第百七十四話 無くなっても意外と気が付かない不思議
太陽が西へと傾き徐々に暗闇が城内を覆い始める。
そんな中、魔道具のランタンを手に廊下を崩れない姿勢で歩く侍女が一人。
暗い廊下をランタンの灯のみに照らされるその姿は美しくもあり、整った顔立ちに乱れない姿勢は不気味でもある。
幸いな事にそんな侍女を目にする者はおらず、彼女はゆったりとした歩みで城の庭園前の渡り廊下に辿り着いた所で歩みを止めた。
庭園に咲く見事なバラに目を奪われたように見えなくもない……そんな感じに。
そして丁度同じタイミングで、来賓客用の客室から一人の魔導士が二人の聖女に見送られる形で渡り廊下に現れた。
「では明日、約束の時間に。王女との顔合わせになるのですから、くれぐれも時間厳守でお願いしますよ」
「礼拝の時みたいにギリギリ滑り込みセーフってのは無しにしてよね、リリ姉」
「……古い話を持ち出さないでよ。あたしゃもう聖職者じゃねーし、それに喩えギリギリっでも遅刻は一度たりともした事ないんだから。聞いている限りじゃそのくらい多めに見てくれそうじゃん、件の王女様も」
「私が怒るって言ってんの! 時間に余裕をもって5分前行動!! 良いですか!?」
「へいへ~~い」
国の重鎮が集まる王城の中とは思えない程に気安く緊張感の無いやり取りは、誰がどう見ても友人同士の会話であり、何だかんだ言いつつも信頼関係がある事を感じさせる。
特徴的な武骨な杖を振りつつ“聖女たち”と別れた魔導士は、そのまま城外に出るべく渡り廊下を歩き、ランタンを持った侍女へと近づいて行く。
そして二人がすれ違う時、その二人とは全く関係のない方向……庭園の植木の陰から姿は見えないのに“よく見知った”男の声が聞えて来た。
「……久々の親友と妹との語らいはどうだった?」
「良くも悪くも変わりなく、安心したってところかな? リリーの行動が前よりも脳筋寄りになっている気がするのは複雑だけどね」
「元々素質はあったようですから、素直に元気で良かったという事にしましょう」
侍女に化けたカチーナ、庭園に隠れるギラル、そして堂々と城内を歩くリリーは、今日の集合と情報共有の場所をここと決めていたのだ。
三者三様、全員が全く違う方角を見ているというのにまるで面と向かって会話しているようなやり取りは、最早職人芸とも言えた。
二人とも“こっち側”になれたもんだ……。
「で? 本日の成果はどんなもん? リリーさんは上手く潜り込めたみたいだけど」
「そりゃそうでしょ。アタシに関しちゃ元々昔馴染みなんだから、この町に来てるって知れば接触しないワケないもの」
「まあな……長距離射程の頼れる親友が近くにいるなら呼ばないワケはない。ハーフデッドは魔導僧リリーにとっても因縁の相手だろうし?」
「ふ~~んだ」
まさかその因縁の相手が親友と手を組んでいるなどとは知らないシエルさんとしては、戦力増強ついでにリベンジマッチに誘ってあげた感じだろうから、リリーさん的に今回はやり難い仕事になるか?
