だったが、しっかりと女性で……片手で
まあ、入国審査の対象は男だけじゃないから、身体検査に女性が必要なのも事実。
この人なら並みの成人男性くらいは軽くへし折りそうでもあるがな……。
そんなマッチョレディは片手で俺の冒険者ドッグタグに魔道具のルーペをかざした。
多分、それで自動的に鑑定されるのだろうけど、彼女は確認すると“ヒュ~”と口笛を吹いてニカリと笑った。
「へえ、15歳でCランクかい。将来有望だね」
「あ、ども……」
「しかもパーティーリーダーで両手に花たぁ……やるもんだ色男!」
「ぶふ!?」
カチーナさんとリリーさんを見据えて定番の揶揄いが入るが、すかさずリリーさんが前に出て手を振る。
「何言ってますか姐さん、私は単なる腰巾着……お熱いのは」
「あ~なるほどなるほど、理解したよ。んで? どのくらいまで行った仲なんだい?」
「この前『ツー・チザキ』の祭りで踊ったくらいの仲ですね。あの二人は踊りも意味も知らずにやってたみたいだけど……」
「うお、マジでか!? あの踊りって本来の意味からかけ離れて、今じゃ若い男女の場合、その後でやる事やる為のお誘いって……」
「だああああ! 仕事してくれませんかね門番さんや!!」
早速俺をネタにして少し門番と仲良くなるリリーさん。
こんな下世話な会話ではあるものの、向こうも向こうでこういった雑談を踏まえてこっちの内情を探ろうとしているフシもあり……実は重要なやり取りでもあるのだが。
その事をネタにせんで貰えるかな!?
祭りの翌日に含み笑いで男女ペアで踊る意味を聞かされた俺の身にもなって欲しい。
「? ギラル君、お祭りでペアになった者同士でやらなければならない事があったのですか? あの時は楽しく踊っただけでしたけど……」
「何でも無いです。何でもないから……聞かないで下さい」
そして可愛らしく小首を傾げないでください。
意識しちゃうでしょうが……。
小柄だろうとマッチョだろうと、女性は恋バナで盛り上がれば仲良くなれるとかあるのだろうか?
言っている内容は酔っぱらいの親父臭いけど……。
一通りの会話を終えると、門番のマッチョレディは印璽のような物をドッグタグに押し付ける。
それも一種の魔導具のようで『入国許可』の文字が張り付いた後にスッと消えていく。
「オシッ、これで入国許可! 滞在の限度は1週間だから、延長の時は最寄りの入国管理局に行ってくれ。じゃないと不法滞在にされちまうから。そいから、当たり前だけどくれぐれも問題は起こさないように」
お決まりの言葉を言うと、彼女は横に動いて俺たちに道を譲る……もう入国しても良いという事らしい。
「何か聞いておきたい事はあるかい? 分かる範囲でなら教えてやれるけど」
「あ……それじゃあお勧めの飯屋があれば教えて貰える? 実は保存食での強行軍で腹ペコでね」
実際旅路での食料はわびしいもの。
冒険者にとって美味い飯喰うと言うのは何物にも代えられない特別な時間だからな。
そして、こういう“うまい店教えて”という質問は最も身近な知識自慢でもあり、聞かれて嫌な顔をする者も少ない。
例に漏れず門番の彼女もイイ笑顔になった。
「おお! ならば安くて美味い店なら大通りの二つ目を右に行った所に『バッカス』って大衆食堂があるぞ。懐にも優しいから冒険者や肉体労働者に特に人気だな」
「なんぞお勧めのメニューはありますかい?」
「アタシのお勧めは鳥系だね。ジューシーな上にサッパリと沢山食えるから酒が進んでな。さっき入国した簾中にも勧めたら“筋肉増強に相応しい”って喜んでたし」
「へえ~…………ん?」
何だろう、今の何気ない会話の中に妙な違和感……と言うか嫌な予感が。
そしていると門番さんが腕を組みつつ顔を赤らめ、ちょっと乙女な顔つきになった。
「久々に見たね……あんなに立派な筋肉を持ったイイ男……。聖職者だったけど、一度アタックしてみようかね?」
「…………」
聖職者にして、目の前のマッチョレディが惚れこむほど立派な筋肉を持った聖職者。
俺の脳裏に浮かぶのはたった一人しかいないのだが……。
「良かったじゃんリリーさん。久々に突っ込み役が回って来たかも……」
「…………この流れで喜べるワケ無いでしょ」
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