しかし、だからこそリリーさんの立場や心情を無駄にするワケにも行かない。
「情報的にはどうかな? 精霊神教の使者側として……」
「う~ん、そうね……今のところシエルやイリスからの又聞きでしかないからハッキリとは言えないけど、王家内部での確執は相当大きそうね。特に王女メリアスの孤立具合はギラルから聞いていたよりも更に酷そう……」
「……つまり家族仲は悪い印象って事?」
「端的に言っても、少なくとも良好とは言い難いかな? 少なくともあの王女が自制目的で最強の冒険者に師事したがるのも納得だよ」
そう言うとリリーさんは王女の状況を慮ってか溜息を吐いた。
その辺は聞いていた通りだし予想通りとも言える。
『予言書』で元々知っていた
「……カチーナさんの方はどうだった? 確か後宮の方へ潜り込んだと思ったけど」
「はい……」
別方向の情報も照らし合わせる為にカチーナさんへ質問すると、彼女は変装用の眼鏡をスッと持ち上げた。
……どうでも良いけど、その仕草に何かドキッとする。
「侍女の配置換えが多いと最初から聞いてましたけど、探りを入れるまでも無く後宮での権力争いは酷いですね。特に正妃と側妃……第一王子と第二王子の母での対立が露骨で、どちらもが“我が子こそが次期国王に相応しい”と主張してます」
「…………?」
そして彼女が潜り込んだ後宮の情報は、王家など上流階級って連中には酷くありふれた状況であり、何だったらザッカールの王宮内も似たようなもんだったから珍しくも無い。
しかし、だからこその違和感がぬぐえない。
「足の引っ張り合いなど日常化していて、互いが互いの派閥を罵るのは当たり前……上に比べて手出ししやすいからか、仕えている侍女たちに敵意が向きやすく、正妃や側妃に怪我を負わされた者は今までも多数……行方のしれない者もいるようです」
「行方知れずって……王宮に努める侍女ってんなら少なくとも爵位持ちの家からの令嬢とかじゃないの? 下手な事をすれば……」
「それが……どちらも国王陛下の寵愛は深く、批判しようものなら家ごと没落した例もあり、どの貴族家も断罪を恐れて訴える事もせず、泣き寝入りしているとか……。ここ最近は次期国王の条件を提示した事でより一層対立が激しく、自主退職を願う者も多いようですね。まあ実家を人質に退職を突っぱねられているようですが」
そういうカチーナさんは明らかに不愉快そうであるし、リリーさんは露骨に舌打ちする。
陰湿に上に何もせず下を不満のはけ口にする……それは俺たちが最も嫌う類の人種であり、夜空に高く放り投げて遊びたくなるボールの素材に相応しい。
しかしその辺のお楽しみは追々考えるとして……俺は肝心な事をカチーナさんに聞く。
「後宮自体の構造と警備体制の方は? 立地的にあんまり逃走経路に使う予定はないけど一応頼む」
「……周辺を確認しましたが後宮の役割上、やはり余り城外へ逃れるための通路はありませんでしたね。どうやっても中央から外宮に向けてでないと避難すらできない造りです」
「む……」
「それに……君が王女メリアスの部屋に持った違和感、警備の穴についてですが、そちらは思いのほか厳重でした。当たり前ですが特に王妃、側妃の周辺は……」
後宮の役割は、当然国王の血筋を残す為に子孫を作る事であるが、逆に言えば違う血筋が入る事があってはならないと考え、女性を軟禁する施設である。
だからこそ出入り口は最小限であるし、万が一後宮で火災などが発生すれば命よりも血筋の為に外に出さない事を優先するという冷酷さが垣間見える。
……正妃と側妃が寵愛を受けていると言っても、果たしてどの程度のモノなのか。
世継ぎ候補の王子二人がいた場所が王宮であった事を考えると、その評価も疑わしく思えて来る。
「……今のところ次代の王子王女は第一と第二、そして王女メリアスしか分かんないけど、後宮には別の兄弟がいたりしないのか?」
「いますね。今日だけじゃ正確な数は把握できてませんが、少なくとも最低3人の王子と2人の王女が後宮内にいます。どの子がどの母親なのか全く把握できませんでしたけど」
「あ~~、その辺はいいや……」
目を細めるカチーナさんに俺は苦笑する。
貴族連中が子育てを乳母に任せるのはよくある事だが、我が子を可愛がるか否かは別の問題だ。
本日の調査で判明した結果を聞く限り、自身に複雑な家庭環境を孕んでいたカチーナさんにとって愉快な結果では無かったのだろう。
しかし俺はそれ以上に違和感、と言うか言いようのない不快感を感じ始める。
まとわりつくような、裏から策を弄して碌でもない事をしようとしている奴が裏にいる時には何故かいつも感じるような嫌な気配。
「……あれ?」
その瞬間、唐突に俺はこのブルーガの城に侵入したから、ずっと目にしていたハズの光景なのに目の前にあるからこそ気が付けなかった違和感にようやく思い至る。
自分でも間抜けな話だが、『予言書』でブルーガ王国の内情は余り詳しく語られていなかった事も起因するが……俺が知っている限り『予言書』のブルーガ王国国王は、唯一王家の生き残りであるメリアスであり……女王である。
当たり前であるが女王は女性であり、『予言書』では償いと己の恋心も合わせて『勇者』に求婚していた事も重なって“それ”の必要性を考える事が無かった。
気が付いてしまったからこそ……俺は専門家に聞かなくてはいけない事が出来てしまう。
出来たら外れて欲しいな~~~と、今まで一度も実現した事ない事を考えつつ。
「ねえリリーさん。ちょっと聞きたいんだけど……」
「なによ……その“ヤな事に気が付いた”声になった時のアンタから碌な事を聞いた覚えがないんだけど」
声で判断とは……やるものである。
前回は真相のおぞましさで3人揃って“青春の雄叫び《おうと》”するほどに碌でもなかったけど、アレに比べると……どうだろうか?
「召喚術って、どうやってやるもんなの? イメージ的には魔力を魔法陣に込めて~ってイメージなんだけどさ……」
「? また唐突ね。一般的にはその通りよ、現世のどこかに存在する人や魔物を魔法陣に呼び寄せる為に自分の魔力を贄にする。通常の魔法と違うのは直接消費するワケじゃ無いって事だから、呼び出す側を天秤にかけて釣り合う対価として魔力を贄に初めて発動するって言われているわ」
魔力を対価に……たしか『予言書』では千人を超える魔導士たちの魔力と引き換えに『最後の聖女』が勇者を召喚していた。
勇者を呼び出すにはそれほどの対価が必要だと理解していたからこそ、千人もの魔導士を集めたのだろうけど……。
「……仮に天秤にかける対象が魔力じゃなくても、召喚術って発動するのかな?」
「……え?」
「今、リリーさん“釣り合う対価”って言ったじゃん? 天秤に乗せるのが魔力以外でも行けると思う?」
「…………」
普通なら魔法の使えないド素人の戯言と言われてもおかしくないが、俺はつい最近、例外の召喚術を実際に見てしまっていた。
生物の負の感情の塊『邪気』を対価に召喚術を発動させる
そこまで聞いてリリーさんは露骨に顔色を悪くして呟いた。
「……魔導師の中では眉唾な話なんだけど……さ。こんな話があるよ。人の血肉を贄にして悪魔を召喚できるとか……その際には自分もリスクを負う必要があるから、ただの人間ではなく血を分けた者であれば効果が大きいとか……そんなグロ話が……」
「うっぷ……」
『予言書』では悪政を敷いたとしか聞かなかった国王の話。
具体的に何をしたのかは把握できなかったのだが、『勇者召喚』に千人以上の魔導士が必要だと知る前に、どれだけの実験を繰り返して来たのかを考えれば……。
「……『予言書』でブルーガは女王が納めていたから気にならなかったけど、俺が知る限り『
「う……」
「うぐ……」
残念ながら察しの良い方である二人はその言葉だけで俺が示唆した事が分かったようで、一斉にえづいた。
ここで吐き気を覚える事が出来る俺たちは、まだまともな所にいるのだろう。
少なくとも後宮を世継ぎを産む場所としてではなく、召喚術の実験の為に我が子を利用しようと考える外道に比べれば遥かに……。
「そこまでして何故『勇者召喚』に固執してんのかは知らねぇが…………まともじゃねぇのは確かだな。現ブルーガ国王ってのは」
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